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2009年5月

本田美奈子さんについて

本田 美奈子

本田 美奈子.(ほんだ みなこ、1967年(昭和42年)7月31日 - 2005年(平成17年)11月6日)は、日本の歌手、女優である。2004年に本田 美奈子→画数が31画となるよう名前の後に「.(ドット)」をつける改名を行った。本名は工藤 美奈子(くどう みなこ)。1980年代後半を代表するアイドル歌手であり、1990年代以降は主にミュージカルで活躍した。2000年代に入ってからはクラシックとのクロスオーバーに挑戦するなど、活躍した領域の広汎さでは日本の芸能史上出色の存在である。

生涯

アイドル歌手としてデビュー

1967年(昭和42年)7月31日午前11時17分、東京都板橋区上赤塚町(現成増)の成増産院にて、体重2760gで生まれた。 彼女の誕生はラジオの全国放送のその日生まれた新生児を紹介するコーナーで取り上げられた[1]。当時の彼女の家庭は東京都葛飾区柴又に在住していたが、幼いうちに埼玉県朝霞市に移住し、朝霞白百合幼稚園に入園した。以来、生涯の大半を朝霞市で過ごした。歌手になる事を夢見ていた母親の影響で、美奈子も幼い頃からいつも歌を歌っていた。朝霞市立朝霞第六小学校の卒業文集にも「歌手になれたらイイ」と書いていた。朝霞市立朝霞第一中学校時代に『スター誕生!』のオーディションを受け、決戦大会にまで進出した。しかしプロダクションからのスカウトの意志を示すプラカードは上がらなかった。1983年(昭和58年)4月、東京都北区の東京成徳短期大学附属高等学校に入学。同年7月に初めて原宿を訪れた際に、少女隊のメンバーを探していたボンド企画のスタッフにスカウトされ、芸能界に入った。社長の高杉敬二とはこの後ボンド企画倒産後も二人三脚で歩み続けることとなった。当初の少女隊のメンバーという構想に反し、その歌唱力の高さを見込まれソロ歌手として活動することになった。高校2年生の1984年(昭和59年)9月に第8回長崎歌謡祭に本名で出場し、「夢少女」(作詞:深田尚美、作曲:安格斯)という楽曲を歌ってグランプリを受賞。このことがレコードデビューのきっかけとなった。1985年(昭和60年)4月20日に東芝EMIから「殺意のバカンス」でデビューした。キャッチフレーズは「美奈子、あなたと初めて?」と「好きといいなさい!」の2パターン。その後、4枚目のシングル「Temptation(誘惑)」をヒットさせたほか、12月7日には新人歌手としては異例の武道館コンサートを成功させた。また、同年の数多くの新人賞を受賞した。1986年(昭和61年)2月5日に「1986年のマリリン」をリリースし大ヒットとなった。へそを露出させた衣装や激しく腰を振る振り付けなど当時のアイドル歌手としては異例の演出と相俟って本田の名を広く世間に知らしめた。同曲は今もって本田の最も有名な楽曲である。1988年(昭和63年)に女性だけのメンバーによるロックバンド“MINAKO with WILD CATS”を結成、シングル「あなたと、熱帯」、アルバム『WILD CATS』などを発表した。同年9月11日SHOW-YAが企画した女性ロッカーのみによるジョイントライブ『NAONのYAON』に出演。翌1989年(平成元年)秋に解散した。

ミュージカルでの活躍

1990年(平成2年)、ミュージカル『ミス・サイゴン』のオーディションを受け、約1万5000人の中からヒロインのキム役に選ばれた。1992年(平成4年)5月5日『ミス・サイゴン』日本初演。以来一年半のロングランをこなし、その歌唱力、演技力を高く評価された。1992年度第30回ゴールデン・アロー賞演劇新人賞を受賞。1994年(平成6年)、『屋根の上のバイオリン弾き』にホーデル役で出演。9月24日にアルバム『JUNCTION』を、翌1995年(平成7年)6月25日にはアルバム『晴れ ときどき くもり』をリリースし、レコーディング・アーティストとしても復活を果たした。1996年(平成8年)、『王様と私』にタプチム役で出演。1997年(平成9年)、『レ・ミゼラブル』にエポニーヌ役で出演。当時すでに日本初演の際にこの役を演じた島田歌穂が“世界一のエポニーヌ”と称されるほどの評判を得ていたが、本田もそれに劣らぬ評価と人気を獲得した。以後も繰り返しこの役で出演し、エポニーヌは本田の当たり役となった。1998年(平成10年)にはエイズチャリティーコンサートで「ある晴れた日に」(プッチーニのオペラ『蝶々夫人』より)を歌い、2000年(平成12年)3月20日サリン事件チャリティーコンサートではラフマニノフの「ヴォカリーズ」を歌った。同年6月19日シドニーオリンピックを記念して開かれたシドニーのオペラハウスでの日豪親善コンサートに服部克久の推薦により出演した際には「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」や「ある晴れた日に」を歌うなど、この頃から次第にクラシックへの志向を強めていた。同じく2000年10月13日にはデビュー15周年記念コンサート『歌革命』を開催、自身のシングル・メドレーのほか「天城越え」や「ある晴れた日に」などを歌った。2002年(平成14年)、『ひめゆり』にキミ役で出演。日本で制作されたミュージカルへの初の出演となった。

クラシカル・クロスオーバーへの進出

2003年(平成15年)5月21日、初のクラシックアルバム『AVE MARIA』をリリース。ソプラノ的な唱法でクラシックの曲に日本語詞をつけて歌うというユニークなスタイルで新境地を切り開いた。同年東宝によりシェイクスピアの戯曲にもとづくミュージカル『十二夜』が制作され、本田はネコ役を初演した。原作にないこの役はセリフに苦手意識のある本田のために特に作られたものだった。2004年(平成16年)、地球ゴージャス制作のミュージカル『クラウディア』でヒロインのクラウディア役を初演。同年8月29日『N響ほっとコンサート』でNHK交響楽団と共演し「新世界」と「シシリエンヌ」を歌った。11月25日アルバム『時』をリリース。12月1日武道館での『Act Against AIDS』に出演、38度を超える発熱をおして「ジュピター」と「1986年のマリリン」を歌った。この頃からすでに病気の兆候が表れていた。

白血病による逝去

2004年末頃から風邪に似た症状がなかなか治まらないため、2005年(平成17年)1月に病院の検査を受けたところ、急性骨髄性白血病と診断され緊急入院。3回の化学療法による治療の後、5月に臍帯血移植を受け、7月末には一時退院できるまでに回復した。しかしわずか1ヵ月後の8月31日に染色体異常が見つかり9月7日に再入院した。10月には再び一時退院したものの、同月21日に染色体異常が発見され三度目の入院となった。 そして11月3日に肺に合併症を発し容態が急変。11月6日午前4時38分、家族らの見守る中、息を引き取った。38年と3ヶ月の生涯だった。法名は「釋 優聲(しゃく ゆうしょう)」。

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音楽

多彩なジャンルでの活躍

演歌への志向

当初は演歌歌手志望で、事務所のオーディションのために準備してきた楽曲は演歌だった[1]。所属するボンド企画に演歌歌手を育てた経験がなかったためにアイドルとしてデビューすることになったものの、本人の強い意向で「殺意のバカンス」をデビュー曲とすることになったのはこうした志向によるものと考えられる。またロックバンドを解散し再びソロに戻った頃には、新たな方向性として演歌歌手への転向が真剣に模索されていたと言われている。実際この時期に出演したテレビ番組では着物を着て演歌を歌った[2]ほか、演歌歌手として活動する方針であることがマスコミでも報じられており計画はある程度具体化していたらしい。この後にもアルバム『JUNCTION』にオリジナル演歌とも見做し得る楽曲を収録したほか、コンサートでは度々演歌の名曲をカバーしていた。結果的に演歌歌手として活動することはついになかったものの、演歌への志向は生涯を通じて本田の歌手活動に大きな影響を与えていたものと思われる。

アイドル歌手として

1985年4月20日に「殺意のバカンス」でデビューすると新人離れした歌唱力に加え、可憐な容姿も相俟って順調に人気を獲得した。4枚目のシングル「Temptation(誘惑)」(同年9月28日発売)のヒットは本田にこの年の各種歌唱賞の新人賞を数多くもたらした。翌年の2月5日に発売された「1986年のマリリン」は爆発的なヒットとなり、“へそ出しルック”で激しく腰を振って踊る姿は世の中の注目を集めた。こうした演出の意図について、本田自身は「Temptation(誘惑)」が各種ランキングの10位以内に惜しくも届かなかったのが悔しくてより強く個性を出そうとした、と語っている。作詞の秋元康と作曲の筒美京平はこの後もこのコンビで本田の楽曲を数多く手がけた。人気の高まりを裏づけるように、同年7月23日発売の「HELP」は公共広告機構のいじめ防止キャンペーン「しらんぷりもいじめ」のテレビコマーシャルで使用された[4]。歌へのこだわりが強くドラマや映画への出演には消極的だった本田だが、1987年放送のドラマ『パパはニュースキャスター』には本人役で出演し、主題歌に採用された「Oneway Generation」(同年2月4日発売)はドラマ自体の好評にも支えられ人気を博した。同じ年の映画『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』も歌手の役ということで引き受け、劇中事故で亡くなったレーサーの兄に捧げて「孤独なハリケーン」(9月9日発売)を歌った。この3曲で本田にとってオリコンランキング最高位である2位を獲得した。

洋楽からの影響

元々は洋楽にはあまり詳しくなかったのだろうと見られている。しかしデビュー後は事務所社長の高杉に薦められてマリリン・モンローやマドンナなど外国のスターの映像をくり返し見て演出の参考にしていた[1]。デビュー翌年の「1986年のマリリン」における衣装や振り付けはその影響でもある。この年にはゲイリー・ムーアから楽曲提供を受け、彼のギター・ワークをフィーチャーした「the Cross -愛の十字架-」が制作された。 ゲイリー・ムーアはこの年にロンドンレコーディングされたサードアルバム「キャンセル」にもギターで参加している、またこのアルバムにはロキシー・ミュージックの元メンバー(1981~1983)ガイ・フレッチャーが参加している事も見逃せない。 なおこのロンドン滞在中にクイーンのコンサートに招かれメンバーとの交流を深めている。 翌1987年にはブライアン・メイのプロデュースによりシングル「CRAZY NIGHTS/GOLDEN DAYS」が制作された。本田は武道館でのコンサートでフレディ・マーキュリーの「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」をカバーしており、このコンサートのライブ盤とデビューアルバムをロンドンEMIを通じてブライアンに送ったところ彼の方から申し出がありコラボレーションが実現した。このシングルの英語版はイギリスをはじめヨーロッパ20ヵ国でリリースされた。同じ年、ラトーヤ・ジャクソンの来日公演のプロモートをボンド企画が手がけた縁で彼女とのジョイントコンサートを行い、ジャクソン・ファミリーとも親しくなった。ロサンゼルスのマイケル・ジャクソンの自宅にも招待され、彼らのスタッフのプロデュースにより全曲英語詞のアルバム『OVERSEA』を制作している。このアルバムはアメリカでも発売された。またこの年の7月にはジャマイカを訪れスライ&ロビーのライブにゲスト参加し、「HEART BREAK」と「EYE言葉はLONELY」(アルバム『Midnight Swing』収録)を歌った。このようにデビューから数年後には海外ミュージシャンとのコラボレートは本田の歌手活動の際立った特徴ともなっていた。

ロックバンドでの活動

本田はその後女性だけのメンバーでロックバンドを組むことを思い立ち、東京と大阪でオーディションを行い1988年1月に“MINAKO with WILD CATS”を結成した。彼女がこうした試みを行った背景には自身の脱アイドルへの志向のほかに、海外のロックスターと共演した経験や、当時の国内でのバンドブームの影響があったものと考えられる。ツインドラムという特異な編成や、バンドとしてのデビュー曲「あなたと、熱帯」の作曲を忌野清志郎が手がけたことなどは話題となった。この時期の人気や評価は概ね低調だったが、ロックバンドのリーダーを務めた経験は本田にとってアーティストとしての自己を確立する上で欠かすことのできない過程だったものと思われる。SHOW-YAの提唱で開催されプリンセス・プリンセスなどとともに出演した『NAONのYAON』はこの時代の女性ロッカーたちの活躍の記念碑とも言える。初めて自ら作詞を手がけたのもこの時期だったことは特筆すべきである。

ミュージカル女優として

ロックバンドとしての活動は少なくとも商業的には成功したとは言えず、1989年秋に解散してソロに戻った後も人気は回復しなかった。本田にとってこの頃は最も苦しい時期で、自身「歩いてきた道が突然、ガケっぷちになって行き止まりになっていた」と回顧している[1]。それでも歌へのこだわりの強い本田はバラエティー番組への出演を断り続け、ドラマや映画の仕事も最小限に絞っていた。東宝のプロデューサー、酒井喜一郎から『ミス・サイゴン』のオーディションの話を聞かされた[註 2]時も初めは関心を示さなかったが、全編歌で構成されたミュージカルであることを知ると目の色を変えて意欲を示すようになった。1990年秋に始まったオーディションの選考は数ヵ月にわたり、翌1991年1月13日にキム役に決定すると3月以降の全ての予定をキャンセルして公演に備えた。開幕にあたっては「私は舞台では、演じないからね。生きるからね。強く生きてみせるからね」と抱負を語っていた。アイドル出身の彼女の力量を危ぶむ声もあったが、本田は後述の事故も乗り越えて一年半に及ぶロングランを務め、ヒロイン、キムの内面に肉迫した歌唱と演技を高く評価された。以後も『屋根の上のバイオリン弾き』、『王様と私』、『レ・ミゼラブル』と人気ミュージカルに相次いで出演し、実力派女優としての地位を揺るぎないものにした。沖縄戦におけるひめゆり学徒隊の悲劇を描いたミュージカル座制作の『ひめゆり』は東宝制作のもの以外では初の出演であり、ヒロインのキミを熱演した。プログラムに掲載されたメッセージ[6]では「会場に足を運んでくださった方々に、戦争の恐ろしさ、平和でいられる事のありがたさを、少しでも感じて頂けたら嬉しく思います」と述べていた。シェイクスピアの『十二夜』を原作とするミュージカル『十二夜』ではプロデューサーの酒井がセリフに苦手意識のある彼女のために原作にないネコの役を用意した。本田は自分に割り当てられた役が人ではなかったことにとまどいつつも、言葉を喋らない代わりに人間の会話は理解できるという設定を自分の中で用意して真剣に役作りをした[1]。この作品が制作されたのはすでに本田がクラシックの楽曲を歌い始めていた時期で、彼女のパートはソプラノ的な唱法を想定して作られている。逝去後の再演では彼女が歌ったナンバーはアンサンブルによる歌唱や器楽演奏に置き換えられていた。サザンオールスターズの名曲をベースに桑田佳祐による書き下ろしを加えて作られた『クラウディア』は岸谷五朗と寺脇康文の主催する演劇ユニット、地球ゴージャスによる初めてのミュージカルで、彼女がそれまで出演してきた作品とはスタッフの顔ぶれも制作手法も異なるものだった。しかし本田は稽古の際のマット運動でむち打ちになるなどのトラブルを起こしながらも、仲間意識を最も大切にする岸谷の方針を共有しつつ役柄を作り上げていった。「可憐であり、けなげであり、強さも持っている」と岸谷が評した[1]ヒロイン、クラウディアの演技が彼女にとって最後のミュージカル出演となった。

ミュージカル期のスタジオ録音

本田は主な活躍の場をミュージカルの舞台に移してからも、数は多くないもののスタジオ録音のCDをいくつか制作し発表している。その中でも特にマーキュリーレコード在籍時に制作された2枚のアルバムが重要である。ロックバンド時代の前作『豹的 (TARGET)』以来5年ぶりとなるアルバム『JUNCTION』(1994年9月24日発売)は、映画『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』で音楽監督を務めた渋谷森久(越路吹雪の担当ディレクターとしても知られる)と『ミス・サイゴン』の訳詞を担当した岩谷時子をプロデューサーに迎え制作が進められた。タイトルの通り様々な音楽ジャンルの合流点となることを意図して制作されたこのアルバムはグレゴリオ聖歌を翻案した楽曲で幕を開け、前述の演歌をはじめシャンソン、ファド、チャールストンに分類され得る楽曲などが収録されている。先行シングルとして発売された「つばさ」(同年5月25日発売)は彼女の代表曲ともいうべき存在としてファンの間で親しまれている。翌1995年に制作された『晴れ ときどき くもり』(6月25日発売)ではプロデューサーに牧田和男を迎え、山梨鐐平、宮沢和史、楠瀬誠志郎といったミュージシャンから楽曲提供を受けた。楠瀬とは「Fall in love with you -恋に落ちて-」でデュエットしている。この曲がシングルカットされた(11月6日発売)際のカップリング曲「あなたとI love you」(当時はアルバムに収録されず、後に『LIFE』で初めてアルバム収録となった)では作詞とともに彼女にとって初となる作曲を手がけた。牧田とは強い信頼関係を築き、互いに兄妹のような存在としてその後も交流が続いた。

クラシックへの進出

本田は1996年に出演したテレビ番組の中で「最近初めてオペラの『蝶々夫人』を歌った」と語っている[7]。彼女が初めてクラシックの楽曲を歌ったのがいつだったのかははっきりしないが、ここで言及されたコンサートがそうである可能性も考えられる。前述の通り2000年前後にはクラシックへの志向を強めていた本田だが、本格的にクラシックの楽曲を歌うようになったきっかけは2002年8月31日に東京オペラシティコンサートホールで開催された『グラツィエ・コンサート』だった。クラシックの楽曲を現代人に受け容れやすいスタイルで歌える歌手を探していたコロムビアのプロデューサー、岡野博行はこのコンサートに足を運び、終演後に楽屋を訪れてアルバムを制作することを申し入れた。元よりそうしたアルバムの制作を望んでいた本田は即座に快諾し、企画が進行することとなった。コロムビア内には本田がアイドルの出身であることで抵抗もあったが、岡野の懸命の説得で実現の運びとなった。『ミス・サイゴン』以来の本田の恩師である岩谷時子が日本語詞を書き下ろし、編曲は井上鑑が担当した。井上を起用した理由について岡野は、のめり込み過ぎない一歩引いたクールさがあり、ホットでのめり込みやすい本田とのバランスが絶妙だろうと考えたと述べている。一方本田が岡野に大事にしたいと申し出たのは「手作りでやりたい。自分で料理を作るように、丁寧に打ちあわせをして作っていきたい」ということだった[1]。収録曲は100曲以上の候補の中から彼女自身の心に響く曲が選ばれ、本田は歌入れ以外の録音にも全て立ち会った。クロスオーバー歌手としてのデビュー作『AVE MARIA』はこうして完成し、2003年5月21日にリリースされた。翌2004年11月25日には2枚目のアルバム『時』が発表され、没後に公表されたものも含めるとアルバム2枚強の音源が制作された。そこに共通する考え方は、クラシックの名旋律を歴史的背景にとらわれず現代の感覚で歌うこと、しかし決して奇を衒うのではなく素直に楽曲の素晴らしさを大切にするということで、特にこだわったのは日本語で歌うことだった[8]。

ジャズへの見果てぬ夢

本田は2001年にNHK総合テレビで放送されたテレビドラマ『ハート』にアメリカ帰りのジャズ・シンガーという設定の役で出演した。劇中のライブ・シーンで本田はジャズ・ピアニストの西直樹の率いるバンドと共演し、「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」(キャロル・キングとジェリー・ゴフィンの共作でアレサ・フランクリンの歌唱によって知られる)と「I Feel the Earth Move」(キャロル・キングの作でキャロル自ら歌った)の二曲をジャズ風のアレンジで歌った。おそらくこの時の縁がきっかけで西のアルバム『JAZZ BREEZE-スイート・メモリーズ』の収録曲「SWEET MEMORIES」(松田聖子の楽曲)にスキャットで参加した。芸能レポーターの井上公造は本田の逝去後に寄せたコメントの中で、彼女が40代になったらジャズを歌いたいと語っていたことを明かした。

影響関係

『ミス・サイゴン』への出演をきっかけに訳詞を担当していた岩谷時子と懇意になった。岩谷は本田の歌手としての力量を高く評価し、かつてマネージャーを務めていた越路吹雪と重ね合わせて見ていたようである。この後本田は前述の「風流風鈴初恋譚」のほか、オリジナル曲としてはファンの間で最も人気のある「つばさ」など、岩谷からの詞の提供を数多く受けるようになる。後にクラシックアルバムを制作するにあたっても日本語詞の多くを岩谷が提供している。また岩谷からくり返し思い出話を聞かされていたことから越路吹雪への強いあこがれを抱くようになった。越路のような表現力を持つ歌手になりたいと語っていた。アルバム『JUNCTION』では越路の代表曲である「愛の讃歌」と「アマリア」をカバーしている。もう一人本田の歌手活動に大きな影響を及ぼした人物としてサラ・ブライトマンの名が挙げられる。インタビューなどでは度々サラへのあこがれを口にしていた。ミュージカルで大成した後クラシックの楽曲に取り組み、クラシカル・クロスオーバーというジャンルの隆盛をもたらしたサラの存在は、クラシックへの志向を強めていた本田の進路決定に際し道しるべのような役割りを果たしたものと思われる。

歌唱技術

本田は新たな活躍の場に挑むごとに音域や唱法のバラエティーを広げてきた。クラシックの楽曲を歌うことになった経緯については自身「ミュージカルでいろんな役をこなしているうちにそれまで出せなかったような声を出せるようになった」と説明していた。『ミス・サイゴン』でキム役をダブルキャストで務めた入絵加奈子は当時本田が「裏声は得意じゃない」と話していたと証言している[11]。しかし『屋根の上のヴァイオリン弾き』のホーデル役はクラシックの声楽のような発声による裏声を求められる難しい役で、『王様と私』のタプチム役ではさらに高い音域を歌うことを要求されたが、トレーニングを積んで見事にこれをこなした。同時期に制作されたアルバム『晴れ ときどき くもり』にはファルセットを多用した楽曲も目立ち、「Lullaby?優しく抱かせて」の間奏ではオペラ的発声による高音域のスキャッ

Mhonda

トを披露している。本田は音楽学校などで声楽を学んだ経験はないが、ミュージカルに出演するようになってからは山口琇也や岡崎亮子のレッスンを受けた。特にオペラへの出演経験もある岡崎の指導はクラシカル・クロスオーバーへの進出に大きな影響のあったものと思われる。岡崎は最初に会った時本田のあまりに華奢な体つきに不安になったが、背中をさわってみるとしっかりとした筋肉がついていたので大丈夫だと確信したという[1][12]。1994年発表の「つばさ」には後半に10小節にわたって声を伸ばすロングトーンがあるが、この伸びやかな声を支えていたのはその強靭な背筋だった。音域は最終的には3オクターブに達していた。これは例えば通奏低音パートも含めて一人で歌った「パッヘルベルのカノン」(アルバム『時』所収)に遺憾なく発揮されている。しかも本田はその広い音域を均質な響きで発することができた。『レ・ミゼラブル』での共演以来公私ともに親しくしていた森公美子は、普通の歌手には存在する“チェンジ”と呼ばれる地声と裏声が切り換わるポイントが彼女の場合にはどこにあるかわからないと指摘している。演奏家には何度演奏しても同じように演奏するタイプと、その場の感興に応じて表情を変化させていくタイプがあるが、本田は典型的な後者のタイプだった。一連のクラシックアルバムで編曲を務めた井上鑑は「彼女の場合はまわりが変わると、その変化を反映していくような感性を持っている」と評し、プロデューサーの岡野博行は「毎回歌うたびに、表情もすごく変わる」、「その歌の世界を生き、自分に起きてくる感情をすごく大切にして歌っていた」と語った[1]。本田自身はミュージカルのロングランでもテンションが落ちない理由について「何百回やっても毎回違うからちっとも飽きない」と語っていた。

作詞・作曲

「愛が聞こえる」(シングル「勝手にさせて」(1989年5月31日発売)のカップリング)で初の作詞を手がけたのを皮切りに多くの詞を残している。結婚が決まった妹に贈った「あなたとI love you」(シングル「Fall in love with you -恋に落ちて-」(1995年11月6日発売)のカップリング)では作詞とともに初の作曲を手がけた。これを含めて生涯に3曲を作曲している。

人物

人柄

彼女は幼い頃から暮らした朝霞の街を愛し、デビュー後の数年間事務所社長の高杉の自宅に下宿していたほかは朝霞市の実家から仕事に通っていた。帰りが遅くなっても母親の手料理を食べるのが習慣だった。自宅でお気に入りの座椅子に座って窓からけやきの木を眺めるのを好み、近くの緑の多い風景の中を散策するのを楽しみとしていた[14]。気さくな人柄から近隣の住民にも慕われており、後述の通り地元商工会の発案で朝霞駅前に記念碑が建設されたのはその表れでもある。朝霞警察署の一日署長を務めたこともある。デビュー初期はアイドル歌手として活動したが、本人はアイドルと呼ばれるのを嫌っていた。デビュー曲も本人の強い希望でアイドル色の強い「好きと言いなさい」から大人びた歌謡曲の「殺意のバカンス」に変更された。日頃から「アーティストでありたい」と口にするなど、しばしば事務所やレコード会社の描くイメージ戦略通りの姿を演じることを要求されるアイドル歌手の枠には収まり切らない言動が当初から目立っていた。若い時から自己の信念を確立していた人であったことが窺われる。その一方で「やっほー」が挨拶代わりの天衣無縫な振る舞いでも知られていた。しかし出演した映画『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』の音楽監督、渋谷森久との出会いをきっかけに落ち着いて人と接するようになっていった[10]。以前の自分自身については「わがままだった」と述懐している。また『ミス・サイゴン』への出演も歌手としてのキャリアだけでなく、人格の上において大きな転機となった。大勢の人が力を会わせて一つの作品を完成させるという過程を通じて人との共同作業に喜びを見出すようになっていったようである。生前親交のあった関係者は「決して人の悪口を言わない人だった」と口を揃える。人との絆を大切にする人であったことは毎年正月にわざわざそのための休みをとって2000枚の年賀状を自ら書いていたことにも表れている。メッセージなどの末尾には必ず「心を込めて...」の言葉を添えていた。この言葉は没後に発売されたアルバム『心を込めて...』のタイトルに採用された。ファンを大切にし、いつも「一緒に青春しようね」と呼びかけていた。「青春」は彼女が大切にしていた言葉であり、公式ファンクラブの名称「Blue Spring Club」は「青春クラブ」を訳したものである。生涯子供を持つことはなかったが、とても子供好きであったことが知られている。『ミス・サイゴン』の楽屋では子役で出演する子供たちを我が子のようにかわいがり、ファンクラブの会合にファンが子供を連れて行くと大喜びしていた。姪や甥には「ママ」と呼ばせて愛情をそそいだという。

歌への情熱

『ミス・サイゴン』での事故

『ミス・サイゴン』の公演開始から一月ほど経った頃、本番中に舞台装置の滑車に右足を轢かれるという事故が起きた。そのまま一幕最後の「命をあげよう」までを歌い切ったが、楽屋へ運び込まれてから靴を脱がせてみると中が血の海の状態だった。岸田敏志ら共演者にすぐに病院へ行くよう指示されたが本人は最後まで演じ切ると主張して譲らず、「(ダブルキャストの)入絵加奈子と連絡がついて今こちらへ向かっている」と言い聞かされて初めて声を上げて泣き出した。病院で診察を受けると足の指4本を骨折しており、19針を縫う重傷だった。全治3ヶ月と診断されたがリハビリに励み、誕生日の7月31日に復帰を果たした。

歌に捧げた人生

デビュー当初は「二十歳までに結婚したい」と語っていたこともあるが、実際には生涯独身を通した。いつの頃からか結婚への願望をふっ切るようになったようである。本田に妹のようにかわいがられていた高杉の娘、河村和奈は「私は歌と結婚したから今生では結婚できないの」とうれしそうに話していたと証言している。アルバム『AVE MARIA』の収録を終えた後、ジャケット制作のためスタッフとの顔合せが行われた。その席で本田は「私はこのアルバムに命を賭けていますので、絶対に失敗できないのでよろしくお願いします」と挨拶した。舞台には歌の神様がいると話し、いつも出番の前には舞台の天井を見上げて祈りを捧げていた[12]。2004年12月22日のクリスマス・コンサートではめずらしく舞台裏の様子を撮影することを許可していた。このため写真家の原田京子は誰もいない開演前の舞台で天井に両手を差し伸べて祈る本田の姿をとらえることに成功している。

復帰を目指して

白血病による入院中もストレッチや発声練習を行うなど、復帰への意欲を強く持ち続けていた[16]。臍帯血移植手術を前に公式サイトに寄せたメッセージでは「泣きたい時は我慢しないで泣いています」としつつ「元気な姿で皆さんのもとへ返ります」と述べていた。その後に同じく公式サイトに寄せた肉声メッセージでは、心からの歌を歌える歌手に成長して復帰したいと語っていた。ファンクラブ会員に向けた手記では特に「時-forever for ever-」を歌いたいという意欲を示していた。本田の入院中に恩師の岩谷時子が路上で転倒し大腿骨を骨折する事故があり、岩谷は本田と同じ病院に運び込まれた。無菌室から出ることができなかった本田は岩谷を励ますため、病室でア・カペラで歌を歌い、ボイスレコーダーに録音して岩谷の病室に届けていた。この録音は全部で三十数曲にも上った。38歳の誕生日の前日に一時退院を許された際、世話になった医師や看護師のためにナースステーションで「アメイジング・グレイス」を歌った。この歌唱に涙ぐんで聴き入る看護師の姿をとらえた写真は前述の『天使になった歌姫・本田美奈子.』や『本田美奈子. 最期のボイスレター』で紹介された。再入院後のある日、見舞いに来た知人がたまたま誕生日だったので居合わせた一同で「ハッピーバースデートゥーユー」を歌った。これが本田の歌った最後の歌となった。

手記・歌詞に綴られた言葉

本田は数多く詞を手がけているほか折りにふれ感じたことを手記に残しており[17]、それによりその思想の一端を窺い知ることができる。

自然・平和への愛

自然が人の手により破壊されつつある現状には深い関心を寄せていた。「地球へ」と題する手記では子供の頃に朝霞に残る豊かな自然の中で遊んだ思い出を振り返りながら、人と自然との共生への祈りのような思いを書き綴っている。実生活でも自宅近くに市民農園を借りて野菜を作り、そこで近隣の人たちとの交流を楽しんだり、とれた野菜を仕事仲間と一緒に食べたりと自然とふれ合う暮らしを実践していた。自ら作詞した「タイスの瞑想曲」(アルバム『AVE MARIA』所収)は平和への祈りの歌である。2004年にミュージカル『ひめゆり』に出演した際にプログラムに寄せたメッセージ[6]ではこの歌に言及しつつ、過去に悲惨な戦争を経験しながら今なお戦いを続ける人々がいることを憂え、平和の尊さを訴えている。そして身近にある小さな幸せを感じながら時を過ごすことの大切さを語りかけている。

小さな幸せ・時

この「小さな幸せ」は晩年の本田が好んで用いていた言葉であり、この言葉をタイトルにした手記も残している。日々の生活の中で当り前のようにそこにある小さな幸せに気づくことが大切だとくり返し述べていた。発病後一時退院を許されていた時に高杉と家の近くを散歩していて、蒸し暑さに不平を言う高杉に風を感じる幸せを教えさとしたというエピソードも伝えられている。そしてこの言葉は「時」という主題への関心と結びついていたようである。最後のオリジナル曲となった「時-forever for ever-」は本田が岩谷に名前の一字をとって「時」というタイトルの詞を書いて欲しい、と発注して生まれたものであり、この歌はアルバムのタイトルトラックになった。このアルバムに収められたドヴォルザークの交響曲に自ら詞をつけた「新世界」や、本田の書き残した言葉を元に作られた追悼曲の「wish」も時を主題とした歌と見做すことができる。このように最晩年に時について歌いたいという強い意志を抱いていたことは、本田の到達点を理解する上で極めて重要な手がかりになると考えられる。

評価

生前の受賞・ランキングなど

本田はデビュー当時から実力派歌手として評価されていたものの、大きな賞やランキングの1位にはあまり縁がなかった。デビューした1985年には各種歌唱賞の新人賞を数多く獲得したが、賞レースの総本山ともいえる大晦日の日本レコード大賞(第27回)では新人賞は受賞したものの最優秀新人賞は受賞出来なかった。オリコンチャートで1位を獲得したこともなく、最高位は「HELP」「Oneway Generation」「孤独なハリケーン」の2位、アイドル時代の彼女の代名詞的な存在である「1986年のマリリン」は3位が最高だった。ただし累計売り上げ枚数ではこの曲が彼女にとって最大の24万枚超を記録している[5]。幾度となく出演した『ザ・ベストテン』でも1位を獲得したことがなかった。日本のポップス歌手にとってステイタス的な存在である『NHK紅白歌合戦』への出場もついになかった。アイドルとして活躍していた当時のNHKにとって“へそ出しルック”で腰を振りながら歌っていたのがマイナス要因になったとも言われている。本田にとっては『ミス・サイゴン』での熱演を評価されて受賞した1992年度のゴールデン・アロー賞の演劇新人賞が生前に受けた最も大きな表彰といえるかも知れない。なおこのほかの生前の受賞として1987年第4回ベストジーニスト賞一般選出部門、2003年第2回日本ゆかた大賞というファッション関係の賞がある。

逝去後の表彰など

38歳での急逝は本田の評価やCDの売上げにも大きな変動をもたらした。亡くなる半月ほど前に発売されたミニアルバム『アメイジング・グレイス』は売上が急上昇、オリコンの推定累計売上枚数は17万枚を突破し、日本人が歌うクラシックアルバムとしては初のオリコンTOP10入り(7位)を記録した。『AVE MARIA』は22位、『時』も39位まで上昇している。また同じ歌手のアルバムでポップスとクラシックの両方ともTOP10入りしたのも初のケースである。逝去を受けて日本レコード大賞(第47回)は特別功労賞を、ゴールデン・アロー賞は芸能功労賞を贈呈した。ゴールデン・アロー賞芸能功労賞受賞時の年齢38は、芸能功労賞の前身にあたる特別賞を受賞の松田優作(1989年度)の40(戸籍上は39)を下回る、物故者最年少受賞となった。なおゴールデン・アロー賞はこのほか前述の演劇新人賞を含め音楽新人賞(1985年度)、グラフ賞(1986年度)と計4度受賞している。幼少時代から亡くなるまで住んでいた埼玉県朝霞市は、本田の功績を称えて東武東上線朝霞駅の南口駅前広場に記念碑を建設した。これは駅前整備事業の一環として朝霞市の商工会議所の発案で企画されたもの。生誕40周年にあたる2007年7月31日に本田の母、所属事務所社長の高杉敬二、親友の早見優らの臨席のもと除幕式が行われた。闘病中に書いた「笑顔」と題する詩と本田の写真のパネルがはめこまれ、「ありがとう。心を込めて... 本田美奈子」という言葉が刻まれており、ボタンを押すと「新世界」の歌声が流れる仕組みになっている。

関係者・評論家等の声

アイドル時代に本田の楽曲の歌詞を数多く手がけた秋元康は、プロとアマチュアの境界が曖昧になっていた当時のアイドル・シーンの状況を踏まえ、本田のプロ意識の高さを評価していた。テレビのインタビューに答え、「本田美奈子さんというのは徹底したプロで、全てに関して真剣になるし、それだけプロ根性がすわっている女の子じゃないかな、と思います」と語っていた。『ミス・サイゴン』でエンジニア役として共演した市村正親は、本田の逝去の際に寄せた言葉の中で彼女のミュージカルでの活動を「なくてはならない存在」と称えた[10]。彼女のこうした活躍の要因として、本田の恩師の一人である作曲家の服部克久は彼女の歌声にはミュージカルに必要な悲壮感があったことを指摘し、それは亡くなった後だからそう思うのではなく、彼女が生来持っていたものだと述べた[20]。『ミス・サイゴン』でボイストレーナーを務めた山口琇也は彼女の第一印象を「ひたむきで献身的、愛情にあふれたキムそのもの」と語った[21]。『ミス・サイゴン』や『レ・ミゼラブル』の作曲者、クロード=ミシェル・シェーンベルクは『ミス・サイゴン』の2008年日本公演に際し、「日本で役を育ててくれた本田美奈子を思い出してもらいたい。彼女は素晴らしい女性であり、キム役の仕事ぶりに感銘を受けた」と述べた。クラシカル・クロスオーバーでの活動により、彼女の従来のファン層とは異なる新たな聴衆からも支持されるようになった。音楽評論家の伊熊よし子は本田の新たな音楽の世界を「時代の風を感じさせる」、「背中を押してくれる追い風のような存在」と評した。『クラウディア』での共演を通して親しくなったYU-KIは、2004年12月の『Act Against AIDS』における本田の「ジュピター」と「1986年のマリリン」の歌唱を舞台の下手で聴き、「素晴らしいというのも通り越して、なんか魂が飛んでくるような感じ」を受けたと話した[1]。

交友関係

デビューまで

東京成徳短期大学附属高等学校(現・東京成徳大学高等学校)普通科在学中にスカウトされ、芸能界デビューのため堀越高等学校に転校した。堀越の同級生にはいしのようこ、岡田有希子、長山洋子、南野陽子、森奈みはるらがいた。南野とは編入試験で席が隣同士になったのを機に親しくなった。デビュー当初からドラマに重点を置いて活動してきた南野とは一緒に仕事をする機会は多くなかったが、互いの仕事の内容から私生活のことまで何でも話せる、本田にとって無二の親友だった。当初はボンド企画社長の高杉敬二の自宅に下宿し、高杉の家族の一員のように過ごした。本田は高杉を“ボス”と呼びならわし、互いに父娘のような存在としてボンド企画倒産などの危機も乗り越えて最後まで活動をともにした。高杉の娘、河村和奈は本田を“おねえちゃま”と呼んで慕っていた。当時ボンド企画には多くの著名なタレントが所属しており、先輩の松崎しげる、松本伊代などと親しく交流するようになった。芸名は本田より先にデビューしてすでに名前を浸透させていた工藤夕貴と名前が被らないようにとの配慮と、世界的に活躍してほしいという意味を込め、世界にその名を知られる自動車メーカーであるホンダ[註 7]に因んで付けたと言われている。

歌手活動が結んだ縁

坂本冬美とは東芝EMIの広報担当者が同じだった縁で親しくなった。テレビ東京系列で放送された旅番組『鎌倉の旅』の撮影で二人で鎌倉めぐりをしたほか、『東京フレンドパークII』に二人で出演しゲームに興じたこともある。本田の一周忌に朝霞市で開催された追悼イベントでは坂本が本田の遺した「ありがとう」と題する詩を朗読した。数々のミュージカルへの出演は共演者たちとの友情を育んだ。『ミス・サイゴン』でクリス役を演じた岸田敏志とは兄妹のように親しくなった。本田は岸田のことを彼のヒット曲の歌詞に因んで“モーニン”と呼んでいた。『レ・ミゼラブル』への出演はそれまで接点のなかった先輩歌手たちとの公私にわたる交遊をもたらした。岩崎宏美は舞台への不安から睡眠薬なしには眠れなくなってしまった自分を本田が絶えず気にかけてくれたことへの感謝の思いを繰り返し口にしている。食べることの好きな森公美子は本田と食事した思い出を楽しそうに語る。森の証言では本田は細身の体に似合わず森と同じ量を食べたという。アイドル歌手としての先輩である早見優はミュージカルの世界では本田の方が先輩にあたり、うまく歌えなくて落ち込んでいる時に励ましてくれたと話す。楽屋でホットケーキを作ってくれた際には、出来上がったケーキのあまりにも完璧な丸さに「何事にも一所懸命な人」であることを思い知らされたという。『クラウディア』への出演は共演のYU-KIとの友情を育んだ。本田がYU-KIに「白い恋人達」の歌い方を尋ねてきたことがきっかけで打ち解けるようになったという。公演の合間には二人でワインを開けたりショッピングを楽しんだりした。

療養生活を支えた絆

本田の入院が伝えられると各方面から励ましのメッセージが寄せられた。ファンティーヌ役で出演予定だった『レ・ミゼラブル』2005年公演の出演者、スタッフからは大きな紙一面に書き込まれた寄せ書きが贈られた。工藤夕貴、YU-KI、伊藤有希の“3人のゆうき”(いずれも『クラウディア』2005年公演の出演者)からはデビュー20周年の記念に「美奈子TV」と題するビデオレターが届けられた。市のイメージソングを歌った縁でひたちなか市の小学生たちからは名前に因んで37,500羽の折り鶴がプレゼントされた。同時期に白血病と診断され入院したお笑いコンビ「カンニング」の中島忠幸[註 8]とは互いに文通で励まし合っていた。中島への手紙の中で、本田は病気になったことで自分がいかに人から愛されていたかを思い知ったと述べていた。クラシックアルバムで編曲を担当していた井上鑑は本田の入院中に復帰第一作となる楽曲をプレゼントした。当時福山雅治のコンサートツアーに同行していた井上はバンドのメンバーの協力を得てデモDVDを作成し病床の本田の許に届けた。福山のデビュー当初からのファンだった[註 9]本田は泣いて喜んだという。

逝去後の動向

急逝への反響

38歳の若さでの急逝は社会に衝撃を以て受け止められた。本田の遺志により朝霞で行われた通夜にはファン・関係者合わせて2700人、告別式には3700人が参列した。彼女の早過ぎる逝去を惜しむ声は絶えることがなく、没後に新たにファンになった人も多い。彼女の公式ファンクラブは多数の要望により没後も存続することになった。葬儀で弔辞を述べた岸谷五朗やテレビ番組をかけ持ちして思い出を語った岸田敏志、通夜に参列した後会見で悲痛な思いを述べた南野陽子など追悼のコメントを寄せた著名人は枚挙に暇がない。特にデビュー前からの無二の親友である南野は悲嘆が大きく、会見に気丈に応じたのち去り際に泣き崩れる姿がカメラにとらえられていた。海外ではブライアン・メイが彼女との思い出の写真とともに追悼のメッセージを自身のオフィシャルサイトに掲載した。もう一人本田の訃報に反応を示した外国の音楽家がフィリッパ・ジョルダーノだった。本田は彼女のコンサートを聴きに行き、終演後に楽屋を訪ねて話をしたことがあった。彼女は2005年12月の日本でのクリスマスコンサートで、そうした経緯について説明した上で「ミナコ・ホンダに捧げる」としてシューベルトの「アヴェ・マリア」を歌った。2005年12月16日にはフジテレビ系列で追悼特別番組『天使になった歌姫・本田美奈子.』が放送された。これは本来は白血病からの復帰を前提として難病を克服した本田の姿を放送するために準備されていたもの。生前公私ともに親しくしていた岩崎宏美がナレーションを務めた。ほかにこの年のうちに『たけしの誰でもピカソ』、『題名のない音楽会21』、『ミュージックフェア21』、『徹子の部屋』などでも追悼特集が組まれた。翌2006年には『ドリーム・プレス社』でも追悼特集が放送された。『たけしの誰でもピカソ』ではさらに一周忌に合わせて二週にわたる詳細な特集が放送された。逝去を伝える報道では「アメイジング・グレイス」を歌うライブ映像が繰り返し流された。また2006年7月から1年間公共広告機構(AC)の骨髄バンク支援キャンペーンに起用され、テレビ、ラジオのコマーシャルでは入院中に病室でア・カペラで歌った「アメイジング・グレイス」が流された[25]。このため日本ではこの歌と本田の存在とが強く結びついて人々に印象づけられることとなった。この歌の作詞者ジョン・ニュートンの自伝「『アメージング・グレース』物語」(2006年12月7日、彩流社)を翻訳した中澤幸夫は「本田美奈子.さんがこの歌を広めたと言っても過言ではない」としている。

未発表音源など

本田はデビュー20周年に当たる2005年に記念アルバムを制作することを予定し、一部は前年のうちに録音が進められていた。しかしその後の病気の発覚と間もなくの急逝により実現することはなかった。それでも関係者の熱意により未発表の音源や放送局に残されていたものを集め、2006年4月20日に一年遅れの記念アルバム『心を込めて...』が発売された。また同年12月6日には、マーベラスエンターテイメント在籍時の未発表音源をボーカル・トラック以外は新たに録音し直してリミックスしたアルバム『優しい世界』が発売された。2007年4月17日にはアイドル時代の人気曲を中心に選曲されたベスト・アルバム『ANGEL VOICE』が発売された。これには Wild Cats を解散してソロに復帰した時期に制作されたものの未発表となっていたアルバムの音源が収録された。入院中に岩谷時子のためにボイスレコーダーに吹き込んでいた歌唱の音源は、一部がフジテレビの追悼特別番組『天使になった歌姫・本田美奈子.』で紹介されたほか、2008年2月にはこの二人の対話に焦点を当てたNHKのハイビジョン特集『本田美奈子. 最期のボイスレター ?歌がつないだ“いのち”の対話?』が放送された[27]。このうち「アメイジング・グレイス」の録音は2006年7月から1年間公共広告機構(AC)の骨髄バンク支援キャンペーンのテレビ、ラジオのコマーシャルに使用され、2008年3月24日には配信限定で一般にリリースされた。2008年10月25日にはこのハイビジョン特集を元にした書籍『本田美奈子.甦れアメイジング・グレイス』が出版され、付属のCDに「アメイジング・グレイス」を含む4曲が収録された。さらに同年12月10日にはこれらの音源のうち19曲を収録したアルバム『ラスト・コンサート』が発売された。

今も愛される歌声

本田は入院中、他の入院患者とのふれ合いやファンや仕事仲間からの応援メッセージによって励まされていた。そして自らが病気を克服し再び元気な姿でステージに立つことが同じように難病に苦しむ人の希望になると考え、亡くなる半月ほど前の10月19日に難病患者を支援するための活動として“LIVE FOR LIFE”を立ち上げた。彼女の遺志は遺族や友人、関係者によって受け継がれ、現在はNPO法人として運営されている。この“LIVE FOR LIFE”の協賛により本田の追悼イベントが各地で開催されている。子供好きな本田は近年子供が虐待などの被害者となる事件が増加していることに心を痛め、恵まれない境遇にいる子供たちのために何かできることはないかと考えていた。この思いを叶えるため、2006年9月本田の遺族は彼女が生前使用していた車をインターネットオークションで売却し、その代金で埼玉県の児童養護施設20ヶ所に寝具100組を寄贈した。逝去の翌年に岩崎宏美がカバーアルバムのシリーズ第3弾『Dear Friends III』(2006年9月27日発売)に収録する曲目のリクエストを募集したところ本田の「つばさ」が圧倒的1位になり、このアルバムの終曲として収められた。岩崎はチェコ・フィルハーモニー管弦楽団と共演したアルバム『PRAHA』(2007年9月26日発売)にも本田への献辞とともに「つばさ」を収録している。岩崎は「彼女のために生まれた歌を、私も大事に、大切に歌い継いでいきたい」と述べている。大相撲の白鵬はファンからプレゼントされた本田のアルバム『アメイジング・グレイス』を愛聴している[30]。このことを知った本田の所属事務所は2006年の夏場所中に宮城野部屋を訪れて、この年の4月に朝霞市で行われた追悼展のグッズをプレゼントして激励した。井上鑑が入院中の本田に復帰第一作としてプレゼントした楽曲は彼女自身が作詞して歌う予定でいたが実現することはなかった。彼女の遺志を叶えるため、本田の書き遺した言葉をもとに一倉宏が歌詞を補作し、井上の呼びかけに応じて集まったミュージシャンが“INOUE AKIRA & M.I.H.BAND”の名義で追悼シングル「wish」(2006年11月1日発売)を完成させた。ヘイリー・ウェステンラは2008年5月21日に本田の残された音源との仮想的なデュエットによる「アメイジング・グレイス」を収録したシングル「アメイジング・グレイス2008」をリリースした。本田の2004年のライブ映像と並んでヘイリーが歌うプロモーション・ビデオも併せて制作されている[32]。ヘイリーは「本田美奈子さんの歌手としての生き方を知り、彼女の歌う“アメイジング・グレイス”は、希望の心を歌っていると私は感じました」と語っている。同年11月5日には太田美知彦が「つばさ」のセルフカバーを発表した。このCDには同時に太田が本田のボーカル・トラックとデュエットしたバージョンと、愛・地球博の記念コンサートで本田と共演して以来交流の続いていた愛・地球博記念市民合唱団によるバージョンが併せて収録されている。また翌6日にはクラシック・アルバムの楽曲をボーカル・トラック以外を編曲し直してリミックスしたアルバム『ETERNAL HARMONY』が発売された。このうち「アメイジング・グレイス」はブライアン・メイが編曲・録音を担当した。メイは「すべてのブレスや発音が聴き手に漏らさず届くように完成させました」と述べている。

ディスコグラフィ

本田美奈子.のディスコグラフィを参照

トリビュート

wish(2006年11月1日)

出演

舞台(ミュージカル)

ミス・サイゴン キム役(東宝・帝国劇場、1992年 - 1993年)
屋根の上のバイオリン弾き ホーデル役(1994年、1998年)
王様と私 タプチム役(青山劇場・帝国劇場)(1996年、1999年、2000年、2002年)
レ・ミゼラブル エポニーヌ役(東宝・帝国劇場、劇場・飛天、中日劇場、1997年 - 2001年)[註 11]
ひめゆり キミ役(ミュージカル座、2002年、2004年)[註 12]
十二夜 ねこ役(帝国劇場、2003年)
クラウディア クラウディア役(日生劇場・大阪フェスティバルホール他、2004年)[註 13]

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映画

パッセンジャー 過ぎ去りし日々(1987年)
ダンディーとわたし(1991年)
実録日本ヤクザ抗争史 鯨道4 残侠譜 完結編(2001年)

TVドラマ

月曜ドラマランド 微熱 MY LOVE(1985年、フジテレビ)
パパはニュースキャスター(1987年、TBS) - ドラマ主題歌『One Way Generation』を歌うとともに、本人役でゲスト出演
フローズン・ホラー・ショー(1987年、フジテレビ)
火曜サスペンス劇場 名無しの探偵(7) 愛の幻影(1990年、日本テレビ)
実録犯罪史シリーズ 新説三億円事件(1991年、フジテレビ)
陽のあたる場所(1994年、フジテレビ)
夢の帰る場所(1994年、関西テレビ)
遠山金志郎美容室(1994年、日本テレビ)
妊娠ですよ(1994年、関西テレビ)
ハート(2001年、NHK総合)

バラエティ番組

エンタの神様(日本テレビ) - キャッチコピーは「ミュージカルの歌姫」
今夜は最高!(日本テレビ)
笑っていいとも! テレフォンショッキング(フジテレビ)- 5回出演
ライオンのごきげんよう(フジテレビ)
徹子の部屋(テレビ朝日)

TV司会

大都会の遊び方(BS朝日)

CM

カルビー ポテトチップス
牛乳石鹸共進社 シャワラン
グリコイメージキャラクター
キャデリーヌ(南野陽子と共演)
ジャイアントコーン
ポッキー
Hi-Brend(南野陽子と共演)
埼玉県 魅力いっぱい彩の国
東芝イメージキャラクター
SUGAR CD
扇風機イマージュ
リモコンWalky
企業CM(東芝ストアー(各県東芝会加盟店)のキャンペーンCM)
佐藤製薬 ストナエース
労働金庫
ローソン
オッペン化粧品(企業CMで、本人がCMソング「つばさ」を熱唱しながら出演)
公共広告機構
『しらんぷりもいじめ』(1986年)
『骨髄バンク支援キャンペーン』(2006年7月 - 2007年6月)

広告

青葉台東急スクエア
朝霞警察署
オートラマ
サッポロ かんぞう奉行

ラジオ

KIDS IN TOSHIBA かぼちゃークラブ(1985年5月1日 - 、ニッポン放送)
ラジオ DE ME HER アイドルナイトパーティー(1985年10月11日 - 、文化放送)
ジェミニ・ミュージックパートナー ときめいて美奈子(1985年10月12日 - 1986年4月5日、TBSラジオ)
とびだし美奈子とそれゆけおぼっちゃま(ニッポン放送)
Spirit of the radio with Minako(1989年4月1日 - 1990年4月1日)
本田美奈子 Blue Spring Club(1996年、FM新潟をキーステーションにFM秋田・FM福井・FMとやま・FM中九州・FM青森・FM岩手・FM徳島・FM香川・FM鹿児島をネット)

書籍

エッセイ

果汁120パーセント(1985年12月)
その気になって -カッ飛んじゃおうゼ(1986年7月)
天国からのアンコール vol.1 1986年のマリリン(2006年4月20日)
天国からのアンコール vol.2 2006年のマリリン(2006年4月20日)

写真集

好きといって…(1985年8月)
あぶない危ない少女(1985年11月)
スパークリング美奈子(1986年3月)
私・激(シゲキ)して -夏(1986年5月)
BATHROOM ANGEL(1986年10月)
キャンセル(1986年12月)
WHAT'S(1987年10月)
アピタイザー(1990年6月)
SAIGON(1992年06月)
時間のない島(1995年9月)
本田美奈子.メモリアル(2005年12月10日)

楽譜

ボーカルスコア「AVE MARIA」(2003年6月12日) ISBN 978-4636206883
ボーカルスコア「時」(2004年12月18日) ISBN 978-4636203950
ボーカルスコア「心を込めて…」(2006年11月9日) ISBN 978-4636811391

伝記

天に響く歌?歌姫本田美奈子.の人生(2007年5月20日) ISBN 978-4-8470-1723-0
本田美奈子.甦れアメイジング・グレイス(2008年10月25日) ISBN 978-4-14-039490-8

本田美奈子さんの御紹介ページです!

http://www.minako-channel.com/

http://homepage2.nifty.com/honda-minako/

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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hiroさんについて

島袋 寛子

島袋 寛子(しまぶくろ ひろこ、hiroko shimabukuro、本名同じ、1984年4月7日 - )は、日本の女性歌手。SPEEDのメンバー。沖縄県宜野湾市出身(生まれは那覇市)。身長162cm。品川区立日野中学校卒業。東京都立代々木高等学校(廃校)夜間部卒業。所属事務所はヴィジョンファクトリー。所属レコード会社はエイベックス。hiro名義ではSPEED時代からの流れでポップスを中心に活動。2004年8月からはジャズプロジェクト「Coco d'Or」としても活動。

Hiro2

来歴

SPEED活動中の1999年8月に「AS TIME GOES BY」でソロデビュー。初ソロ作品としては、SPEEDのシングル「ALL MY TRUE LOVE」に収録された「見つめていたい」がある。SPEEDの解散までは伊秩弘将プロデュースだったが、解散後のソロ活動では葉山拓亮プロデュースへシフト。この期間にブランクを設けたため、ファンは新生hiroをすぐに受け入れやすかったようである。しかし、2ndアルバム「Naked And True」の発売前に、hiroは自らの意思でCOLDFEETに楽曲提供を依頼し、この時期を境に葉山プロデュースは終わる事となった。COLDFEETはこのチャレンジ精神を非常に高く評価しており、この後はCOLDFEETがhiroの楽曲プロデュースに関わる機会が急増した。現在もその関係は継続している。

2001年9月11日の同時多発テロの時にレッスンのため、ニューヨークにいた。その時は泊まっていたホテルにいたため無事だった。ちなみに一緒にいたわけではないが、同じSPEEDメンバーの新垣仁絵もニューヨークにいた。

2005年8月にリリースしたシングル「clover」はテレビアニメ「ブラック・ジャック」のエンディング曲としてタイアップされた。このため、ジャケットも手塚プロダクションとのコラボレーションでピノコとhiroが描かれているものになっていたり、CDリリースのCMにもそのアニメーションが使われている。また、2005年10月24日のブラック・ジャックの放送ではhiro役として声優出演。本人役で声優出演する例は手塚アニメでは初めての事であった。出身スクールおよび所属事務所の先輩にあたるMAXや後輩DA PUMPは俳優業を行なう際、本名名義となるのが慣例だが、島袋は「バックダンサーズ!」でも「島袋寛子」ではなく「hiro」として出演した。ちなみに、島袋本人が作詞した時は「島袋寛子」の表記である。視力が悪かったが、2006年秋頃にレーシック手術を受け、1.5程度まで視力回復をしている。また、後の2008年7月には、同じSPEEDメンバーの今井もこの手術を受け視力を回復させた。所属事務所・VISION FACTORYの携帯サイトにおいて、ブログ「ホント」を連載中。福岡ソフトバンクホークスの新垣渚投手とは幼馴染である。平原綾香に「ジェニファー」(Jennifer)というニックネームで呼ばれている。(平原の日記より)2008年10月8日のブログで芸名が"hiro"から本名の"島袋寛子"に変更になったことを発表した(SPEED再始動が大きな理由と思われるが、EXILEのHIRO、安田大サーカスのHIRO、俳優の水嶋ヒロと、同名の男性芸能人が複数出てきたことも理由として考えられる)。

ディスコグラフィ

hiro名義

シングル

タイトル 発売日 タイアップ・補足
1st AS TIME GOES BY 1999年8月18日 伊秩弘将プロデュース
テレビ朝日系ドラマ『天国のKiss』主題歌
c/w「夏の背中」「Delicious」
トイズファクトリーよりリリース
2nd Bright Daylight 2000年2月16日 伊秩弘将プロデュース
資生堂「ティセラ ダンスダンスダンス」CMソング
c/w「忘れられない日々」「希望の歌」
トイズファクトリーよりリリース
3rd Treasure 2000年10月25日 葉山拓亮プロデュース
日本テレビ系ドラマ『新宿暴走救急隊』エンディングテーマ
c/w「Secret Promise」「Early Passed Time To Winter」
トイズファクトリーよりリリース
4th Your innocence 2001年8月1日 葉山拓亮プロデュース
日本テレビ系ドラマ『ビューティ7』オープニングテーマ
c/w「Everytime, Everywhere」「Days -いつかの風景-」
トイズファクトリーよりリリース
5th Confession 2001年11月21日 葉山拓亮プロデュース
グリコ乳業「10種の野菜とアロエのヨーグルト」CMソング
c/w「Next Stage」
6th love you 2002年4月17日 グリコ乳業「10種の野菜とアロエのヨーグルト」CMソング
c/w「しあわせの道」

タイトル曲・カップリング曲それぞれ本人作詞
7th Eternal Place 2002年6月5日 伊秩弘将プロデュース
讀賣テレビ・日本テレビ系ドラマ『天国への階段』エンディングテーマ
c/w「Can You Hear My Heart?」
CCCD
8th Notice my mind 2002年7月17日 葉山拓亮プロデュース
讀賣テレビ・日本テレビ系ドラマ『探偵家族』挿入歌
c/w「more close, more feel」
タイトル曲・カップリング曲それぞれ本人作詞
CCCD
9th Baby don't cry 2003年2月26日 COLDFEETプロデュース
日本テレビ系ドラマ『最後の弁護人』主題歌
c/w「sunlight」 - フジテレビ『めざまし新聞』テーマソング
タイトル曲・カップリング曲それぞれ本人作詞
CCCD
10th 愛が泣いてる 2003年7月24日 c/w「人魚の恋」「LOVE IS SHOUTING OUT」
CCCD
11th 光の中で 2004年9月23日 東映系映画『デビルマン』主題歌
c/w「I wanna be your love」
CCCD
12th clover 2005年8月3日 讀賣テレビ・日本テレビ系アニメ『ブラック・ジャック』エンディングテーマ
CD, CD+DVD2形態リリース
DVDにはPVとhiro×pinokoアニメスポット収録
c/w「Be Alight」
13th ヒーロー☆ 2006年2月1日 初のベストアルバム「寛 シングル・コレクション」と同時発売・収録
Ryoheiと共作詞(Ryoheiはコーラスにも参加)
c/w「My Crazy Days」「Spring」
14th いつか二人で/I will take you 2006年8月23日 松竹系映画『バックダンサーズ!』主題歌/挿入歌
監督・永山耕三が作詞、Sinプロデュース
CD, CD+DVD2形態リリース
DVDには2曲のPVとメイキング収録
タイアップの本人出演については#出演の節を参照

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アルバム

タイトル 発売日 補足
1st BRILLIANT 2001年1月31日 伊秩弘将、葉山拓亮プロデュース
トイズファクトリーよりリリース
2nd Naked and True 2002年8月7日 CCCD
ベスト 寛 シングル・コレクション 2006年2月1日 未発表曲を加えた初のベストアルバム
初回盤にはhiro mini photo book封入
「寛 クリップ・コレクション」にオリジナルの「寛 リミックス・コレクション」も加えた初回限定生産の「寛 スペシャル・ボックス」も同時発売

DVD

タイトル 発売日 補足
PV集 BRILLIANT ON FILMS 2001年4月18日 トイズファクトリーよりリリース
PV集 Naked and True Clips 2003年3月19日 SONIC GROOVEよりリリース
PV集 寛 クリップ・コレクション 2006年2月1日 SONIC GROOVEよりリリース
『寛 シングル・コレクション』にオリジナルの『寛 リミックス・コレクション』も加えた初回限定生産の『寛 スペシャル・ボックス』も同時発売

レコード(LP)

avexのRhythm Republicレーベルよりリリース
Baby don't cry(2003年3月14日)
愛が泣いてる(2003年8月30日)

その他
「君だけだから」(2003年)
NHK開局50周年記念番組「あなたとともに50年 今日はテレビの誕生日」テーマソング。韓国の男性歌手、チョ・ソンモとのデュエットナンバー。作曲はYOSHIKI。2003年にリリース予定だった3作目のアルバムにソロバージョンが収録される予定とされていたが、2009年現在3作目のアルバムはリリースされていない。チョ・ソンモのソロバージョンは2005年のYOSHIKIのアルバム「Eternal Melody Ⅱ」に収録。
「サクラ」(2008年3月19日)
オムニバスアルバム「FLOWER FESTIVAL」に収録。「いつか二人で/I will take you」以来の新曲。(ただし、シングルのリリースは「いつか-」以来止まっている)

Coco d'Or

Coco d'Or(ココドール)は、島袋がジャズプロジェクトで活動する時の名義。ジャズのスタンダード・ナンバーを歌う。豪華なクリエイターやDJが参加し話題を集めた。名前の由来は島袋の幼少の頃のニックネーム「ココ」とバラを意味する「Soleil d'Or」(フランス語。直訳すると「黄金の太陽」)を合わせたもの。

アルバム

タイトル 発売日 収録曲・補足
1st Coco d'Or 2004年8月4日 ジャケットは水森亜土による書き下ろしイラスト
CCCD
オリコン13位
日本レコード大賞企画賞、日本ゴールドディスク大賞ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー受賞
レコード(LP)盤は2004年9月30日リリース
未発表曲3曲に2作品のPV収録のDVDを追加した完全盤「Coco d'Or Parfait」は2005年1月1日リリース
2nd Coco d'Or 2 2006年7月26日 CD, CD+DVD2形態リリース
オリコン20位

受賞歴

受賞年 賞 受賞作品
2000年 第42回日本レコード大賞 優秀作品賞 Treasure
2001年 第43回日本レコード大賞 金賞 Your innocence
2002年 第44回日本レコード大賞 金賞 Eternal Place
2004年 第46回日本レコード大賞 企画賞 Coco d' Or
2005年 第19回日本ゴールドディスク大賞 ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー(邦楽部門)

出演

テレビドラマ

月曜ドラマ・イン「天国のKiss」(1999年、テレビ朝日) - 篠原梢役(※第1話特別出演)

テレビアニメ

ブラック・ジャック(2005年、日本テレビ) - hiro役(※Karte46『文化祭の用心棒』 特別出演)

バラエティ

関口宏の東京フレンドパークII(TBS)2006年9月4日放送分、ソニンと共に出演、見事グランドスラムを達成。

映画

アンドロメディア(1998年、松竹) - 人見舞・AI役(島袋寛子メインのSPEED主演映画)
Star Light(2001年、パル企画) - hiro役(特別出演)
バックダンサーズ!(2006年9月公開、ギャガ・コミュニケーションズ) - 佐伯よしか役
平山あや・ソニン・サエコと主演。この4人グループのリーダーでダンスの才能に恵まれたダンサー役を好演した。母親役には石野真子。主題歌と劇中挿入歌も島袋が担当した(主題歌「いつか二人で」は同映画の監督:永山耕三(Kozo Nagayama名義)が作詞、同映画の音楽・バックトラック担当の音楽プロデューサー:Sinが作曲)。

ミュージカル

モーツァルト!(2007年11月19日 - 12月25日) - コンスタンツェ(モーツァルトの妻)役

ラジオ

hiro素顔でMelody Fair(2000年4月 - 2003年3月、ニッポン放送)
Jazz in Tokyo(2005年4月 - 2006年3月、TOKYO FM) - Coco d'Orとしての出演

CM

エフティ資生堂「ティセラ ダンスダンスダンス」(2000年)
グリコ乳業「10種の野菜とアロエのヨーグルト」(2001年 - 2002年)

Speed

写真集

hiroko days―seventeen years 1984.4.7~2002.4.7(2002/4/7・主婦と生活社) - ISBN 4-391-12628-1

島袋 寛子さんの御紹介ページです!

http://avexnet.or.jp/hiro/index.html

http://hiro.vision-blog.jp/

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矢田亜希子さんについて

矢田亜希子

矢田 亜希子(やだ あきこ 本名:押尾 亜希子(旧姓:矢田)、1978年12月23日 - )は、日本の女優。愛称は「矢田ちゃん」「やだあき」「あき」など。

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略歴

神奈川県川崎市高津区出身。日出女子学園高校卒業。血液型はO型。中学2年生の時、母親と原宿で買い物をしていたときにスカウトされ芸能界へ入った。1995年、『愛していると言ってくれ』(TBS) で、豊川悦司演じる主人公・画家榊晃次の妹役でデビュー。その後も正統派美人女優として数々の作品に出演し、2002年には『マイリトルシェフ』 (TBS) で初めて連続ドラマの主演をした。大ヒットドラマ『白い巨塔』(フジテレビ)やCM「よ~く考えよう…」(Aflac)、ジョージアで知名度を上げた。かつては山本省吾(当時慶應義塾大学在学中)や平松一宏(元プロ野球選手)との交際が噂された。押尾学との交際報道の後、AflacのCM契約は2006年7月28日に満了し、ドラマ『トップキャスター』(フジテレビ、2006年4 - 6月)以降、目だった芸能活動はなくなった。2006年11月13日、押尾学と結婚したことを発表。2007年11月19日に第1子(長男)を出産した。

出演作品

ドラマ
愛していると言ってくれ(1995年、TBS)‐榊栞
長男の嫁2-実家天国(1995年、TBS)‐北原幸子
翼をください!(1996年、フジテレビ)‐西村真弓
ひとり暮らし(1996年、TBS)‐花淵芽
日だまり刑事 容疑者リオの涙(1997年、NHK)‐飯島里央
ぼくらの勇気 未満都市(1997年、日本テレビ)‐スズコ
Sweet Season(1998年、TBS)‐藤谷由真
ハルモニア この愛の涯て(1998年、日本テレビ)‐山岡保子
二十六夜参り(1998年、TBS)‐海江田あやめ
リング~最終章(1999年、フジテレビ)‐高野舞
グッドニュース(1999年、TBS)‐車ひなこ
らせん(1999年、フジテレビ)‐高野舞
催眠(2000年、TBS)‐桜庭一希
やまとなでしこ(2000年、フジテレビ)‐塩田若葉
世にも奇妙な物語SMAP特別編「エキストラ」(2001年、フジテレビ)
私を旅館に連れてって(2001年、フジテレビ)‐衛藤なぎさ
恋を何年休んでますか(2001年、TBS)‐堀川理沙
フレンズ(2001年、TBS)‐山岸裕子

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恋ノチカラ(2002年、フジテレビ)‐倉持春菜
ヨイショの男(2002年、TBS)‐杉田尚美
マイリトルシェフ(2002年、TBS、初主演作)‐鴨沢瀬理
僕の生きる道(2003年、関西テレビ)‐秋本みどり
ホットマン(2003年、TBS)‐金子美鈴
白い巨塔(2003年、フジテレビ)‐東佐枝子
ホットマンスペシャル (2004年、TBS)‐ 金子美鈴
ラストクリスマス(2004年、フジテレビ)‐青井由季
夢で逢いましょう(2005年、TBS)‐北原ハツミ
トップキャスター(2006年、フジテレビ)‐飛鳥望美
ヴォイス〜命なき者の声〜(2009年、フジテレビ)‐夏井川玲子

映画
ときめきメモリアル
カラオケ
クロスファイア
世にも奇妙な物語映画の特別編「雪山」

CM
ローソン(1996年)
UHA味覚糖「ピピンC」(1997年)
ライオン「free&freeストレートアクアフォーム」(1997年)
「free&free パールグロス」キラ髪篇(1997年)
「free&free エアニュアンス」(1998年)
「free&free パウダーinワックス」(1998年)
「free&free リメイクシリーズ」(1999年)
「free&free パーマアクアフォーム」くしゅくしゅ篇(1999年)
「free&free ウォータリーワックス」(1999年)
ジャパンエナジー「JOMO」(1999年-2000年)
森永製菓「ハイチュウ」(2000年)
アサヒ化成「旬果搾り・今だけ旬果プレゼント篇」(2002年)
アメリカンファミリー生命保険会社「EVER」(2002年-2006年)
「EVER誕生・海辺篇」(2002年)
「保険料が上がらない・街角篇」(2002年)
「ちゃんと選ぶ・橋の上篇」(2002年)
「ぜったいヤダ篇」(2002年)
「夫婦・保育師篇」(2003年)
「赤ちゃん・保育師篇」(2003年)
「思い出せない篇」(2003年)

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花王ソフィーナ「RAYCIOUS」(2003年-)
JAL(2003年-2006年)
「バースデー割引」(2003年)
日本コカ・コーラ「缶コーヒー ジョージア」(2003年-2004年)
Canon「レーザープリンターSatera」(2004年-)
日本コカ・コーラ「爽健美茶」(2005年)

矢田亜希子さんの御紹介ページです

http://www9.plala.or.jp/yamataka/akko/

http://www.toyotaoffice.jp/

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松木 里菜さんについて

松木 里菜

松木 里菜(まつき りな、本名:谷口 里菜、1984年6月13日 - )は、埼玉県出身の日本の女優、CMモデルである。所属事務所はブルーミングエージェンシー。

来歴・人物

16歳の頃に、池袋でスカウトされてデビューしたが、18歳の時に、それまで秘密にしていた芸能活動が、厳格な父親に知られる事となり、辞めさせられ、1年半ほど活動を休止した時期がある。CMを中心に活動していたが、チューリッヒの自動車保険のCMが話題となり知名度を上げると、ドラマ・バラエティ番組への出演も多くなっている。

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特技は卓球で、中学時代は卓球部。 好きな食べ物は、カボチャ、イチゴ、栗。 嫌いな食べ物は、シイタケ。

2008年4月に、エヌフォースプロモーションからブルーミングエージェンシーに移籍している。

2009年4月6日、川崎フロンターレの谷口博之と入籍。

主な出演作品

CM

フジテレビ - きっかけは、フジテレビ 電車篇(2006年)
ブルボンプチシリーズ - ロングセラー・ロングアボード篇(2006年)
四国化成 JULUXけいそうモダンコート - 美術館篇(2006年)
AHA ソープ - 君になりたいフォトグラファー篇(2006年)インフォマーシャル、谷原章介と共演
東洋水産 マルちゃん麺づくり - めんスパイア!・ボーカル篇(2006年)
チューリッヒ・インシュアランス・カンパニー(2006年-)
キリンビバレッジ - 生茶(タイ国内版)
ライオン ルックきれいのミスト - 浴室用(2007年)
花キューピット(2007年)

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映画

CHARON(2005年) - 居酒屋の女 リリー役
ガッツ伝説 愛しのピット・ブル (2006年) - リサ役
新訳:今昔物語(2006年) 第2話「女の事情」出演

写真集

『act 1』(撮影:HIJIKA、ワニブックス、2009年)ISBN 9784847041600

雑誌

週刊プレイボーイ(2006年2月21日号、集英社)
週刊ファミ通(2007年6月15日号、エンターブレイン)
NAVI(2008年2月号、二玄社)
ビッグコミックスピリッツ (2008年1月28日発売、小学館)
FLASH EXCITING(2008年3月30日増刊号、光文社) - エキサイティング・パワー発掘写真館No.54「松木里菜 人を愛する者 人、常に之れを愛す」
ビッグコミックスピリッツ (2008年5月19日発売、小学館) - 表紙・巻頭

テレビ番組

シナモン(2006年、テレビ東京系)レギュラー出演
オビラジR (2006年、TBS系)
くりぃむしちゅーの世界初!未来デパート見たら絶対ほしくなる(秘)新商品カタログSP (2007年、テレビ朝日系)
田舎に泊まろう!(2008年3月16日、テレビ東京系) - 大分県旧耶馬溪町
ジャイケルマクソン(2008年4月23日、毎日放送)
バニラ気分!(2008年5月10日、フジテレビ)
全国一斉!日本人テスト(2008年6月26日、フジテレビ)
ザ・ベストハウス123(2008年8月13日、フジテレビ)
地球感動配達人 走れ!ポストマン(2008年10月 - 、毎日放送)レギュラー出演
X-TRAIL JAM 完全攻略TV(2008年11月8日、日本テレビ)
元気の源泉(2009年3月14日、TBS)

ドラマ

西村京太郎サスペンス 鉄道捜査官8 (2007年、テレビ朝日系 土曜ワイド劇場)
1ポンドの福音 第4話(2008年、日本テレビ系)
モンスターペアレント - 甘粕七海役(2008年、フジテレビ)
金曜プレステージ・事件記者?警視庁記者クラブ?(2008年9月12日、フジテレビ)
祝女?SHUKUJO? 「サバを読むなら」 - 水沢かほり役(2008年11月28日、NHK総合)

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ラジオ

しゃべラジ ながさき 第一夜(2007年、NHK長崎放送局)

その他

九州石油 2008年度イメージキャラクター

松木 里菜さんの御紹介ページです!

http://www.blooming-net.com/agency/blog_info/matsukirina/index.html

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佐藤ありささんについて

佐藤 ありさ

佐藤 ありさ(さとう ありさ、1988年9月20日 - )は、日本の女性ファッションモデル、タレント。所属事務所はジーアールプロモーション。北海道生まれ千葉県出身。

略歴

2004年にスカウトされてデビュー。2005年、ハイティーン向けファッション雑誌「セブンティーン」(集英社)のミスセブンティーン2005に選ばれ、同誌専属モデル(STモ)として活動を開始する。2007年7号にて初めて表紙に登場し、2008年3月1日号で初めて単独モデルとして表紙を飾る。女優としても2008年12月にテレビドラマ『LOVE17』(メ~テレ)でドラマ初出演にして初主演を果たしている。

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人物

趣味:ドラム、買い物、音楽鑑賞
特技:バイオリン、長距離走、書道
3人兄弟の末っ子(兄と姉がいる)。
STモの桐谷美玲と仲がいい。
STモの桐谷美玲、武井咲の3人で"猫目美人三姉妹"のページを飾っている。
管弦楽部のファーストバイオリンの次席だった。コンクール結果は全国2位。
好きな歌手は、BUMP OF CHICKEN、RADWIMPS、木村カエラ、大塚愛など。
好きなマンガは、スイッチガール!!。(著者:あいだ夏波)「マーガレット」(集英社)

出演

雑誌

SEVENTEEN(2005年 - )専属モデル

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CM

アフラック EVER HALF
アフラック NO.1キャンペーン
永谷園 わさび茶漬け(2007年)
デル(2007年)
ソニー損害保険(2007年-2009年)
東京ディズニーリゾート「Let's!春キャン!」(2008年) - STモデルの4人(有末麻祐子、赤谷奈緒子、南條有香、佐藤ありさ)で出演
日本オプティカル Heart up(2008年)

ラジオ

「ありさのあした」(STARdigio 400ch)

PV

嵐「アオゾラペダル」(2006年)

TV

キッズ TV(2007年10月8日、TBS系)
世界の果てまでイッテQ!(2008年02月24日、 日本テレビ系)
めざましテレビ 「MOTTOいまドキ!」(2008年3月-、 フジテレビ系)  
LQ?女をアゲる30分?(2008年4月-7月、日本テレビ系)
しゃべくり007(2008年9月27日、日本テレビ)
恋ふぁく~みんなで恋しよ!ケータイ小説FACTORY~(2008年7月29日~、メ~テレ)
踊る!さんま御殿!!(2008年11月11日、日本テレビ)

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テレビドラマ

LOVE17(2008年12月28日深夜、メ~テレ) 主演 - 北条春陽・緒方千春 役

佐藤ありささんの御紹介ページです!

http://ameblo.jp/sato-arisa/

http://www.s-woman.net/st/profile/detail/s_arisa.html

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佐藤 藍子さんについて

佐藤 藍子

佐藤 藍子(さとう あいこ、本名:沼田 藍子〔旧姓:佐藤〕、1977年9月26日 - )は、日本の女優、タレント。既婚。オスカープロモーション所属。神奈川県川崎市幸区出身。血液型:AB型。身長:164cm。日出女子学園高校卒。極度の近眼。大きな目と耳が特徴。ハードロック・ヘヴィメタル好き(ガンマ・レイ、ハロウィンなど)でも知られる。

来歴・人物

1992年、第6回全日本国民的美少女コンテストでグランプリ受賞(同期に米倉涼子)。デビュー後しばらくは低迷し、制服向上委員会と共演のビデオ出演や企画ユニット「ICEBOX」のメンバーとして一時期活動していた。1996年にはドラマ『変[HEN]』で中性的キャラク

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ターの男子高校生役を演じ、話題になる。その後、国民的美少女のイメージを覆すボーイッシュなキャラクターが人気を博し、一時はCMに引っ張りだことなり「CM女王」の異名を取った。フジテレビ系『奇跡体験!アンビリバボー』司会や[2]、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』でヒロイン・恵里の看護師としての上司役を演じるなど、幅広い活動を展開し、第6回国民的美少女コンテスト入賞者の中では米倉涼子同様に知名度が高く、歴代のグランプリ受賞者の中で知名度の高さはトップクラスである。馬と競馬に造詣を持ち、『メントレG』でゲスト出演した時に、競馬場へ行く等の逸話が紹介された。横浜ベイスターズのファンである。それ以外にも松坂大輔、高橋尚子、デビッド・ベッカムら多数のスポーツ選手や有名人に偉業を達成したり記録などを作り話題を浴びた後に「有名になる前からファンだった」「○○になると思っていました」と枚挙にいとまがない程多く発言している。勝気な性格であると自分でも認めている。30歳の誕生日である2007年9月26日、趣味である乗馬クラブで知り合ったインストラクターの沼田拓馬との電撃入籍を発表した。結婚後も「佐藤藍子」として芸能活動を続けている。

主な出演作品

映画

武闘派刑事2 HEART CRASH(1995年4月公開) - ヒロイン
タイムリープ(1997年6月公開) - 主演
劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲(1998年7月公開) - スイート役(声の出演)
ピカチュウのなつやすみ(1998年7月公開、東宝) - ナレーター
ストーンエイジ(2006年公開) - ヒロイン
春の居場所(2006年2月公開)
帰郷 A LICENSE TO KILL(2006年) - 滝沢真弓役
THE MASKED GIRL 女子高生は改造人間(2008年8月公開)-ブラックマリア 役
ライオン・キング2 シンバズ・プライド

テレビドラマ

ツインズ教師(1993年 テレビ朝日) ※デビュー作 土井みゆき役
ザ・ワイドショー(1994年 日本テレビ)木暮恭子役
ヤングシナリオ大賞作品飛べないオトメの授業中(1994年フジテレビ)主演
土曜ドラマ天使が街にやってきた(1995年NHK)主演
クラインの壺(1996年 NHK)真壁七美役
読売シナリオ大賞愛が叫んでいる(1996年日本テレビ)
変[HEN](1996年 テレビ朝日) 主演(当初は「X」として名が伏せられていた)佐藤ゆうき役
真昼の月(1996年 TBS)富樫智香役
イタズラなKiss(1996年 テレビ朝日) 主演相原琴子役
総理と呼ばないで(1997年 フジテレビ)総理令嬢役
研修医なな子(1997年 テレビ朝日) 主演杉坂なな子役
LOVE&PEACE(1998年 日本テレビ)太田明日香役
日本テレビ45周年記念橋田壽賀子スペシャルドラマテレビ、翔んだ
ナオミ(1999年 フジテレビ)矢代尚美役
土曜ワイド劇場(テレビ朝日)
「特急車掌永瀬はるかの事件簿」(1999年5月29日)主演永瀬はるか役
月曜ドラマスペシャル占い探偵舞子・寛斎の開運事件簿主演舞子役
BRAND(2000年1月~3月 フジテレビ)森山由里役
金曜エンタテイメント(フジテレビ)
「児童虐待調査官・百瀬なつきの事件ファイル」(2000年2月18日)主演 百瀬なつき 役
次郎長三国志(2000年、テレビ東京)お蝶役
火曜サスペンス劇場(日本テレビ)
ダイヤル119(2000年6月6日)主演加納杏子役
ちゅらさん(連続テレビ小説、2001年 NHK) 佐々木(古波蔵)奈々子役
女子アナ。(2001年 フジテレビ)藤島みどり役
月曜ミステリー劇場(TBS)
本人訴訟(2002年1月21日)主演鵜飼優子役

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水曜女と愛とミステリー(テレビ東京)
南紀伊豆Sの逆転(2002年3月13日)笹谷美緒役
恋セヨ乙女(2002年 NHK)町田奈々子役
利家とまつ(2002年 NHK大河ドラマ)麻阿役
薔薇の十字架(2002年フジテレビ)平山昌美役
ちゅらさん2(2003年 NHK)古波蔵奈々子役
OL銭道(2003年テレビ朝日)大崎今日香役
あなたの隣に誰かいる(2003年 フジテレビ)柏木里美役
金曜エンタテイメント(フジテレビ)
オフィスのお菓子な名探偵(2003年)主演(お蔵入り)
もっと恋セヨ乙女(2004年 NHK)町田奈々子役
こちら本池上署4, 5(2004年、2005年 TBS)高杉巴役
ちゅらさん3(2004年 NHK)古波蔵奈々子役
スカイハイ2(2004年、テレビ朝日)皆川静香役
土曜深夜ドラマ夢縁坂骨董店(2005年テレビ朝日)第6話ゲスト星野涼子役
文芸社新春ドラマスペシャルブレスト~女子高生、10億円の賭け!(2006年1月8日テレビ朝日)主演三原和美役
月曜ミステリー劇場(TBS)
十津川警部シリーズ36「河津・天城連続殺人」(2006年1月9日)- 萩原京子 役
水曜ミステリー9(テレビ東京)
鉄道警察官・清村公三郎2瀬戸内海を渡る殺意(2006年3月29日)小前田笙子役
ちゅらさん4(2007年1月13日・20日放送 NHK)古波蔵奈々子役
警視庁捜査ファイル さくら署の女たち(2007年7月18日、テレビ朝日)- 第2話ゲスト沼袋怜役
ドラマW宮部みゆき作品長い長い殺人(2007年11月4日WOWOW)宮崎邦子役
篤姫(2008年 NHK大河ドラマ)小ノ島役
刺客請負人第2シリーズ(2008年8月1日、テレビ東京)-第2話 琴枝役
柳生一族の陰謀(2008年秋放送予定 テレビ朝日)柳生茜役
主水之助 七番勝負(2008年10月- 、テレビ東京)村井秋津役
ジャッジII ?島の裁判官奮闘記?(2008年10月25日、NHK)-第1話 小林加奈子 役
人間動物園(2009年7月19日、WOWOW)

テレビバラエティー

スーパージョッキー(1996年10月~1997年7月 日本テレビ)
だんトツ!平成キング(1997年10月~1998年3月 日本テレビ)
奇跡体験!アンビリバボー(1998年10月~2007年3月 フジテレビ)司会
GIRLS A GOGO!(テレビ朝日)
関口宏の東京フレンドパーク2(TBS) 『ウォールクラッシュ』や『フラッシュザウルス』などのアトラクションに挑戦した。
大須ぱっぱ屋水曜日MC(名古屋テレビ)
BS'スタイル(BS番組案内のMC)(NHK BS1、BS2、BSハイビジョン。地上波で不定期放送)
徹子の部屋(テレビ朝日)2008年3月17日放送
日本史サスペンス劇場(日本テレビ) 再現ドラマ 市役(2008年10月15日)
DREAM競馬(関西テレビ放送 不定期でゲスト出演することが多い)
チュー'sDAYコミックス 侍チュート!(2009年5月19日、TBS)

テレビ 教養番組

『芸術劇場』(NHK教育テレビ)司会

CM

テレメッセージ

東京商科学院専門学校(1995年) 京野ことみと共演。
森永製菓「森永アイス・ICE BOX」
ポッカ「レモンの雫」
JTB 「ルックJTB」 「エースJTB」
花王「クリアクリーン」
コニカ 「ビッグミニ」
ヤマザキナビスコ 「チップスター」
信用金庫(1999年~2006年・ポスターによるスチル出演も/後任は原田夏希)
アルゼ「シャドウハーツ」 2001年
コロナ 暖房器具
オークローンマーケティング「ヒルズコレクション」(ダイエット食品)[3]

舞台

蜷川幸雄演出『ロミオとジュリエット』(1998年)主演
池乃めだか芸能生活40周年記念イベント『ちっさいおっさん祭り』白雪姫役

ビデオ・DVD [編集]
おしゃれ制服図鑑〔夏服版〕(1993年5月21日発売、ポニーキャニオン)
おしゃれ制服図鑑〔冬服版〕(1993年5月21日発売、ポニーキャニオン)
藍 Love(2007年5月30日発売、エイベックス・マーケティング)

書籍

写真集

Aiko Sato first photo story - Live 1997(角川書店、1997年) ISBN 4-048-52837-8
La verite - Aiko Satoh(祥伝社、1998年) ISBN 4-396-62031-4
藍 - 佐藤藍子写真集(音楽専科社、2004年) ISBN 4-872-79160-6
愛・藍 - 佐藤藍子写真集(電音メディアコンテンツ、2006年) ISBN 4-872-79200-9

その他

佐藤藍子 春夏さわやかニット(ブティック社、1999年) ISBN 4-834-71412-8
佐藤藍子と楽しむ スカーフのおしゃれテク110(講談社、1999年) ISBN 4-063-38856-5

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受賞歴

二十歳のベスト・パール・ドレッサー1998

脚注

^ 森永製菓の氷菓のCMキャラクター。岡田理江、中森友香と共演。
^ 同番組内での退行催眠によれば、前世はエジプトの貴族の娘「エイン」だという。ちなみに「エイン」とはアラビア語で「目」の意。現在でもエジプトでは、古風な名前として存在する。
^ このPR番組では体重49kg、体脂肪率23%と公表している。

佐藤藍子さんの御紹介ページです!

http://www.oscarpro.co.jp/profile/sato/index.html

http://www.tvlife.jp/news/090518_07.php

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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加護 亜依さんについて

加護 亜依

加護 亜依(かご あい、1988年2月7日 - )は、日本の女優、歌手、タレント。モーニング娘。の元メンバー(4期)で、前事務所のアップフロントエージェンシーではハロー!プロジェクト所属の女性デュオW(ダブルユー)のサブリーダーを務めていた。現在の所属事務所は「R&Aプロモーション」系列の「メインストリーム」。奈良県大和高田市出身。身長155cm。血液型はAB型。愛称は、あいぼん、加護ちゃん。特技はパントマイム、ものまねも常に研究するほど好きである。

人物、エピソード

趣味は料理。世界遺産を見る事。特技は「梨を切ること」とフラフープと泳ぐ事。
父親はつんくと同い年で、同郷出身の横浜ベイスターズ三浦大輔投手と親交がある。
両親が17歳の時に生まれたため、本人が1歳になるまで入籍出来ず、それまでは事実婚だった。 スポーツは苦手であり、ハロー!プロジェクトスポーツフェスティバルでは小学生のキッズにも60メートル走で負けたほど。『私立岡村女子高等学校。』シリーズの体育祭企画でも最下位となり「クソ女」に輝いた。ただしフラフープに関しては相方の辻希美と一緒にギネス記録を達成しているほか、ダンスダンスレボリューション(DDR)も得意らしく、『パパパパPUFFY』(テレビ朝日)の企画でDDR対決を行った際はモーニング娘。内の予選、

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今井絵理子との準決勝を制し決勝まで進出している(決勝では大貫亜美に僅差で敗れた)。 現在でも少なからずハロー!プロジェクトのメンバーとは交友がある模様で、復帰時の梨元勝のインタビューでは、同じ4期メンバーの吉澤ひとみから連絡があったことを語ったり、他にも出演した番組で辻希美と現在でも連絡を取り合っていることを話した事がある。

略歴

2000年3月:テレビ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)内で行われた「モーニング娘。第3回追加オーディション」にて石川梨華、吉澤ひとみ、辻希美と共に合格。加護に指導した「教育係」は後藤真希。
2000年7月:石川梨華と共にグループ内ユニットタンポポに加入。
2000年~2004年:モーニング娘。W時代と連続してNHK紅白歌合戦に出場。
2000年7月:矢口真里、辻希美と共に身長150cm以下のユニット、ミニモニ。を結成。(同年10月にミニモニ。はミカ・トッドを迎え4人ユニットとなる。2002年9月まで、タンポポとユニット掛け持ちとなる。)
2001年1月:ミニモニ。として正式デビュー。
2002年9月23日:タンポポを卒業。
2004年1月:Hello! Project 2004 Winter ~C'MON! ダンスワールド~の中野サンプラザでの公演で辻希美と共に「モーニング娘。」からの卒業を発表。
2004年5月:辻希美と共に新ユニットW(ダブルユー)を結成。
2004年8月:辻希美と共にモーニング娘。を卒業。
2006年2月:2月10日(金)発売の写真週刊誌「FRIDAY」誌面に、「加護亜依がレストランでたばこを吸っていた」と報道された。所属事務所が事実関係を確認したところ、ほぼ報道されている通りであったため、未成年者喫煙禁止法に触れることから、謹慎処分となった[1]。
2007年1月:謹慎中であるが、Hello! Project 2007 Winter ~集結! 10th Anniversary~の最終日に客席から観覧していたという一部報道があった。
2007年2月:2月23日発売の写真週刊誌「FRIDAY」誌面に、加護本人を取材した記事が掲載された。所属事務所で庶務やライブの裏方などを行なっており、喫煙スキャンダルについて「自分のしたことが本当に多くの人に迷惑をかけた」と反省し、「許されるなら歌いたい」と復帰したい意向を表した。この時点で所属事務所は、復帰の時期は依然未定としていたが、吉澤ひとみのモー娘卒業公演(2007年5月)や20歳の誕生日(2008年2月)に復帰の兆しを見込まれていた[2][3][4]。
2007年3月26日:週刊誌「週刊現代」にて、再度喫煙していた疑惑が掲載された。所属事務所が加護本人に事実関係を確認したところ「事実」と述べたため、「2回目という事態を重く受け止める」ということで事務所から契約解除の発表が行なわれ、事実上の芸能界引退が濃厚となった[5]。これを受け、元所属先の芸能プロダクション、アップフロントエージェンシーは所属タレントを再教育すると告知。内容は非公開としている。なお、週刊現代編集長の加藤晴之は、2006年2月のフライデーの報道の当時はフライデー編集部に在籍していた。
2008年4月6日:芸能活動再開の見込みを携帯サイトのインタビューにてコメントした事が報道された。[6]
2008年4月:2度目の喫煙で事務所を解雇された直後に、文房具用のハサミで左手首を切っていたことを告白。加護曰く、「病院にいったら(芸能人だと)ばれるので、病院には行かず、傷口にガーゼなどを当てていた。」とコメントしている。
2008年4月10日:公式ファンクラブの開設と公式ブログをオープン。
2008年5月16日:2年2ヶ月ぶりに公式の場に登場。香港映画出演の為に香港へ向かう途中、成田国際空港にて記者会見を開く。本人によると、ミントキャンディなどを代用して禁煙をしたという。
2008年6月10日:自身のブログで香港映画撮影期間中にサモハン・キンボーに勧められ喫煙した事を告白。
2008年7月:7月4日放送[7]の『さんまのまんま』(関西テレビ)に芸能界に復帰して初めてトーク番組に出演した。番組内では飼い犬トイ・ポメラニアンの「ダウニー」を連れて出演した。
2008年8月10日:大阪市心斎橋のライブハウス『FANJ TWICE』で350人のファンを集めて「加護亜依◇復帰イベントin大阪」が開催[8]され、活動再開後、初めてファンの前で生ライブを行う。その模様を『ミヤネ屋』(読売テレビ)が密着取材し、翌11日に同番組で放送された。

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2008年8月25日:対談エッセイ集の記者会見で「なかなかやめられない。どうしても吸いたくなると吸ってしまう」と、復帰した際に約束した禁煙が出来ていないことを告白。
2008年12月5日付の自身のブログで、治療を行うための精密検査の結果、以前診断されていたメニエール病ではなく、疲労であったことを発表した[9]。以前、2008年11月15日付の自身のブログで、難病メニエール病を患っていることを明かしていた[10]。
2008年12月26日:太田総理の証人喚問!2008年世間を騒がせた21人を徹底追及SP!の放送にて、日に8本ほど(6mg)喫煙していることを告白した。
2009年3月6日:2009年1月に不倫報道をされた俳優の水元秀二郎の元妻から慰謝料を熊本家庭裁判所を通じて調停を申し立てられたことが明らかになった[11]。不倫報道に関して加護はブログで全面否定していた。

出演

テレビドラマ

ナショナル劇場「こちら第三社会部」(2001年9月-12月、TBSなどJNNで放送)
モーニング娘。新春!LOVEストーリーズ『時をかける少女』(2002年新春特番ドラマ、TBSなどJNNで放送。主演・安倍なつみ)芳山綾菜役(安倍が演じるヒロイン・芳山和子の妹役)
ナショナル劇場こちら本池上署・第1~5シリーズ(2002年-、TBSなどJNNで放送)椎名由美役(高嶋政伸演じる主人公・椎名啓介の娘役) 24時間テレビ 「愛は地球を救う」内のドラマ「父さんの夏祭り」(2002年、日本テレビなどNNSで放送。主演・石川梨華)
VICTORY!?フットガールズの青春?(2003年、フジテレビなどFNSで放送。主演・松浦亜弥) ドラマ愛の詩 「ミニモニ。でブレーメンの音楽隊」(2004年3月6日-27日、NHK教育テレビ)第9回-第12回「1949年」主演。 「日本史サスペンス劇場」(2008年8月6日、20日 日本テレビ)千姫役 トンスラ(2008年、日本テレビ) - 小説家 久留米舞 役(第3話、第6話、第11話、最終話)

その他・テレビ番組

ハロー!モーニング。(2000年4月9日-2007年4月1日、テレビ東京ほかTXN)
おはスタ(不定期、テレビ東京)
ティンティンTOWN!(2002年7月5日-2004年3月26日、日本テレビほかNNS)
二人ゴト(2004年5月19日-21日・8月10日-17日、テレビ東京)
魔女っ娘。梨華ちゃんのマジカル美勇伝(2004年12月7日-10日・12月20日-24日、テレビ東京)
さんまのまんま(2005年2月25日、2008年7月4日、関西テレビ)
お笑いワイドショー マルコポロリ!(2008年8月3日、関西テレビ)
快傑えみちゃんねる(2008年8月4日、11月17日、関西テレビ)
ロンドンハーツ(2008年8月5日、テレビ朝日)格付けしあう女たち
グータンヌーボ(2008年8月13日、関西テレビ)
よゐこ部(2008年9月23日、毎日放送)
加護亜依のガールズLOVEトーク(2008年11月5日~、オリコン.TV)
南パラZ!(2008年11月7日、関西テレビ)
ウラネタ芸能ワイド 週刊えみぃSHOW(2008年11月9日、よみうりテレビ)
CHRISTMAS DINNER SHOW(2008年12月20日、都内)
サンデー・ジャポン(2008年12月21日、2009年1月25日、TBS)
パジャマハウス(2009年2月6日、チバテレビ)

ラジオ

タンポポ編集部 OH-SO-RO!(2000年10月3日-2002年9月17日、TBSラジオ)
ミニモニ。のみんなHAPPY!(2001年-2003年、ニッポン放送などNRN)
MBSヤングタウン土曜日(2003年5月10日-2004年3月13日、毎日放送)
タンポポとして各番組に出演
Jam the WORLDシャッフルクイズ(2008年8月の聴取率調査週間、J-WAVE)

CM

W結成前から、辻と組んで、あるいはさらにプラス石川梨華、あるいはプラス松浦亜弥などばかりでソロ仕事はなかった。 詳しくはWの項を参照。

DVD

こちら本池上署/第1シリーズ/DVD-BOX(5枚組)
「加護ちゃんねる。」エイベックス・マーケティング、2008年11月28日発売
「加護ちゃんねる。Vol.2」エイベックス・マーケティング、2008年12月19日発売

書籍

加護亜依 LIVE ~未成年白書~ (2008年8月25日、メディア・クライス) ISBN 978-4-7788-0338-4

写真集

辻希美・加護亜依写真集 辻加護(2002年5月22日、ワニブックス) ISBN 978-4847027109
加護亜依写真集 KAGO ai(2003年11月25日、ワニブックス) ISBN 978-4847027833
月刊加護亜依(2009年1月23日、新潮社)ISBN 978-4-10-790195-8

その他

U+U=W(ユー プラス ユー イコール ダブルユー)(2004年12月4日、竹書房) ISBN 978-4812419472
ゲームラボ2009年2月号

Photo

所属ユニット

モーニング娘。(2000年 - 2004年)
タンポポ(2000年 - 2002年)
シャッフルユニット
黄色5(2001年、T&Cボンバー解散後)
三人祭(2001年)
ハッピー7(2002年)
SALT5(2003年)
H.P.オールスターズ(2004年)
ミニモニ。(2001年 - 2007年)
ポッキーガールズ(2002年、江崎グリコポッキーCMキャラクター)
モーニング娘。さくら組(2003年 - 2004年)
W(ダブルユー)(2004年 - 2007年)

ものまねレパートリー

松浦亜弥(明石家さんまに「悪意がある」と切り捨てられた。(「さんまのまんま」より))
藤本美貴
所ジョージ
明石家さんま
ちびまる子ちゃんのまる子とたまちゃん
うる星やつらのラム
電ボ三十郎(電ボ)(おじゃる丸)
となりのトトロの草壁メイ
松本引越センターのCMに出ていた女の子
松野明美
黒柳徹子
Gackt
マキバオー(みどりのマキバオー)
ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」の長瀬智也
椎名林檎

加護 亜依さんの御紹介ページです!

http://biscuitclub.fc.yahoo.co.jp/

http://netallica.yahoo.co.jp/news/62568

http://www.ho-kago.com/

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小川 範子さんについて

小川 範子

小川 範子(おがわ のりこ 、本名吉田 重美(よしだ しげみ)、1973年7月20日 -)は、東京都立川市出身の女優・歌手・声優。B型。東京都立代々木高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。T156,40kg,B74,W59,H78。所属は、東京宝映を経て、現在はブルックカンパニー(個人事務所 brook=小さい川)。子役時代は、結婚による改姓前の本名である谷本重美(たにもと しげみ)として活動。

来歴

「谷本重美」

6歳のころから劇団東京宝映(現宝映テレビプロダクション)に属し、谷本重美の名で子役として活躍する。初期の子役としてテレビドラマ「鉄道公安官」(ANB) (1979年)。80年から舞台で活躍、82年よりテレビ出演が増える。1980年は舞台『瓦礫の詩』。1981年にはテレビドラマ『岡っ引どぶ』(CX)、舞台『曠野の花嫁たち』・舞台『たけくらべ』に出演、そして舞台『青い鳥』では主演。82年にも舞台『マッチ売りの少女』で主演を務める。1982年からテレビ『噂の刑事トミーとマツ』をはじめ、テレビドラマへの出演が多くなり『大戦隊ゴーグルV』『夫婦さかさま』などを経て、1982年人気番組『やすきよ笑って日曜日』(ANB)にレギュラー出演。同時に、テレビと並んでいくつかの映画にも出ている。1986年には人気ドラマ『特捜最前線』(ANB)「青い殺意・優しい放火魔!」での名演技や、TVのCM『ペプシコーラ/マウンテンデュー』に登場して知られるようになった。さらに、この時期、昼ドラマとして異例のヒットを記録したTVドラマ『愛の嵐』1986年(CX)のひかる役で脚光を浴びた。 また、改名直後に出演した『スタンドバイミー~気まぐれ白書~』(TBS)では、主人公である反抗期の少女役を好演している。

「小川範子」

1987年のテレビドラマ『魔夏少女』から、芸名を本名から「小川範子」に変更している。「水曜ドラマスペシャル」で放送された過激なホラー作品『魔夏少女』はその内容が話題を呼び、彼女の存在感もアピールされ、昭和の名作ホラーと長く語り継がれている。また、人気ドラマ『3年B組金八先生』の特別編、『3年B組金八先生スペシャル6 新・十五歳の母』(TBS 1987年12月25日)にも、妊娠する中学生役(役名、川野君子)で出演(冒頭で下着シーンを描写)して幅広い層に認知され、人気アイドルとしての地位を確立、後藤久美子、高橋かおり、坂上香織、藤谷美紀らとともに、美少女ブームを演出した。1988年には、テレビ朝日「はぐれ刑事純情派」で主人公の安浦刑事の娘ユカ役として出演。以降、2007年まで続く長寿番組となる同作でレギュラー出演を続ける。1989年夏には、TBS「花王 愛の劇場」枠にて放送された「夏色の天使」で主人公堀江野々香と主題歌を担当し、複雑な家庭環境の中で前向きに生きる少女を熱演。これまで主婦層が対象だった昼ドラマに若年層が着目するきっかけを造る。この両作が彼女の代表作となっている。歌手としては、1987年11月には『涙をたばねて』(トーラスレコード)でデビュー。「こわれる」(1988年7月)、「ガラスの目隠し」(1988年11月)とヒットを重ね、この当時、大学学園祭で最も多く招聘された歌手の一人であり、大学生の間で高い人気を誇った。アイドルとしては、子役として積んできた堅実なキャリアや演技力を核に、意志の強さやプロ根性、真面目な性格といったものをうかがわせ、汚れ役もきちんとこなせる女優であると共に情感のある歌い方の出来る歌手であったが、カリスマ的なアイドル人気とは無縁な存在であった。1998年、ひとり芝居『不真面目な十七歳』では初めての恋でエイズウィルスに感染した17歳の少女の役を演じる。1990年にはこれまで所属していた東京宝映を離れ、個人事務所ブルックカンパニーに所属する。歌手デビューして初めて歌った舞台が早稲田祭だという彼女は、その後、1993年に同大学へ入学を果たす。入学試験の際、自己推薦入試にて幼少期からの多彩な芸能活動をアピールし、入学後も女優と大学を両立させて1997年に卒業した。ゼミは国際人権法。1990年代からマニュアルカメラでセルフポートレートを撮るようになる。
2005年7月1日、TBS社員で「スタンドバイミー」制作に関わり交流のあった吉田秋生と結婚。

エピソード

肉類が大の苦手である、というよりは全く食べられない。 「さんまのまんま」に出演した時に明石家さんまに好みの男性のタイプを訊かれ、渡瀬恒彦と答え、17歳当時出演したねるとんね紅鮭団でも同じように好みの男性を渡瀬恒彦と答えている。 谷本重美としてデビューした頃、オムニバスロリータ写真集『Little Angels 少女の詩』(近藤昌良撮影、世文社刊、1980年3月31日)に、「SHIGEMI ~ 6歳」として登場している。SHIGEMIの写真は12カットほどあり、一応芸術的な視点から撮影された写真ではあるものの、少女の性器を無修正ではっきり撮る「ワレメブーム」時代のものであり、全裸4カットなど明らかに狙って撮られた写真が掲載されている。また1981年のロリータ写真集『街には女の子たちがいっぱい』(近藤昌良撮影、群雄社刊、のち笠倉出版社から再版)にも、マグドナルドでポテトを食べている姿で映っている。ロリータモデルのSHIGEMIとしての活動はこの2冊。「小川範子」としてアイドル人気を得た1988年6月、月刊誌「噂の真相」が1988年7月号で「ポスト・ゴクミのアイドル・小川範子ちゃんの”過去”なんと6歳の時にロリータヌード写真集の撮影」としてスクープし、当時、一般紙も含めた様々な媒体で話題となった。

出演

映画

ぼくの熊おじさん (1983年)
グリーンレクイエム (1985年)
雪の断章 (1985年)
やがて…春(1986年) 中山映画
はぐれ刑事純情派 (1989年) 東映=テレビ朝日
WINDS OF GOD (1995年) 松竹第一興行=ケイエスエス
なにわ忠臣蔵 (1997年) ケイエスエス 松竹
ドルフィンスイム (2004年) カエルカフェ

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テレビドラマ

鉄道公安官 第29話「目撃者・C57とヤエモン」(1979年、ANB・東映)
岡っ引どぶ(1981年)
噂の刑事トミーとマツ(1982年、大映テレビ・TBS系)
大戦隊ゴーグルV(1982年)
夫婦さかさま(1982年)
乳姉妹(1986年、大映テレビ・TBS系) - 辻優子(子供時代の回想シーン) 役
愛の嵐(1986年、THK制作・CX系) - 三枝ひかる(少女期) 役
特捜最前線 第490話「青い殺意・優しい放火魔!」(1986年、ANB・東映)
森村誠一サスペンス『シンデレラスター殺人事件』(1987年、KTV)
魔夏少女(1987年、TBS系) - 木下綾 役
スタンドバイミー ~気まぐれ白書~(1987年、TBS系) - 上田伸恵 役
はぐれ刑事純情派(1988年-2007年、ANB系) - 安浦ユカ 役
代議士の妻たち2(1988年、TBS系) - 金森悠子 役
いもうと~異父妹~(1989年、NHK)
花王愛の劇場『夏色の天使』(1989年、TBS系)主演 - 堀江野々香 役
先生のお気に入り!(1991年、TBS系)
東京エレベーターガール(1992年、TBS系)声の出演
泣きたい夜もある(1993年、MBS・TBS系)
ゲーム・ザ・ヘブン(1993年、WOWOWインタラクティブドラマ、秋原正俊制作)
女の言い分(1994年、TBS系) - 西郷静 役
湯けむり純情 ~早春恋物語(1995年、名古屋テレビ)
東芝日曜劇場(TBS系)
『ツッパリ娘が父親の泥棒を見た…』1・2(ともに1988年)
『ちょっとがむしゃら人生』(1991年)
『あら、まッ』(1992年)
『Dearウーマン』 (1996年)
水曜グランドロマン(日本テレビ系)
『思春期外来1』(1989年)
『海はきっと、君にやさしい』(1990年)
月曜ドラマスペシャル(TBS系)
『自主退学』(1990年) - 高木まゆみ 役
『太陽へのラブレター』(1990年)
『霊感商法株式会社』「ラスト・コンサート」(1991年)
『定年、長い余白』(1993年)
『乱歩-妖しき女たち』「密室の少女」(1994年)
『退職刑事の事件帳4 函館・啄木追跡旅行』(1996年)
『出世と左遷』(1996年)
土曜ワイド劇場(テレビ朝日系)
『運命の銃口』(1992年)
『“繭の密室”連続殺人事件』(1998年)
『おばはん刑事!流石姫子2』(1999年)
『火災調査官・紅蓮次郎3』(2004年)
『森村誠一の密閉山脈』(2005年) - 湯浅貴久子 役
火曜サスペンス劇場(東映・NTV系)
『指名手配3』(2000年)
『監察医・室生亜季子29・不完全な心中』(2001年) - 松下泰子 役
『警視庁鑑識班14』(2002年4月9日)- 戸塚香織 役
月曜ミステリー劇場(TBS系)
『警察庁特別広域捜査官宮之原警部 丹後浦島伝説殺人事件』(2003年)
女と愛とミステリー(TX系)
『窓際信金マンの事件帳簿2』(2004年)
金曜エンタテイメント(CX系)
『ドクター小石の事件カルテ2』(2006年)
NHK大河ドラマ
『葵徳川三代』(2000年)- 九条完子 役
ひとりじゃないの(2001年、MBS制作・TBS系) - 和泉珠子 役
チェオクの剣(NHK) - 主人公・チェオク声の吹き替え
サラリーマン金太郎 第7話(2008年、EX系) - 北森美奈子 役

舞台

女たちの十二夜(1993年)
シェルブールの雨傘(1993年、96年、97年)
ザ・サウンド・オブ・ミュージック(1995年)
月川理髪店の午後(1996年)
不真面目な十七歳(1998年、99年)
あのこは だあれ?(2004年)
マリーアントワネット(2004年)

ラジオ

Radio THIS 茶屋町学園(MBSラジオ)
小川範子 だって15才(ニッポン放送)
小川範子 素顔で片思い(ニッポン放送)
小川範子 アンバランスヒロイン(文化放送)
おちゃめな夜だよいたずらレモン(ニッポン放送)

その他

ビロードうさぎ (絵本が原作のCDドラマのナレーター)
No.Ri.Ko
1988年12月4日にPCエンジンCD-ROM2用ソフトとしてハドソンから発売。作中でヒロインとして実写で登場。内容はアドベンチャーゲーム方式でバーチャルデートをするというものだった。同ソフトはPCエンジンCD-ROM2システム本体と同時発売で、世界初のCD-ROMソフトだったことから、小川範子は世界初のCD-ROMに生声が収録された人物となった。
さんまのまんま(関西テレビ)
空飛ぶグータン〜自分探しバラエティ〜(関西テレビ・フジテレビ系列)
徹子の部屋(テレビ朝日系列)
愛のエプロン(テレビ朝日系列)
出没!アド街ック天国(テレビ東京系列)
おはよう朝日です(朝日放送)
キュート特捜隊(1991年、WOWOWのバラエティ番組)みうらじゅんと共に司会をつとめる。
おはなしのくに(NHK教育)
「とべないホタル」小沢 昭巳・原作の童話の語り
メディアと教育(NHK教育)
一枚の写真(フジテレビ)
オールスター感謝祭(TBS系列)
スタジオパークからこんにちは(NHK総合)

音楽

シングル

「涙をたばねて」 (1987.11.25) 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:萩田光雄
c/w 嘆きの天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:萩田光雄
「永遠のうたたね」 (1988.03.05) 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:萩田光雄
c/w 好きにならないで 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:萩田光雄
「こわれる」 (1988.07.13) 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
c/w 夜明けのクロスワード 作詞:川村真澄/作曲・編曲:井上ヨシマサ
「ガラスの目隠し」 (1988.11.15) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
c/w 頬に、胸に 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
「桜桃記」 (1989.03.08) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
c/w 翼の跡 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
「夏色の天使」 (1989.07.12) 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
c/w そのとき 作詞:川村真澄/作曲:吉実明宏/編曲:米光亮
「無実の罪」 (1989.11.15) 作詞:松井五郎/作曲:上田知華/編曲:新川博
c/w 矛盾 作詞:松井五郎/作曲:徳永英明/編曲:新川博
「ひとみしりAngel ~天使たちの Lesson ~」 (1990.03.14) 作詞:風堂美起/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:新川博

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c/w 一番遠い10センチ 作詞:高柳恋/作曲:井上ヨシマサ/編曲:新川博
「バスルームの幻想」 (1990.07.04) 作詞:川村真澄/作曲:樫原伸彦/編曲:Patrice PEYRIERAS
c/w 月光線 作詞:川村真澄/作曲:上田知華/編曲:Patrice PEYRIERAS
「マリオネットは眠らない」 (1990.12.05) 作詞:高柳恋/作曲:吉実明宏/編曲:藤原いくろう
c/w さよならは踊る 作詞:森本抄夜子/作曲:JULIA/編曲:米光亮
「寝た子を起こす子守唄」 (1991.03.27) 作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童/編曲:鶴由雄
c/w つまさき 作詞:川村真澄/作曲:多々納好夫/編曲:鶴由雄
「8月のカレンダー」 (1991.09.27) 作詞・作曲:深野義和/編曲:野村豊
c/w お月様にも嫌われちゃいそう 作詞:しげみ/作曲・編曲:篠田元一
「素直にジェラシー」 (1992.07.22) 作詞:古賀勝哉/作曲:山口美央子/編曲:岩本正樹
c/w しんかろんの歌 ~「極楽蜻蛉一家の贈り物」より~ 作詞:加藤幸子/作曲:義野裕明/編曲:岩本正樹
「恋をしようと思う」 (1993.03.24) 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:若草恵
c/w BLUE SKY 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:若草恵
「愛されすぎて」 (1993.09.08) 作詞・作曲:美雪/編曲:山川恵津子
c/w もう一度会いたい 作詞・作曲:飯島真理/編曲:山川恵津子
「レクイエム」 (1994.11.09) 作詞:林あまり/作曲:筒美京平/編曲:山川恵津子
c/w 臆病なライオン 作詞:工藤順子/作曲・編曲:山川恵津子
「信じていいよね」 (1995.3.29) 作詞:工藤順子/作曲:羽場仁志/編曲:林有三
c/w EYE TO EYE 作詞・作曲:城軽美/編曲:都筑孝
「それぞれの愛」 (1995.9.25) 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:岸村正実
c/w 夏のこだま 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:岸村正実
「会いたいと思えたらいいね」 (1996.01.25) 作詞:白峰美津子/作曲:岡本朗/編曲:岸村正実
c/w 思い出の向こうに 作詞:大津あきら/作曲:都志見隆/編曲:若草恵
「GURU・GURU・SURU・YORU」 (1996.04.25) 作詞・作曲:城軽美/編曲:都筑孝
c/w 彼女(オードリー)になりたい 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:難波弘之
「湿地帯と金魚」(マキシ・シングル) Ogawa名義 (1999.11.27)
01. 湿地帯と金魚 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
02. 書斎 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
03. BED-SIDE 作詞:林あまり/作曲・編曲:ヲノサトル
04. 湿地帯と金魚(COOL BOSSA MIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
05. 書斎(CHAMBER MIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲:ヲノサトル/編曲:渋谷慶一郎
「波のトリコになるように」 (2004.11.21) 作詞:サエキけんぞう/作曲・編曲:菊地成孔
アニメ「月詠 -MOON PHASE-」挿入歌。(marianne Amplifier feat. yukaが歌う同アニメエンディングテーマ「悲しい予感」と同時収録)
「悲歌・宿命」 (2005.12.14)
01. 悲歌 作詞:キム・ヘウン(日本語詞:くれようこ)/作曲:ピョ・コンス/編曲:Shek
02. 宿命~チェオクナレーションバージョン~ 作詞:ホン・ジュ(日本語詞:くれようこ)/作曲:ジョン・ギソク/編曲:Shek
03. 宿命 作詞:ホン・ジュ(日本語詞:くれようこ)/作曲:ジョン・ギソク/編曲:Shek

アルバム

『こわれる 〜好きとつたえて 好きとこたえて〜』 (1988.07.24)
01. 渓のおくりもの 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
02. 甘い涙 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:井上ヨシマサ
03. 水浴プラネット 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
04. 架空の思い出 作詞:川村真澄/作曲:関口誠人/編曲:井上ヨシマサ
05. こわれる 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
06. 花のような嘘つきに 作詞:川村真澄/作曲:吉実明宏/編曲:井上日徳
07. 永遠のうたたね 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:萩田光雄
08. 目覚め 作詞:川村真澄/作曲:三浦一年/編曲:米光亮
09. 秋天的童話 作詞:川村真澄/作曲:多々納好夫/編曲:井上日徳
10. 夜はやさし 作詞:川村真澄/作曲:杉村雅祥/編曲:井上日徳
『そのとき』 (1989.7.26)
01. 夏色の天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
02. 砂のページ 作詞:川村真澄/作曲:米光亮/編曲:鶴由雄
03. 等身地図 作詞:川村真澄/作曲:三浦一年/編曲:中村哲
04. 夢・星・風 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
05. イギリス海岸 作詞:川村真澄/作曲:岸正之/編曲:中村哲
06. 桜桃記(ひとひら) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
07. あれが最後のほほ笑み 作詞:川村真澄/作曲・編曲:米光亮
08. ウイスパー・ダンス 作詞:川村真澄/作曲:五十嵐浩晃/編曲:米光亮
09. 星の地図 作詞:川村真澄/作曲:福島邦子/編曲:鶴由雄
10. 果てしない物語 作詞:川村真澄/作曲:福島邦子/編曲:井上日徳
『彼と彼女』(1990.07.18)
01. 気まぐれ天体(ステラ) SARA PERCHE TI AMO 作詞:GHINAZZI ENZO、PACE DANIELE(日本語詞:川村真澄)/作曲:FARINA DARIO/編曲:Patrice PEYRIERAS
02. 彼と彼女 作詞:川村真澄/作曲・編曲:Patrice PEYRIERAS
03. 悲しき選択 作詞:川村真澄/作曲:多々納好夫/編曲:Patrice PEYRIERAS
04. 悲しみにかくれて 作詞:森本抄夜子/作曲:中崎英也/編曲:Patrice PEYRIERAS
05. カフェ・カルデサック 作詞:森本抄夜子/作曲:吉実明宏/編曲:Patrice PEYRIERAS
06. B.F(ボーイフレンド) 作詞:松山猛/作曲:遠藤京子/編曲:Patrice PEYRIERAS
07. バスルームの幻想 作詞:川村真澄/作曲:樫原伸彦/編曲:Patrice PEYRIERAS
08. 八月、雨の朝 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:Patrice PEYRIERAS
09. 夜の平行線 作詞:川村真澄/作曲:羽田一郎/編曲:Patrice PEYRIERAS
10. LE POLLEN 作詞:森本抄夜子/作曲:樫原伸彦/編曲:Patrice PEYRIERAS
『おもちゃ箱あけない』 (1991.09.27)
01. ひとり想い 作詞・作曲:新沢としひこ/編曲:野村豊
02. 写真 作詞:野坂敦子、しげみ/作曲:浅見昂生/編曲:篠田元一
03. 霧雨にMiss You 作詞・作曲:新沢としひこ/編曲:野村豊
04. たそがれはピアニッシモ 作詞・作曲:新沢としひこ/編曲:野村豊
05. 強風波浪注意報発令 作詞・作曲:新沢としひこ/編曲:野村豊
06. Sunday Rain 作詞・作曲:新沢としひこ/編曲:野村豊
07. 8月のカレンダー 作詞・作曲:深野義和/編曲:野村豊
08. ゆめ…… 作詞:野坂敦子/作曲:浅見昂生/編曲:篠田元一
09. 星に願いを 作詞・作曲:深野義和/編曲:野村豊
10. おもちゃ箱あけない 作詞:野坂敦子/作曲:浅見昂生/編曲:篠田元一
『どうしてこんなに好きなんだろう』 (1992.08.12)
01. どうしてこんなに好きなんだろう 作詞:古賀勝哉/作曲:JULIA/編曲:萩田光男
02. 恋より嬉しい雨はない 作詞:古賀勝哉/作曲:藤井宏一/編曲:岩本正樹
03. かきかけの手記のように 作詞:石川あゆ子/作曲:松本俊明/編曲:岩本正樹
04. それでも好き 作詞:渡辺なつみ/作曲:JULIA/編曲:岩本正樹
05. 雨の休日 作詞:小川範子/作曲:山口美央子/編曲:岩本正樹
06. 今日の日を胸に忘れない 作詞:渡辺なつみ/作曲:JULIA/編曲:岩本正樹
07. これでいいの 作詞:石川あゆ子/作曲:松本俊明/編曲:岩本正樹
08. 素直にジェラシー 作詞:古賀勝哉/作曲:山口美央子/編曲:岩本正樹
09. あたたかなほほえみ 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:岩本正樹
10. 橋 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:斉藤昇
『小川範子サマー・コンサート'92 Dix Neuf Ans』(ライブアルバム)(1992.10.28)
01. メドレー
〜涙をたばねて 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:樫原伸彦
〜永遠のうたたね 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:樫原伸彦
〜こわれる 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:樫原伸彦
〜ガラスの目隠し 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:樫原伸彦
〜桜桃記(ひとひら) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:樫原伸彦
〜夏色の天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:樫原伸彦
〜無実の罪 作詞:松井五郎/作曲:上田知華/編曲:樫原伸彦
〜ひとみしりAngel 〜天使たちのLesson〜 作詞:風堂美起/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:樫原伸彦
〜バスルームの幻想 作詞:川村真澄/作曲・編曲:樫原伸彦
02. 素直にジェラシー 作詞:古賀勝哉/作曲:山口美央子/編曲:樫原伸彦
03. どうしてこんなに好きなんだろう 作詞:古賀勝哉/作曲:JULIA/編曲:樫原伸彦
04. カフェ・カルデサック 作詞:森本抄夜子/作曲:吉実明宏/編曲:樫原伸彦
05. 星のかけら 作詞:小川範子/作曲:奈良敏博/編曲:樫原伸彦
06. B.F.(ボーイフレンド) 作詞:松山猛/作曲:遠藤京子/編曲:樫原伸彦
07. あたたかなほほえみ 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:樫原伸彦
08. 橋 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:樫原伸彦
09. つまさき 作詞:川村真澄/作曲:多々納好夫/編曲:樫原伸彦
10. 渓(みず)のおくりもの 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:樫原伸彦
『恋をしようと思う』(1993.09.29)
01. 風の中で 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:根岸貴幸
02. 彼女(オードリー)になりたい 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:難波弘之
03. 恋をしようと思う(with strings) 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:長谷川智樹
04. 愛されすぎて 作詞・作曲:美雪/編曲:山川恵津子
05. おばあちゃんの老眼鏡 作詞:片桐麻美/作曲:豊広純子/編曲:根岸貴幸
06. 二度と眠れない 作詞:林あまり/作曲:JULIA/編曲:長谷川智樹
07. 禁じられた愛情 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:難波弘之
08. BLUE SKY 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:若草恵
09. もう一度会いたい 作詞・作曲:飯島真理/編曲:山川恵津子
『人喰い hi to ku i』 Ogawa名義 (2000.07.20)
01. 人喰い 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
02. フレンチドレッシング 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
03. 灼熱の国のアリス 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
04. Bed-Side 作詞:林あまり/作曲・編曲:ヲノサトル
05. 湿地帯と金魚 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
06. 書斎(CHAMBER MIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲:ヲノサトル/編曲:渋谷慶一郎
07. 灼熱の国のアリス(CALIENTE MIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
08. 湿地帯と金魚(COOL BOSSA MIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
09. 人喰い(JUCY CLASSIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
『ホオズキ』 Ogawa名義 (2001.10.07)
01. ホオズキ 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
02. Queen,King,Joker 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
03. ヴァンパイヤ 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
04. 星 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
05. 共謀者 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
06. 90年代 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
07. ヴァンパイヤ(Virtual philharmony Mix) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
08. 共謀者(Groove Mix) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
『ただ愛のために〜Aimez-moi pour amour〜』(2002.11.30)
01. 雪の夜 日本語詞:小川範子/作曲:J.S.Bach/編曲:ヲノサトル
02. Vapor〜水の記憶〜 日本語詞:仁科佐規/作曲:C.Debussy/編曲:ヲノサトル
03. 朝のソナタ 日本語詞:林あまり/作曲:L.V.Beethoven/編曲:ヲノサトル
04. 鳥になる日 日本語詞:仁科佐規/作曲:G.Faure/編曲:ヲノサトル
05. 遠い夏 日本語詞:葦尾タキヨ/作曲:G.Faure/編曲:ヲノサトル
06. 夜の翼 日本語詞:葦尾タキヨ/作曲:J.Brahms/編曲:ヲノサトル
07. ただ愛のために〜Aimez-moi pour amour〜 /作曲:F.Chopin/編曲:ヲノサトル
08. 散歩 日本語詞:葦尾タキヨ/作曲:E.Satie/編曲:ヲノサトル

ミニアルバム

『涙をたばねて〜あなたへの独り言〜』(1987.12.25)
01. 独り占め片思い 作詞:川村真澄/作曲:吉実明宏/編曲:萩田光雄
02. すなおになれたら 作詞:川村真澄/作曲・編曲:井上ヨシマサ
03. Chime 作詞:川村真澄/作曲:佐藤健/編曲:小林信吾
04. あなた(朗読) 詩:椋本涼子/作曲・編曲:井上ヨシマサ
05. 涙(朗読) 詩:きのゆり/作曲・編曲:井上ヨシマサ
06. 涙をたばねて 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:萩田光雄
『ガラスの目隠し〜聖らかな夜ひとりで…』(1988.12.04)
01. 聖らかな夜 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
02. 寂しまぎれ 作詞:川村真澄/作曲:尾関昌也/編曲:米光亮
03. 冬の嵐 作詞:川村真澄/作曲:内田成滋/編曲:米光亮
04. 悲しみを愛してた 作詞:川村真澄/作曲:三浦一年/編曲:米光亮
05. 青空に花火 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
06. ガラスの目隠し 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
『無実の罪〜逢えない夜 あなたが遠い〜』(1989.12.08)
01. ONE SIDED X'MAS 作詞・作曲:小林孝至/編曲:鶴由雄
02. 恋愛小説 作詞:高柳恋/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:水島康貴
03. 無実の罪 作詞:松井五郎/作曲:上田知華/編曲:新川博
04. 虹が消えた 作詞:高柳恋/作曲:羽田一郎/編曲:中村哲
05. Dreamy Dynamite 作詞:松井五郎/作曲:根本要/編曲:鶴由雄
06. 午前4時の不眠症 作詞:高柳恋/作曲:五十嵐浩晃/編曲:岩崎文紀
『好奇心』(1990.12.05)
01. 恋人達のクリスマス・イヴ 作詞:高柳恋/作曲:片倉三起也/編曲:岩崎文紀
02. 好奇心 作詞:川村真澄/作曲・編曲:河野土洋
03. 可愛い私 作詞:森本抄夜子/作曲:松宮恭子/編曲:鶴由雄
04. 月光果実店 作詞:森本抄夜子/作曲:三浦一年/編曲:岩崎文紀
05. Snow Blue あなたは知らない 作詞:松井五郎/作曲・編曲:河野土洋
06. サスペンス 作詞:川村真澄/作曲:樫原伸彦/編曲:米光亮
『Request』(1992.12.02)
01. 涙をたばねて 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:萩田光雄
02. 恋愛小説 作詞:高柳恋/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:水島康貴
03. カフェ・カルデサック 作詞:森本抄夜子/作曲:吉実明宏/編曲:Patrice PEYRIERAS
04. 渓のおくりもの 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮

ベストアルバム

『吟遊少女』(1990.03.28)
01. 涙をたばねて 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:萩田光雄
02. 永遠のうたたね 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:萩田光雄
03. こわれる 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
04. ガラスの目隠し 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
05. 駱駝の秘密(朗読) 詩:しげみ/作曲・編曲:鶴由雄
06. 桜桃記(ひとひら) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
07. 夏色の天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
08. 無実の罪 作詞:松井五郎/作曲:上田知華/編曲:新川博
09. ひとみしりAngel 〜天使たちのLesson〜 作詞:風堂美起/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:新川博
10. 旅(朗読) 詩:しげみ/作曲・編曲:鶴由雄
『Remix Best 八月のカレンダー』 (1991.12.20)
01. 八月のカレンダー 作詞・作曲:深野義和/編曲:野村豊
02. 寝た子を起こす子守唄 作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童/編曲:鶴由雄
03. ひとみしりAngel 〜天使たちの Lesson 〜 作詞:風堂美起/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:新川博
04. 無実の罪 作詞:松井五郎/作曲:上田知華/編曲:新川博
05. 寂しまぎれ 作詞:川村真澄/作曲:尾関昌也/編曲:米光亮
06. 夏色の天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
07. 桜桃記(ひとひら) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
08. こわれる 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
09. 永遠のうたたね 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:萩田光雄
10. 涙をたばねて 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:萩田光雄
『スーパー・バリュー』(2001.12.19)
01. 涙をたばねて 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:萩田光雄
02. 永遠のうたたね 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:萩田光雄
03. こわれる 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
04. ガラスの目隠し 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
05. 桜桃記(ひとひら) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
06. 夏色の天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
07. 無実の罪 作詞:松井五郎/作曲:上田知華/編曲:新川博
08. ひとみしりAngel 〜天使たちのLesson〜 作詞:風堂美起/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:新川博
09. バスルームの幻想 作詞:川村真澄/作曲:樫原伸彦/編曲:Patrice PEYRIERAS
10. マリオネットは眠らない 作詞:高柳恋/作曲:吉実明宏/編曲:藤原いくろう
『GOLDEN☆BEST 小川範子 -トーラス・シングル・コレクション-』(2006.03.01)
01. 涙をたばねて 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:萩田光雄
02. 永遠のうたたね 作詞:川村真澄/作曲:山川恵津子/編曲:萩田光雄
03. こわれる 作詞:川村真澄/作曲:中崎英也/編曲:米光亮
04. ガラスの目隠し 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
05. 桜桃記(ひとひら) 作詞:川村真澄/作曲:JULIA/編曲:米光亮
06. 夏色の天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
07. 無実の罪 作詞:松井五郎/作曲:上田知華/編曲:新川博
08. ひとみしりAngel 〜天使たちのLesson〜 作詞:風堂美起/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:新川博
09. バスルームの幻想 作詞:川村真澄/作曲:樫原伸彦/編曲:Patrice PEYRIERAS
10. マリオネットは眠らない 作詞:高柳恋/作曲:吉実明宏/編曲:藤原いくろう
11. 寝た子を起こす子守唄 作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童/編曲:鶴由雄
12. 8月のカレンダー 作詞・作曲:深野義和/編曲:野村豊
13. 素直にジェラシー 作詞:古賀勝哉/作曲:山口美央子/編曲:岩本正樹
14. 恋をしようと思う 作詞・作曲:遠藤京子/編曲:若草恵
15. 愛されすぎて 作詞・作曲:美雪/編曲:山川恵津子
16. レクイエム 作詞:林あまり/作曲:筒美京平/編曲:山川恵津子
17. 信じていいよね 作詞:工藤順子/作曲:羽場仁志/編曲:林有三
18. それぞれの愛 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:岸村正実
『小川範子 アルバムベスト☆ -セルフ セレクション- 魔法のレシピ』(2007.11.21)
Disc 1 春&夏
01. 橋 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:斉藤昇
02. 秋天的童話 作詞:川村真澄/作曲:多々納好夫/編曲:井上日徳
03. 目覚め 作詞:川村真澄/作曲:三浦一年/編曲:米光亮
04. イギリス海岸 作詞:川村真澄/作曲:岸正之/編曲:中村哲
05. 悲しき選択 作詞:川村真澄/作曲:多々納好夫/編曲:Patrice Peyrieras
06. 彼と彼女 作詞:川村真澄/作曲・編曲:Patrice Peyrieras
07. B.F(ボーイフレンド) 作詞:松山猛/作曲:遠藤京子/編曲:Patrice Peyrieras
08. フレンチドレッシング 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
09. 湿地帯と金魚(COOL BOSSA MIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
10. 灼熱の国のアリス(CALIENTE MIX) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
11. ヴァンパイヤ(Virtual philharmony Mix) 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
12. Queen,King,Joker 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
13. ホオズキ 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
14. ゆめ…… 作詞:野坂敦子/作曲:浅見昂生/編曲:篠田元一
15. 夜明けのクロスワード 作詞:川村真澄/作曲・編曲:井上ヨシマサ
16. ウイスパー・ダンス 作詞:川村真澄/作曲:五十嵐浩晃/編曲:米光亮
17. 夏のこだま 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:岸村正実
18. どうしてこんなに好きなんだろう 作詞:古賀勝哉/作曲:JULIA/編曲:萩田光男
Disc 2 秋&冬
01. ただ愛のために〜Aimez-moi pour amour〜 作曲:フレデリック・ショパン/編曲:ヲノサトル

2081   

02. 嘆きの天使 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:萩田光雄
03. 独り占め片思い 作詞:川村真澄/作曲:吉実明宏/編曲:萩田光雄
04. 青空に花火 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
05. 恋愛小説 作詞:高柳恋/作曲:楠瀬誠志郎/編曲:水島康貴
06. 聖らかな夜 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
07. 恋人達のクリスマス・イヴ 作詞:高柳恋/作曲:高倉三起也/編曲:岩崎文紀
08. 星に願いを 作詞・作曲:深野義和/編曲:野村豊
09. 渓のおくりもの 作詞:川村真澄/作曲:井上ヨシマサ/編曲:米光亮
10. カフェ・カルデサック 作詞:森本抄夜子/作曲:吉実明宏/編曲:Patrice Peyrieras
11. 好奇心 作詞:川村真澄/作曲・編曲:河野土洋
12. 風の中で 作詞・作曲:片桐麻美/編曲:根岸貴幸
13. 人喰い 作詞:蒼井紅茶/作曲・編曲:ヲノサトル
14. 雪の夜 日本語詞:小川範子/作曲:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ/編曲:ヲノサトル
15. 散歩 日本語詞:葦尾タキヨ/作曲:エリック・サティ/編曲:ヲノサトル
16. 一番遠い10センチ 作詞:高柳恋/作曲:井上ヨシマサ/編曲:新川博
17. つまさき 作詞:川村真澄/作曲:多々納好夫/編曲:鶴由雄
18. 魔法のレシピ 作詞:小川範子/作曲:葦尾タキヨ/編曲:山川恵津子

DVD

『LIVE NORIKO OGAWA IN GLORIA CHAPEL』ライブDVD 2003/3/21キリスト品川教会

書籍

写真集『こわしたくない…』(講談社)1988年
カセットポエム&フォト『童詩/わらべうた』(近代映画社)1988年
写真集『季節絵日記』(ワニブックス)1989年
吟遊少女(CBS・ソニー出版)1989年
RIO(富士見書房)1990年(笹本祐一著のフォトノベル。RIOに扮した写真が多数掲載されている)
写真集『TAKAN』(白泉社)1990年
小川範子のおっこらせ日記 フォトエッセイ集(角川書店)1990年
夢・シンフォニー 小川範子(文)+おおた慶文(画)(白泉社)1991年
月刊 小川範子(新潮社)(写真 藤代冥砂)2000年

小川範子さんの御紹介ページです!

http://ogawa.mails.ne.jp/

http://spysee.jp/%E8%B0%B7%E6%9C%AC%E9%87%8D%E7%BE%8E

小川範子さんのご親戚が経営されているお店おがわ屋です!

http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13043571/

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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吉岡 美穂さんについて

吉岡 美穂

吉岡 美穂(よしおか みほ、本名・日根 美穂ひね みほ1980年2月3日 - )は日本のタレント、女優。元レースクイーン。 元トリンプ下着キャンペーンガール。大阪府東大阪市出身、大阪府立布施北高等学校卒業。身長169cm、スリーサイズはB85 W59 H87。靴のサイズは24.5cm、血液型はA型。ワンエイトプロモーション所属。

来歴とエピソード

2000年サントリーDハイ小町及び全日本GT選手権マリオレーシングチームのキャンペーンガールとなり業界入り。翌2001年はトリンプの下着キャンペーンガールを務めつつグラビア等で徐々に頭角を現し、2002年には「掛けてミホ!?」のキャッチフレーズと共にアデランスのCMでブレイク、ドラマに初主演するなど一気にスターダムを駆け昇った。B.V.D.のキャンペーンガールも務めており、男性用・女性用両方の下着販促に関わった事になる。

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デビュー当初はインリン、榎木らんと共に「ミイラン」と言う期間限定ユニットを組んで活動した。また、グラビア等が活動のメインであった初期はいわゆる「癒し系タレント」の一人に数えられたが、現在ではバラエティ番組での天然ボケキャラの方がより認知されている。また、女優としてはさほど癒しのイメージではなく、むしろ強気な役柄にキャスティングされる。 東大阪市出身ではあるが、テレビ、ラジオなどで一般に視聴される限りにおいて全くと言っていいほど河内弁が使われることはなく、イントネーションについても標準との違和感を覚えない。しかし、ゴチャ・まぜっ!金スペではよゐこ始め関西人に囲まれてるせいか、自然な関西弁がでることが多い。そのため、ゴチャ・まぜっ!|ゴチャ・まぜっ!金スペは吉岡の関西弁が聞ける貴重な番組でもある。 毎日放送関西ローカルのミニドラマ「美穂日和」内での会話シーンでは河内弁が使われた。 料理は得意で、毎週土曜日夕方、テレビ朝日関東ローカル番組「ごはんがすすむホットテーブル」(東京電力提供)で自らその腕を振るい、主婦層からの人気もあると言われる。 競馬番組「あしたのG」に出演時には、あまりにも予想を外す事から「吉岡予想の裏を行けば当たる」、「吉岡が本命に選んだ馬はほぼ確実に連対から外れる」といった状況となり、「逆女神」、「本命クラッシャー」との称号が存在した。以下などは吉岡が本命と予想したコスモバルク号の例である。 ジャパンカップにて2着となり、GI連敗を16で止めた。 皐月賞、日本ダービー、菊花賞、有馬記念のすべてで吉岡が本命と予想したことで、コスモバルク号は制覇を逃したとの声がある。など。尚、番組終了後は講談社の写真週刊誌「フライデー」などで競馬予想を継続している。 プライベートでは、乙葉、伊東美咲などとの交友が深い(2人とは「逮捕しちゃうぞ」で共演)。なお、乙葉とはジョージアのCMでも共演している。 クイズ番組で三角形の内角の和について聞かれた時真顔で「20度?」と発言し、周りが引いたことがある。 2006年07月01日「PRIDE無差別級グランプリ2006 2ndROUND」にゲストコメンテーターとして出演。番組中、フジテレビが中継していた頃のPRIDEを見ていたと言っていたが、実況の矢野武アナの振りの返しに困っていたため、格闘技を見たのは初めてに近いと思われる。同じくPRIDE観戦は初めてと思われる南明奈がフレッシュレポーターとして継続してPRIDE中継に出ているのに対し、吉岡はこの1回のみであった。 ラジオ番組等座ってトークをする際によく片手、時には両手の人差し指を自分のほっぺにさしている。現在のラジオレギュラー番組ゴチャ・まぜっ!金スペ(GyaOのバラエティチャンネルで視聴可)でもしばしば見られることから、トークする時の癖だと思われる。 福山雅治の「Gang★」のPVで加藤晴彦と共演している。日本最大級の恋愛・結婚コミュニティーサイト「ピュアアイ」のイメージガールを務めた経験がある。
2006年11月9日SHAZNAのIZAMとの結婚を報道された。吉岡は妊娠3ヶ月、できちゃった結婚。
2007年4月17日3066gの男児を出産する。
2007年11月1日出産後、初めてイベントに登場し復帰。今後は仕事と家庭の両立をすると発言。
2008年9月14日、第二子の妊娠が発表される。
2008年11月7日2678gの女児を出産。

賞詞
2001年、第1回レースクイーン・オブ・ザ・イヤー受賞。
2002年度、第40回ゴールデン・アロー賞グラフ賞受賞。

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出演

テレビ

ドラマ
木曜ドラマ「逮捕しちゃうぞ」(2002年10月 - 12月、EX系)佐賀沙織役
深夜シリーズドラマ「Pな彼女」第3シリーズ(2002年9月、TBS系)後藤美奈子役・主演
「クニミツの政」(2003年7月 - 9月、KTV製作CX系)吉長小百合役
土曜ドラマ「あした天気になあれ。」(2003年10月 - 12月、NTV系)栗尾春香役
木曜ドラマ「電池が切れるまで」(2004年4月 - 6月、EX系)本条麻衣子役
木曜ドラマ「黒革の手帖」(2004年10月 - 12月、EX系)紺野澄江役
深夜ドラマディビジョン1「miracle」(2005年1月 - 3月、CX)野仲果歩役
日曜劇場「Mの悲劇」(2005年1 - 3月、TBS系)中西 瞳役
「美穂日和」 ミニドラマ(2005年12月 - 2006年2月、毎日放送)MIHO役
劇団演技者。第16回「ナーバスな虫々」(2006年2月 - 、CX)珠井妃価子役

バラエティ番組レギュラー
ミニ番組「オレンジページの料理のいろは」(EX)
「三宅裕司のドシロウト」(2002年4月 - 2006年3月、KRY制作NTV系)
深夜生番組「本能のハイキック!」(2002年4月 - 9月、CX)
「芸能人が通う診察室」(NTV)
ミニ番組「ごはんがすすむホットテーブル」(EX)
「征平・宮根のクチコミぃ!?」(2005年10月 - 、TVO)

その他の番組
「イタリア語会話」(2002年 - 2003年、NHK教育)生徒
競馬予想番組「あしたのG」(2003年4月 - 2004年12月、CX)番組ナビゲーター(司会進行)

映画
「巌流島 GANRYUJIMA」(2003年10月)
かめ 役(映画初出演)
監督 & 原作:千葉誠治
共演:本木雅弘、田村淳、西村雅彦、筧利夫 ほか
「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」(2003年12月、東宝)
第25代目ヒロイン役
監督:手塚昌明
共演:金子昇、中尾彬、高杉亘、長澤まさみ ほか
「KARAOKE -人生紙一重-」(2005年5月、GP-GATE)
村岡洋子 役・ヒロイン
監督:辻裕之
共演:押尾学、宇崎竜童、室井滋、貫地谷しほり ほか
原作:大下英治
「夏音 -Caonne」(2006年7月、「夏音 -Caonne」製作委員会)
日高マリア 役
監督:IZAM
共演:杉山彩乃、加勢大周、北条隆博、鈴木蘭々 ほか
「あなたを忘れない」(2007年1月、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)
小島朝子 役
監督:花堂純次
共演:イ・テソン、マーキー、竹中直人、金子貴俊 ほか

DVDオリジナル作品、ビデオ・オリジナル作品
「隣之怪 壱談 フレーム」(2006年、ワーナー・ホーム・ビデオ)
主人公 達也の妻役(作中で役名は明かされず)
監督:横井健司
共演:白石朋也、 南まい、 木原浩勝 ほか
原作者:木原浩勝

ラジオ番組レギュラー
BODYWILD Present吉岡美穂のワイルドで行こう(FM大阪&FM東京)
オレたち×××やってま~す月曜日(2001年4月 - 9月、MBSラジオ)
日本エスコン吉岡美穂 素顔でSWEET ROOM(2004年10月 - 2005年3月、ニッポン放送)
ハイパーナイト土曜 ド・ミ・ホ(2004年10月 - 2005年9月、CBCラジオ)
おしゃべりやってまーす月曜日(2003年5月 - 9月、K'z Station)
オレたちヒーロー(2003年10月 - 2004年3月、MBSラジオ)
ヤングパーク
ヤングパーク延長戦・トレン丼(2004年4月 - 9月、MBSラジオ)
ヤングパーク延長戦・2時まで生風討論(2004年10月 - 2005年3月、MBSラジオ)
シャカリキ!延長戦V3(2005年4月 - 9月、MBSラジオ)
ゴチャ・まぜっ!金スペ(2005年10月 - 2007年1月、MBSラジオ)

CM
サントリー 「Dハイ小町」(2000年)
ワコール(2000年7月 - 12月)
トリンプ・インターナショナル・ジャパン 下着キャンペーンガール(2001年)
スパワールド 「スパプー」イメージキャラクター(2001年7月 -9月)
メディア 「0060えむ電6円電話」(2002年4月 - 12月)
アデランス(2002年9月 - )
日清食品 「麺の達人」(2002年9月 - )
富士フイルム コンパクトカメラ 「silvi F2.8」(2002年10月 - 2003年9月)
日本コカ・コーラ 「ジョージア」(2003年1月 - 12月)
アシハラ「ジュエリー各種」(2003年1月 - 12月)
NTTレゾナント 「goo」(2003年 - 2004年)

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日本損害保険協会 「自動車自賠責保険加入促進」(2003年3月 - 5月)
グンゼ「BODY WILD」(2003年4月 - 2004年3月)
シーエー・キャピタル インターネット貸取引 「外貨ex」(2003年11月 - )
ライオン 「ビトゥイーン歯ブラシ」(2004年2月 - )
麻薬・覚せい剤乱用防止センター 「ダメ。ゼッタイ。」イメージキャラクター(2005年4月 - )
新エネルギー財団 「住宅用太陽光発電導入促進事業」イメージキャラクター(2005年4月 - )
スターツ出版 「恋バナ」(2005年8月 - )
コスモ石油 「コスモステーション」(2006年 - )

作品

イメージビデオ
「It's My Color」(2001年1月、ポニーキャニオン)
「Fatina」(2001年8月、竹書房)
「甘い生活」(2002年1月、デジキューブ)
「バリアン」(2002年6月、小学館)
「ずっとそばにいて…」(2002年11月、デジキューブ)
「digitalプレイボーイvol.3」(2003年4月、集英社)
「24GOLD」(2004年3月、リバプール)

書籍

ムック本
「Inner Angel」(2001年10月、ブックマン社)
ヤングサンデースペシャルグラフィックvol.1「吉岡美穂」(2002年4月、小学館)
「月刊 吉岡美穂」(2002年7月、新潮社)
「NOVEL」(2004年7月、小学館)

吉岡 美穂さんの御紹介ページです!

http://www.18pro.co.jp/html/model001.html

http://bb.goo.ne.jp/special/grapro/talent/yoshioka.html

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池袋支店

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中山美穂さんについて

中山美穂

中山美穂(なかやま みほ、本名: 辻美穂(旧姓: 中山)、1970年3月1日 - )は、日本の女優、歌手である。所属事務所はビッグアップル。東京都小金井市出身。身長158cm。体重45kg。血液型O型。愛称は「ミポリン」。作詞をする時は北山 瑞穂(きたやま みずほ)と一咲というペンネームを使用していた時期もあった。夫はミュージシャン・小説家の辻仁成。妹は女優の中山忍。

略歴

アイドル期

小金井市立緑中学校3年時、東京都板橋区立板橋第五中学校に転校卒業、東京都立北園高等学校定時制中退。中学1年生の時に原宿でスカウトされ、モデルクラブボックスコーポレーションに所属しTDKカセット「スプレンダー」、コンタクトレンズのCMや雑誌『花とゆめ』のモデルを始める。その後現在の所属事務所であるバーニング傘下のビッグアップ

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ルに移籍する。 1985年1月、テレビドラマ『毎度おさわがせします』(TBS系)ののどか役でドラマデビュー。脇役であったが、ドラマの人気と共に注目が集まる。同年6月シングル「C」で歌手デビュー。同時期に、バラエティー番組『パーティー野郎ぜ!』(テレビ朝日系)にアシスタントとしてレギュラー出演。年末には、第27回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。 1987年に放送された主演ドラマ『ママはアイドル!』で使われていた愛称ミポリンは、現在まで浸透し続けており、“○○リン”という愛称の先駆けとなった。同年ブロマイド売上枚数が女性部門でトップになる。この頃から日立製作所や資生堂など大手企業のCM出演も多くなる。12月には溶連菌感染症に罹り、主演ドラマ『おヒマなら来てよネ!』(フジテレビ系)の撮影中断が余儀なくされ、1話分が飛んだ。 1980年代末は、工藤静香・南野陽子・浅香唯と共に女性アイドル四天王と呼ばれた。女優としても「月9」ドラマなど数々のドラマに主演し、高視聴率を記録。月9においては主演が7作品と、女性では最多を記録している(男性を含めると木村拓哉に次ぐ第2位)。また、主演と主題歌を担当した作品も4作で、最多である。 1988年に『紅白歌合戦』に初出場し、以後1994年まで7年連続で出場した。

歌手と女優の両立

1990年代に入り、80年代にデビューした多くのアイドルが女優もしくはバラドルへと転向を図る中、年1本の連続ドラマ、映画、CM、アルバム発売、コンサートツアーと、歌手業と女優業の両立を維持する。 1992年10月に中山美穂&WANDS名義でリリースした「世界中の誰よりきっと」が180万枚を超える売り上げ(オリコン最高1位)の大ヒットを記録。
1994年2月にリリースした「ただ泣きたくなるの」が100万枚を超える売り上げ(オリコン最高1位)を記録し、自身単独名義での初ミリオンヒットとなった。 1995年に映画『Love Letter』(岩井俊二監督作品)に主演し、各映画祭で主演女優賞を受賞。 1996年11月にリリースした「未来へのプレゼント」はシンガーソングライター岡本真夜とのコラボレーション。
1997年公開の映画『東京日和』(竹中直人監督作品)がロングランヒットを記録。また、映画賞で主演女優賞を受賞。 1998年秋クールの連続ドラマ『眠れる森』(フジテレビ系)に主演。SMAPの木村拓哉と共演し、最高視聴率30.8%を記録。 1999年9月にリリースした「Adore」が、現時点での最後のシングル発表曲である。以後、歌手活動を休止している。

現在

2002年、6月辻仁成と結婚。同時に、当初予定されていた主演映画『サヨナライツカ』の製作が延期と発表された。この年の10月クールの連続ドラマ『ホーム&アウェイ』(フジテレビ系)を最後に芸能活動を一旦休止、フランス・パリに移住する。 2004年1月に長男を出産。育児に専念していたが、2005年6月にキリンビバレッジ「茶来」のCMで久々のテレビ出演を果たした。現在もフランスに居住し、活動は主にCMのみ。2006年3月、シングルを全て収録したCDボックス『Complete SINGLES BOX』を発売。 2007年からは集英社の女性月刊誌『LEE』でエッセイの連載を開始した。同年コカコーラ社の缶コーヒージョージアや味の素のCMにも出演。また、夫の辻仁成とツーショットで女性誌にも登場した。
2008年夏、ドキュメンタリー映画『GATE』を元に作成された絵本『ランタンとつる』の朗読を担当、その朗読CDが絵本に付属されスターバックス限定で発売された。 2009年現在の主な芸能活動は、前途した月刊誌でのエッセイ執筆とオンワード樫山「自由区」と化粧品ドクターデヴィアスのCM出演。月刊誌でのフォトエッセイに加筆された物が5月に単行本化され発売。また、製作延期とされていた主演映画『サヨナライツカ』の製作が監督をはじめとするスタッフ・キャスト陣を改め2008年より新たに敢行。2010年に公開予定と公式発表されている。監督は映画『私の頭の中の消しゴム』のイ・ジェハン。

エピソード

現在は改編期のみの放送となっているフジテレビ系オムニバスドラマ『世にも奇妙な物語』の第1回放送・第1話「恐怖の手触り」に主演した。 『毎度おさわがせします』の第1話では、当時中学生だった中山が乳首にニップレスを貼り、下着を脱いで、男性(木村一八)の布団に入り込むシーンがあったが、再放送では全てカットされた。その後、番組の版権を所属事務所がすべて買い上げたためビデオ版でもカットされた。しかし、DVDにはノーカットで収録されたほか、横浜にある放送ライブラリーでもノーカットで見ることができる。
雑誌『an・an』の好きな女性アンケートでは常に上位に位置し、1997年度調査から小泉今日子以来となる3期連続1位を獲得した。また化粧品会社KOSEのCMやポスターに登場した際、商品だけではなく着ていた衣装にも問い合わせが多数寄せられた事があった[要出典]。 辻仁成と結婚の際は2002年日韓ワールドカップ日本初戦と同日であり、各スポーツ紙が表面は試合結果、裏面は中山と辻の結婚の話題とした号外を出した。
俳優の永瀬正敏、作詞家の小竹正人、タレントの網浜直子、歌手の斉藤さおり、森下恵理とはデビュー当時から親交がある。1994年発売のアルバム『わがままな あくとれす』に収録の「Dear My Friends」の歌詞にはそれぞれニックネームが登場している。尚、小竹は中山のファンクラブ会報で連載も担当している。 女優の国分佐智子や酒井美紀、田中麗奈、内田有紀らは、中山を目標にしている。歌手の華原朋美は、中山に憧れて芸能界入りした。

ディスコグラフィ

※最高位はオリコン調べによる。2008年現在、一部編集盤を除き大半が廃盤。

シングル

発売日 タイトル 最高位
1st 1985年6月21日 「C」
12位
2nd 1985年9月21日 生意気
8位
3rd 1985年12月18日 BE-BOP-HIGHSCHOOL
4位
4th 1986年2月5日 色・ホワイトブレンド
5位
5th 1986年5月16日 クローズ・アップ
4位
6th 1986年7月15日
JINGI・愛してもらいます
4位
7th 1986年8月21日
ツイてるねノッてるね
3位
8th 1986年11月21日
WAKU WAKUさせて
3位
9th 1987年3月18日
「派手!!!」
2位
10th 1987年7月7日
50/50
2位
11th 1987年10月7日
CATCH ME
1位
12th 1988年2月17日
You're My Only Shinin' Star
1位
13th 1988年7月11日
人魚姫
1位
14th 1988年11月14日 Witches
1位
15th 1989年2月21日 ROSECOLOR
1位
16th 1989年7月21日 Virgin Eyes
2位
17th 1990年1月15日 Midnight Taxi
1位
18th 1990年3月21日 セミスウィートの魔法
3位
19th 1990年7月11日 女神たちの冒険
3位
20th 1990年10月17日 愛してるっていわない!
3位
21st 1991年2月12日 これからのI Love You
3位
22nd 1991年7月16日 Rosa
3位
23rd 1991年11月1日 遠い街のどこかで…
3位
24th 1992年4月1日 Mellow
3位
25th 1992年10月28日 世界中の誰よりきっと
1位
26th 1993年4月21日 幸せになるために
4位
27th 1993年7月7日 あなたになら…
8位
28th 1994年2月9日 ただ泣きたくなるの
1位
29th 1994年6月8日 Sea Paradise -OLの反乱-
9位
30th 1994年12月14日 HERO
8位
31st 1995年5月17日 CHEERS FOR YOU
17位
32nd 1995年7月21日 Hurt to Heart?痛みの行方?
10位
33rd 1996年2月16日 Thinking about you?あなたの夜を包みたい?
13位
34th 1996年6月7日 True Romance
37位
35th 1996年11月1日 未来へのプレゼント
6位
36th 1997年6月4日 マーチカラー
29位
37th 1998年4月8日 LOVE CLOVER
14位
38th 1999年5月19日 A Place Under the Sun
40位
39th 1999年9月16日 Adore
35位

オリジナルアルバム

発売日 タイトル 最高位
1st 1985年8月21日 「C」
11位
2nd 1985年12月18日 AFTER SCHOOL
13位
3rd 1986年7月1日 SUMMER BREEZE
8位
4th 1986年12月18日 EXOTIQUE
6位
5th 1987年7月15日 ONE AND ONLY
3位
6th 1988年2月10日
CATCH THE NITE
1位
7th 1988年7月11日 Mind Game
2位
8th 1988年12月5日 angel hearts
3位
9th 1989年9月5日 Hide'n' Seek
1位
10th 1989年12月5日 Merry Merry
9位
11th 1990年3月16日 All For You
3位
12th 1990年7月18日 Jeweluna
3位
13th 1991年3月15日 De eaya
2位
14th 1992年6月10日 Mellow
3位
15th 1993年6月23日 わがままな あくとれす
4位
16th 1994年6月8日 Pure White
3位
17th 1995年9月30日 Mid Blue
7位
18th 1996年6月1日 Deep Lip French
13位
19th 1997年6月21日 Groovin' Blue
28位
20th 1998年6月10日 OLIVE
9位
21st 1999年9月16日 manifesto
29位

ベストアルバム

発売日 タイトル 最高位

1st 1987年11月15日 COLLECTION
1位
2nd 1989年11月20日 Ballads
2位
3rd 1990年11月21日 COLLECTION II
2位
4th 1991年12月14日 Miho's Select
1位
5th 1993年1月20日 Dramatic Songs
2位
6th 1993年11月26日
Blanket Privacy
9位
7th 1995年3月1日 COLLECTION III
3位
8th 1996年12月18日 Ballads II
25位
9th 1997年4月7日 TREASURY
3位
10th 2001年3月7日 YOUR SELECTION 1
28位
11th 2001年3月7日 YOUR SELECTION 2
62位
12th 2001年3月7日 YOUR SELECTION 3
67位
13th 2001年3月7日 YOUR SELECTION 4
68位
14th 2006年2月1日 COLLECTION IV
 
15th 2006年3月1日 Complete SINGLES BOX

リミックスアルバム

Makin' Dancin' (1988年10月21日)

DANCE BOX (1991年7月25日)
THE REMIXES MIHO NAKAYAMA MEETS New York GROOVE (1997年12月3日)
THE REMIXES MIHO NAKAYAMA MEETS Los Angeles GROOVE (1998年1月9日)
※上記4作品は2006年に発売された『Complete SINGLES BOX』に収録されている。

ライブアルバム

VIRGIN FLIGHT '86 中山美穂ファースト・コンサート (1986年8月1日)
Pure White Live '94(限定盤) (1994年11月23日)
Pure White Live '94 (1995年3月1日)

映像作品

na・ma・i・ki(1985年11月21日)
VIRGIN FLIGHT '86 MIHO NAKAYAMA FIRST CONCERT (1986年7月21日)
CATCH ME MIHO NAKAYAMA LIVE '88 (1988年4月5日)
心の夜明け L'Aube de mon c?ur (1988年12月21日)
WHUU!! NATURAL Live at Budokan '89 (1989年7月5日)
美・ファンタジー/中山美穂おしゃれのすべて (1990年9月10日)
LOVE SUPREME Miho Nakayama Selection '90(1990年12月5日)
Destiny (1990年12月21日)
MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '91 MIHO THE FUTURE, MIHO THE NATURE (1991年7月21日)
Mellow (1992年7月4日)
LIVE IN "Mellow" MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '92 (1992年12月4日)
MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '93 On My Mind (1993年12月10日)
Miho Nakayama Concert Tour '95 f (1996年3月16日)
Miho Nakayama Concert Tour '96 Sound of Lip (1996年12月21日)
MIHO NAKAYAMA TOUR '98 Live・O・Live (1998年12月23日)
Miho Nakayama Complete DVD BOX (2003年7月24日)

Back

公演

コンサートツアー

VIRGIN FLIGHT (1986年) - 全国5公演
MIHO NAKAYAMA 1986 AUGUST - OCTOBER CONCERT "VIRGIN FLIGHT in Summer" (1986年) - 全国26公演
ONE AND ONLY これっきゃない! (1987年) - 全国30公演
MIHO Catch '88 (1988年) - 全国63公演
1988 Japan Concert Tour "Miho Catch '88 Summer" (1988年) - 全国58公演
1989 SPRING TOUR "WHUU!! NATURAL" (1989年) - 全国45公演
1989 Summer Live "The Natural Syndrome" (1989年) - 全国50公演
Japan Spring Concert Tour 1990 "Koiiro" (1990年) - 全国35公演
'90 MIDSUMMER CONCERT TOUR "真夏の夜の熱帯夢 A REVUE ON THE ROOF" (1990年) - 全国28公演
MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '91 "MIHO the FUTURE, MIHO the NATURE" (1991年) - 全国40公演
MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '92 "Mellow 月の輝く未来あるいは、ムーンライト・キス" (1992年) - 全国35公演
MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '93 "On My Mind" (1993年) - 全国34公演
Miho Nakayama Concert Tour '94 "Pure White" (18994年) - 全国39公演
Miho Nakayama Concert Tour '95 "f" (1995年) - 全国34公演
MIHO NAKAYAMA CONCERT TOUR '96 "Sound of Lip" (1996年) - 全国32公演
Miho Nakayama CONCERT TOUR '97 "Groovin' Blue" (1997年) - 全国38公演
MIHO NAKAYAMA TOUR '98 "Live・O・Live" (1998年) - 全国29公演
Miho Nakayama Concert Tour 1999 (1999年) - 全国19公演
Miho Nakayama Live House Tour 1999 "manifesto" (1999年) - 全国7公演

イベント
EAST FIRST LIVE '86(よみうりランドEAST、1986年11月9日)
美穂といっしょにWAKUWAKUクリスマス(後楽園ホール、1986年12月22日)
さっぽろ雪まつり (1987年)
十日町雪まつり (1987年)
広島平和音楽祭 (1987年)
フェスタしずおか(1987年)
ひろしまフラワーフェスティバル(1987年 / ファンが殺到しステージは中止になっている)

出版物

一生懸命 中山美穂写真集 (1985年、ワニブックス) - 写真集
透明でいるよ めいっぱい女の子 (1985年、ワニブックス) - エッセー集
美穂がんばる (1986年、集英社) - 写真集
どっちにするの。 (1989年、集英社) - 写真集
アンビバレンス Ambivalence 中山美穂写真集 (1989年、ワニブックス) - 写真集
SCENA miho nakayama pictorial (1991年、ワニブックス) - 写真集
P.S. I LOVE YOU (1991年、ニッポン放送出版・扶桑社) - エッセー集
LETTERS in Love Letter(中山美穂写真集) (1995年、ワニブックス) - 写真集
中山美穂 in 映画『東京日和』 (1997年、ワニブックス) - 写真集
アタシと私 (1997年、幻冬舎) - 小説
ANGEL (1998年、ワニブックス) - 写真集
なぜなら やさしいまちが あったから (2009年、集英社)- フォトエッセー集

出演作品

連続ドラマ

放送年 タイトル 放送局 役名 共演(主役、準主役格のみ)
1985年 毎度おさわがせします TBS 森のどか 篠ひろ子、木村一八、小野寺昭
1985年 うちの子にかぎって…パート2
※第1話ゲスト出演 TBS 高丘信子 田村正和
1985年 夏・体験物語 TBS 杉本由起 網浜直子、少女隊
1985年 毎度おさわがせします2 TBS 森のどか 篠ひろ子、木村一八、小野寺昭
1986年 セーラー服反逆同盟 日本テレビ 山県ミホ 仙道敦子
1986年 な・ま・い・き盛り フジテレビ 木下加代子 中村繁之
1987年 ママはアイドル TBS 中山美穂(本人) 三田村邦彦、後藤久美子
1987年 おヒマなら来てよネ! フジテレビ 佐竹希望、広瀬洋子(二役) 松村雄基
1987年 毎度おさわがせします3
※ゲスト出演 TBS   
1988年 若奥さまは腕まくり! TBS 広瀬友子 三田村邦彦
1989年 君の瞳に恋してる! フジテレビ 高木瞳 菊池桃子、藤田朋子
1990年 卒業 TBS 木下かおり 織田裕二、仙道敦子、河合美智子
1990年 すてきな片想い フジテレビ 与田圭子 柳葉敏郎
1991年 逢いたい時にあなたはいない… フジテレビ 大木美代子 大鶴義丹、藤井フミヤ、風間トオル
1992年 NHK大河ドラマ
信長 KING OF ZIPANGU NHK ねね(豊臣秀吉の妻) 緒形直人、菊池桃子、宇津井健
1992年 誰かが彼女を愛してる フジテレビ 高野つばさ 根津甚八、的場浩司
1994年 もしも願いが叶うなら TBS 毛利未来 浜田雅功、浜崎貴司、岡田浩暉
1995年 For You フジテレビ 吉倉弥生 高嶋政伸、高橋克典
1996年 おいしい関係 フジテレビ 藤原百恵 唐沢寿明
1998年 眠れる森 フジテレビ 大庭(森田)実那子 木村拓哉、仲村トオル
2000年 二千年の恋 フジテレビ 真代理得 金城武
2001年 Love Story TBS 須藤美咲 豊川悦司
2002年 ホーム&アウェイ フジテレビ 中森かえで 西田尚美、小泉孝太郎、酒井若菜

単発ドラマ

放送年 タイトル 放送局 共演(主役、準主役格のみ)
1986年 月曜ドラマランド
藤子不二雄の夢カメラ フジテレビ 小泉今日子、荻野目洋子
1986年 木曜ドラマストリート
あいつと私 フジテレビ 松村雄基
1987年 火曜スーパーワイド
半熟ウィドゥ!未亡人は18歳 テレビ朝日 鶴見辰吾、小堺一機
1987年 パパはニュースキャスタースペシャル
※ゲスト出演 TBS 田村正和
1988年 火曜スーパーワイド
ミスマッチ テレビ朝日 工藤静香、世良公則
1990年 世にも奇妙な物語
「恐怖の手触り」 フジテレビ 
1990年 忠臣蔵 TBS ビートたけし
1991年 水曜グランドロマン
いつか、サレジオ教会で 日本テレビ 吉田栄作
1992年 ドラマシティー'92
アイシテルと描いてみた 日本テレビ 石井信之
1994年 新春ドラマスペシャル94
仰げば尊し
第1話「2年C組の奇跡」 フジテレビ 内村光良、ともさかりえ
1995年 もしも願いが叶うなら
清く貧しく美しく でもハワイに行きたい
あなたも願いが叶うスペシャル TBS 浜田雅功、浜崎貴司、岡田浩暉
1995年 聖夜の奇跡
第2話「聖者が街にやってくる」 フジテレビ 真田広之
1999年 ほんとにあった怖い話
「夏の訪問者」 フジテレビ 窪塚洋介、吉行和子
2001年 夫婦漫才 TBS 豊川悦司(監督)、甲本雅裕

映画

公開年 タイトル 配給 監督 共演(主役、準主役格のみ)
1985年 ビー・バップ・ハイスクール 東映 那須博之 清水宏次郎、仲村トオル
1986年 ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌 東映 那須博之 清水宏次郎、仲村トオル
1989年 どっちにするの。 東宝 金子修介 真田広之、風間トオル、宮沢りえ
1991年 波の数だけ抱きしめて 東宝 馬場康夫 織田裕二
1995年 Love Letter ヘラルド・エース 岩井俊二 豊川悦司
1997年 東京日和 東宝 竹中直人 竹中直人

Miho22

出演番組

音楽番組、バラエティー

NHK

紅白歌合戦
レッツゴーヤング
ヤングスタジオ101
ポップジャム
中山美穂・魂の旅 小説アルケミストの世界を旅して (BS2)
日本テレビ系

歌のトップテン
スーパージョッキー
カックラキン大放送
大きなお世話だ
オールスター真夏の祭典歌で遊ぼう生ナマ大宴会
メレンゲの気持ち
FAN
日曜スペシャル 小泉今日子&中山美穂 二人は楽園ハンター!!
日曜スペシャル 中山美穂のカリブ楽園共和国
TBSテレビ系

ロッテ歌のアルバム
8時だョ!全員集合
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
ザ・ベストテン
104週ランクインで歴代12位、14曲ランクインで歴代14位
COUNT DOWN TV
うたばん
Ryu's Barスペシャル21 (2001年1月2日)
王様のブランチ
フジテレビ系

森田一義アワー 笑っていいとも! テレフォンショッキング
1986年‐田代まさしから紹介、網浜直子を紹介
1988年‐後藤久美子から紹介、中村繁之を紹介
1989年‐塩沢ときから紹介、古舘伊知郎を紹介
1991年‐松下由樹から紹介、風間トオルを紹介 (同番組10周年記念日に出演)
FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル
『すてきな片想い』チーム(1990年)、『逢いたい時にあなたはいない…』チーム(1991年)、『誰かが彼女を愛してる』チーム(1992年)として出場
FNS超テレビの祭典・実りの秋号 (1996年10月3日)
『おいしい関係』チームとして出場
とんねるずのみなさんのおかげです
食わず嫌い王決定戦唐沢寿明と対戦
さんまのまんま
のりおの歌うヒット笑!
クイズ・ドレミファドン!
スターどっきり(秘)報告
夜のヒットスタジオ
一枚の写真
サウンドアリーナ
MJ -MUSIC JOURNAL-
SwitchMusic
ミュージックフェア
HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP
チャンプで1995年に2回出演、1996年に3回、1997年に1回
TK MUSIC CLAMP
ときめき2泊3日
竹中直人と共演
フジテレビ開局50周年 名作ドラマ&映画全て見せます!SMAP PRESENTS ドラマの裏の本当のドラマ
VTR出演
テレビ朝日系

歌謡びんびんハウス
歌謡ドッキリ大放送
ミュージックステーション
第1回放送に出演の他、多数出演
生だ!さんまのヒットマッチ
ターニングポイント
テレビ東京系

歌え!アイドルどーむ
ヤンヤン歌うスタジオ
レッツGO!アイドル
おはようスタジオ
MUSIX!
他多数出演

紅白歌合戦

1988年 第39回NHK紅白歌合戦 - 歌唱曲: Witches (紅組トップバター)
1989年 第40回NHK紅白歌合戦 - 歌唱曲: Virgin Eyes
1990年 第41回NHK紅白歌合戦 - 歌唱曲: 愛してるっていわない!
1991年 第42回NHK紅白歌合戦 - 歌唱曲: Rosa
1992年 第43回NHK紅白歌合戦 - 歌唱曲: 世界中の誰よりきっと (後半戦トップバッター、WANDSと共演)
途中コーナーでは森高千里・西田ひかると共に『キャンディ・キャンディ』のテーマ曲を披露)
1993年 第44回NHK紅白歌合戦 - 歌唱曲: 幸せになるために
1994年 第45回NHK紅白歌合戦 - 歌唱曲: ただ泣きたくなるの

コマーシャル

TDK AD-S SPLENDOR (1983年)
サントリー ジェットストリーム (1985年)
日立家電 Lo-D 8ミリビデオカメラ (1985 - 1991年)
資生堂 インテグレート、ラステア (1986 - 1989年・1993年)
ロッテ 雪見だいふく、トッポ、アロマスティック他多数出演 (1987 - 1995年)
丸昌(1987 - 1990年)
シチズン ライトハウス (1988 - 1989年)
協和銀行 - 協和埼玉銀行 - あさひ銀行
エステDEミロード (1992 - 1994年)
東芝
アサヒ飲料 ティークオリティ (1991 - 1993年)
角川書店ザテレビジョン年末超特大号
日産自動車 パルサー (1992年)
エスエス製薬 エスタックイブ (1992 - 1997年)
全日空(1992 - 1993年)
ローソン (1994 - 1996年、高嶋政伸・大塚寧々・松本明子・ともさかりえ・矢田亜希子らと共演)
フィリップモリス (1995年)
UCC上島珈琲 UCCレギュラーコーヒー (1996年 - 1997年)
コーセー アンテリージェ、WHITIST、ドゥセーズルミナス、サロンスタイル(1996 - 2003年)
キリンビール
ラガー (ハリソン・フォード・唐沢寿明・伊東四郎と共演)
一番搾り (役所広司・香取慎吾と共演)
日産自動車 セフィーロ (1997 - 1998年、桃井かおりと共演)
NEC バリュースターNX (1998 - 2001年、ほしのあきと共演)
ロート製薬 (1999年)
ONWARD 23区 (1999 - 2002年、細川茂樹と共演)、自由区(2008年 - )
明治製菓 アーモンドチョコレート、メルティキッス(2000年)
JCB (2001 - 2002年)
キリンビバレッジ 茶来 (2005年 - )
マックスファクター イリューム (2006年 - )
ザ・コスギタワー (2006年)
P&G パンテーン (2006年 - )
日本コカ・コーラ ジョージア ヴィンテージーレーベル (2007年、渡哲也と共演)
味の素 やさしお (2007年 - 2008年)
ドクターデヴィアス (2008年 - )
他多数出演

ラジオ

中山美穂 ちょっとだけええかっこC (ニッポン放送)
中山美穂のまんまるキューピッド (文化放送)
中山美穂 P.S. I LOVE YOU (ニッポン放送)

ゲーム

中山美穂のトキメキハイスクール (1987年、任天堂、ファミリーコンピュータ ディスクシステム)

受賞歴

音楽賞

1985年 第27回日本レコード大賞最優秀新人賞 「C」
1985年 第23回ゴールデン・アロー賞最優秀新人賞
1986年 第13回決定!FNS歌謡祭優秀音楽賞 「WAKU WAKUさせて」
1986年 第28回日本レコード大賞金賞 「ツイてるねノッてるね」
1987年 第18回銀座音楽祭金賞
1988年 第21回日本レコードセールス大賞LP部門
1988年 第15回決定!FNS歌謡祭グランプリ 「Witches」
1988年 第30回日本レコード大賞金賞 「You're My Only Shinin' Star」
1988年 第26回ゴールデンアロー賞音楽賞
1989年 第2回日本ゴールドディスク大賞ベストアーティスト、同ベストアルバム 『COLLECTION』
1990年 第3回日本ゴールドディスク大賞ベストアーティスト
1993年 第6回日本ゴールドディスク大賞女性アイドル部門賞 『Miho's Select』
1994年 第7回日本ゴールドディスク大賞作品賞ベスト5シングル賞 「世界中の誰よりきっと」
1994年 第12回JASRAC賞金賞 「世界中の誰よりきっと」
1994年 日本作詞家協会賞 「世界中の誰よりきっと」
映画賞

1991年 第15回日本アカデミー賞話題賞 『波の数だけ抱きしめて』
1995年 第20回報知映画賞最優秀女優賞 『Love Letter』
1995年 第17回ヨコハマ映画祭主演女優賞 『Love Letter』
1995年 第10回高崎映画祭最優秀主演女優賞 『Love Letter』
1996年 第38回ブルーリボン賞主演女優賞 『Love Letter』
1998年 第12回高崎映画祭最優秀主演女優賞 『東京日和』
1998年 第21回日本アカデミー賞優秀主演女優賞 『東京日和』
その他の賞

1987年 エランドール賞・新人賞
1995年 第4回ドラマアカデミー賞(角川書店ザテレビジョン主催)主演女優賞 『For You』
1998年 第19回ドラマアカデミー賞(角川書店ザテレビジョン主催)主演女優賞 『眠れる森』

中山美穂さんの御紹介ページです!

http://www.nakayama-miho.net/

http://talent.nifty.com/cs/catalog/talent_tdb-talent/catalog_2000045644_1.htm

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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安倍 なつみさんについて

安倍 なつみ

安倍 なつみ(あべ なつみ、1981年8月10日 - )は、日本の歌手、女優、タレント、アイドルである。所属事務所はアップフロントエージェンシー。元ハロー!プロジェクトの一員で、元モーニング娘。のメンバー。北海道室蘭市の東室蘭出身。身長は152cm。血液型はA型。愛称は、なっち・なちみ(辻希美限定)・なっつあん(中澤裕子、飯田圭織、保田圭、矢口真里、後藤真希の第3期のメンバー迄限定)。歌手でタレントの安倍麻美は実妹。

Natsumi08

人物、エピソード

自他共に認める「究極の童顔」の持ち主。「なつみ」の名前の由来は、『ちょっとマイウェイ』というドラマに安倍の母親が感動し、桃井かおりが演じていた主人公の「浅井なつみ」という名前に因んで自分の娘に名付けたものである。ちなみにこのドラマは1979年10月13日から1980年3月29日まで毎週土曜日夜9時から日本テレビ系で放送されていたもので、

安倍が主演した『仔犬のワルツ』と同じ土曜グランド劇場枠に当たる。趣味に「笑う事」と書くなど、笑顔が印象的な女性である。寝相が悪く、よく他のハロー!プロジェクトメンバーから突っ込まれる。このことは本人も認めている。訛り・方言がいまだに抜けず、番組中でもテンションが上がると「?だべさ」などと発言してしまうことがある。安倍とつき合いが長い中澤裕子によると、安倍が方言を発言するときは「仕事を忘れている瞬間」だと言う。料理が得意で、よくハロー!プロジェクトメンバーから「お母さんになってほしい」と言われている。子供好きでもあり、講談社の幼児雑誌「おともだち」や「ティンティンTOWN!」で歌のお姉さんをやっていたほどである。モーニング娘。在籍時は後輩と遊んだりした際、後輩よりも夢中になってはしゃぎ回ったりすることが多かったと「ハロー!モーニング。」で後輩達から暴露された。半期に一度の「CDTV・恋人にしたいアーティストランキング」で前人未踏のV7を達成している。現在もベスト10の常連である。tvk(テレビ神奈川)の人気番組「saku saku(サクサク)」のキャラクター「白井ヴィンセント」がお気に入り。同局のトーク番組「深海魚」で、「saku saku」ファンを意味する「サクサカー」であることを公言している(2006年9月29日放送分にて)。これが後の「saku saku」でも話題になり、中村優をはじめとする出演者(特に黒幕)が驚喜したという。

ハロー!プロジェクト内の交友関係

ハロー!プロジェクト内では矢口真里と仲がよい。「笑いのツボが同じ」なのだという。他、安倍と同じモーニング娘。オリジナルメンバーの中澤裕子・飯田圭織や矢口と同じ2期メンバーの保田圭とは、モーニング娘。で苦楽を共にした「かけがえのないメンバー」であり現在でも親交は深い。中澤は2008年8月10日に行われた安倍の誕生日記念コンサートにも祝福に駆けつけた。辻希美、加護亜依には妹のように接することが多い。この2人のことを話しているだけで「無性にムギュっ!てしたくなる。」、「いっぱいハロー!に小さい子とかいるけど辻・加護だけは特別」と本人も語っている。文化放送「エアモニ。」では、辻本人がエアモニ。に出演していなかったにも関わらず辻の話題をよくしていた。辻は安倍を「なちみ」と呼んで慕っている。辻以外にも、新垣里沙・亀井絵里・福田花音と、彼女の影響を多く受けた「妹分」が多い。

YUKI

本人いわく、歌手を志したきっかけは「中学生の頃いじめにあい、落ち込んでいたときに、ラジオでJUDY AND MARYの曲『小さな頃から』を聞いたこと」。現在も歌手を目指すきっかけとなったYUKI(元 JUDY AND MARY ボーカル)を尊敬している。本人は彼女をちゃんづけで呼ぶ。

略歴

1981年

8月10日 - モーニング娘。の同期メンバー飯田圭織と2日違い(飯田の方が早い)で北海道室蘭市の同じ産院で生まれた。同じ新生児室にいたという。
1997年
テレビ東京のオーディション番組『ASAYAN』内の「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」(優勝は平家みちよ)の3次選考で、再発注をせずに最終候補に選ばれるものの落選。
同じく最終候補に選ばれた中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、福田明日香と共に、課題曲『愛の種』を、5日間で5万枚完売すればメジャーデビュー出来ると言う条件のもと、「モーニング娘。」を結成。
11月30日 - 課題曲を完売(ナゴヤ球場)。
1998年
1月28日 - 『モーニングコーヒー』でメジャーデビューを果たす。
12月31日 - モーニング娘。として第40回日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得、NHK紅白歌合戦に初出場。
1999年
12月10日 - 初のソロ写真集『ナッチ』を発売。
2000年
4月26日 - アルバム『プッチベスト?黄青あか?』に初ソロ曲『トウモロコシと空と風』を収録。
5月 - 映画『ピンチランナー』に他のモーニング娘。メンバーと出演。
カネボウシャンプー「SALA」のコマーシャルにソロで出演。モーニング娘。としても初めてのCM出演になった。
2001年
1月 - 3月 - 連続テレビドラマ『向井荒太の動物日記 ?愛犬ロシナンテの災難?』(日本テレビ)で、ソロとしてテレビドラマ初出演。
12月6日 - 2nd写真集『なつみ』を発売。
2003年
1月 - 「モーニング娘。さくら組」の初代リーダーに就任。
5月2日 - 四角佳子(元・六文銭メンバー)とのユニット、「おけいさんと安倍なつみ(モーニング娘。)」を結成。シングルリリース。
6月29日 -「FNS27時間テレビ」で矢口真里と≪深夜の爆笑ヒットパレード2003≫の総合司会を担当。
7月27日 - ハロー!プロジェクトコンサートの最終日の公演内でプロデューサーのつんく♂よりモーニング娘。からの卒業が発表される。
8月13日 - 『22歳の私』でソロデビュー。
10月 - 『ハロー!モーニング。』4代目司会者に就任。
2004年
1月25日 - Hello! Project 2004 Winter ?C'MON! ダンスワールド?の横浜アリーナ公演を以てモーニング娘。を卒業。本格的なソロ活動に入る。
2月 - 東京、大阪、名古屋にて初の主演ミュージカル『おかえり』開催。
2月4日 - 初ソロアルバム『一人ぼっち』を発売。
3月 - 3rd写真集『出逢い』を発売。
4月 - 6月 - 連続テレビドラマ『仔犬のワルツ』(日本テレビ系)で、連続テレビドラマ初主演。
10月 - 後藤真希、松浦亜弥と期間限定ユニット「後浦なつみ」結成。シングル『恋愛戦隊シツレンジャー』をリリース。
12月 - 過去の写真集・エッセイ集での詩の盗用疑惑が発覚し、2ヶ月間活動自粛する。盗用されたとする詞を掲載していた写真集とエッセイ集2冊は発売中止・絶版、年明けに発売が予定されていたシングルは発売中止。後浦なつみとしての出場が決まっていたNHK紅白歌合戦も出場を辞退。
2005年
2月 - 活動自粛が終わる。レビュー「むらたさ?ん、ごきっ?」出演。レビュー終了後、『ハロー!モーニング。』にも復帰を果たす。
4月 - 後浦なつみコンサートツアー2005春「トライアングルエナジー」ツアー
6月 - 地球温暖化防止キャンペーン「熱っちぃ地球を冷ますんだっ。」安倍なつみ 歌とトークの ふれあいコンサート。4th写真集『fu(ふぅ)』を発売。
8月 - ファンクラブ限定 ハワイツアー
10月 - 後藤真希、松浦亜弥、石川梨華と共に「DEF.DIVA」(デフ.ディバ)を結成、シングルを発売。
11月 - GyaO単発ドラマ「たからもの」武田千役で主演を務める。5th写真集『アロハロ!安倍なつみ写真集』、イメージDVD『アロハロ!安倍なつみDVD』を発売。
12月 - 大晦日紅白歌合戦にDEF.DIVA及びドリームモーニング娘。で出場。
2006年
1月 - ハロー!プロジェクトコンサートにエルダークラブとして出演。
3月 - GyaO単発ドラマ「たからもの」DVDが発売。29日には約2年ぶりの2ndアルバム『2nd?染みわたる想い?』発売。
4月 - GEORGIAの新製品『GABA』でイメージキャラクターを努める。コンサートツアー「おとめちっくBank」で飯田圭織をゲストに迎え全国を回る。日テレ・ドラマコンプレックス『プリズン・ガール』で主演。
5月 - フジテレビのスペシャルドラマ「ザ・ヒットパレード?芸能界を変えた男・渡辺晋物語?」で、妹で歌手の安倍麻美と共にザ・ピーナッツとして出演。
6月 - 6th写真集『ecru』発売。
8月 - ミュージカル『リボンの騎士ザ・ミュージカル』にフランツ王子役として出演(石川梨華、松浦亜弥とのトリプルキャスト)。
2007年
3月 - ミニアルバム『25?ヴァンサンク?』、7th写真集『SCENE.安倍なつみ写真集』、イメージDVD『アロハロ!2 安倍なつみDVD』を発売。
6月 - 7月 - NHK木曜時代劇「夏雲あがれ」ヒロイン恩田志保(おんだしほ)役で出演。
10月7日 - 東京都渋谷区の路上で乗用車を運転中に人身事故を起こし、東京地検に自動車運転過失傷害の疑いで書類送検されたが、相手が軽傷だったこと等を理由に起訴猶予になっている。安倍はこの年の8月までに運転免許を取得していた。それまでは事務所に反対されていたのが、OKになったらしい(同年8月15日のなるトモ!で告白)。
11月 - 8th写真集『Cam on』発売。
2008年
1月16日 - 安倍なつみ&矢島舞美(℃-ute)名義で「16歳の恋なんて」をリリース。
3月~5月 - 舞台『祝祭音楽劇トゥーランドット』(宮本亜門演出)にリュー役として出演。
7月 - Inter FMの番組、『FIVE STARS』の月曜日担当パーソナリティに就任。
8月 - 9th写真集『End of Summer』発売。
8月 - 松山千春の63rdシングル『思ひ』のプロモーションビデオにゲスト出演。財政破綻した夕張市を励ますためのコンサートで共演したのがきっかけ。
9月 - イメージDVD『Nac"chu"ral。』(ナッチュラル。)を発売。
12月10日 - ソロとして初のベストアルバム『安倍なつみ ?Best Selection? 15色の似顔絵たち』を発売。
2009年
3月31日 - ハロー!プロジェクトを卒業。翌月より新ファンクラブM-line clubに所属。
4月5日~5月9日 - 舞台『三文オペラ』(宮本亜門演出)にポリー役として出演。

音楽

シングル

22歳の私(2003年8月13日)映画『17才 ?旅立ちのふたり?』主題歌 オリコン最高位2位
カップリング:夕焼け空
ソロデビュー曲
だって 生きてかなくちゃ(2004年6月2日)主演ドラマ『仔犬のワルツ』主題歌 オリコン最高位7位
カップリング:恋にジェラシー申し上げます
モーニング娘。卒業後ソロ初リリース
恋のテレフォン GOAL(2004年8月11日) オリコン最高位5位
カップリング:OLの事情
夢ならば(2005年4月20日) オリコン最高位6位
カップリング:空 LIFE GOES ON
恋の花(2005年8月31日) オリコン最高位9位
カップリング:愛ひとひら
これ以降、『息を重ねましょう』までのシングルはつんく♂プロデュースではない。
スイートホリック(2006年4月12日) オリコン最高位8位
カップリング:I'm in Love
ザ・ストレス(2006年6月28日)コカ・コーラ「ジョージアGABA」CMソング オリコン最高位14位
森高千里のカバー。ジャケットは国会議事堂。
甘すぎた果実(2006年10月4日) オリコン最高位5位
カップリング:やんなっちゃう
Too far away ?女のこころ?(2007年5月9日) オリコン最高位15位

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カップリング:Too far away
谷村新司のカバーで、元曲の作詞・作曲者が安倍用に書き直した。カップリングはオリジナルの歌詞。
息を重ねましょう(2007年10月24日)
カップリング:小説の中の二人
スクリーン(2008年12月3日)
カップリング:さよならさえ言えぬままに
『夢ならば』以来のつんく♂プロデュースシングル。
おけいさんと安倍なつみ(モーニング娘。)名義

母と娘のデュエットソング(2003年5月1日)
カップリング:恋
作曲は小室等。“おけいさん”は四角佳子である。
安倍なつみ・石川梨華名義

GOOD BYE HELLO!(2004年12月12日「プッチベスト5」収録)NHK単発ドラマ、ラストプレゼント主題歌
プリンちゃん名義

ピ?ヒャラ小唄
「ミラクルルン グランプリン!(ミニハムず)/ピ?ヒャラ小唄」「一人ぼっち」に収録
千名義

たからもの(2005年11月30日)GyaO同名ドラマ主題歌
つんく♂プロデュースではない
後浦なつみ、DEF.DIVA、安倍なつみ&矢島舞美(℃-ute)名義は、各記事を参照のこと。

アルバム

一人ぼっち(2004年2月4日)
2nd ?染みわたる想い?(2006年3月29日)

ミニアルバム

25 ?ヴァンサンク?(2007年3月14日)

ベストアルバム

安倍なつみ ?Best Selection? 15色の似顔絵たち(2008年12月10日)

DVD / VHS(シングル)
22歳の私(2003年8月13日)
だって生きてかなくちゃ(2004年6月2日)
恋のテレフォン GOAL(2004年8月11日)
夢ならば(2005年5月18日)
恋の花(2005年9月7日)
スイートホリック(2006年4月19日)
ザ・ストレス(2006年7月26日)
Too far away ?女のこころ?(2007年5月30日)
息を重ねましょう(2007年11月14日)
スクリーン(2008年12月17日)

DVD / VHS(PV集)
安倍なつみ クリップ集(2006年12月20日)
甘すぎた果実まで収録。

DVD / VHS(コンサートなど)

安倍なつみ ?モーニング娘。卒業メモリアル?(2004年7月28日)
安倍なつみファーストコンサートツアー 2004 ?あなた色?(2004年10月27日)
安倍なつみコンサートツアー2005秋 ?24カラット?(2006年1月25日)
安倍なつみコンサートツアー2006春 ?おとめちっくBank?(2006年8月23日)
安倍なつみアコースティックライブ(2006年12月27日)
安倍なつみコンサートツアー2007春 25?ヴァンサンク?(2007年7月11日)
安倍なつみSpecial Live 2007 秋~Acoustic なっち~(2008年2月6日)
NATSUMI ABE BIRTHDAY SPECIAL CONCERT(2008年11月5日)
安倍なつみコンサートツアー2008秋 ?Angelic?(2009年1月28日)

公演

コンサート

安倍なつみ ファーストコンサートツアー2004 ?あなた色?(2004年6月12日 - 6月30日 3都市11公演、ゲスト:中澤裕子、保田圭)
安倍なつみ コンサートツアー2004 ?あなた色プレミアム?(2004年8月28日 - 11月29日 19都市27公演、ゲスト:中澤裕子、保田圭)
後浦なつみコンサートツアー2005春「トライアングルエナジー」(2005年4月10日 - 5月8日)
地球温暖化防止キャンペーン「熱っちい地球を冷ますんだっ。」安倍なつみ 歌とトークの ふれあいコンサート(2005年6月11日 - 8月14日 7都市14公演、ゲスト:保田圭、℃-ute)
安倍なつみコンサートツアー2005秋 ?24カラット?(2005年9月18日 - 11月19日 7都市16公演、ゲスト:カントリー娘。)
安倍なつみコンサートツアー2006春 ?おとめちっくBANK?(2006年4月22日 - 6月18日 9都市22公演、ゲスト:飯田圭織)
安倍なつみコンサートツアー2007春 25?ヴァンサンク? (2007年4月14日 - 5月5日 5都市12公演)
安倍なつみ Special Live 2007秋?Acoustic なっち?(2007年10月29日 - 11月27日 7都市9公演)
横浜開港150周年記念 安倍なつみ Special Live 2008夏?Acoustic なっち?(2008年6月29日 横浜関内ホール)
安倍なつみ Special Live 2008夏?Acoustic なっち?(2008年6月30日 - 7月26日 7都市8公演)
安倍なつみ Birthday! SPECIAL! Concert?(2008年8月10日 中野サンプラザ2公演)
安倍なつみコンサートツアー2008秋 ?Angelic? (2008年10月11日 - 11月9日 4都市8公演)

イベント

ソロデビュー記念イベント(2003年8月18日、よみうりランド)
5月度 ハロー!プロジェクト ファンクラブ限定イベント(2005年5月17日 ・ 19日 ・ 20日、パシフィックヘブン)
6月度 ハロー!プロジェクト ファンクラブ限定イベント(2005年6月22日 ・ 23日、パシフィックヘブン)
カジュアルディナーショー(2005年7月30日 ・ 31日 ・ 8月11日 ・ 12日 ・ 15日 ・ 17日、広尾ラ・クロシェット)
ファンクラブ会員限定 東京・大阪 ファンの集い(2005年11月26日 東京 / スタジオコースト 11月27日 大阪 / シスターBRAVA)
サンシャインシティープリンスホテル クリスマスディナーショー2005(2005年12月20日、サンシャインシティープリンスホテル天覧の間)
ファンクラブ会員限定 大阪・東京 ファンの集い『なっちと過ごす休日』(2006年9月10日 大阪 / 御堂会館 9月18日 東京 / スタジオコースト)
ファンクラブ会員限定 大阪・横浜 ファンの集い『なっちと過ごす休日3』(2008年9月20日 大阪 / 御堂会館 9月21日 横浜 / 横浜BLITZ)

舞台・ミュージカル

おかえり。(2004年2月)

大阪厚生年金会館 芸術ホール 7公演
青山劇場 8公演
名古屋 名鉄ホール 8公演
リボンの騎士ザ・ミュージカル(2006年8月、新宿コマ劇場)演出・木村信司
白蛇伝(2006年11月8日 - 11月26日、ル・テアトル銀座)
祝祭音楽劇トゥーランドット リュー役
赤坂ACTシアター(2008年3月27日 - 4月27日)
梅田芸術劇場(2008年5月2日 - 5月9日)
御園座(2008年5月13日 - 5月22日)
舞台の模様は安倍の27歳の誕生日である2008年8月10日にWOWOWで放送された。以降数回再放送実施。
三文オペラ
Bunkamuraシアターコクーン(2009年4月5日 - 4月29日)
大阪厚生年金会館芸術ホール(2009年5月4日 - 5月9日)

出演

テレビドラマ

連続ドラマ

向井荒太の動物日記 ?愛犬ロシナンテの災難?(2001年1月 - 3月、日本テレビ系)遠藤春菜役
ナースマン(2002年1月 - 3月、日本テレビ系)坂口美和役
仔犬のワルツ(2004年4月 - 6月、日本テレビ系、主演)桜木葉音役
夏雲あがれ(2007年6月 - 7月、NHK)恩田志保役
単発ドラマ

24時間テレビスペシャルドラマ 最後の夏休み(2001年8月、日本テレビ系、主演)
時をかける少女(2002年1月、TBS系、主演)芳山和子役
新春ワイド時代劇 壬生義士伝?新撰組でいちばん強かった男(2002年1月、テレビ東京系)
三毛猫ホームズの犯罪学講座(2002年12月、TBS系、主演)
ラストプレゼント(2003年12月、NHK、主演)
たからもの(2005年11月、ネット配信ドラマGyaOより、主演)
DRAMA COMPLEX プリズン・ガール(2006年4月18日、日本テレビ系、主演)
ザ・ヒットパレード?芸能界を変えた男・渡辺晋物語?(2006年5月26日、27日 フジテレビ系、妹の安倍麻美とともにザ・ピーナッツとして出演)
再現ドラマ

婚約者からの遺書?特攻隊員に捧げた60年愛?(2006年8月、日本テレビ系) - 24時間テレビ内の1コーナー

その他テレビ番組

司会

ハロー!モーニング。(2000年4月9日 - 2007年4月1日、2005年3月6日 - 2007、テレビ東京)
不祥事が分かった直後の2004年12月5日と一週間後の12日は収録日のテロップを挿入の上で通常通り放送。2004年12月19日 - 2005年2月27日は謹慎
メディア見たもん勝ち!ゼルマ(2004年7月3日 - 2004年9月25日、フジテレビ)
エンタ!見たもん勝ち(2004年10月2日 - 2004年11月27日、2005年2月12日 - 2005年3月19日、フジテレビ)ゼルマの枠変更リニューアル
キャスター
ソルトレイクシティオリンピック&2002年世界フィギュアスケート選手権(2002年、TBSテレビ)
声優
ティンティンTOWN!(2002年7月5日 - 2004年3月26日、日本テレビ 2005年現在テレビ埼玉(テレたま)で再放送されている。)
ナレーション
松浦亜弥の台湾あやや化計画!(2002年、TBSテレビ)
ハロー!プロジェクト
二人ゴト(2004年4月5日 - 13日・8月30日 - 9月8日、テレビ東京)

ラジオ番組

安倍なつみのスーパーモーニングライダー(1999年10月7日 - 2000年12月28日、TOKYO FM)
ヤングタウン土曜日(2000年10月 - 2002年3月、MBSラジオ)
エアモニ。(2001年10月 - 2003年3月、文化放送)
TBC FUNふぃーるど・モーレツモーダッシュ(2005年8月29日 - 9月2日、東北放送)
GOTCHA!~ Fun's Radio(2007年9月 - 2007年11月、AIR-G')
FIVE STARS(2008年7月 - 、Inter FM、月曜日担当)
あなたに会えたら(2009年4月3日 - 、bayfm、毎週金曜日)

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CM

カネボウシャンプー「SALA」(2000年)
大塚製薬ゼリー飲料「カロリーメイトゼリー」(2004年6月 - 8月)
ジョージアGABA (2006年4月11日 - )
CM の中で歌っているのは、森高千里の「ザ・ストレス」
ミルクランド北海道(2006年 -、ナレーションのみ)

写真集

ナッチ(1999年12月10日)
なつみ(2001年12月6日)
出逢い(2004年3月)
fu(ふぅ)(2005年6月)
ecru(2006年6月)
SCENE.安倍なつみ写真集(2007年3月)
Cam on(2007年11月)
End of Summer(2008年8月)

所属ユニット

モーニング娘。(1997年 - 2004年)
シャッフルユニット
黄色5(2000年)
10人祭(2001年)
おどる?11(2002年)
SALT5(2003年)
H.P.オールスターズ(2004年)
モーニング娘。さくら組(2003年 - 2004年)
ポッキーガールズ(2002年)
おけいさんと安倍なつみ(モーニング娘。)(2003年)
後浦なつみ(2004年)
DEF.DIVA(2005年 - )
モーニング娘。誕生10年記念隊(2007年)
安倍なつみ&矢島舞美(℃-ute)(2008年 - )

安倍 なつみさんの御紹介ページです!

http://www.up-front-agency.co.jp/artist/abe-natsumi/

http://abenatsumi.sub.jp/

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

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牧瀬 里穂さんについて

牧瀬 里穂

牧瀬 里穂(まきせ りほ、本名:長尾 里穂〔旧姓:牧瀬〕、1971年12月17日 - )は日本の女優。福岡県福岡市生まれ。血液型B型、身長157cm B82 W59 H84、ブルーミングエージェンシー所属、夫はファッションデザイナーのNIGO。1989年、武田薬品工業主催の「ミスビタミンCハイシーガールコンテスト」で2100人の中からグランプリに選ばれ芸能界デビュー。同年12月、JR東海「クリスマス・エクスプレス」のテレビCMで一躍脚光を浴び、トップスターの仲間入りを果たした。1991年頃には、牧瀬里穂、宮沢りえ、観月ありさ、この3人の苗字のローマ字表記の頭文字を取って「3M」と呼ばれ、人気を博した。趣味は読書、歌舞伎鑑賞。特技は日本舞踊・クラシックバレエ。

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略歴

1971年12月17日、福岡県福岡市博多区に生まれる。その後父親の転勤で鹿児島県、佐賀県に転居し、小学校と中学校は佐賀で過ごす。中学2年の時に福岡の天神で母親と買い物しているときにスカウトされ、地元企業の広告に出演。高校は福岡県の福岡女学院高校に進学し、2年次在学中に本格的芸能界デビューが決まり、東京の文化学院高等部英語科に編入した。なお、はなわの『佐賀県』の歌詞にもあるように、佐賀県生まれなのを偽って福岡県生まれにしているのではないか?、という噂があるが、前述の通り佐賀県には小学校と中学校のときに住んでいただけなので、福岡県生まれなのが正しい。コンテストグランプリ受賞後は少しの間だけ「青柳真理子」という芸名を使っていたがすぐに本名の牧瀬里穂に戻し芸能活動を開始した映画デビュー作となった相米慎二監督の『東京上空いらっしゃいませ』、市川準監督の『つぐみ』で毎日映画コンクール新人賞など各映画賞の新人賞を総なめにした。1991年10月には『MIRACLE LOVE』(竹内まりや作詞・作曲)で歌手デビューし、同年12月には『バルセロナ物語』で初舞台と活躍の場を広げる。また、清純派のイメージでCMにも多数出演。一時期CM契約本数は10社以上までに上った。2007年には自身のアロマブランド『re-re』を発表した。2004年5月に共通の知人から紹介を受けてNIGOと4年間交際を続けた末、2008年12月16日に結婚を発表した。

芸能活動

連続ドラマ

1990年 『トップスチュワーデス物語』[3](TBS)
1990年 『東京湾ブルース』(テレビ朝日)
1992年 『二十歳の約束』(フジテレビ)
1994年 『新・西遊記』(日本テレビ)
1995年 『新婚なり!』(TBS)
1997年 『新・半七捕物帖』(NHK)
1998年 『太陽がいっぱい』(フジテレビ)
2001年 NHK大河ドラマ『北条時宗』 (NHK)
2004年 『サラリーマン金太郎4』(TBS)
2004年 『一番大切な人は誰ですか?』(日本テレビ)
2005年 『汚れた舌』(TBS)
2005年 『笑う三人姉妹』(NHK)
2006年 『ですよねぇ。』(TBS)
2006年 NHK土曜ドラマ『人生はフルコース』 (NHK)
2007年 木曜時代劇『柳生十兵衛七番勝負 最後の闘い』(NHK総合)

単発ドラマ

1990年 金曜エンターテイメント横溝正史シリーズ第1弾『獄門島』(フジテレビ)
1991年 オムニバスドラマ『バレンタインに何かがおきる』(TBS)内第1話「先生が好きなんです。」主演
1991年 『秋桜 - cosmos - 』(NHK)主演
1991年 金曜エンターテイメント横溝正史シリーズ第2弾『悪霊島』(フジテレビ)
1991年 金曜エンターテイメント『聖夜に抱きしめて』(フジテレビ)特別出演
1992年 金曜エンターテイメント横溝正史シリーズ第3弾『本陣殺人事件』(フジテレビ)
1993年 金曜エンターテイメント横溝正史シリーズ第4弾『悪魔の手毬歌』(フジテレビ)
1993年 『サクラサク!おかあさんは女子大生』(TBS)主演
1994年 金曜エンターテイメント横溝正史シリーズ第5弾『犬神家の一族』(フジテレビ)
1997年 『裸の大将』最終回(フジテレビ)主演
1997年 『ヒロイン達の反乱』(WOWOW)主演
1998年 NHKドラマスペシャル『点と線を追え!』(NHK)
1999年 月曜ミステリー劇場『前世の女』(TBS) 主演
1999年 NHKドラマの花束(NHK) 主演
2000年 山田太一ドラマスペシャル『小さな駅で降りる』(テレビ東京)主演
2002年 女と愛とミステリー松本清張没後10年特別企画『たづたづし』(テレビ東京)主演
2002年 火曜サスペンス劇場『十二月の花嫁』(日本テレビ)主演
2003年 新世紀ワイド時代劇『忠臣蔵~決断の時』(テレビ東京)
2003年 TBSスペシャルドラマ『女子刑務所東三号棟4』(TBS)
2003年 金曜エンターテイメント『山村美紗サスペンス 都おどり殺人事件』(フジテレビ)主演
2004年 金曜エンターテイメント『山村美紗サスペンス 京都京踊り殺人事件』(フジテレビ)主演
2006年 金曜プレステージ『松本喜三郎一家物語~おじいさんの台所』(フジテレビ)
2007年 ドラマW『黒い春』(WOWOW)
2008年 金曜プレステージ『山村美紗十三回忌追悼新祇園芸妓シリーズ3 京都花嫁衣装殺人事件』(フジテレビ)主演

司会

1993年・1994年 『日本レコード大賞』(TBS)
1994年 『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』チャリティーパーソナリティー(日本テレビ)
1999年 NHK-BS10周年記念『今日は?曜日』 (NHK-BS)

その他のテレビ出演 [編集]
いまから出直し英語塾(NHK教育テレビ)
恋する映画(シネマ)(読売テレビ)大阪のみ 2004年7月 - 2007年6月末
ビートたけしのお笑いウルトラクイズ(日本テレビ)第20回大会スタジオゲスト 2007年1月1日
ためしてガッテン(NHK総合)山瀬まみの代役として出演した経緯あり
世界ウルルン滞在記(毎日放送・TBS)不定期パネラー

映画

1990年 『東京上空いらっしゃいませ』(松竹)監督相米慎二
1990年 『つぐみ』(松竹)監督市川準
1991年 『幕末純情伝』(松竹)監督薬師寺光幸
1992年 『遠き落日』(松竹)監督神山征二郎
1994年 『四姉妹物語』(東宝)監督本多昌弘
1995年 『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(松竹)監督山田洋次
1996年 『宮沢賢治-その愛-』(松竹)監督神山征二郎
1997年 『ドリーム・スタジアム』(東映)監督大森一樹
1998年 『卓球温泉』(東宝)監督山川元
2000年 『顔』(松竹)監督阪本順治
2000年 『ちんちろまい』(ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)監督大森一樹
2001年 『ターン』(アスミック・エース)監督平山秀幸
2003年 『星に願いを。』(バサラピクチャーズ) 監督富樫森
2003年 『花』(ザナドゥー)監督西谷真一
2003年 『ヴァイブレータ』(シネカノン)特別出演 監督廣木隆一
2004年 『ジャンプ』(シネカノン)監督竹下昌男
2004年 『娘道成寺~蛇炎の恋』(松竹)監督高山由紀子

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2005年 『HINOKIO』(松竹)監督秋山貴彦

声の出演・ナレーション [編集]
1995年 『クルタ』クルタの声で出演
2003年 『ポケットモンスターアドバンスジェネレーション 七夜の願い星ジラーチ』(東宝)ダイアンの声で特別出演
『世界ふれあい街歩き』(NHKデジタル衛星ハイビジョン)ナレーション
「ウェリントン?ニュージーランド?」4月24日 
「ブリュッセル~ベルギー~」6月26日
2008年 『ドキュメントにっぽんの現場-「アサギマダラの“心”に迫れ」』 12月13日 ナレーション

CM

1989年 - 1990年 武田薬品工業 ハイシーL
1989年 東海旅客鉄道 JR東海クリスマス・エクスプレス'89
1990年 - 1996年 江崎グリコ ポッキー、パナップ、ポッキー四姉妹CM
1990年 - 1994年 資生堂 エクストラスムース、レシェンテ
1990年 - 1994年 三菱電機 VHSビデオデッキ、ムービー、テレビ
1991年 東レ コンタクトレンズブレスオーハード
1991年 角川書店 角川文庫
1991年 - 1995年 味の素 コーン油、コンソメ
1991年 NTT NTTエコノミーアワーズ
1991年 - 1998年 郵便貯金 郵貯、スーパーMMC
1993年 - 1995年 本田技研工業 トゥデイ
1993年 キリンビール ラガービール
1995年 サッポロビール 北海道生ビール
1996年 日産自動車 スカイライン R33後期型
1997年 ライオン ソフトINワンシャンプー
1997年 エースコック ラメンチェ
1998年 サークルK (現サークルKサンクス) 花火編

ラジオ

1991年 - 1996年 『牧瀬里穂・素直になりたい』 (ニッポン放送)

ゲームソフト

1993年 PCエンジンCD-ROM2用ソフト『天外魔境 風雲カブキ伝』阿国の声で出演

Webドラマ

秋元康原作の連続短編物語がWebドラマとして2006年1月31日まで無料配信された。

音楽

シングル

『Miracle Love』(1991年10月30日発売)
『ささげたい、あなたに…』(1992年5月8日発売)
『涙のパラシュート』(1993年6月18日発売)
『遅いサンタクロース』(1993年11月19日発売)
『誰にも明日はやって来る』(1995年3月1日発売)

アルバム

1993年 『PS.RIHO』
2002年 『My これ!クション 牧瀬里穂 best』

演劇

1991年 スパニッシュミュージカル『バルセロナ物語』日生劇場(大阪フェスティバルホール)
1992年 『飛龍伝92』 作・演出つかこうへい (※銀座セゾン劇場) ※現在はル・テアトル銀座
1996年 音楽劇『狸御殿』 演出宮本亜門 共演市川染五郎(新橋演舞場)
1996年 『晩菊』 原作林芙美子 共演杉村春子(芸術座)
1997年 『カルメンと呼ばれた女』 作横内謙介 演出蜷川幸雄(帝国劇場)
1998年 NODA・MAP番外公演『Right Eye』 作・演出野田秀樹
1999年 ジャパニーズポップスグラフィティ『上を向いて歩こう』 作・演出高平哲郎(新橋演舞場)
1999年 京都南座錦秋特別公演『乱舞』 原作有吉佐和子 演出山田孝行(京都南座)
2000年 ABC50周年記念ミュージカル 『火の鳥』(松竹座) 演出マキノノゾミ
2001年 東宝制作舞台『ロミオとジュリエット』(福岡博多座)
2002年 TBS制作『エジソン郡の橋~天才発明家裏電説~』 演出遠藤環(シアターVアカサカ)
2003年 Bunkamura『桜の園』 原作アントン・チェーホフ 演出蜷川幸雄(シアターコクーン)
2004年 松竹製作『ふるあめりかに袖はぬらさじ』 演出坂東玉三郎 (大阪松竹座 新橋演舞場)
2005年 明治座新春公演『コシノものがたり』 脚本・演出元生茂
2006年 『恋愛戯曲』 作・演出鴻上尚史 (アンジャッシュ)(池袋サンシャイン劇場)
2007年 TEPCO 1万人コンサート17th「真説・山椒大夫『黄金の刻』~愛と永遠の絆~」(日本武道館)
2007年 能楽劇「『夜叉ヶ池』~能・狂言と演劇との出会い~」

Download

写真集

1991年 『牧瀬里穂ファースト写真集』(角川書店)
1993年 『RIHO MAKISE PHOTOGRAPHS』(集英社)
2000年 『epoch』(新潮社)

著作

2002年『廻り道、通り道、マキセ道 ~人生リセットプチ留学~』 (幻冬舎 ISBN 4344004930)

受賞歴

1990年 山路ふみ子映画賞新人女優賞、報知映画賞新人賞、日刊スポーツ映画大賞新人賞
1991年 日本映画テレビプロデューサー協会エランドール賞新人賞、毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、ヨコハマ映画祭 最優秀新人賞、 ブルーリボン賞新人賞、おおさか映画祭主演女優賞新人賞、ゴールデン・アロー賞映画新人賞、キネマ旬報ベストテン新人女優賞、ビデオでーたビデオソフト大賞特別賞ベストタレント賞、日本アカデミー賞優秀主演女優賞、新人俳優賞、高松市オリーブ映画祭新人女優賞。
1992年 日本アカデミー賞 優秀助演女優賞。
1993年 日本ジュエリーベストドレッサー賞。
2002年 毎日映画コンクール主演女優賞。
『CM NOW』(玄光社)が毎年開催する「読者が選ぶCM大賞」で、1990年・1991年・1994年にCM大賞1位を獲得した。

芸能界入りする前は男性との交際はしたことがなく、ファースト・キスの相手もデビュー作の「東京上空いらっしゃいませ」で共演した中井貴一だった。 漬物と餅が苦手。漬物はガリッという食感が苦手。餅は子供の頃近所のお年寄りが餅をのどにつまらせているのを見てしまったため食べられなくなったという。フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」の食わず嫌い選手権の過去2回の出演では、1回目の出演時(対戦相手は当時西武ライオンズの松井稼頭央)には漬物が苦手なものとして出され、2回目の出演時(対戦相手はモーニング娘。の高橋愛と保田圭)には餅が出された。 2002年にカナダとニュージーランドに短期留学をした。 ファンクラブは現在休止中。 2006年8月14日に放送されたフジテレビ『ネプリーグ』の第2ステージファイブツアーズで番組史上初めて漢字10問全てを1人でクリアをした。 ピーターと大変仲が良く、ピーターの熱海の別荘にある露天風呂に一緒に入るほどである。 かつては歌手活動を行っていたが、1995年を最後に歌手活動を休止している。2008年2月7日放映のNHK総合『きよしとこの夜』にピーターと共にゲスト出演。この番組は音楽番組という性質上、出演当時には歌手活動を休止している俳優でもかつての持ち歌や好きな歌などを歌うことが多いが、牧瀬は特技の日本舞踊を披露したものの、一切歌わない異例の出演となった。

関連項目 [編集]
福岡県出身の人物一覧
日本の女優一覧
3M (芸能)
CMタレント

牧瀬里穂さんの御紹介ページです!

http://www.blooming-net.com/agency/blog_info/makiseriho/index.html

http://ameblo.jp/makise-riho/

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

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飯島愛さんについて

飯島 愛

飯島 愛(いいじま あい、本名:大久保 松恵(おおくぼ まつえ)、1972年10月31日- 2008年12月)は、日本の元タレント・元AV女優。東京都江東区出身。瀧野川女子学園高等学校中退。元ワタナベエンターテインメント所属。身長163cm。血液型はA型。

AVデビューから芸能界での活躍まで
1992年、AV女優となる。

芸名

水商売時代、所属していた店のママが「みんなから愛される子になるように」という願いを込めて「愛」という源氏名を付けてくれたことによる(自著「プラトニック・セックス」より)とあるが、以前テレビ番組で「ラブ」という源氏名を自らつけたことを告白している。「本名が垢抜けないから好きではない」と、思い切った名前をつけた。その後に勤めることになったクラブのママが「ラブ」を転じさせ「愛」にするよう指導し、理由は後付で、客に紹介する際に

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「みんなから愛され~」のくだりが確立された。 1990年代前半、とんねるずのみなさんのおかげですのスタッフととんねるずの木梨憲武が、飯島のビデオのファンであったことから番組にハプニングゲストで出演(これがテレビ番組初出演になる)。 1990年代前半、深夜番組「ギルガメッシュないと」(テレビ東京系)で、スカートをめくり、世の男たちに活力をあたえた。『Tバックの女王』と呼ばれる。その後、次第に大人の女性としてトーク番組等でバラエティタレントとして活躍していた。タレント活動時は気だるく重い口調が特徴だった。
1993年、「ナイショ DE アイ!アイ!」で歌手デビュー。オリコン87位。このCDには飯島が実際に着用したパンティを細かく裁断した生地が同梱されていた。 2000年、半自伝的な小説「プラトニック・セックス」でAV出演や性病感染、整形手術していたこと等をカミングアウトしベストセラーに。映画化やテレビドラマ化もされ、以来作家活動も行っていた。週刊朝日にコラム「飯島愛の錦糸町風印税生活」を執筆。また性感染症予防の啓蒙活動でも知られる。 あんたにグラッツェ!・あんグラ☆NOW!にゲストとして呼ばれた回数No.1。奢った金額トータルもNo.1。放映開始1周年を記念した回では伊倉一恵の「本の印税で益々景気がいいに違いない飯島愛さんに、オヤジ三人がおごってもらう」との冷静なナレーションの中、登場早々に高田純次らに「金おろせよ」と言われ、銀行のATMから100万円を引き出す。途端にオヤジ三人のテンションは高くなり、「よし、100万円全部使い切るぞ!」「俺達いい仕事するからな」と散々。飯島は抵抗・抗議したが、無論受け入れられず。(エンディングでは、60万円弱を使った旨、明細が出ていた)更には、番組最終回の打ち上げパーティーと称して高級ホテルの宴会場を借り切った際、実は招待客にパーティー費用を支払わせようという魂胆を知らされずに会場へ登場。総額100万円をあわや飯島一人で支払わされそうになった。 ゲスト出演から準レギュラーを経てレギュラーになる事が多かった。例としては「スパスパ人間学!」、「決定!これが日本のベスト」、「ロンドンハーツ」等がある。
胸や顔の整形等についてカミングアウトしていて、自らのスッピンネタ等自虐系の発言も時々する。そのメイク技術はテレビ番組『くりぃむナントカ』でも、「飯島さん、メイクの本を出すべきですよ!」と言われたほどだった。 2005年にブログを始める。同年、ネット配信番組に連動した株取引に関するブログも、短期間公開された。 2006年11月11日、個人事務所の経理担当の人間から数千万円もの横領被害に遭ったことをブログで告白した。

芸能界引退

2007年3月3日、芸能界引退の報道が流れる。 事務所もこの内容をFAX回答で認めた。生出演した『サンデージャポン』では、この件について、いつかは引退すると言うも3月末とは明言しなかった。その後翌週(3月10日)で3月いっぱいで引退することを本人が発表した。 腎臓病(腎盂炎)であることが報道された。それによると「症状が予想以上に重く、仕事を続ける意欲を完全に失っているという。」と理由付けされている。
3月末で引退予定のため、その時期にはTBSで引退特番もすでに組まれていた。
彼女のブログには「引退しないでほしい」「芸能界にまた復帰してほしい」など、引退を惜しむコメントが多数書き込まれた。飯島も「みんなのコメント読んでるよ」と返事を書き、ファンサービスをした。 『サンデージャポン』最後の出演は2007年3月25日だが、ちょうど番組放送直前の午前9時42分頃、能登沖でマグニチュード6.9の能登半島地震が発生。TBSは地震の状況を報道。飯島最後の『サンデージャポン』の放送時間はわずか15分となってしまい、飯島本人が出演した場面は、たった3分(予告編だけ)しかなかった。飯島はこのことをブログで「大変な事態です。人命と私の引退は比べるに値しない。今はそっと、被害が最小限に収まるように見守りましょう。」と綴っている。なお、翌日のニッポン放送の生放送ラジオ番組『テリー伊藤のってけラジオ』において、飯島と『サンデージャポン』で共演しているテリー伊藤が「飯島愛ちゃんの分は収録しました」と話し、来週の『サンデージャポン』で放送すると明言した。 その後、テリー伊藤の言うとおり、4月1日の『サンデージャポン』のラスト10分で、事前に収録された「飯島愛 引退ファイナルカウントダウン」と題されたVTRが放送され、飯島は週刊誌で報じられている「藤田晋とITビジネスを行うという説」や「ニューヨークへ移住するという説」を否定し、「(今後は)医療関係の仕事に就きたいが、今から勉強しても間に合わない。でも、(医療と性質の似ている)カウンセリング関係の仕事をしたい」「歌や(お笑いの)ライブなど、板の上(舞台)に立つ仕事ができないと、芸能人としては限界がある。あと、病気で休んでいる時に、私の代わりになる若手はいっぱいいると思った」と語った(また、「精子バンクでシングルマザー説」については「試みようとしたことはある」と述べた)。そして、VTRの最後では、高橋ジョージが飯島愛のために「ロード」を熱唱し、飯島本人はみんなへの感謝のメッセージを贈った。
2007年3月31日に、「目標や夢が見い出せず、芸能界で生き残っていくことは不可能」として、所属事務所から正式に引退が発表された。 2007年4月6日の『金スマ』で、霊能師の木村藤子が「自分に嘘をついてる。あなたは病気くらいで仕事をやめるような無責任な人じゃない。芸能界を引退しては駄目。今まで築き上げたものを全部捨ててしまうことになる。(引退を撤回して苦難を)乗り越えるべき。あなたは無言のうちに人に影響を与えられる人。今が人生最高の時期。(芸能活動を続行すれば)2、3年後に大きな出来事が起こりすべてが変わる。(引退すれば)数年後に後悔する姿が見える。誰か、(飯島の芸能界引退を)止めてあげて下さい。あなたはこんなに愛されている」とアドバイスした。このとき、もっと飯島にアドバイスをすべきかどうかを迷う木村氏に対し、無声のまま口の動きだけで「だめ…だめ…」と訴える飯島の表情がテレビに映った。 木村がその発言をしたその次回の収録が奇しくも最後の芸能活動となるため、本人も再度引退を再考したが、結局飯島が出した結論は、「芸能界引退」。芸能活動最終日となる2007年3月31日が、その「金スマ」最終収録日となった。 2007年4月24日放送の『ロンドンハーツ』の『格付けしあう女』たちでは、(エミー賞ノミネートで、海外で引き合いが出ている)格付けの著作権が誰にあるのか尋ねたり、(変装は)スッピンが一番……等、普段と変わらない発言の後に無事格付けを卒業。いつものように明るい笑顔でスタジオから去った。その後、「番組が続く限り応援していく」とコメントを残した。ちなみに、このときの収録でドイツのプロデューサが見学していた。これが飯島愛の最後のテレビ出演と思われていたが、5月22日放送の同番組内の記憶の壁(解答者は石田純一)にも出演した。 芸能界を引退しても、飯島愛としてブログ「飯島愛のポルノ・ホスピタル」を続け、連日ファンのコメントで賑わった。

悲報

2008年12月5日、最後のブログを更新する。
2008年12月24日、東京都渋谷区桜丘町の渋谷インフォスタワーにある21階の自室にて死亡しているのが、親戚の女性によって発見された。その後、警察などの調査によって、発見時現在で死後1週間程経過していたことが判明した。死亡推定日時は発見日である12月24日から起算して12月17日前後であると考えられている。
2009年2月4日、東京都監察医務院による病理検査の結果が警視庁渋谷警察署より発表され、死因は肺炎であったことが判明した[7]。
2009年2月6日、「中居正広の金曜日のスマたちへ」300回記念スペシャルにて追悼特集を放送。中居やベッキー、大竹しのぶら出演者がお別れ会という形で最後のメッセージを贈り、涙ながらに飯島の死を追悼した。
飯島愛の本葬(お別れの会)が、2009年3月1日、東京プリンスホテルにて執り行われ、親交のあった芸能人ほか約1500人が多数参列した[8]。弔辞は中山秀征と島田紳助がそれぞれ読んだ。
現在でも、最後のブログ更新となった2008年12月5日の記事のコメント欄には、ファンから多数のメッセージが投稿されており、そのコメント投稿数は2009年5月17日19:40現在で59108件を数える。

逸話

マヨネーズが好きなマヨラーである。
週刊誌が本人に許可をとらずに勝手にヌード写真を載せたとして争った事がある。
『元アダルトビデオ出演女優』の肩書き(も同然)でデビューしたにもかかわらず、バラエティー番組・コメンテーター・ドラマ女優・作家・ボランティア活動等をこなすマルチタレントとして老若男女から広く支持を得るという成功をおさめた稀有な例であり、巷間のAV女優の憧れの的となっている。
岡本太郎とバラエティ番組「鶴太郎のテレもんじゃ」で共演した際、岡本が飯島の胸元を覗き込んだが、このとき『きゃあ、助平ジジイ』と叫んだ。
かつて光GENJIの大沢樹生の熱狂的なファンで、「どうしても大沢君に会いたいから一緒について来て!」と母親に泣いて頼み、2人で実際に江東区の大沢の自宅を訪ねた事実を『ココリコミラクルタイプ』(フジテレビ)のスペシャルにゲスト出演した際に自ら発表した。
2002年、サッカーW杯日韓大会の韓国-イタリア戦などでの、「韓国チーム寄りの意図的な誤審では?」との疑惑(当時、ほぼ全てのマスメディアが意図的に無視していたも同然の状況であった)について、テレビ番組の『サンデージャポン』内で疑惑について言及しない番組進行に激怒し、「もうキムチは食べない」などと発言をした。以下は番組内での発言の一部である。

K01

「ねぇみんな、どうしたの?おかしいと思わない?言いなよ」
「私が守ってあげるから奥寺さん、ホントのこと言って!」
「どこのテレビも、トッティの退場の時プレー、よくわかる背後からの映像をどんどん短くカットして放送してるんだよー(ずるいよー)」
「(マルディーニへの)蹴りが何でカットされてるの?!」
「これじゃ抗議してるイタリアが悪いみたいじゃない!」
「どこもかしこも韓国おめでとうしか言わない!」
「私的(わたしてき)には」というフレーズで流行語大賞をとったことがある。
TVの前のキャラと違い、共演者・スタッフ達にはプレゼントを欠かさず贈り、営業に余念が無いと(あくまで)自ら告白している。
TVでは自由奔放で辛口発言や暴言が多いと思われがちだが、実際は非常に繊細で、辛口や暴言を吐いた相手に対し、気遣いとフォローを忘れない。
知識を要するクイズ番組は苦手だが、頭の回転は速く、運や駆け引きを要するゲーム番組には極めて強く優勝回数も多い。そのため、出演者がチームを組みリーダーが挑戦者を選抜する形式の番組ではリーダーが「使いどころ」の見極めを要求されることが多い。
かなりのガンダム好きであり、富野由悠季と何度か対談を行っている。また押井守とも対談を行った事があり、押井の愛犬を気にしていた。[9]。
父親は自民党後援会員を務めている。その縁で、都知事選で柿澤弘治を応援したことがある。
2006年、『ウチくる!?スペシャル』に江原啓之が出演した際に、「“とにかくかわいそうなくらい繊細過ぎる。外見の印象と全く違う人。オーラの色はきれいな紫の色を持ってるが微弱。他人を信じ過ぎて、疑う事を知らな過ぎたために、さんざん、裏切られた事がいっぱいある。他人からの愛を信じられない所がある。他人への施しは程々にして、自分の幸せを考えなさい。去年まで人間関係、ゴタゴタ、色々とあったが、全部、切り捨て、今年から気持ちを切り替えて、新しい方向へ行きなさい。今まで一度も甘えた事が無い。自分自身が甘えられる環境を作る事がこれからの課題。幸せはある”と守護霊からのメッセージがあった」と指摘された。
芸能人の昔を再現フィルムなどで見せるという特番では中学の写真一枚で終わった。
引退後は自身の事をセレブニートと称している[10]。
ブログでデザイン事務所へアルバイトに出かけると言い、その頼りなさに多数の助言がコメント欄でなされた。真偽の程は彼女のそれへの回答が生前になかった為明らかではない[11]。

主な出演番組

テレビ

未来MODEL(テレビ東京系、2005年終了)
スパスパ人間学!(TBS系、2005年終了)
スーパークイズスペシャル(日本テレビ系、1999年終了)
クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! 常連ゲスト解答者(日本テレビ系、1996年終了)
新装開店!SHOW by ショーバイ!!
新装開店!SHOW by ショーバイ2
マジカル頭脳パワー!! 常連ゲスト解答者(日本テレビ系、1999年終了)
スーパーJOCKEY 常連ゲスト扱い。(日本テレビ系、1999年終了)
ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!(テレビ朝日系、2000年終了)
クイズ赤恥青恥 準レギュラー解答者(1995年~2002年)(テレビ東京系)
ろみひー レギュラー(1999年4月~2003年3月)(中京テレビ製作)
あんたにグラッツェ!・あんグラ☆NOW! ゲスト(2001年4月~2004年3月(中京テレビ製作)
所さん&おすぎの偉大なるトホホ人物伝 準レギュラー(2004年~2005年)(テレビ東京系)
決定!これが日本のベスト 準レギュラー(初期~中期)(テレビ朝日系)
タモリのSUPERボキャブラ天国 準レギュラー審査員(フジテレビ系、フジテレビ721にて再放送)
タモリの超ボキャブラ天国
黄金ボキャブラ天国
家族そろってボキャブラ天国
続ボキャブラ天国
タモリのギャップ丼(テレビ東京系)
ウチくる!?(フジテレビ系)
中居正広の金曜日のスマたちへ(TBS系)
サンデージャポン(TBS系:2006年11月12日・12月3日は出演せず)
金のA様×銀のA様(日本テレビ系)
ロンドンハーツ(テレビ朝日系)
エンターテイメント・マザーズ TV(BS-i)
爆笑問題&日本国民のセンセイ教えて下さい!(テレビ朝日)
FNSソフト工場『嘉門達夫と飯島愛のみちのくお遍路いい人いい歌の旅』(仙台放送製作フジテレビ系、1999年12月15日放送)
ギルガメッシュないと (テレビ東京、1991年10月から1998年3月)
笑っていいとも!(フジテレビ)
ライオンのごきげんよう(フジテレビ)
徹子の部屋(テレビ朝日)
元祖!混浴露天風呂連続殺人(テレビ朝日)
だめんず・うぉ~か~ 連ドラ主演 (2002年3月1日~29日)(日本テレビ系)

映画・Vシネマ

ゆけゆけAV新撰組 天使たちのHな大戦争-1992年
冒険してもいい頃-1992年
校内写生 女子高生はやめられない-1992年
AV女学院2 パンツの奥は大騒動!-1992年
コスチューム・グルメ Tバックの花嫁-1993年
飯島愛のギルガメッシュな関係-1993年
さのばびっち 第壱巻・プル2篇-1993年
さのばびっち 第弐巻・クチュ2篇-1993年
AVナース物語-1993年
ファンキー・モンキー ティーチャー 3 康平の微笑-1993年
ファンキー・モンキー ティーチャー 4 高校教師-1993年
ぷるぷる 天使的休日-1993年
ファンキー・モンキー・ティチャー フォーエヴァー ワクワク秘密の花園の巻-1995年
ヅラ刑事 - 2006年9月16日公開(ホステス役で友情出演)
バブルへGO!! タイムマシンはドラム式 - 2007年2月10日公開(本人役カメオ出演)

CM

NTTパーソナル東海
まんがの森

ラジオ

飯島愛のラブマゲドン(TBSラジオ)1994年10月~1995年3月
飯島愛の@llnightnippon Sunday.com(ニッポン放送)2001年10月~2003年3月、24:30~25:30

インターネットテレビ

渋谷ではたらく社長の会食

連載

日経エンタテインメント対談連載「お友達になりたい!」(日経BP社)
POPTEEN連載「飯島 愛のLOVE&SEX ER恋愛緊急救命室」

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書籍

「タイムトラベラーズ愛」の漫画原案
「どうせバカだと思ってんでしょ!!」
「プラトニック・セックス」(小学館、ISBN 4093792070、2000年10月)
「生病検査薬≒性病検査薬」(朝日新聞社、ISBN 4022578440、2003年6月)

ビデオ

* 音楽ビデオ:「ナイショDEアイアイ」
* テレビTーバックビデオ
* まんがの森CM

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* 飯島愛とSEXY MATES
ME「バニーガール~東京ドドンパ娘」
VIP「愛が忙しい」
VIP「花嫁の下半身***行」
ME「狙われた女学生」
VIP「同級生は甘ずっぱく濡れて」
FOX「美乳ナース~暴淫棒食」
FOX「魅せてあげる」

音楽作品

シングル

ナイショ DE アイ!アイ!(1993年7月21日発売)
“愛”のクリスマス・メモリー(1993年11月21日発売)
あの娘はハデ好き(1994年2月2日発売)
まんがらりん(1994年5月1日発売)
Dear女子高生(1994年10月21日発売)作詞・飯島愛、水野有平 作曲・水野有平
アルバム
なんてったって飯島愛(1993年12月1日発売)

飯島愛(に相当する役)を演じた女優
テレビドラマ
星野真里
映画
加賀美早紀 12083人が参加したオーディションで選ばれ、「プラトニック・セックス」の映画版を主演

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関連項目(人物)

加賀まりこ(歳の離れた親友)
中山秀征(ウチくる仲間。親友)
飯島恋(飯島愛似のAV女優)
飯島愛子(飯島愛似のAV女優)
飯島夢(飯島恋にやや遅れてデビューした飯島愛似のAV女優)

飯島愛さんの御紹介ページです!

http://ameblo.jp/iijimaai/

http://ameblo.jp/dewisukarno/entry-10183052427.html

http://www.dmm.co.jp/mono/dvd/-/list/=/article=actress/id=2672/

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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本上 まなみさんについて

本上 まなみ

本上 まなみ(ほんじょう まなみ、1975年5月1日 - )は、日本のタレント・女優。本名:沢田まなみ(旧姓:本上)。身長は168cm、足のサイズは26cm[要出典]、血液型はB型。公式ニックネームは「ほんじょ」。

略歴

1975年、山形県鶴岡市で生まれ、大阪府茨木市で育つ(プロフィールによっては東京生まれ、大阪育ちとされている場合がある)。 4歳からの20年間を、大阪府と兵庫県で過ごし、その後は東京都在住。 茨木市立東中学校→大阪府立高槻北高等学校出身。池坊短期大学卒業。 学生時代にはモデルとして活動していた(1992年の大阪ガスの広告など)。
1993年7月、フジテレビ系ドラマ『じゃじゃ馬ならし』秋野リカ役で本格的にデビュー。
1995年、ユニチカ水着キャンペーンモデルに起用され、グラビアアイドルとして本格的に

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活動を始める。 1995年、当時は日本テレビ系列深夜枠の30分番組だった「鉄腕!DASH!!」(後の「ザ!鉄腕!DASH!!」)に、一時期出演していた。 その後『爽健美茶』『NTT DoCoMo関西』など多数のCMに出演して本格的にブレイクする。『癒し系』という言葉の先駆け的存在ともいわれている。 1998年10月7日、フジテレビ『笑っていいとも!』テレホン・ショッキングのコーナーに初出演。以降、テレビ番組・テレビドラマに出演する一方で、エッセイストとしても活躍。「本格的な読書好き」として知られている。 2002年12月、18歳年上のマガジンハウス編集者(当時)である沢田康彦と結婚した。本上は初婚、沢田は再婚。なお、沢田はメール短歌グループ「猫又」を主宰しており、本上も「鶯まなみ」というペンネームで「猫又」の雑誌に投稿していたことがある。 2006年8月、自身のホームページ上で第一子妊娠を公表。同年12月29日、2600グラムの女児を出産。 妊娠当時は、NHK教育テレビ『トップランナー』・フジテレビ『ザ・ベストハウス123』の司会や、BS日テレ『トラベリックス ?世界体感旅行?』のナレーターをレギュラーで担当していた。しかし出産のための降板はせず、産休中には各番組で代役が立てられた。

人物

特技は足指ジャンケン(両足ともパーができる)。
近視であり、普段は眼鏡をかけている。
カメラ、写真、フライフィッシング、ガーデニングなど趣味は多い。
虫が大好きで、昆虫図鑑を数冊所有している。
嫌煙家。
エレファントカシマシのファンである。
妹が一人居るが、一般人の為名前は公表していない。

受賞歴

2000年、第1回ミスブリリアント賞2000
2000年、第37回ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」
2001年、第12回日本ジュエリーベストドレッサー賞
2005年、COTTON USAアワード2005「Mrs.COTTON USA」
2005年、ひらめきIST AWARD 2005「ひらめきIST」
2007年、第21回高崎映画祭「最優秀助演女優賞」 - 『紙屋悦子の青春』による
2007年、第2回大阪シネマフェスティバル「助演女優賞」 - 『幸福(しあわせ)のスイッチ』による

主な作品

TVドラマ

じゃじゃ馬ならし(1993年、フジテレビ系) - 秋野りか 役
黄昏流星群 -恋をもう一度-(1997年、NHK-BS2) - 盛本美紀 役
不機嫌な果実(1997年、TBS系) - 高城理子 役
新宿鮫 毒猿(1997年、NHK-BS2) - 田口奈美 役
入道雲は白 夏の空は青(1998年、日本テレビ系) - 相川涼子 役
眠れる森(1998年、フジテレビ系) - 佐久間由理 役
蘇る金狼(1999年、日本テレビ系) - 古池真弓 役
砂の上の恋人たち(1999年、フジテレビ系) - 辻谷黎子 役
アナザヘヴン-eclipse-(2000年、テレビ朝日系) - 大石紀子 役
嫉妬の香り(2001年、テレビ朝日系) - 高村ミノリ 役
陰陽師(2001年、NHK) - 蜜虫 役
天国への階段(2002年、よみうりテレビ・日本テレビ系) - 江成未央 役
恋は戦い!(2003年、テレビ朝日系) - 高盛ハナコ 役
人情とどけます?江戸娘飛脚?(2003年、NHK) - まどか 役
乱歩R(2004年、よみうりテレビ・日本テレビ系) - 帆音ユキ 役
彼女が死んじゃった。(2004年、日本テレビ系) - 伊藤サチ 役
BE-BOP-HIGHSCHOOL(2004年、TBS系) - 大山フミエ 役
BE-BOP-HIGHSCHOOL2(2005年、TBS系) - 大山フミエ 役
アキハバラ@DEEP(2006年、TBS系) - ユイ 役
氷点(2006年、テレビ朝日系) - 松崎由香子 役
去年ルノアールで 第4話(2007年、テレビ東京) - 母親 役
ガリレオ 第9話・最終話(2007年、フジテレビ系) - 穂積京子 役
ふたつのスピカ(2009年、NHK)
空飛ぶタイヤ(2009年、WOWWOW) - 沢田英里子 役

TV番組(その他)

正しい恋のつくり方(1997年、関西テレビ放送、後にTADAKOI-Xに改称) - アシスタント[1]
トップランナー(2003年 - 2008年、NHK教育) - 司会[2]
トラベリックス ?世界体感旅行?(2003年 - 、BS日テレ) - ナレーター[3]
ザ・ベストハウス123(2006年 - 、フジテレビ) - 司会[4]
本上まなみのサミット情報 未来へのメッセージ(2008年、政府インターネットテレビ) - ナレーター

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TVアニメ(声優)

おでんくん(2005年 - 、NHK教育) - おでんくん 役

ラジオ番組

本上まなみのスウィートタイム(1997年 - 1998年、FM大阪) - レギュラーパーソナリティ

映画

あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE(1998年、東映) - 下村恵美 役
群青の夜の羽毛布(2002年、GAGA) - 毬谷さとる 役
tokyo.sora(2002年、日活・東京テアトル) - メガネの女の子 役
紙屋悦子の青春(2006年、) - 紙屋ふさ 役
幸福(しあわせ)のスイッチ(2006年、) - 稲田瞳 役
酒井家のしあわせ(2007年、) - 国語教師 役
ユメ十夜 第十夜(2007年、日活) - よし乃 役
ハンサム★スーツ(2008年)谷山久恵役
悪夢のエレベーター(2009年9月公開)

CS番組

関西テレビ☆京都チャンネル/スカパー!
本上まなみの極私的京都(1999年)
本上まなみの極私的大阪(2000年)
本上まなみの極文学的京都(2000年)

舞台

LOVE LETTERS(2008年7月、PARCO劇場)

エッセイ

ほんじょの虫干。
ハードカバー版(1999年、学習研究社)
文庫版(2004年、新潮社)
ほんじょの天日干。(2001年、学習研究社)
ほんじょの鉛筆日和。
ハードカバー版(2002年、マガジンハウス)
文庫版(2006年、新潮社)
ほんじょの眼鏡日和。(2005年、マガジンハウス)

絵本

ぱたのはなし。(2004年、マガジンハウス)
こわがりかぴのはじめての旅。(2005年、マガジンハウス)

翻訳絵本

ほんじょうまなみ名義による

めんどりヒルダ(2004年、新風舎)原文・絵:メリー・ウォーメル
めんどりヒルダのこわいよる(2004年、新風舎)原文・絵:メリー・ウォーメル
めんどりヒルダのたんじょうび(2004年、新風舎)原文・絵:メリー・ウォーメル

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写真集

Smoochy(1995年、英知出版)撮影:奥舜
ALL OF ME - オールオブミー(1997年、学習研究社)撮影:奥舜
SEXY - セクシー(1998年、学習研究社)撮影:奥舜
まるごとまなみ(1999年、学習研究社)
Days of Heaven - デイズオブヘブン(2000年、小学館)撮影:西田幸樹

CM

キンレイ(1994年 - 1996年)
ユニチカ(1995年 - 1996年)
アステル関西(1995年)
コカ・コーラ「爽健美茶」(1996年)
花王「リーゼ」(1996年 - )
大阪国税局(1996年 - )
JA静岡県信連(1996年 - )
NTT DoCoMo関西(1998年)
トヨタ自動車「GOA」(1998年)
サークルK(1998年)
江崎グリコ(1998年)
日本道路公団(1999年)
全日本空輸「ANA'Sパラダイス」(2000年)
ローソン(2002年)
大同生命(2005年 - )
東京電力「TEPCOひかり」(2005年)
養命酒製造「養命酒」(2005年 - )
花王「ハミング」(2006年)
ライオン「クリニカ」(2007年-)
ポッカコーポレーション「じっくりコトコト煮込んだスープ」(2007年)
pdc「ピュア ナチュラル」(2009年)

さんの御紹介ページです!

http://www.honjomanami.com/

http://talent.nifty.com/cs/catalog/talent_tdb-talent/catalog_2000008589_1.htm

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倉木 麻衣さんについて

倉木 麻衣

倉木 麻衣(くらき まい、1982年10月28日 - )は、日本の女性歌手。千葉県船橋市出身。大阪府枚方市で育つ。LOOP・NORTHERN MUSIC所属。前所属GIZA studio。父親は映画監督の山前五十洋。祖父は詩人の山前実治。幼少時代、監督作品にも出演。聖徳大学附属高等学校から立命館宇治高等学校編入・卒業を経て、立命館大学産業社会学部人間文化学系入学、2005年春に卒業。

概要

1999年に17歳でリリースしたデビューシングル『Love, Day After Tomorrow』が売上140万枚(オリコン調べ)の大ヒットとなり、一気に人気アーティストとなった。立て続けにシングルもヒットし、1stアルバム『delicious way』が売上350万枚(オリコン調べ)を、出荷枚数にして400万枚を突破するなど、めざましい活躍を見せた。現在でもシングルがオリコンチャートのトップ10以内にランクインしている。2005年3月に立命館大学を卒業し、現在は音楽活動に専念している。

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倉木の日本の音楽業界への影響

倉木がデビューした1999年の日本の音楽業界は、小室哲哉を頂点とするいわゆる小室ファミリーの勢力が落ち込み、MISIAや小柳ゆき、特に宇多田ヒカルの爆発的なヒットに見られるR&B全盛の時代であった。当時のブームの影響もありR&Bアーティストとしてデビューすることになるが、あくまで親しみやすさ、馴染みやすさを感じさせる歌謡曲の延長線上としてのR&Bテイストの楽曲によって音楽シーンを圧巻することとなる。本物志向の中、倉木の囁くような歌唱法はブームに乗り、デビューは成功。特に2000年は、オリコンチャートの年間シングル・トータル・セールス1位、アルバムとアーティスト別のトータルセールス2位を記録した。その後も2ndアルバム『Perfect Crime』やベストアルバム『Wish You The Best』がミリオンヒットするなど、コンスタントに楽曲を発表し続けている。

メディアへの出演について

倉木はデビュー当時より地上波のテレビ番組に出演することを好まない歌手に含まれる。その多くは自身の曲がタイアップされている番組への録画されたコメントでの出演であり、音楽番組への初出演は、2000年7月1日のTBS系「COUNT DOWN TV」でのアルバム「delicious way」の全曲紹介のコメント出演であった。音楽番組で実際に歌ったのは『NHK紅白歌合戦』への3回の出演時のみである。しかし、デビュー当時から比べると地上波への出演は増加している。例えば立命館大学の入学式では、インタビュー無しの写真撮影のみだったのに対して、卒業式には倉木自身がインタビューに答えている。また、紅白への出演も2003年に入ってからである。その一方で地上波以外への媒体への出演は比較的多い。アルバムなどの発売に合わせてラジオ・雑誌などには多く出演し、ラジオや衛星放送で自身の番組を持っていたこともある。2004年頃からはインターネットでの露出に力を入れている。芸能人としては早くからBlogを始め、2005年12月からは衛星放送で放送されていた「Mai-K TV」をNTTのフレッツ内で放送を始めている。ただし、他のアーティストと比べた場合、それでもメディアへの露出は少ない。理由については、ビーインググループの戦略に惚れた事であると言われている。ビーイング系の女性アーティスト(ZARD・小松未歩など)は伝統的にメディアへの露出が極めて少ない。

2007年6月、初めての中国、台湾への訪問に、地元メディアがヒートアップ。空港から移動中、宿泊先など様々なシーンで彼女が登場。日本とのメディアへの対応の違いに意見が出た面もあるが、倉木サイドは旅行中をオープンにしており、日本のメディアももちろん取材ができていた。取材がオープンになったのは、中国、台湾とも式典への招待客の立場であったこと、そして、彼女の人気の高い中国、台湾への短期PR、台湾ライブのPRを兼ねたため。また、旅行中の倉木麻衣を事務所サイドでもくまなく撮影していた。

2009年2月13日、ミュージックステーションに初の生出演を果たした(歌唱曲は「touch Me!」)。

楽曲の特徴

楽曲の提供

全ての作品において倉木は作曲を一切せず、作曲家に曲の提供を受けている。デビューから2004年までは、その多くは大野愛果、徳永暁人、YOKO Black. Stoneの3名が占めている。特に大野愛果は、倉木の作品の約半分を作曲している。編曲は作曲者が担当するか、ボストンの「Cybersound」に依頼する場合が多い。

2005年以降は大野愛果、徳永暁人を中心に多くのGIZA所属アーティストから楽曲の提供を受けている。但し、岡本仁志、後藤康二の作曲に触れるようになるが、倉木の歌唱力を絶賛した小澤正澄に対しては、作曲、編曲をさせず、リミックスだけであり、多々納好夫、小松未歩、川島だりあの作曲もない。

作詞について

一部のカバー曲、デュエット曲を除き、倉木名義の作品全ての作詞にかかわっている。ほとんどは倉木のみの作詞だが、一部共同作詞として関係者の名前がクレジットされている作品もある。

記録・賞など

シングル楽曲すべてがオリコンの上位10位に入っている。 シングルでは18作連続でTOP3入りを果たしていたが、19作目『Love,needing』で最高位5位となり、連続記録更新を逃した(デビュー作からの記録では歴代3位。女性アーティスト、非ジャニーズでは歴代1位)。 アルバムは5作すべてが1位を獲得していたが、6作目『FUSE OF LOVE』で初登場3位となり、連続記録更新を逃した(オリコン調べ)。 1作目のアルバム『delicious way』は初回出荷枚数が330万枚。これは日本における邦楽アルバムでは歴代3位(女性アーティストでは1位)の記録。また発売1週目の売上枚数は、約221.8万枚(オリコン調べ)であり、デビュー・アルバムとしては歴代最高記録である。 シングルではデビュー以来31作連続でTOP10入りを果たし記録更新中(デビュー作からの記録では歴代4位。女性ソロアーティストでは歴代1位)。 オリコンシングル2位は11曲にのぼり、アーティストとしてはオリコンシングルチャートの最高記録である。

第15回日本ゴールドディスク大賞で『delicious way』がロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを、『Secret of my heart』がソング・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第16回日本ゴールドディスク大賞で『Perfect Crime』がロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第17回日本ゴールドディスク大賞で『FAIRY TALE』がロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第18回日本ゴールドディスク大賞で『If I Believe』がロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第19回日本ゴールドディスク大賞で『Wish You The Best』がロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
日本ポニーテール協会より『第1回日本ポニーテール大賞』を受賞。

サポートメンバー及び関連人物

EXPERIENCE-ファーストライブから「Rits倉木麻衣メモリアルライブ2004」までの、黒人アーティスト4名で構成されるサポートメンバー。通常のライブ以外にもFCイベントや紅白でのサポート、PVへの出演なども行っている。特にリーダーのジェフリー・クエストは倉木への楽曲提供やライブでの盛上げ役など重要な役割を担っていた。
Purple Haze-「Mai Kuraki Live Tour 2005 LIKE A FUSE OF LOVE」のみのサポートメンバーで、EXPERIENCE同様黒人アーティスト4名で構成されている。2006年以降は特定のツアーバンドは置かれていないが、Purple Hazeのドラマーであるマービン・レノアーは継続してドラムを担当している。 西室斗紀子-デビュー時からの倉木担当ディレクター。「明日へ架ける橋」以降は同じ事務所の滴草由実担当となるが、アルバム「DIAMOND WAVE」からは再び倉木担当となる。倉木の育ての親的存在。 孫燕姿-台湾を中心に、中華圏を代表する女性アーティスト。「FAIRY TALE」が台湾のCDチャートで1位を取ったことをきっかけに、倉木とそれぞれのアルバムで共演している。

略歴

デビューまで

倉木が「歌うこと」に始めて興味を持ったのは、小学校6年生の時である。当時倉木はピアノを習っていて、漠然と音楽に関わる仕事をしたいと考えていた。そのピアノのレッスンの中に音符を読みながら歌っていくというものがあったのだが、その歌を聴いた彼女の先生が「あなたはピアノより、歌が向いている」という言葉がきっかけとなり、歌の道に進みたいと考えはじめた。中学生になると、倉木は洋楽、特に女性アーティストの作品を聴くようになる。そのきっかけは、マイケル・ジャクソンのビデオを見たことである。その後、マライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、ローリン・ヒルなどを聴くようになり、彼女らのようなシンガーになりたいと真剣に考えるようになる。その頃、ビーイングを組織し現在KANONJIの名で倉木のプロデューサーとなる長戸大幸と出会うことになる。長戸は倉木のデモテープを聴いて高校生になってからのデビューを提案し、それまでは英語の勉強や色々な経験をつみ、デモテープを何本も作るべきだと助言する。高校生になると長戸の紹介でGIZA studioのスタッフと出会い、ローリン・ヒルの「To Zion」のカバーを歌ったデモテープを送ったところ、デビューが決定する。

1999年

学校の夏休みを利用し、ボストンでデビューに向けたレコーディングを行う。
全米デビューシングル『Baby I Like』を、アメリカのインディーズレーベル・Bip! Recordより10月に発売。
日本デビューシングル『Love, Day After Tomorrow』が12月8日発売。同時期にオフィシャルウェブサイトがスタート。ちなみにこのシングルは本来10月リリース予定だったものが、急遽全米デビューしたことを受け12月にずれ込んだ経緯を持つ。

2000年

『Love, Day After Tomorrow』が3月13日、発売より13週目でミリオンセールス達成。
オフィシャルファンクラブ"Mai-K.net"とファンクラブサイトが発足。
マイケル・アフリックがラップを担当した『NEVER GONNA GIVE YOU UP』が6月7日発売。
1stアルバム『delicious way』が6月28日、日本・台湾で同時発売。
『Reach for the sky』がNHK朝の連続テレビ小説『オードリー』主題歌に決定。同番組主題歌では歴代最年少での採用であった。
CSのSKY PerfecTV!Ch.272でThe MUSIC 272『Mai-K TV』がスタートする。倉木にとって初のパーソナリティー番組。

2001年

自身が初めてキャラクター原案を手掛けたプレイステーション用ゲームソフト『テクノビービー』がコナミより発売。爽健美茶のキャンペーンによる初のライブツアー「爽健美茶 Natural Breeze 2001 happy live」を敢行。立命館宇治高等学校卒業、立命館大学産業社会学部人間文化コース入学。世界で初めてのIPv6を用いたスペシャル・インターネット・ライブに参加。

2002年

全国アリーナ・ツアー「Mai Kuraki Loving You・・・ Tour 2002」を敢行。
全米1stアルバム『Secret of my heart』が1月22日発売。日本でも輸入版として販売された。資生堂のSEA BREEZEのCMがスタート。倉木にとって初のCM出演である。
SEA BREEZE Feel it キャンペーンライブツアー「GIZA studio HOTROD BEACH PARTY」に出演。「2002 FIFAワールドカップ オフィシャルコンサート KOREA/JAPAN DAY」に出演。6月30日にはテレビ朝日系列にてライブが放送され、地上波初登場となった。
全国ホール・ライブツアー「Mai Kuraki FAIRY TALE TOUR02-03」が倉木20歳の誕生日からスタートした。

2003年

第54回NHK紅白歌合戦に初出演し、地元である京都の教王護国寺(通称、東寺)からの中継で、五重塔を背後に『Stay by my side』を歌った。これは、紅白歌合戦初の国宝からの中継となった。B'zの松本孝弘ソロプロジェクトで、倉木が山口百恵の「イミテイション・ゴールド」をカバーした。東京・大阪で計4日間行われたGIZA studioバレンタインコンサートに、同じ事務所の愛内里菜・GARNET CROWと共に出演。観客にはメッセージカードとチョコレートがプレゼントされた。またこのライブに先駆けて、WindowsMedia9シリーズ発表イベント「Digital Media Night」とバレンタインライブが同時開催され、そのライブ映像がWindows Media Player9シリーズのサイトでオンデマンド配信された。『kiss』がSEE BREEZEのCM曲となり、同製品のCMへの2度目の出演となる。α-STATIONにて倉木パーソナリティーによるラジオ番組「「Mai K Baby I Like」がスタートした。3月発売された『Time after time〜花舞う街で〜』から3ヶ月間連続でシングルがリリースされた。
スポニチ創刊55周年記念「ファミリーマート・ドリームマッチ 横浜F・マリノス対レッジーナ」のテーマ曲に『If I Believe』の『SAME』が選ばれた。ニッポン放送「倉木麻衣のオールナイトニッポン いいネ!」で、生放送のラジオパーソナリティーを初めて担当した。
第1回京都学生祭典に参加し、平安神宮ライブを行う。また、倉木も実行委員の一員であった。

2004年

1月1日にベストアルバム『Wish You The Best』発売。
全国ホール・ライブツアー「Mai Kuraki 2004 Live Tour Wish You The Best~Grow, Step by Step~」が4月から7月にかけて行われた。このツアーで、単独ライブ通算100回を7月4日仙台サンプラザで達成した。またツアーと連動するかたちで、ライブドアのブログで「Mai-K Diary」と題して本人による日記やツアーレポートが書かれた。他にもライブ配信、インタビュー、blogをまとめたオリジナルアルバムのプレゼントなどの企画も行われた。
立命館のびわこ・くさつキャンパス(BKC)にて、「Rits倉木麻衣メモリアルライブ2004」が10月2日行われた。これまで「音楽と学業は別」と学内でのイベントを拒否してきたが、同キャンパスの開学10周年と産業社会学部創立40周年の記念年であり、倉木にとっても卒業見込みが出ており、デビュー5周年でもあったため、ライブが実現した。 第55回NHK紅白歌合戦に『明日へ架ける橋』で2度目の出演。

2005年

1月26日 シングルで初のセルフプロデュース作品『Love,needing』発売。
3月23日 通算20枚目のSingle『ダンシング』発売。このころ大学を卒業した本人にとっては、人生の新しい門出に踏み出す人への応援歌にしたい、という思いもあり、プロモーションも兼ねた記者会見を卒業式後に行う。
6月1日 『P.S♡MY SUNSHINE』発売。
8月22日〜8月28日 Mai-k cafe
8月24日 1年8ヶ月ぶりオリジナルアルバム、『FUSE OF LOVE』発売。
10月 2008年の先進国首脳会議(G8)の関西開催の誘致キャンペーンの一環として、関係者に配布される誘致紹介用DVDに出演。
10月28日 ライブツアーのファイナル終了直後、彼女のコメント映像がブログとしてサイトアップ。初のムービーブログとなった。
11月9日 『風のららら』以来の名探偵コナンオープニングテーマ曲、『Growing of my heart』発売。
12月31日 第56回NHK紅白歌合戦に『Love, Day After Tomorrow』で3年連続3回目の出場。

2006年

シングル『ベスト オブ ヒーロー』・『Diamond Wave』・『白い雪』、アルバム『DIAMOND WAVE』を発表。4月22日 コスモ石油とJFNによって行われるコスモアースコンシャスアクト・アースデー・コンサートに出演する。また、コンサートに先立ちワンガリ・マータイ氏との対談が行われた。このアースデー・コンサートをきっかけに環境問題をテーマとした音楽活動を始める。期間限定(〜12月31日)で環境問題をテーマとしたブログ『倉木麻衣の地球にちょっと良い話』が立ち上がる。ライブツアー中に小池百合子議員がゲスト出演し、環境問題についてトーク。10月28日 ライブツアーのファイナルで新曲『白い雪』を初めて披露。その際に着た白いロングドレスが話題に。12月31日 倉木麻衣初のカウントダウンライブ『Mai Kuraki COUNTDOWN LIVE 06,07 〜Love,Day Break Tomorrow〜』(パシフィコ横浜(国立大ホール))。

2007年

2月14日 「新・京都迷宮案内」の主題歌の『Season of love』をリリース。
6月1日 所属レーベルをGIZA studioからNORTHERN MUSICへ移籍。
6月7日 中国山東省で開催された「A3 CHAMPIONS CUP 2007」でオープニングイベントにて大会テーマソング「Born to be Free」を中国語で披露。6月15日 「金曲奨」への出演を前にした共同記者会見で、2007年11月23日に国立台湾大学体育館で初の台湾(海外)ライブを行うことを発表。6月16日 台湾最大・最高の音楽賞「金曲奨」に、日本代表のプレゼンテーターとして出演。同時に「Secret of my heart」を生演奏で披露。6月26日 ビーインググループの先輩でもあった亡くなったZARDの坂井泉水へ追悼のコメントをする。関係者とともに開催前に弔問する(織田哲郎や大黒摩季と違いテレビでのコメントはなかった)。7月3日〜8月26日 2年ぶりにファンクラブイベントを開催。「Mai-K "DE・MA・CHI" LIVE DE SHOW」と銘打って、大阪2講演を皮切りに8月26日の東京まで、全国6ヶ所9公演実施。8月20日〜8月26日 Mai-k cafe VOL.2を開催。9月22日 韓国ソウル市ソウルワールドカップ競技場にて開催される『アジアソングフェスティバル2007』へ出演。ヒット曲『Stay by my side』や、「A3 CHAMPIONS CUP 2007」の大会テーマソングでもある『Born to be Free』などを披露。11月23日 台湾台北市国立台湾大学総合体育館で自身初の台湾(海外)公演を行った。11月28日 27thシングル『Silent love〜open my heart〜/BE WITH U』をリリース。12月12日〜12月21日 『LIVE TOUR 2007 〜BE WITH U〜』開催。
12月24日 自身初のフリーライブを京都駅ビルの大階段で開催。12月31日 カウントダウンライブ『Mai Kuraki COUNTDOWN LIVE 07-08 〜Born to be Free〜』開催(パシフィコ横浜(展示ホール))。

2008年

1月 1日 7thアルバム『ONE LIFE』をリリース。1月24日 ライオン「香りつづくトップ」CMイメージソング担当。曲はカーペンターズのTop of the worldをカバー。3月19日 28thシングル『夢が咲く春/You and Music and Dream』をリリース。7月 9日 29thシングル『一秒ごとに Love for you』をリリース。7月19日〜8月17日 ファンクラブイベント『Mai-K YOU&Mai Summer 2008』を開催。10月13日〜12月19日 『Mai Kuraki Live Tour 2008 "touch Me!"』を開催。11月26日 30thシングル『24 Xmas time』をリリース。12月31日 カウントダウンライブ『Mai-K COUNTDOWN LIVE 2009 LUCKY COUNT 10』を開催。

2009年

1月21日 8thアルバム『touch Me!』をリリース。2004年のベストアルバム以来5年ぶりのオリコン1位を獲得。2月13日 テレビ朝日系「ミュージックステーション」に初出演。披露曲は『touch Me!』。4月 1日 31thシングル『PUZZLE/Revive』をリリース。『PUZZLE』は映画『名探偵コナン 漆黒の追跡者』主題歌、『Revive』は名探偵コナンのオープニングテーマとして1月19日からオンエアされた。

ライブ・イベント

ライブツアー

「You & Mai Groove 2001」(2001年8月18日・8月30日)
大阪・東京の2公演、初めてのライブはFCとの企画から「爽健美茶…」に先行開催 総動員数:3,000人「爽健美茶 Natural Breeze 2001 happy live」(2001年8月19日〜9月4日)
全国6ヶ所、総動員数:11,000人 初めてのライブツアー。爽健美茶及びコカ・コーラ社無糖茶製品ブランドに付いているシールを5点分集めて応募し、5,500組11,000人をペアで招待するという企画。応募総数681万8098通で1240倍の競争倍率だった。
「Mai Kuraki Loving You... Tour2002」(2002年1月12日〜2月27日)
全国10ヶ所14公演、総動員数:15万人 初めてチケットが一般販売されたライブ
「You&Mai First Meeting2002」(2002年6月2日〜8月28日)
全国7ヶ所、ファンクラブイベントとしてのツアー。
「GIZA studio HOTROD BEACH PARTY」(2002年7月26日〜9月10日)
全国5ヶ所、総動員数:12,000人 SEA BREEZE Feel it キャンペーンのライブツアー。MAI-K&FRIENDSとして参加。
「Mai kuraki FAIRY TALE TOUR 02-03」(2002年10月28日~2003年6月13日)
全国29ヶ所39公演、総動員数:10万人
「Mai Kuraki 2004 Live Tour Wish You The Best~Grow, Step by Step~」(2004年4月16日~7月25日)
全国29ヶ所38公演、総動員数:11万3千人(日経エンタテイメント調べ) 前回のライブ数を半分の期間で行った。

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「Mai-K a tumarrow 2005」(2005年7月9日〜8月21日)
全国6ヶ所、ファンクラブイベントとしての2度目のアコースティックライブツアー。
「Mai Kuraki Live Tour 2005 LIKE A FUSE OF LOVE」(2005年9月3日〜10月28日)
全国15ヶ所16公演 総動員数:7.4万人
「Mai Kuraki LIVE TOUR 2006 DIAMOND WAVE」(2006年8月11日〜10月28日)
全国35ヶ所36公演 総動員数:11万人
「Mai-K "DE・MA・CHI" LIVE DE SHOW」(2007年7月3日〜8月26日)
全国6ヶ所8公演、ファンクラブイベントとしての3度目のアコースティックライブツアー。
「Mai Kuraki LIVE TOUR 2007 BE WITH U」(2007年12月12日・12月13日・12月21日)
全国3ヶ所
「Mai-K 〜YOU & Mai Summer 2008〜」
全国3ヶ所4公演 ファンクラブイベント。(2008年7月19日〜8月17日)
「Mai Kuraki Live Tour 2008 "touch Me!"」(2008年10月13日〜12月19日)
全国14ヶ所

単独ライブ

「THURSDAY LIVE at hills パン工場 "MICHAEL JACKSON NIGHT"」(2003年8月28日 hills パン工場-堀江)
大阪北堀江にあるライブハウス『hills パン工場-堀江』で毎週木曜に行われているパン工場ライブ。メインのEXPERIENCEのゲストとして出演。マイケル・ジャクソンの曲をカヴァー。フレッツ・スクウェアにてライブ中継された。
「SEABREEZE 倉木麻衣 トークライブ in 沖縄」(2003年9月28日 沖縄万国津梁館)
シーブリーズで50組100名に沖縄旅行と倉木麻衣のトークライブが当たるというイベント企画。1750倍の競争率だった。
「倉木麻衣 LIVE IN 平安神宮 〜京都学生祭典 2003〜」(2003年10月11日 平安神宮境内 特設ステージ)
京都の大学が集まって大きな祭りをやろうという企画「京都学生祭典」のイベントの目玉として開催。立命館大学に通う学生として、また実行委員会のメンバーとして初の学園祭ライブで初の単独野外ライブ。観客数は8000人。
「Rits 倉木麻衣 メモリアルライブ 2004」(2004年10月2日 立命館大学 びわこ・くさつキャンパス クインスタジアム)
倉木麻衣が通う立命館大学のBKC10周年、そして産業社会学部の創設40周年を記念して行われた観客数25000人の野外ライブ。彼女にとってはデビュー5周年と卒業前の記念ライブでもあった。
「THURSDAY LIVE at hillsパン工場 "最後の夏休み special NIGHT"」(2005年8月25日 hills パン工場-堀江)
大阪北堀江にあるライブハウス『hills パン工場-堀江』で毎週木曜に行われているパン工場ライブに出演。フレッツ・スクウェアにてライブ中継された。
「コスモ アースコンシャス アクト アースデー・コンサート」(2006年4月22日 日本武道館)
環境問題を考える「アースデー」である4月22日に「地球を愛し、感じるこころ」のメッセージを発信するスペシャルライブ「アースデー・コンサート」に参加(女性ソロでは初)。21曲を熱唱。FM東京をキーステーションに、日本国内の系列FM局はもちろん、アジア、欧州など世界約30ヶ国のラジオで放送された。
「Mai Kuraki COUNTDOWN LIVE 06,07 〜Love,Day Break Tomorrow〜」(2006年12月31日〜2007年1月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール)
倉木麻衣初のカウントダウンライブ。
「Mai Kuraki COUNTDOWN LIVE 07-08 〜Born to be Free〜」(2007年12月31日〜2008年1月1日 パシフィコ横浜 展示ホール)
「Mai-K COUNTDOWN LIVE 2009 LUCKY COUNT 10」(2008年12月31日〜2009年1月1日 パシフィコ横浜 国立大ホール)
「「touch Me!」No.1 Thanks Live」(2009年3月20日 MEETS PORT JCB HALL)
アルバム「touch Me!」がチャートNo.1を獲得したことを記念してのファンクラブ会員限定ライブ

ディスコグラフィー

シングルCD
発売日 タイトル 楽曲制作 規格 規格品番
1st 1999年12月8日 Love, Day After Tomorrow 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-1014
2nd 2000年3月15日 Stay by my side 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-1024
3rd 2000年4月26日 Secret of my heart 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-1030
4th 2000年6月7日 NEVER GONNA GIVE YOU UP 作詞:倉木麻衣/Michael Africk
作曲/編曲:Miguel Sá Pessoa/Perry Geyer
CD GZCA-1034
5th 2000年9月27日 Simply Wonderful 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-1045
6th 2000年11月8日 Reach for the sky 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-1051
7th 2001年2月7日 冷たい海/Start in my life 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-1063
8th 2001年4月18日 Stand Up 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:徳永暁人 CD GZCA-1069
9th 2001年6月6日 always 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-1083
10th 2001年8月29日 Can't forget your love/PERFECT CRIME -Single Edit- 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound/徳永暁人 CD GZCA-2011
11th 2002年1月17日 Winter Bells 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:徳永暁人 CD GZCA-2026
12th 2002年4月24日 Feel fine! 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:徳永暁人 CD GZCA-2037
13th 2002年9月4日 Like a star in the night 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:徳永暁人 CD GZCA-2048
14th 2002年12月4日 Make my day 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:徳永暁人 CD GZCA-7005
15th 2003年3月5日 Time after time〜花舞う街で〜 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-7011
16th 2003年4月30日 Kiss 作詞:倉木麻衣
作曲:YOKO Black. Stone
編曲:Cybersound CD GZCA-7016
17th 2003年5月28日 風のららら 作詞:倉木麻衣
作曲:春畑道哉
編曲: Cybersound CD GZCA-7022
18th 2004年5月19日 明日へ架ける橋 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:池田大介/徳永暁人 CD GZCA-7049
19th 2005年1月26日 Love,needing 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:麻井寛史 CD GZCA-4020
20th 2005年3月23日 ダンシング 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:徳永暁人 CD GZCA-4036
21st 2005年6月1日 P.S♡MY SUNSHINE 作詞:倉木麻衣
作曲:岡本仁志
編曲:岡本仁志 CD GZCA-7061
22nd 2005年11月9日 Growing of my heart 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:葉山たけし CD GZCA-4054
23rd 2006年2月8日 ベスト オブ ヒーロー 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:徳永暁人 CD GZCA-7068
24th 2006年6月21日 Diamond Wave 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人
編曲:徳永暁人 CD GZCA-7075
25th 2006年12月20日 白い雪 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:池田大介 CD GZCA-7083
26th 2007年2月14日 Season of love 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD GZCA-7087
27th 2007年11月28日 Silent love〜open my heart〜/BE WITH U 作詞:倉木麻衣
作曲:Daisuke "DAIS" Miyachi&Yuichi Ohno/徳永暁人
CD+DVD
CD VNCM-6002(初回盤)
VNCM-6003(通常盤)
28th 2008年3月19日 夢が咲く春/You and Music and Dream 作詞:倉木麻衣
作曲:徳永暁人/大野愛果
編曲:徳永暁人/Cybersound CD
CD VNCM-6004(初回盤)
(VNCM-6005(通常盤)
29th 2008年7月9日 一秒ごとに Love for you 作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound CD+DVD
CD VNCM-6007(初回盤)
VNCM-6008(通常盤)
30th 2008年11月26日 24 Xmas time 作詞:倉木麻衣
作曲:All The Rage
編曲:All The Rage CD+DVD
CD VNCM-6009(初回盤)
VNCM-6010(通常盤)
31st 2009年4月1日 PUZZLE/Revive

Revive/PUZZLE 作詞:倉木麻衣
作曲:望月由絵&平賀貴大/大野愛果
編曲:小澤正澄/Miguel Sa Pessoa CD
CD

CD

CD VNCM-4003(初回盤)
VNCM-6011(通常盤)

VNCM-4004(初回盤)
VNCM-6012(通常盤)
32nd 2009年6月10日 Beautiful 作詞:倉木麻衣
作曲:Song Yang Ha
編曲:池田大介 CD+DVD
CD VNCM-6013(初回盤)
VNCM-6014(通常盤)

アルバムCD
オリジナルアルバム

発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 2000年6月28日 delicious way CD GZCA-1039
2nd 2001年7月4日 Perfect Crime CD GZCA-5001
3rd 2002年10月23日 FAIRY TALE CD GZCA-5021
4th 2003年7月9日 If I Believe CD GZCA-5031
5th 2005年8月24日 FUSE OF LOVE CD GZCA-5070
6th 2006年8月2日
2006年8月2日
2006年8月11日 DIAMOND WAVE CD+DVD
CD
CD GZCA-5086(初回限定版)
GZCA-5087(通常版)
GZCA‐5094(通常盤LIMITED EDITION)
7th 2008年1月1日 ONE LIFE CD VNCM-9002
8th 2009年1月21日 touch Me! CD+DVD
CD VNCM-9004(初回盤)
VNCM-9005(通常盤)

ベストアルバム

発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 2004年1月1日 Wish You The Best CD GZCA-5047

Mai-K名義

発売日 タイトル 備考
シングル 1999年10月16日 Baby I Like Bip! Recordより発売。
アルバム 2002年1月10日 Secret of my heart GIZA USAより発売。
音楽配信 2006年6月11日 Diamond Wave 〜grand bleu mix〜 Diamond Waveにも収録。海外のiTunesサイト限定で配信。

映像作品

発売日 タイトル 規格 規格品番
PV集 2000年11月8日 FIRST CUT VHS
DVD BMVR-7001
BMBD-7001
ライブビデオ 2001年9月19日 Mai Kuraki&Experience First Live 2001 in Zepp Osaka VHS BMVR-7002
ライブビデオ+ドキュメント 2001年11月21日 Mai Kuraki & Experience First Live Tour 2001 ETERNAL MOMENT VHS
DVD BMVR-7003
BMBD-7003
ライブビデオ 2002年4月3日 Mai Kuraki“Loving You…”Tour 2002 Final 2.27 YOKOHAMA ARENA VHS BMVR-7006
ライブビデオ+ドキュメント 2002年5月15日 Mai Kuraki“Loving You…”Tour 2002 Complete Edition DVD(2枚組) BMBR-7006
BMBR-7007
PV+ライブビデオ+ドキュメント 2004年1月7日 My Reflection DVD(2枚組) ONBD-7031
ONBD-7032
ライブビデオ+ドキュメント 2005年1月5日 Mai Kuraki 5th Anniversary Edition Grow, Step by Step DVD(2枚組) ONBD-7046
ONBD-7047
ライブビデオ+ドキュメント 2006年2月22日 Mai Kuraki Live Tour 2005 LIKE A FUSE OF LIVE and Tour Documentary of "chance for you" DVD(2枚組) ONBD-7062
ONBD-7063
ライブビデオ+ドキュメント 2007年8月22日 Brilliant Cut 〜Mai Kuraki Live & Document〜 DVD(3枚組) VNBM-7001
VNBM-7002
VNBM-7003
ライブビデオ+ドキュメント 2009年5月6日 Mai Kuraki Live Tour 2008 “touch Me!” DVD(2枚組) VNBM-7004
VNBM-7005

アナログ盤

BABY I LIKE REMIXIES(TRJ-001、1999年11月27日) - 全米(インディーズ)
Love, Day After Tomorrow(TRJ-002、2000年3月8日)
NEVER GONNA GIVE UP(TJR-003、2000年6月19日)
Reach for the sky Remixed by GOMI(TJR-006、2000年11月22日)
Stand Up/YES or NO(GZJI-008、2001年5月3日)

その他参加作品

シングル

「I JUST CAN'T STOP LOVING YOU (EXPERIENCE featuring MAI KURAKI)」(TCR-015、2003年10月21日)
「イミテイション・ゴールド (TAK MATSUMOTO featuring 倉木麻衣の曲)」(BMCV-5005、2003年10月8日)

アルバム

GIZA studio R&B RESPECT vol.1〜six sisters selection〜(GZGA-5006、2001年12月5日)Jackson5「I'll Be There」のカバー曲収録
GIZA studio MAI-K&FRIENDS HOTROD BEACH PARTY(GZCA-5017、2002年7月17日)THE BEACH BOYS「DON'T WORRY BABY」などのカバー曲収録
GIZA studio Masterpiece BLEND 2001(GZCA-5007、5008、2001年12月19日)
GIZA studio Masterpiece BLEND 2002(GZCA-5025、5026、2002年12月18日)
GIZA studio Masterpiece BLEND 2003(GZCA-5044、5055、2003年12月17日)
TAK MATSUMOTO「THE HIT PARADE」(BMCV-8009、2003年11月26日)
EXPERIENCE「EXPERIENCE 1」(GZCA-5037、2003年12月17日)
大野愛果「Secret Garden」(GZCA-5024、2002年12月4日)「The Frozen Sea」にゲストボーカルとして参加
THE SOUND TRACK FROMパタパタ飛行船の冒険(GZCA-5019、2002年7月17日)「WHAT CAN I DO(TV-SIZE)」Michael Africk with Mai-K名義
THE BEST OF DETECTIVE CONAN 〜名探偵コナン テーマ曲集〜(ZAIN-1055、2000年11月29日)
THE BEST OF DETECTIVE CONAN 2 〜名探偵コナン テーマ曲集2〜(初回生産版JBCJ-9005、通常版JBCJ-9007、2003年12月10日)
THE BEST OF DETECTIVE CONAN 〜The Movie Themes Collection〜(JBCJ-9021、2006年12月13日)
孫燕姿「未完成」(台湾版 WARNERMUSIC TAIWAN 5050466367822、2003年1月10日、日本未発売)
孫燕姿「The Moment」(台湾通常版 WARNERMUSIC TAIWAN 5050466855725、2003年8月22日、日本未発売)
COOL CITY PRODUCTION vol.1"PARTY IN A HOUSE"(TCR-007、2001年3月7日)
COOL CITY PRODUCTION vol.3"Mai-K's club side"(TCR-009、2002年4月24日)
COOL CITY PRODUCTION vol.4"Mai-K“Feel fine!”Remixes and Movie"(TCR-011、2002年10月23日)

CCP presents"hillsパン工場café vol.1"(TCR-012、2002年12月21日)
GIZA studio 10th Anniversary Masterpiece BLEND 〜LOVE Side〜 (2008年12月24日、GZCA-5149)
GIZA studio 10th Anniversary Masterpiece BLEND 〜FUN Side〜 (2008年12月24日、GZCA-5150)

DVD

GIZA studio R&B PARTY at "Hillsパン工場"[堀江]vol.1(BMBD-7005)
GIZA studio MAI-K&FRIENDS HOTROD BEACH PARTY Vol.1〜2002 夏〜(ONBD-7019、2002年11月6日)
COOL CITY PRODUCTION vol.2"Mai-K Re-Mix"(TBR-8001、2001年8月18日)
Making of ダンシング 〜Diary of Los Angels〜(GIZA-0507、FC会員限定販売)
倉木麻衣感動的遭遇進! 〜クーラッキーTOUR〜(FC会員限定販売)

書籍

『myself music』 - ISBN 4198616132(徳間書店、2002年12月15日)

関連書籍

『delicious way』 - オフィシャルピアノ&ボーカルスコア、ISBN 4916019180(ジェイロックマガジン社、2000年6月28日)
『and others』-森美保写真集、ISBN 4916019199(ジェイロックマガジン社、2000年6月)
『inside works』-小島巌作品集、ISBN 4916019202(ジェイロックマガジン社、2000年6月)
『Perfect Crime』 - オフィシャルピアノ&ボーカルスコア、ISBN 491601927X(ジェイロックマガジン社、2001年7月4日)
『Innocent live』-1stライブツアーのドキュメンタリーブック、ISBN 4916019288(ジェイロックマガジン社、2001年10月)
『HOTROD BEACH PARTY 〜Book Edition 2002〜』
-HOTROD BEACH PARTYのドキュメンタリーブック、ISBN 4916019334(ジェイロックマガジン社、2002年10月)

139

タイアップ

起用年 曲名 タイアップ先

2000年 Secret of my heart よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』エンディングテーマ
2000年 NEVER GONNA GIVE YOU UP 『MFTV』(現:『The Music 272』)テーマソング
2000年 Reach for the sky NHK朝の連続テレビ小説『オードリー』テーマソング
2001年 Start in my life よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』エンディングテーマ
2001年 Stand Up コカ・コーラ『爽健美茶 Natural Breeze 2001 happy life』CMソング
2001年 always よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』エンディングテーマ
映画『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』主題歌
2001年 Come on! Come on! ライブドアポッドキャスト『BEING GIZA STUDIO PODCASTING』オープニングテーマ
フジテレビ系『感動ファクトリー・すぽると!』イメージソング/東京ニュース通信社『TOKYO BROS.』CMソング
2001年 Can't forget your love テレビ朝日系ドラマ『生きるための情熱としての殺人』挿入歌
2001年 PERFECT CRIME -Single Edit- テレビ朝日系ドラマ『生きるための情熱としての殺人』テーマソング
2002年 Winter Bells よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』オープニングテーマ
2002年 Feel fine! 資生堂『SEA BREEZE』CMソング
2002年 Like a star in the night テレビ朝日系『ダーク・エンジェル』テーマソング
2002年 Ride on time 2002年度『全日本大学女子駅伝』(ABC制作・テレビ朝日系列)・テーマソング
2002年 key to my heart ナムコ 『テイルズオブデスティニー2』テーマソング
2002年 Make my day フジテレビ系『感動ファクトリー・すぽると!』イメージソング
2003年 Time after time〜花舞う街で〜 映画『名探偵コナン 迷宮の十字路』主題歌
2003年 Kiss 資生堂『SEA BREEZE』CMソング
2003年 風のららら よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』オープニングテーマ
2003年 If I Believe 資生堂『SEA BREEZE』CMソング
2004年 明日へ架ける橋 NHK夜の連続ドラマ『ドリーム〜90日で1億円〜』・『もっと恋セヨ乙女』・『火消し屋小町』主題歌
2004年 Lover Boy 関西テレビ『プロ野球中継2004』テーマソング
2005年 ダンシング Jリーグ徳島ヴォルティス公式テーマ曲
dwango『いろメロ呼び出し中の音』CMソング
2005年 You look at me〜one 日本テレビ系『スポーツうるぐす』テーマソング
2005年 P.S♡MY SUNSHINE フジテレビ系『めざましどようび』テーマソング
2005年 Growing of my heart よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』オープニングテーマ
2006年 ベスト オブ ヒーロー TBS系ドラマ『ガチバカ』主題歌

『dwango.jp』TVCMタイアップソング

2006年 Diamond Wave 日本テレビ系『スポーツうるぐす』テーマソング
2006年 State of mind テレビ東京系『JAPAN COUNTDOWN』オープニングテーマ
2006年 白い雪 よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』エンディングテーマ
2007年 Season of love テレビ朝日系木曜ミステリー『新・京都迷宮案内』主題歌
2007年 Born to be Free 『A3チャンピオンズカップ2007』テーマソング
2007年 Silent love〜open my heart〜 PC向けオンラインRPG『リネージュII』イメージソング
2008年 TOP OF THE WORLD (special track) ライオン『香りつづくトップ』CMイメージソング
2008年 夢が咲く春 日本テレビ『THE 4400 SEASON1 未知からの生還者』テーマソング
2008年 You and Music and Dream TBS系テレビ全国ネット キヤノンスペシャル『地球創世ミステリー マザー・ プラネット 奇跡の島・ガラパゴス“命”の遺産』イメージソング
2008年 Hello ! BS hi/BS2『ダーウィンの動物大図鑑 はろ〜!あにまる』テーマソング
2008年 一秒ごとに Love for you よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』オープニングテーマ
2008年 24 Xmas time TBS系テレビ『恋するハニカミ!』テーマソング
music.jpCMソング
『台場メモリアルツリー』イメージソング
2009年 会いたくて・・・ 映画『大阪ハムレット』主題歌
2009年 I can't believe you !! テレビ朝日系全国ネット『ビートたけしのTVタックル』エンディングテーマ
2009年 PUZZLE 映画『名探偵コナン 漆黒の追跡者』主題歌
2009年 Revive よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』オープニングテーマ

関連項目
J-POP
ビーイング
GIZA studio
大野愛果
徳永暁人
YOKO Black. Stone
GARNET CROW
Cyber sound
ミュージシャン一覧
リズム・アンド・ブルース
ワンガリ・マータイ
チーム・マイナス6%
小池百合子

その他関連項目・逸話

愛犬はボーダー・コリーのキャスパー。名前は映画『キャスパー』の主人公キャスパーから付けられた。倉木の描くイラストによく登場している。
デビューシングル『Love, Day After Tomorrow』から『Secret of my heart』、『NEVER GONNA GIVE YOU UP』、『Simply Wonderful』、『Feel fine!』、『Diamond Wave』まで過去6曲が浜崎あゆみのシングルと同発。特に『NEVER〜』発売時は倉木・浜崎双方の絶頂期であったことから、マスコミからは「歌姫対決」として注目されていた。また、アルバム『ONE LIFE』においても同発だった。
シングル『Simply Wonderful』は「Club Edit」と「Radio Edit」のダブルエディットが収録され、日本初のダブルエディットシングルとして報道された。このうち「Radio Edit」はベストアルバムに収録されたが、「Club Edit」はシングル以外には収録されておらず、プロモーションビデオも存在しない(「Radio〜」には存在)。
チーム・マイナス6%の個人チーム員(チーム員ナンバー 558)である。[5]
よみうりテレビ系アニメ『名探偵コナン』の主題歌としてタイアップされることが多いことでも知られ、テレビアニメ版・劇場版あわせて11曲タイアップされている。
立命館大学の入学試験では学内推薦で入学が可能だったが、自ら「文芸入試」を選択し合格した。卒業論文のテーマは「ライブ文化の考察」であった。[6]
ミュージックステーションに初出演した際トークの時に天然だと告白している。新潟公演の際に「秋田の皆さんどうもありがとうございました!!」とうっかり言ってしまった事も告白している。緊張していた事もあり「口から心臓が出る」と言うところを誤って「心臓から口が出る」と言って笑われていた。

倉木 麻衣さんの御紹介ページです!

http://www.mai-kuraki.com/index2.html

http://www.mai-k.net/index2.html

http://www.mai-kuraki.com/live2008/index.htm

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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三原 じゅん子さんについて

三原 じゅん子(みはら じゅんこ、本名:三原 順子〈読み同じ〉、1964年9月13日 - )は、東京都板橋区出身の女優、元歌手。以前は本名で活動。血液型はB型。明治大学付属中野高等学校定時制中退。

来歴・人物

1971年、私立淑徳小学校に入学。翌1972年、東京宝映テレビ・劇団フジに入団。入団まもなく、劇団フジ定期公演「青い鳥」に出演。続いて「マッチ売りの少女」の主役に抜擢される。 1975年、第29回定期公演で「強制収容所の少女」の主役シズエを演ずる(ダブルキャストで大場久美子)(4年後の第43回公演に於いて再びシズエ役を演ずる)。1977年、私立十文字学園中学に入学。『燃えろアタック』への出演が始まるが、学校が芸能活動を許していなかったため、2年2学期に自主退学し、板橋区立志村第一中学校に転校する。

029t

1979年、『3年B組金八先生』に出演し、第13話以降「山田麗子」役で役柄からの「つっぱり」のイメージで人気が急上昇した。リンチをするシーンでは自分では殴らず大人数を指揮し、「顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを」のセリフは有名となり、三原を表す代名詞になった。

1980年、明大中野学校定時制に入学。同年に歌手デビュー。以降、1986年までコンスタントにシングルを発表した。ビーイング創設者の長戸大幸が作曲したデビューシングル「セクシー・ナイト」は売り上げ30万枚を超えるヒットとなり、同時期の「マルベル堂・プロマイド人気」では第1位となった。当時は山口百恵引退直後だったため、“ポスト百恵”と言われた。同期歌手デビューには『3年B組金八先生』で共演した田原俊彦のほか、松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵、岩崎良美、浜田朱里、甲斐智枝美らがいる。1982年には「だって・フォーリンラブ・突然」のロングヒットで第33回NHK紅白歌合戦に出場、「ホンキでLove me Good!!」で紅組トップバッターを務めた。

1983年 8月 裏本「JUNKO」がベストセラーに。顔をつけかえただけのもので、抗議の会見を開く。 1984年、20歳の誕生日を機に本名の「三原順子」から現在の「三原じゅん子」へ芸名を改める。また、JUNKOというアーティスト名で本格的なハードロックのバンドを組み、ライブ活動をしていた時期もある。

1987年から1999年にかけては、カーレーサーとしても活動。国際B級ライセンスを持つ。レース中の事故による骨折も7回経験しているという。2005年からはレーサー時代の経験を活かし、二輪レースチーム「weave×MIHARA PROJECT」のオーナー兼監督を務める。

現在は「ケントス」等でライブ活動の傍ら、バラエティ、女優業に幅広く活動している。 1987年以降、テレビドラマでは主に2時間ドラマでの犯人役や悪ぶった役で中途で殺されるような脇役が中心であったが、1999年のNHK『すずらん』を契機として、『ファイト』に出演した際のように三枚目的な役柄も好演しており演技の幅を広げている。

男性遍歴

1980年12月23日、16歳の人気絶頂期のころ、当時19歳だった宮脇康之と交際宣言会見を開く。「三原順子」時代には宮脇のほか、沖田浩之との交際が報じられた。改名以後は、1986年にロックバンド「東京JAP」の立川利明との同棲が発覚(『フライデー』2月7日号)。1987年4月2日には立川とともに『フライデー』の記者に暴行し目白署に逮捕された(悪質なものではないとして同日に釈放)。さらにマイケル富岡との熱愛報道を経て、1990年6月にはレーサーの師匠でもあった松永雅博と交際開始。同年10月には妊娠もすぐに流産、同年11月に結婚 26歳。8年後の1998年2月より別居、1999年5月20日離婚 35歳。『女性自身』1999年1月19日号に、1998年11月17日に撮影された、某男性との肩枕寝姿の列車内(岐阜県下呂から名古屋)写真が掲載される。また同時期、巨人コーチの水野雄仁との同棲が報道された。1999年11月28日、お笑いコンビ「アニマル梯団」のコアラ(のちにハッピハッピー。と改名)と再婚。2000年6月1日に大々的な披露宴を開いた。2000年7月に妊娠3ヶ月のオメデタ会見を開くも、同年8月19日2度目の流産。その後、夫のダイエット記録本の出版も好評を得て、かなりのおノロケぶりをアピールしていたが、2007年6月12日に離婚報道、同年10月6日に離婚。同年10月12日と19日の2週にわたって『中居正広の金曜日のスマたちへ』にて、双方の立場の再現ドラマ付で異例の離婚告白を行った。2008年、『フライデー』2月5日号「新恋人と婚前旅行」では、1月16日 ケアンズから帰国したミュージシャンのsatoshiとのツーショットが。

主な出演作品

舞台

SHINJUKU ウエストサイド・ストーリー(1984.1.2~16 シアターアプル)
人生まわり舞台(1987.10.3~30 藤田まこと公演 新宿コマ劇場)
グリース(1988.9.17~25 厚生年金会館)
俄雪(1995.10.1~26 ミヤコ蝶々公演 中座)
雪のぬくもり・金とダンボール・おもろい一族 と蝶々公演に参加(1996.3.2~27 中座 雪のぬくもり・名鉄ホール)
愛愛のれん(1999.4.4~28 名古屋名鉄ホール)
泥棒と目明し(1997.12.2~26 名鉄ホール)
二十四の瞳(1998.8.20~23 大阪厚生年金会館)劇団フジ 主役・大石先生
五木ひろし公演 石松初恋旅(2000.1.2~28)
芸能生活30周年記念ライブ(2002.4.20 ジャパンホール奈良)
高橋英樹公演(2001.10.2~  明治座)
武田鉄矢公演(2002.6.1~27 明治座 9.1~25 名古屋御園座)
横須賀ドブ板物語(2003.7.10~13 新宿紀伊国屋サザンシアター) 劇団俳協公演
アルプスの少女 ハイジ(2003.7.19~27 三越劇場 他全国公演)ロッテンマイエル役
松平 健公演(2004.10.2~29 新宿コマ)
五木ひろし公演(2007.2.5~28 名古屋御園座)
川中美幸公演(2007.4.29~5.24 新歌舞伎座)

TVドラマ

燃えろアタック(1979.1.5~1980.7.11、テレビ朝日)
バトルフィーバーJ第9話「氷の国の女」(1979年、テレビ朝日・東映)
3年B組金八先生第1シリーズ(1979年~1980年、TBS)
青春諸君・夏(1980.4.9~9.23、TBS)
電子戦隊デンジマン(1980年 テレビ朝日・東映)三原順子名義
第4話「ベーダー魔城追撃」さちこ
第21話「死神党を攻撃せよ」
太陽戦隊サンバルカン(1981年、テレビ朝日・東映)エスパー少女・日見子
第36話「エスパー」
第37話「日見子よ」
3年B組金八先生第2シリーズ(1980年~1981年、TBS)
俺んちものがたり (1980.10.7~1981.2.24、TBS)
GOGO! チアガール(1980.11.5~1981.10.21、TBS)主演
絶唱(1981.3.3、TBS)主演
いま、いのち満ちて(1981.10.8 日本テレビ)
ポーツマスの旗(1981.12.5 NHK)
暴れん坊将軍II、X(1983年、2000年 テレビ朝日)
大奥 第2話「 生みの母育ての母」(1983.4.5~84.3.27 フジテレビ)千姫
愛と憎しみの絆(1983.4.14 日本テレビ)主演
復讐するは我にあり(1984.4.7 TBS)
輝きたいの(1984.5.9~4回 TBS)今井美樹のデビュー作 女子プロレスラー役 山田太一脚本
縄の証言(1984.5.26 TBS)主演
死体持参花嫁事件(1985.7.8 テレビ朝日)主演
影の軍団IV 第17話「魔女三人江戸を裂く」(1985年、関西テレビ)
新・いじわる看護婦(1985.9.23/12.23 フジテレビ)中原理恵の同シリーズ後の9・10話に主演
特捜最前線 401話「盲導犬バロン号の追跡!」(1985年 テレビ朝日)
翔んでる警視(1986.1.2 TBS)
誇りの報酬 第40話「幸福へのパスポート」(1986年、日本テレビ)
展望車殺人事件(1986.7.31 フジテレビ)
にせドンファン(1986.9.10 TBS)
露天風呂の女(1987.2.28 テレビ朝日)主演
私は二番目の女(1987.5.6 TBS)
スキャンダル(1988.1.5 日本テレビ) 森光子と共演
西村京太郎トラベルミステリー 「特急“白鳥”十四時間」(1988.4.2 テレビ朝日)
嫁姑ペット戦争(1988.2.22 テレビ東京)主演
閉じた窓(1988.8.1 フジテレビ)
水戸黄門第15部・第16部・第21部・第29部(1985年、1986年、1992年、2001年 TBS)
水戸黄門 第38部
第6話「険しい恋路の吉野山・吉野」(2008年2月11日、TBS)
若大将天下ご免! 第13話「お空が眩しいジャジャ馬娘!」(1987年 テレビ朝日) お甲役
はぐれ刑事純情派 (テレビ朝日)
第1シリーズ 第11話「子連れ未亡人の犯罪」(1988年)
第2シリーズ 第9話「父を見殺しにされた娘」(1989年)
しらべる女II(1989.8.11 フジテレビ)
父子の対話(1989.11.20 フジテレビ)沖田浩之と共演
京都琵琶湖別荘殺人事件(1990.5.5 テレビ朝日)
八百八町夢日記 第1シリーズ 第26話「夢之介が殺した女」(1990.5.29 日本テレビ)
亭主交換家族(1990.6.9 TBS)
刑事犬カール・瀬戸内の追跡(1991.3.23 TBS)
遅すぎた男(1991.3.25 フジテレビ)主演
牟田刑事官 ヨコハマ偽装心中(1992.3.28 テレビ朝日)
華やかな密室殺人(1992.7.13 TBS)
西鹿児島駅殺人事件(1993.1.18 TBS)
他殺岬(1993.7.2 フジテレビ)
華やかな密室殺人2(1993.7.19 TBS)
京都ミス映画村殺人事件(1993.11.5 フジテレビ)
京都百人一首殺人事件(1995.1.13 フジテレビ)
京都紫式部殺人事件(1996.3.15 フジテレビ)
ホテルiv(1997.3.27 TBS)
取調室(1997.9.9 日本テレビ)
名探偵キャサリン胡蝶蘭殺人事件(1998.6.1 TBS)
リンクの魂(1998~99 テレビ朝日)ドラマ外 U-1グランプリ 腕相撲チャンピオン 99.3 右腕内側じん帯切断の重傷(5.8放映)
3年B組金八先生第4シリーズ(1995年~1996年 TBS)
こいまち(1999.3.16 最終回ゲスト 関西テレビ)
すずらん(1999年 NHK連続テレビ小説)
3年B組金八先生第5シリーズ(1999年~2000年 TBS)
暴れん坊将軍X(2000年 テレビ朝日)
マッチポイント(200.10.6~12.22 NHK)
警部補・佃次郎12(2001.5.1 日本テレビ)
3年B組金八先生第6シリーズ(2001年~2002年 TBS)
警察医・花井吾郎の殺人カルテ(2002.2.20 テレビ東京)
緊急救命病院(2003.6.24 日本テレビ)
菊亭八百善の人びと(2004年 NHK)
ファイト(2005年 NHK連続テレビ小説)
上を向いて歩こう 坂本九物語(2005年 テレビ東京)
功名が辻(2006年 NHK大河ドラマ)杉田かおるの代役
夫婦道(2007年 TBS)佐山かおり役(小料理屋「かおり」女将)
万引きGメン・二階堂雪15(2007.5.7 TBS)
女子刑務所東三号棟(2008.1.14 TBS)
水曜ミステリー9 「街占師 北白川晶子の事件占い」(2008.9.11日、テレビ東京)
「日本史7大ミステリー歴史を作った女たちSP 歴史は女が動かしていた!?」(2008.12.23、テレビ東京)再現ドラマ(淀殿役)
非婚同盟 (2009.1.5~3.27 東海テレビ制作・フジテレビ系列)

Body_02

バラエティ

オールスターものまね(1998年 フジテレビ)梓みちよ、中森明菜、山口百恵、中村あゆみ、桜田淳子ほか
とんねるずの生でダラダラいかせて!!(日本テレビ)
日本史サスペンス劇場(日本テレビ)
ライオンのごきげんよう(フジテレビ)
徹子の部屋(テレビ朝日)
オールスター感謝祭(TBS)
一枚の写真(フジテレビ)

映画

父よ母よ!(1980年)東宝
ハイティーン・ブギ(1982年)
あゝ野麦峠 新緑篇(1982.2.6)主演・山本薩夫 監督
人形嫌い(1982.10.2)主演
日本海大海戦 海ゆかば(1983年)
父と子(1983年)
あいつとララバイ(1983年)
キャバレー(1986年)
嵯峨野の宿(1987年)主演
タフ TUFF 誕生編(1990年 ビデオ)
タフ TUFF 復讐編(1991年 ビデオ))
河内残侠伝 軍鶏(1991年 Vシネマ)主演
パチンコ無宿(1995年 ビデオ)
卍舞2 妖艶三女濡れ絵巻(1995年)
しきじきょうしつ(1995年 ビデオ 大阪府)
哭きの竜 2.3(1996年 ビデオ)
新 第三の極道 腐敗官僚vs裏盃の軍団(1998年 ビデオ)
すずらん 少女萌の物語(2000年)
京極夏彦 怪 七人みさき(2001年)
実録 日本ヤクザ抗争史 鯨道 侠骨 死闘編・完結編(2001年 ビデオ)
実録 最後の愚連隊(2002年 ビデオ)
不思議めがね(2002年)
実録・山陽道やくざ戦争 覇道(2004年 ビデオ)
実録・九州やくざ戦争 九州の義王(ライオン)・2 手打ち無き抗争・完結編(2006年 ビデオ)
ロックンロール★ダイエット!(2008年)

吹き替え

FBI失踪者を追え!(NHK-BS2)
第1シーズン11話「思い出ビデオ」:キャロル・ミラー役
第2シーズン18話「父と母と子」:マーサ・スタンリー役
ジョニー・ハンサム:エレン・バーキンの声
※声の出演はゲーム出演(下記)の他にもFMドラマ(NHK)やアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、てれび絵本(NHK教育テレビジョン)「ソクラテスシリーズ」(2006年10月初回放送)、DOWANGOの「いろメロミックス」が有る。

テレビCM

カシオ計算機「CASIOデジタル腕時計・デジタルはCASIO篇」(1980年、ちなみに彼女がCMキャラクターに起用される以前は山口百恵がCMキャラクターを担当していた)
日清やきそば UFO(1981年)
日本コカ・コーラ(1982年)
あべのプール(1981年、関西圏で放送)
たらみ くだものムース(1996年)
サントリー ボス 『農家』篇(2008年)※トミー・リー・ジョーンズ、財津一郎と共演

ディスコグラフィ

シングル

セクシー・ナイト(作詞:亜蘭知子、作曲・編曲:長戸大幸) (1980.09.21)
Let's Go 青春(作詞:亜蘭知子、作曲:青山八郎、編曲:河野土洋) (1980.12.21)
ド・ラ・ム(作詞:亜蘭知子、作曲:長戸大幸、編曲:中島正雄) (1981.01.21)
サニーサイド・コネクション(作詞:竜真知子、作曲:網倉一也、編曲:松井忠重) (1981.05.25)
いとしのサマーボーイ(作詞:竜真知子、作曲:川口真、編曲:萩田光雄)(1981.07.01)
真っすぐララバイ(作詞:三浦徳子、作曲:筒美京平、編曲:船山基紀) (1981.09.21)
氷河期(作詞:三浦徳子、作曲:幸耕平、編曲:若草恵) (1982.01.21)
だって・フォーリンラブ・突然(作詞:T.C.R横浜銀蝿R.S.・山田麗子、作曲:TAKU、編曲:中島正雄) (1982.05.21)
靴音 - STILL LIVERPOOL(作詞:山田麗子、作曲:増尾元章、編曲:松井忠重) (1982.09.21)
ホンキでLove me Good!!(作詞・作曲:TAKU、編曲:中島正雄) (1982.10.07)
ミスティー・ヒロイン(作詞:来生えつこ、作曲:南佳孝、編曲:松井忠重) (1983.02.21)
悲・GEORGE(作詞:山田麗子、作曲・編曲:井上大輔) (1983.05.21)アン・ルイス プロデュースのおむつファッションが話題に。
気まぐれSTING(作詞:山田麗子、作曲:入江純、編曲:木森敏之) (1983.09.01)
夢心中?MY DESIRE?(作詞:なかにし礼、作曲:宇崎竜童、編曲:小針克之助) (1984.01.01)
じゃじゃ馬ならし(作詞:及川恒平、作曲:芹澤廣明、編曲:松井忠重) (1984.08.25)
口唇からショット・ガン(作詞:宮原茅映、作曲:NOBODY、編曲:入江純) (1985.03.21)
とてもいけない過去(作詞:阿木燿子、作曲・編曲:かしぶち哲郎) (1985.06.10)
Easy 悪 Rock'n Roll(歌:三原じゅん子&嶋大輔、作詞:美衣紫かず美・酒田踊、作曲:木下豊美雄、編曲:入江純) (1985.12.21)
So Deep(作詞:勝田誠、作曲・編曲:H.Kelly)
殺しは LEMON JUICE で(歌:JUNKO、作詞:ANNIE、作曲・編曲:H.Kelly)
Straight from the heart(作詞:リンダ・ヘンリック・作曲:井上大輔 編曲:ハワード・キリー) (1991.03.21)

アルバム

セクシー・ナイト(1980年)
時限爆弾(1981年)
Top Secret(1981年)
ベスト・セレクション(1982年)
乱気流(1982年)
Rockin' Road/My Way なんて語れない(ライブ)(1982年)
Wash Out(1982年)
ベスト・セレクション Vol.2(1983年)
Windy City 風都市(1983年)
I Love Exiting Mini(ミニアルバム)(1983年)
MY DESIRE(1984年)
じゃじゃ馬ならし(1984年)
I Love Exiting Mini(ミニアルバム)(1984年)
Versus(1985年)
So Deep(1985年)
ロックンロール・パーティー(ミニアルバム)(1985年)
スプレンダー(1986年)

CD

全曲集

STRAIGHT FROM THE HEART(CDシングル)(1991年)
セクシー・ナイト(アルバム再発)(1994年)
アーティスト・コレクション 三原順子(1999年)
キング・アイドル・ヒストリー 「だって・フォーリンラブ・突然」(1999年)
おしえてアイドル キング編 「Easy-悪-Rock’n Roll」(2000年)
Super Select Idol Songs 「セクシー・ナイト」(2002年)
続・青春歌年鑑 1982 「だって・フォーリンラブ・突然」(2002年)
山口百恵トリビュート Thank You For…part2 「愛の嵐」(2005年)
レディーストランス 愛死天流!「セクシー・ナイト」、「嵐の素顔」、「また逢える」(2006年)
GIFT 「セクシー・ナイト」(2007年)

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ゲーム

龍が如く(声:麗奈、2005年12月8日、セガ)

本・ビデオ等 

片恋のラブレター 三原順子・著 1980.12.1 ワニブックス KKベストセラーズ
三原順子 激しく そして 心のままに 吹上流一郎・著 集英社文庫 1982.2.15
近代映画ハロー・三原順子特集号 1980
順子 廣済堂出版 1980
写真集 ふりむくな!JUNKO 長友健二・撮影 講談社 1981.10.1
写真集 素顔 野村誠一・撮影 ワニブックス・KKベストセラーズ 1982.11.5
写真集 Windy City Story 荒木英仁・撮影 1984.1.20 武集書房 1984.1.20
写真集 河合肇・撮影 別冊スコラ39 講談社 1987.7.25
写真集 JUNCO 荒木経惟 ・撮影 KKベストセラーズ 1994.7.3
もう一度 アイラブユー 共著・コアラ キャンパスシネマ 2000.5.23
ビデオ 熱い夢 シカゴ 1.2 1983.9.21 愛宕書房・東映ビデオ
ビデオ 銀幕漂流 パワースポーツ 1986(不思議の国のじゅん子 メリーポピンズ・日映)
ビデオ ジャンピング・ジェニー オリーブ 1990.2.25
ビデオ 再生 1994.3.15予定 ⇒発売中止に

三原順子さんの御紹介ページです!

http://www.miharajunco.com/

http://ameblo.jp/juncomihara/

三原順子さんTERUさん奥さんだと知ってました!

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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優香さんについて

優香(ゆうか、1980年6月27日 - )は日本のマルチタレントで司会やコメディエンヌや女優、声優やナレーターとしても活躍している。元グラビアアイドル。東京都あきる野市出身、藤村女子中学・高等学校→日出女子学園高等学校卒業。特技はフェンシング(中学時代の部活動)、バドミントン。趣味はお香、ドライブ、絵本を読むこと。所属事務所はホリプロ。本名:岡部 広子(おかべ ひろこ)。

略歴

1997年3月27日東京・池袋のピーダッシュパルコ前でスカウトされる。芸名を各種雑誌『週刊プレイボーイ』(1997年11月25日発売号)やインターネットで一般公募し『優香』となった。由来は、当時の若者言葉「って、言(ゆ)うか」、及び「お香」が趣味だったこともあり「優しく香る」との意味も込めた。なお、『徹子の部屋』に出演した際の本人の言によれば、公募では「優香」という文字での応募は一通だけであり、「ゆうか」の読みでは「優花」「優華」などが散見されていたようである。なお、当初は「優奈」という案も多かったようだ。

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デビュー当初は、大手芸能事務所のホリプロが初のグラビアアイドルをプロデュースしたとして話題となった。デビュー後間もなくから各種雑誌の表紙などを席巻し、グラビアクイーンとして人気者になる。優香の成功により、イエローキャブの全盛期であったグラドル界に新風が吹き込み、これをきっかけとして他の芸能事務所もグラビアアイドルを育てる流れが生まれた。ホリプロも、優香の妹分として翌年には堀越のりをデビューさせるなど攻勢を続けており、以来積極的にグラビアアイドルを売り出すようになった。
1998年、当時のホリプロ所属のアイドル達で『HIP』というユニットが結成された。優香は初代メンバーとして参加し、後に2代目リーダーとなり、2002年8月にメンバーを卒業した。
1999年春には、堀越のり、吉井怜、唐沢美帆との1ヵ月の期間限定音楽ユニット『NITRO』で活動していた。 初CMは1998年に出演したマツモトキヨシ。翌1999年秋に飯島直子と共演した缶コーヒー『ジョージア』のCMなどで国民的にブレイクした。そして『癒し系』という言葉が世間に浸透し、癒しブームの先駆けと言われている。これがターニングポイントとなり、以降はテレビのバラエティ番組やCM中心の仕事にシフトチェンジしていった。そして他のグラビアアイドルもこれを追うようにCMに進出していく流れが生まれた。 2000年からはマルチタレントとして活動、自然体で明るい性格を生かして番組の司会やコントをこなす。そして女優としての活動の幅も広げている。 2004年に放送されたNHK大河ドラマ『新選組!』では、ヒロイン役に抜擢され、深雪太夫とお孝(深雪太夫の妹)の1人2役を演じた。
2005年舞台版『電車男』にヒロイン・エルメス役の声のみの形で舞台に初出演。
2006年1月7日から主演ホラー映画の『輪廻』が公開され恐怖演技を熱演して評価を高めた。同年1月13日から7年目になる『ぐるぐるナインティナイン』の恒例コーナー『グルメチキンレース・ゴチになります!』では、2005年の第6回大会で年間最多自腹を払いゴチをクビとなった中島知子に替わり新メンバーとして登場。女性レギュラーとしては中島に次いで2人目だったが、12月22日放送で最下位に沈み、レギュラーの座を失った。優香本人は「またリベンジしたい」と言っている。 2007年デビュー10周年を迎え、11月26日発売号の『週刊プレイボーイ』では記念グラビアで登場。それにあわせてオフィシャルページである『優香くらぶ』もリニューアルされた。

エピソード・特徴

芸名については最終候補は、「優香」か「優奈」かで迷ったらしいが、「優香」のほうが響きが強い感じがするので(本人談)「優香」に決定した。応募が17000通もあったので中には面白い名前もあり、「パンサー舞」という女子プロレスラーみたいな名前があった事は本人がよくネタにしている。また名付け親に選ばれた人には、優香と一日デートできる権利(ただし近くにスタッフ付きで)が贈られた。 以前は公式プロフィールに本名が記載されていたが、現在は記載がない。しかし、彼女が各種バラエティ番組で自ら本名を名乗ったり、『とんねるずのみなさんのおかげでした』でとんねるずから、本名で呼ばれていたり、コント上の役名として本名を使ったりなどしているので、わりと本名が知られている。 元祖「癒し系」として有名だが、最近のグラビアアイドルのように、最初から「癒し系」として売り出した訳ではなかった。「癒し系」と呼ばれるようになったのはジョージアのCMの影響が大きく、水着グラビアを卒業する頃とほぼ重なっている。したがってグラビア時代を知るファンは「癒し系」に違和感があるという向きも少なくないようである。また最近では「癒し系」というより「天真爛漫」なイメージを云う向きもある。優香自身は「癒し系」と云われる事については、まったくこだわっていないとのこと(本人談)。なお、今でもグラビアのイメージを云う人がいるが、実際に水着グラビアで活躍していたのは1997年冬から2000年春までという比較的短い期間。 愛犬家として有名で、「エアー」という名前のダックスフンドの一種でカニンヘンダックスという種類の犬を飼っており、このペットを主人公とした絵本『エアー』を発表している。優香の2006年度のカレンダーでも「エアー」と一緒に写っているページがある。そして2008年に「食識推進委員会」がペットの犬や猫に健康を考えた正しい食事の与え方を実践している人を表彰する「ベスト食識オーナー賞」の「著名人部門」に選出された。 お笑い好きとしても有名で、テレビはいつもバラエティ番組を中心に見るという(本人談)。志村けんとはデビュー直後の17歳の時から一緒にコントをやっており(フジテレビ系で放送される『志村けんのバカ殿様』で演じる優香姫(バカ姫)などが有名)、志村けんからの評価、信頼も厚く、「志村ファミリー」の一員だと、志村はテレビで語っている。また関根勤などにもデビュー時から可愛がられており、総じてお笑い芸人からの評価は高い。そして優香自身も他の芸人に対して詳しい知識を有しているようである。 音楽はMr.Childrenやaikoの大ファンで、aikoとはプライベートでも親交が深い。そして相川七瀬とは家族ぐるみの付き合いをしている親友である。Mr.Childrenに関してはインタビューなどで理想のタイプとして桜井和寿と名前を挙げるほどのファンである。ポップジャムでは一青窈が出演の時、お互いの家(住まい)が近所だと話していた。優香自身も、歌が上手いとは言い難いがカラオケ好きである。 昔、小学生時は加勢大周のファンだった事があり、切抜きをして、マグネットにしていた事がある。また牧瀬里穂のポスターを自分の部屋に飾っていたとも語っていた。食べ物は辛いものが苦手であり、今でも唐辛子、わさびなどは食べられないらしい(本人談)。番組『空飛ぶグータン?自分探しバラエティ?』で寿司を食べた時もサビ抜きを頼んでいた。2008年1月2日放送の愛のエプロンではTOKIOの城島茂の作った激辛エビチリソースに顔を真っ赤にして悶絶するシーンが放送された。 シンガーソングライターの稲田光穂に「この恋届きますように」の詞を提供している。 レギュラー番組である『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』では、度々青木さやかと張り合う姿もあり、バドミントンとボウリングで直接対決した事もある。(結果は勝利した)。しかし、高所恐怖症の青木が「お仕置きQ」としてスカイダイビングで空を飛ばされた時、収録後、トイレの洗面所で青木さやかが落ち込んでいる姿を見かけ、青木を慰めつつ2人で泣いた事もある。また、体力測定や鬼ごっこ、ボウリングなどの体力の使う企画では、他のメンバーに比べてあまり失敗がなく、わりと運動神経が良く、頑張りやで負けず嫌いな一面を見せているが、水泳は苦手であり、ロケで海中に沈められたときは、他の泳げる出演者につかまって岸までたどりついた。 声優やナレーションと言った声だけの仕事が多いのも特徴。アニメ映画などの声優や、舞台版『電車男』のエルメス役の声だけの出演などの仕事に加え、『ポケットモンスター』の映画のナレーションや、『ニュースステーション』のドキュメント映像のナレーションの仕事も経験している。2008年時で映画には8本出演しているが、その中の6本は声優やナレーターとしての出演である。 タレント活動は高校時代からだが、スカウトされた当時に在学していた学校は芸能活動を許しておらず、2年次の途中にタレント活動専念のため日出女子高校に転校している。多忙のため単位が取れず補習を受ける事も多く、それは卒業式の直前まで続いたという。そのため、体育の授業は中学生と一緒のこともあったとファン向けのイベントで告白している。卒業式当日には日出女子高の屋上で単独記者会見を開いた。 素人時代、都心近くに住んでいた好意を寄せていた男性に、自分の実家がある、あきる野市が田舎だと思われるのが恥ずかしかったようで、その彼に初めて出身地を聞かれた時には立川と答えた事があったという(ちなみに生まれた場所は立川)。今は「もちろん、あきる野市が大好きです。」と公言しており、「あきる野市の事をもっと知ってほしいと思っている」と発言している。 初恋は小学生時で、後に番組『ウンナンのホントコ!』(TBS系)の企画で、その初恋相手と再会した事がある。ファーストキスは中学3年時と『ロンドンハーツ』などで語っている。 『Goro's Bar』出演時「エア-オナラ」(二の腕の皮膚と口を使って生み出す擬似オナラ音)が得意であることを指摘され、番組で披露した事がある。 デビュー以来安定した人気を保っている。その理由はファン層の広さにあると言われ、司会から、コメディエンヌ、女優、声優、ナレーター、グラビアといった、幅広い仕事の影響で子供から中高年までファンがいる。視聴率で有名なビデオリサーチ社の年2回行われる『好きなタレントランキング』は、ランキング上位の常連である。 優香ファンを公言する大物著名人も数多く、特に「俺は優香は好きなんかじゃない、大好物なんだ!」と発言した作家のリリーフランキーや、『ホントコ』で未来日記の主題歌を頼む際、見返りに優香の写真集を要求したアーティストの桑田佳祐、アナウンサーの大塚範一や小倉智昭、元来ファンで大河ドラマ『新選組!』のヒロインに抜擢したという脚本家の三谷幸喜、ドラマなどで度々共演するアイドルSMAPの香取慎吾や『情熱大陸』(TBS系)で「一番撮ってみたい人は優香」と即答し撮影した写真家の梅佳代、グータンヌーボでファンだと告白した佐藤智仁やオリンピック男子マラソンでメダリストのエリック・ワイナイナなどは有名である。 関根勤の優香ファンぶりが熱烈であることは、広く知られている。90年代後半にグラビアで活躍しはじめた頃、関根の出演しているラジオ番組で優香の話題を振られた瞬間、最大エコーがかかって「優香?!優香?!」と絶叫してしばしば企画の流れは中断。共演の小堺一機は当初呆れ果てていたが、優香が番組にゲスト出演したあたりから、小堺も関根同様に優香の名前を絶叫する傾向がみられるようになった。なお関根勤は、優香の本名である「広子」の由来について、「お父さんが『心が広い子に育つように』って付けたんです」と各所で吹聴している。 一緒に番組の司会をしている、さまぁ?ず とはプライベートでも特に仲が良く、「男性芸能人で仕事やプライベートなどすべての事を話せるのはさまぁ?ずさんだけです」と公言しているほどである。2年に1度、世界のトップスイマーが一堂に会して開催される世界水泳では2001年の福岡を筆頭に2003年のバルセロナ、2005年のモントリオールそして2007年のメルボルン大会と4大会連続で日本勢の応援サポーター(キャスター)として出演している。オーストラリアが誇る競泳界のスーパースターのイアン・ソープには、最初の福岡大会では東京のスタジオ担当だったため一度も面識がなかったのだが、後に特番のオーストラリアロケで初対面した。その後もキャスターとしての取材活動もしており、GetSports(テレビ朝日系)ではシンクロナイズドスイミングのヴィルジニー・デデュー選手にインタビュー取材も行っているほどである。福岡大会で銅メダルを獲得した、女子シンクロ飛び込みの大槻枝美選手は中学時代の同級生(中継での掛け合いで、優香の中学時代のニックネームは「岡部ちゃん」だったことも判明した)。
上記にも記載があるように中学時代の3年間フェンシングをやっていた。そのため、北京五輪の男子フルーレで太田雄貴選手が銀メダルを獲得した事がとても感動したと述べている。池袋パルコ前でスカウトされたのがきっかけだったのは前述の通りだが、その池袋で同じ日、優香の数十分後に、ホリプロの別の社員によって藤原竜也もスカウトされている。(本人達はデビューするまで、同じ日にスカウトされた人物がいる事は知らなかったようだ)。そしてスカウトされてすぐにデビューできたわけではなく、それから2ヶ月ほど経ってホリプロ社内でスカウトされた人達が集まってオーディションがあり、それに見事合格して(その時に合格したのは優香だけだったらしい)デビューした。なお、池袋パルコでスカウトされてから、オーディションまでになんの連絡もなしに2ヶ月も経っていたために、その時点で『あぁ、やっぱり駄目だったんだなぁ』、と思っていたと語っている。

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出演番組

バラエティ(レギュラー)

王様のブランチ(TBS系、BS-i、2003年4月 - 現在 )
グータンヌーボ(関西テレビ制作フジテレビ系、2006年4月12日 - 現在)
クイズプレゼンバラエティー Qさま!!(テレビ朝日系、2004年10月 - 現在)
志村屋です。(フジテレビ系、2008年4月 - 現在)

特番

志村けんのバカ殿様(フジテレビ系、毎年正月、春と秋の番組改変期放送)
関根&優香の笑うシリーズ(テレビ朝日系、毎年正月休み、夏休みに放送)

過去のレギュラー出演番組

ミックスパイください(1998年3月 - 9月)(CBC)
今夜は帰して(1998年4月 - 9月) (テレビ朝日)
集まれ!ナンデモ笑学校(1998年10月 - 1999年3月) (テレビ東京系、この番組で志村けんと初レギュラー共演)
ヴェルディが好きだ(1998年4月 - 1999年12月) (日本テレビ)
全国制覇バラエティー ジパング大決戦! (1998年10月 - 1999年2月)(毎日放送・TBS系)
Gパラ・RAVE2001(1998年4月 - 2000年3月)(テレビ東京系)
ろみひー(1998年10月 - 1999年12月)(中京テレビ・日本テレビ系)
恋ボーイ恋ガール(1999年4月 - 9月)(フジテレビ系)
A・A・A(トリプルA) (1999年4月 - 2000年3月)(名古屋テレビ放送)
u-k@(ユーカ))(2000年1月 - 3月) (フジテレビ)
ターニングポイント(1999年1月 - 2000年9月)(テレビ朝日系)
おウチに帰ろう! (2000年10月 - 2001年3月)(TBS系)
優香のMusic Premium(2000年4月 - 2001年3月)(北海道文化放送)
あごまくら(2002年4月 - 9月)((名古屋テレビ放送)
笑う犬の発見(2001年10月 - 2002年9月) (フジテレビ系)
ウルトラショップ(2001年10月 - 2002年9月) (日本テレビ系)
ウンナンのホントコ!(1998年10月 - 2002年3月)→ウッチャきナンチャき(2002.4?2003.2) (TBS系)
ピンパパ(2001年4月 - 2002年3月) (中京テレビ・日本テレビ系列)
Chanoma Girls (2002年4月 - 2002年9月)
優香&ビビアンのムチャ修行! (2002年10月 - 2003年3月)
サムズアップ人生開運プロジェクト (2003年4月 - 9月)(テレビ朝日系)
世界プチくら!(2003年10月 - 11月) (テレビ朝日)
さまぁ?ずと優香の怪しい××貸しちゃうのかよ!!(2002年4月 - 2004年9月 テレビ朝日系)
ポップジャム(2002年4月 - 2005年3月) (NHK総合)
小学生クラス対抗30人31脚全国大会 (2001年 - 2005年) (テレビ朝日系)
世界水泳2001福岡大会→2003バルセロナ→2005モントリオール→2007メルボルン (テレビ朝日系)
今日も感動。優香の世界水泳ハイライト2001福岡大会→2003バルセロナ→2005モントリオール (テレビ朝日系)(世界水泳のダイジェスト番組)
優香のおはよう! 世界水泳 GO! GOLD! JAPAN!2007メルボルン(世界水泳のダイジェスト番組)
Shimura-X天国(1999年5月 - 2000年9月) (フジテレビ)
変なおじさんTV(2000年10月 - 2002年9月)
志村流(2002年10月 - 2004年3月)→志村塾(2004年4月 - 2004年9月)→志村通(2004年10月 - 2005年9月)→志村けんのだいじょうぶだぁII(2005年10月 - 2008年3月)
グータン?自分探しバラエティ?(2004年4月?2005年3月)→空飛ぶグータン?自分探しバラエティ?(2005年4月 - 2006年3月)(関西テレビ制作・フジテレビ系)
ぐるぐるナインティナイン ゴチになります!7(2006年1月 - 12月 日本テレビ系)

ドラマ

青の時代(1998年、TBS系)
太陽は沈まない(2000年、フジテレビ系)- 伊瀬谷亜美 役
20歳の結婚(2000年、TBS系列) - 主演 中願寺蓮子 役
Love Story(2001年、TBS系) - 小林香乃 役
続・平成夫婦茶碗(2002年、日本テレビ系) - 結城灯 役
優香座シネマ(優香自身が主演するオムニバスドラマ6作を新進気鋭の映像作家が競作するという試み)(2002年、テレビ朝日系)
世にも奇妙な物語(フジテレビ系)「ドラマチックシンドローム」(2001年)・「あけてくれ」(2004年)
夏の恐怖ミステリー ほんとにあった怖い話3 (2003年、フジテレビ系)
NHK大河ドラマ『新選組!』(2004年、NHK) - 深雪太夫(お幸)、お孝 役
X'smap?虎とライオンと五人の男?(2004年12月25日放送、フジテレビ系) - ひばり 役
ミスキャストシアター (フジテレビ系)
ディズニードラマスペシャル「星に願いを ?七畳間で生まれた410万の星?」(2005年8月26日放送、フジテレビ系) - 佐藤陽子 役
スペシャルドラマ 恋愛小説「デューク」(2006年7月17日放送、TBS系) - 立花香子 役
24時間テレビ29「愛は地球を救う」絆?今、私たちにできること?「ユウキ」(2006年8月26日放送、日本テレビ系) - ヨシエ 役
新美味しんぼ(2007年1月20日放送、フジテレビ系) - 栗田ゆう子 役
まるまるちびまる子ちゃん 第3話(2007年、フジテレビ系) - 雑貨屋店員 役
終戦記念特別ドラマ・真実の手記 BC級戦犯 加藤哲太郎 「私は貝になりたい」(2007年8月24日放送、日本テレビ系)- 加藤不二子 役
グータンヌーボな女たち(2007年10月3日放送、関西テレビ制作、フジテレビ系)- 田中優香 役
土曜プレミアム 新・美味しんぼPART2(2007年11月17日、フジテレビ系)- 栗田ゆう子 役
魔王(第4話? 第7話までの特別出演、2008年、TBS)- 成瀬真紀子 役
恋のから騒ぎ ?Love StoriesⅤ?「葬儀屋の女」(2008年10月10日、日本テレビ系) - 主演・本田ユリ 役

その他

NHK教育テレビジョン・てれび絵本「おばけちゃんシリーズ」(松谷みよ子作 2007年4月23日 - 5月11日放送=朗読)

ラジオ

TOSHIBA優香@net (TOKYO FM) - テーマソングは稲田光穂担当。この番組で自ら初めて作詞を経験。
HIP HOP パラダイス!! (文化放送) - HIPのメンバーとして出演
古本新之輔 ちゃぱらすかWOO! (文化放送)
オレたちXXXやってま?す (毎日放送)
Bitter Sweet Cafe ?忘れられない恋のうた?(ニッポン放送)
太田胃散 presents 優香のI Feel You (2005年4月?現在 TOKYO FMほかJFN系8局ネット)

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映画

「恋に唄えば♪」主演
「輪廻」主演

声の出演・吹き替え

「チキン・ラン」主役:ジンジャー役
「ポケットモンスター『ピカピカ星空キャンプ』」 ナレーション
「ぼくの孫悟空」主役:孫悟空役
「コックリさん」主役:イ・ユジン役
「アイス・エイジ2」ヒロイン:マンモス・エリー役
「ストリングス?愛と絆の旅路?」ジーナ役

CM、広告

「Tropical SoftBank 823P」「MIRROR II SoftBank 824P」 ソフトバンクモバイル『王様のブランチ』司会の谷原章介と同じコンビで共演。(過去に「J-PHONE東海」時代のCMにも出演)
「ジョインベスト証券」 ジョインベスト証券
「テレ朝ごはんプロジェクト」テレビ朝日・米穀安定供給確保支援機構
「T-UP」 トヨタ自動車
「デッセ・デサント」 デサント
「太田胃散A錠剤」 太田胃散
「スリムビューティハウス」 スリムビューティハウス
「明光義塾」 明光義塾
「Goo Cupシリーズ」 ほっかほっか亭
「コミュファ」 中部テレコミュニケーション
「カロリ。」「カクテルカロリ。」 サントリー
「メンソレータム」 ロート製薬
「午後の紅茶」 キリンビバレッジ
「プレッセ」「セルディ」 ポーラ・デイリーコスメ
「ジョージア」 日本コカ・コーラ
「new balance」 サンワールドインターナショナル
「どん兵衛」 日清食品 (中村紀洋選手(当時大阪近鉄バファローズ)・戸田和幸選手(当時清水エスパルス) と共演)
「ジャイアントコーン」「パピコ」「ポイカジ」 「マカダミアチョコレート」 江崎グリコ
「カラリオ」 エプソン
「Car Sensor」 リクルート
「チキンフィレサンド」「チキングルメサンド」「チキンクリスピーピタ」など多数・・ 日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社
「Elis(エリス)」 大王製紙
「ダービースタリオン99」 アスキー
「InfoSphere」 NTTPCコミュニケーションズ
「マツモトキヨシ」 マツモトキヨシ
「広島エールエール専門店街」
「不正改造車を排除する運動」キャンペーンポスター 運輸省
「旅券の日」キャンペーンキャラクター 外務省
「年金週間」キャンペーン広告 社会保険庁
「風疹予防接種」キャンペーンポスター 厚生省
「所得税の確定申告書が新しくなります」キャンペーン広告 国税庁・税務署
「全国労働衛生週間」キャンペーンポスター 厚生労働省
「圏央道(首都圏中央連絡自動車道)」 あきる野IC⇔八王子JCT開通広告 国土交通省
「食事バランスガイド」「めざましごはんキャンペーン」農林水産省

舞台

電車男(2005年) エルメス役(声のみ出演)

DVD
優香 Breath(ポニーキャニオン)
優香 to(ポニーキャニオン)
優香 be(ポニーキャニオン)
優香 Yuka(ハピネット・ピクチャーズ)
優香座シネマ(ポニーキャニオン)
ファイブスター 優香/Breath(ポニーキャニオン) 優香-Breathの廉価版
TIME UP(NITRO)(ビクターエンタテインメント)

書籍

エアー(小学館 ISBN 4094190260)
ひるねのほんね(角川書店 ISBN 4048836293)

写真集

ZIP(英知出版 ISBN 4754211901)
VIM(吉井怜と共演)(英知出版 ISBN 4754211898)
セレナ(テイアイエス ISBN 4886181791)
Perfume(ワニブックス ISBN 4847025288)
CARAT(双葉社 ISBN 4575472794)
Innocent(集英社 ISBN 4087803058)
優香裏写真集 Memories of Innocent(集英社 ISBN 4087803090)
恋に唄えば♪(角川書店 ISBN 4048535269)
超立体プライベートVIEW 優香 Pure&Lure(新潮社 ISBN 4108990277)

受賞、選出歴

第36回ゴールデン・アロー賞 グラフ賞
第37回ゴールデン・アロー賞 放送新人賞および最優秀新人賞
第38回ゴールデン・アロー賞 放送賞
第26回日本アカデミー賞 新人俳優賞
第40回ゴールデン・アロー賞 ゴールデン・グラフ賞(40回記念の特別表彰) 第31回?第40回までの10年の『グラフ賞』の受賞者の中でもっともフォトグラファーな人に与えられる賞。
ファイブスターガール第1期生(1997年前期)
K-1JAPANマスコットガール 日本テレビ
二十歳のベスト・パール・ドレッサー2001(2001年)
2003年 ベスト・ヘア賞(2003年)
第1回ブライダルジュエリープリンセス(2007年)
Eライン・ビューティフル大賞(2007年)
ベスト食識オーナー賞(著名人部門)(2008年)

楽曲
CALLING(NITRO)(ビクターエンタテインメント)
映画「恋に唄えば♪」オリジナルサウンドトラック(イディア/アルファ・エンタテインメント)
この恋届きますように(稲田光穂) - 作詞(2007年4月時点で未CD化)

優香さんの御紹介ページです!

http://pc.yuka-club.jp/

http://www.ne.jp/asahi/weekly/yuka/

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御伊勢参り

お蔭参り

お蔭参り(おかげまいり)とは、江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣運動。数百万人規模のものが、60年周期に3回起こった。伊勢参りとも。お蔭参りの最大の特徴として、奉公人などが主人に無断で、または子供が親に無断で参詣したことにある。これがお蔭参りが抜け参りとも呼ばれるゆえんである。幕藩は規制を敷いたが、効果は無かった。流行時にはおおむね本州、四国、九州の全域に広がったが、真宗地域には広まりにくかった傾向がある。死人が生き返ったなど、他の巡礼にも付き物の説話は数多くあるが、巡礼を拒んだ真宗教徒が神罰を受ける話がまま見られる。一番多いのは、おふだふりである。村の家々に神宮大麻(お札)が天から降ってきたと言う。これは伊勢信仰を民衆に布教した御師がばら撒いたものだともいわれる。

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背景

天照大神の神社として公家・寺家・武家が加持祈祷を行っていた伊勢神宮だったが、中世の戦乱の影響で領地を荒らされ、式年遷宮が行えないほど荒廃していた。その伊勢神宮を建て直すため、神宮で祭司を執り行っていた御師は外宮に祀られている豊受大神に目をつけ、農民に伊勢神宮へ参拝してもらうように暦を配るなど各地へ布教するようになった。中世には、現世に失望し来世の幸福を願い沢山の人々が寺院へ巡礼した。やがて、神社にも巡礼がさかんになった。 街道の関所が天下統一により撤廃され、参詣への障害が取り除かれた。江戸時代以降は五街道を初めとする交通網が発達し、参詣が以前より容易となった。世の中が落ち着いたため、巡礼の目的は来世の救済から現世利益が中心となり、観光の目的も含むようになった。米の品種改良や農業技術の進歩に伴い農作物(特に、江戸時代の税の柱であった米)の収穫量が増え、農民でも現金収入を得る事が容易になり、商品経済の発達により現代の旅行ガイドブックや旅行記に相当する本も発売された。当時、庶民の移動、特に農民の移動には厳しい制限があったが、伊勢神宮参詣に関してはほとんどが許される風潮であった。無許可の旅行であっても伊勢神宮参拝が目的であることがはっきりすれば「叱責」程度の罰で済まされた。一生に一度の伊勢神宮参詣は庶民の夢でもあった。

お伊勢講

当時の庶民にとって伊勢までの旅費は、相当な負担であった。日常生活ではそれだけの大金を用意するのは困難である。そこで生み出されたのが「お伊勢講」と言う仕組みである。「講」の所属者はそれぞれお金を出し合い、それを合わせて旅行費に充当する。積立金から「講」に所属する農地や財産を置く場合があった。誰が行くかは「くじ引き」で決められる仕組みだが、「講」の全員がいつかは当たるよう配慮されていた様である。くじ引きの結果、選ばれた者は、「講」の代表として伊勢へ旅立つ、旅の期間は農閑期が利用される。出発にあたっては盛大な見送りの儀式が行われる。また地元においても道中の安全が祈願される。参拝者は道中観光しつつ、伊勢では代参者として皆の事を祈り、土産として御祓いや新品種の農作物の種子、松阪や京都の織物などの伊勢近隣や道中の名産品や最新の物産(軽くてかさばらず、壊れないものがよく買われた)を購入する。無事帰ると、帰還の祝いが行われる。江戸の人々が貧しくとも一生に一度は旅行できたのは、この「講」の仕組みによるところが大きいだろう。またこの「お伊勢講」は平時においては神社の氏子の協同体としても作用していた。「お伊勢講」は畿内では室町中期から見られた現象だが、全国的になったのは江戸以降である。江戸時代が過ぎてもこの仕組みは残った、なお戦後は講を賭博行為とみなしたGHQにより解散させられた(無尽講を参照)。しかし、地域によっては現在でも活動を続けている伊勢講もある。伊勢講が無かった地域では、餞別が旅費の大半を占めていた。

御師の活躍

背景の項で述べている通り、伊勢神宮復興のために御師が外宮の豊受大神に目を付け、農民に伊勢信仰を広めたのがお蔭参りのきっかけである。御師は数名ずつのグループに分かれて各地に散らばり、農村部で暦を配ったり、豊作祈願を行ったりして、その年に収穫された米を初穂料として受け取る事で生計を立てていた。江戸時代も中頃になると、品種改良や農業技術の進歩により、農家の中に現金収入を得られるものが増え、新たな知識や見聞、物品を求めて旅をしようと思い立つものが現れるようになった。しかし、農民の移動に規制があった江戸時代に旅をするにはそれなりの理由が必要で、その口実として伊勢参拝が使われるようになった。この口実には、御師が農民に伊勢参拝の勧誘活動を行っていた事も理由になっていたようだ。こうして伊勢に旅立った者は、伊勢滞在時に大抵、自分達の集落を担当している御師のお世話になっていた。御師は伊勢参拝に来る人をもてなすため、自分の家で宿屋を経営している事が多かった。御師の宿屋では盛装した御師によって豪華な食器に載った伊勢や松坂の山海の珍味などの豪勢な料理や歌舞でもてなし、農民が住んでいるところでは使った事がない絹の布団に寝かせる、など、参拝者を飽きさせないもてなしを行った。また、伊勢神宮や伊勢観光のガイドも勤め、参拝の作法を教えたり、伊勢の名所や歓楽街を案内して回った。この時、天照大神が祀られている本殿の案内はそこそこにし、農民にとっての信仰の対象である豊受大神が祀られている外宮を重点的に案内した。

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お蔭参りが農村に与えた影響

お蔭参りに行く者はその者が属する集落の代表として集落から集められたお金で伊勢に赴いたため、手ぶらで帰ってくる事がはばかられた。また、伊勢参拝はあくまで旅に出る口実である事も多く、最新の知識や技術、流行などを知り見聞を広げるための旅でもあった。お蔭参りから帰ってきた者によって、最新のファッション(例:京都や松坂の最新の織物の柄)や農具(例:新しい品種の農作物がもたらされる。箕に代わって、手動式風車でおこした風で籾を選別する唐箕が広まる)、音楽や芸能(伊勢音頭に起源を持つ歌舞が各地に広まる)が、実際の品物や口頭、紙に書いた旅の記録によって各地に伝わった。

変遷

(年号のみ記載のあるものは、厳密にはお蔭参りではないが、群参の顕著な年である。)

中世

お蔭参りの前段階として、集団参詣が数回見られる。

前期

1638年(寛永15年)
1650年(慶安3年)
慶安のお蔭参りは、記録が少なく、詳しいことはわかっていない。「寛明日記」によると、江戸の商人が流行らせたと言う。箱根の関での調べによると、正月下旬から3月上旬までで一日平均500-600人が参詣し、3月中旬から5月までで平均2100人が参詣したという。参詣するものは皆「白衣」を着ていた。
参詣者:
当時の日本総人口:1781万人(1650年)
発生地域:江戸
期間:1月~5月
1661年(寛文元年)
1701年(元禄14年)
1705年(宝永2年)
宝永のお蔭参りは、本格的なお蔭参りの始まりで、2ヶ月間に330万~370万人が伊勢神宮に参詣した。本居宣長の玉勝間の記載によると、4月上旬から1日に2~3千人が松阪を通り、最高は1日23万人である。
参詣者:330万~370万人
当時の日本総人口:2769万人(1700年)
発生地域:京都
期間:
1718年(享保3年)
1723年(享保8年)
1730年(享保15年)
1748年(寛延元年)
1755年(宝暦5年)

中期

1771年(明和8年)
4月11日、宇治から女・子供ばかりの集団が仕事場の茶山から無断ではなれて、着の身着のままやってきたのが明和のお蔭参りの始まりと伝える。
ピーク時には地元松坂では、自分の家から道路を横切って向かいの家に行くことすら困難なほど大量の参詣者が町の中を通っていった、と当時の日記にかかれている。参詣者らは「おかげでさ、ぬけたとさ」と囃しながら歩いてきた。集団ごとに幟を立てていたが、初めは幟に出身地や参加者を書いていたが、段々と滑稽なものや卑猥なものを描いたものが増えてきたという。お囃子も、老若男女がそろって卑猥な事々を並べ立てるようなものになった。
参詣者:200万人
当時の日本総人口:3110万人(1750年)
発生地域:山城の宇治
期間:4月~7月(5ヶ月間)
経済効果:
街道沿いの物価が高騰した。白米1升が50文が相場のときに、4/18には58文に上がり、5/19には66文、6/19には70文まではね上がった。わらじは5/3で8文だったものが、5/7には13-15文になり、5/9には18-24文に急上昇した。
街道沿いの富豪による「施行」もさかんに行なわれた。無一文で出かけた子供が、銀を持って帰ってきたといった事もあったという。初めは与える方も宗教的な思いもあって寄付をしていたが、徐々にもらう方ももらって当然と考えるようになり感謝もしなくなって、中にはただ金をもらう目的で参詣に加わる者も出てきた。
1803年(享和3年)

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後期

1830年(文政13年 / 天保元年)
文政のお蔭参りでは、60年周期の「おかげ年」が意識されていた。伝播地域は、明和よりも狭かったが、参加人数は大幅に増えている。
何故か参詣するときに、ひしゃくをもっていって伊勢神宮の外宮の北門で置いていくということが流行った。阿波の巡礼の風習が広まったとも言う。
参詣者:427万6500人
当時の日本総人口:3228万人(1850年)
発生地域:阿波
期間:閏3月初~8月末
経済効果:86万両以上
物価上昇が起こり、大坂で13文のわらじが200文に、京都で16文のひしゃくが300文に値上がりしたと記録されている。
1855年(安政2年)

末期

1867年(慶応3年)
ええじゃないか。厳密にはお蔭参りには入らないがお蔭参りの影響を受けている。ええじゃないかを参照。
明治に入り、明治天皇が伊勢神宮へ行幸したのをきっかけに伊勢神宮の性質が変容し、さらに、明治政府が御師の活動を禁じたために、民衆の伊勢神宮への参拝熱は冷めてしまった。『おかげ年』にあたる明治23年の新聞には、「お蔭参りの面影もなし」という内容の記事が掲載された。(NHK教育テレビ 『知るを楽しむ 歴史に好奇心』 10月放送分より)

お蔭参り(抜け参り)に参加した著名人

勝小吉(勝海舟の父) 少年時代に抜け参りに参加した。その経緯は自著『夢酔独言』に詳しい。
徳川重倫(紀州藩8代藩主)

参考文献

旅の文化研究所 編『絵図に見る伊勢参り』(河出書房新社、2002年) ISBN 4309242707
金森敦子『伊勢詣と江戸の旅 道中日記に見る旅の值段』(文春新書、2004年) ISBN 4166603752

http://www.knt.co.jp/kouhou/news/07/no11-0201.html

http://syukubo.com/off/circle/off0015.html

http://blog.hankyu-travel.com/mail_club/600/2005/000272.php

http://www.nagisama-fc.com/anime/

出雲の御国ご姉妹さん元気にされているのですかね?ナギ様ここで頑張っていますよ!

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hitomiさんについて

hitomi

hitomi(ヒトミ、1976年1月26日 -)は女性歌手、シンガーソングライター、女優。旧姓古谷仁美(ふるや ひとみ)。現姓は不明である。[1]。所属事務所及びレコードレーベルはエイベックス・エンタテインメント。愛称は「hitomi姉さん」。公称身長167cm[2]。血液型B型。

略歴

栃木県内で生まれるが、生後間もなくして神奈川県川崎市の生家に移る。 尚、彼女は栃木県に住んだ事は無く、栃木県の生まれではあるが主な生育地が川崎市内の為、「栃木県生まれの川崎育ち」と見做されており、この説が有力である。よって事実上は神奈川県出身(但し、公式プロフィールでは出身地の言及は無い事が多い)。1993年雑誌『Fine』のモデルになり、ヒロミチナカノのショーなどに出演。 中学生の頃より数々のオーディション

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に応募しており、中学最終年の1990年に出場した第15回ホリプロタレントスカウトキャラバンでは決勝迄進出[4]。また、「モモコクラブ」にも所属し(桃組出席番号・3429番)歌手デビュー以前から芸能活動は行っていた。その他 CS放送『スペースシャワーTV』ナビゲーターなどを務めた。小室哲哉に出会ったのもこの頃であった。 1994年、小室がプロデュースしたシングル「Let's Play Winter」でCDデビュー。1995年2月、2ndシングル「WE ARE "LONELY GIRL"」ではオリコン最高位61位を記録し、同年4月3rdシングル「CANDY GIRL」ではオリコンチャート初TOP15入りを果たし、39万枚を売り上げるスマッシュヒットとなる。 デビュー当初から殆どの曲の作詞を自ら行っている。 1996年、2ndオリジナルアルバム『by myself』でオリコンチャート1位を初獲得。約80万枚を売り上げた。
「小室ファミリーの落ちこぼれ」と自称しているほど、思う様にメガヒットを飛ばせない事を気に掛けてきたが、1998年頃に小室プロデュースの元から離れて以降も、売り上げが乱高下している他のファミリーや元ファミリーと異なり、順調にヒットを生んでおり、特に2000年から2002年は彼女の隆盛期である。 1999年、初のベストアルバム『h』を発売。オリコンチャート1位、約50万枚を売り上げた。 2000年にシドニー五輪で金メダルを獲得した女子マラソンの高橋尚子が、練習中やレース前にテンションを上げる曲として「LOVE 2000」を紹介した事から、同曲が注目を集め再びチャートを上昇させた。2002年に元GASBOYSのメンバーでデザイン会社勤務の7歳年上の男性と結婚(5年後の2007年秋に結婚生活に確執が生じ離婚する)。結婚してからまもなくして卵巣腫瘍を患い心配されたが手術は成功し無事に回復した。同年、2ndベストアルバム『SELF PORTRAIT』を発売。もう一度オリコンチャート1位、約60万枚を売り上げた。 2004年、1年半の休業を経て活動を再開。以降も本業の歌手としての他、テレビ出演、女優、モデルなど積極的な活動を行っている。女優デビューは2002年に放映されたドラマ私立探偵濱マイク(但し、ゲスト出演として)。
2005年、デビュー10周年を機に独立してエイベックスより新プライベート・レーベル"LOVE LIFE RECORDS"を立ち上げた。28thシングル「Japanese girl」はレーベル初の発売。
2007年には、映画『悪夢探偵』において長編映画初主演を成功させる。さらに、舞台『Waiting for the Sun“天気待ち”』に初出演。12月5日にデビューから13年間の軌跡が詰まった、コンプリートベスト盤『peace』をアルバム、DVD、ボックスセットの3タイトルで同時発売。デビューから全てのシングル曲が収録されている。 2008年6月30日に、俳優の羽田昌義と入籍・再婚し、7月11日に自身のHP内のブログで発表した。妊娠していた事(当時妊娠4ヶ月)も記述していて、「いろいろな事が起こって自分でもびっくりしているのと、嬉しい気持ちで一杯です」と綴っていた。最後には「温かく見守って頂けたら幸いです」で締めくくっている。同年12月23日に約2,900gの女児を出産した。

エピソード

芸能活動

歌手デビューする前、彼女は本名(旧姓)の「古谷仁美」名義で活動していた。
幼少の頃から歌手を目指しており、「ライブアーティストになりたいと思っている」とコメントしていた。デビューシングルでは、歌詞は彼女の直筆であった。 1998年頃から歌詞の一人称に「僕」を入れる様になった。又、この頃から作詞のみならず作曲にも挑戦している。 1999年に発売した初のベストアルバムでは、歌詞カードの中にキツネやオオカミ等の動物を彼女が抱きかかえているシーンが掲載されている。 自室だけでは無く、車内や風呂場でも歌詞を書く事もある。 マラソン選手、高橋尚子は練習中、よく彼女の歌を聞いてテンションを上げたのみならず、実際に彼女の歌を歌った事がある(高橋が歌っていた曲も「LOVE2000」[7])。 2000年にアルバム「LOVE LIFE」をリリースした際、下着一枚のセミヌード写真のジャケットが注目を浴びた。映画出演の際、彼女は「実は怖い番組が苦手」だと語っていたと言う。 2009年5月の出産後初のシングル「WORLD!WIDE!LOVE!」は妊娠中時代に書き上げた物で、「お腹の中に居る子供の立場になって歌詞を書いた」と本人が述べている。

プライベート・嗜好

羽田とは舞台の稽古中に意気投合した事で知り合った。羽田と結婚した後、新婚旅行で行った先がアテネだった。 梨花とは仲が良く、彼女の写真集で共演した事もある。又、彼女の写真集には梨花との対談も収録されている。 犬も猫も好きでペットは犬(ブルドッグが2匹居る)と猫数匹飼育している。特にブルドッグはブログで度々公開されている。
趣味はウォーキング。ウォーキングを習慣としている事で、彼女の体重はデビュー当初からの体重 (47kg) を維持していて、妊娠中でもほとんど体重が変わっていない。妊娠中を除き、体重が50kgを超えた事は一度も無い。 その他の趣味は音楽鑑賞、洋服に関する事。 特に音楽は洋楽が好きで、好きな歌手はジェーン・バーキン等。 兄が一人居るが、一般人の為氏名は公表していない[11]。また、家族についての言及もかなり少ない。
30歳近くになる迄、着物を着た事が無く、30歳の誕生日の時彼女の着物姿をブログで公開していた。 好きな場所はシチリア・アテネ等、地中海地域。海外旅行やロケでもよく訪れている。 好きな食べ物は和食類で、特に納豆や豆腐等が好き。辛い物も好き。
嫌いな食べ物はパパイヤ、イチジク。 大の酒好きで、酒は特に日本酒が好きである。
意外と知られていない[要出典]事だが、左利き。食事の時の箸は左手だが、字を書く時は幼い時に直されたため右手である。 愛読書は岡本太郎。 愛車はBMW・Z4で、彼女のブログで公開された事もある。免許を取得したのは20代になってから。 子供を出産する前、産院を予め下見していたと言う。妊娠する前、彼女は妊娠に関して「太ったりしてネガティブなイメージが多い」と語っていた事もあったが、実際は「むしろ以前よりほっそりした」と述べていた。 妊娠中ながら縄文杉を見る為に屋久島の山中を数時間かけて登山した事もある。 2007年に前夫と離婚した際、ブログでは「お互いの為に出した結論です」とコメントしていた。 2008年12月に女児を出産した時、彼女のブログで「大変だったが素晴らしい経験をする事が出来た」とコメントしていた。 ロングヘアーのイメージが強いが、実際過去に4度髪を切っている。又、最近ではメガネを掛けている事もしばしばある。 妊娠中時代から彼女が愛用している飲み物はアイクレオの鉄分入りのサプリメント飲料「毎日ビテツ」。特に梅味がお気に入りである。自身はレバーが苦手な為、この飲料で鉄分を補っているとの事。

CM関連

2002年に出演したダイエットコカコーラのCMでは、ボクシングのジムでグローブを着用したり、ラテンダンスで派手な衣装を纏っていた[14]。
2005年夏にユニリーバのCMに出演していた時は、髪型はアフロにしていた[15]。

その他

幼少の頃、「大人はみんな嘘つきで信用出来無い」と思っていた事がある。
前述の通り、「栃木県生まれの川崎育ち」とあるが、これは彼女の両親が共に栃木県出身で、母親が彼女を産む為に里帰り先の栃木に帰省し、そこで彼女を出産し、その後川崎市内に戻ったとされている。なお兄は栃木県の出身、彼女は実質的に神奈川県出身である。
神奈川県立柿生高校中退後、東海大学附属望星高校に編入学・卒業、日本大学生産工学部中退。
比較的、恋愛よりも自分自身を謳った曲が多い。
落胆や自分自身の弱みを有りのままに謳っているフレーズも多い。 姉御肌な性格であり、ファンからは「hitomi姉さん」と言う愛称で親しまれている。 彼女の作品から分かる様に、ワイルドで気が強いイメージが多いが、実際の彼女の性格は臆病で人見知りである。しかしその一方で活動的な所が有り、じっとしているのは好きでは無いそうだ。俳優の高橋克実は彼女の大ファンで、彼女のポスターも何枚か所有しており、自室にポスターも貼り付けているそうだ。 所ジョージ、長嶋一茂、来栖あつこ等と誕生日が同じ。 細く長い足をしており、美脚としても知られている。又、公称身長は167cmとしているが、細長い足故に実際は170cmを超えている様に見える事も有る。 小室は、彼女に対して「森高千里と尾崎豊をミックスして2で割った感じ」と述べている。 公式ファンクラブとして、「no!cut」を自ら運営している。 妊娠中時代から運営している自身の公式ブログ「ニンプのヒトミ」を展開してきたが、現在は「hitomiのヒトミ」と改題して継続している。

ディスコグラフィー

シングル

Let's Play Winter(1994年11月28日)
WE ARE "LONELY GIRL"(1995年2月22日)
CANDY GIRL(1995年4月21日)
GO TO THE TOP(1995年7月26日)
Sexy(1996年2月28日)
In the future(1996年5月22日)
by myself(1996年8月7日)
BUSY NOW(1997年4月9日)
problem(1997年6月11日)
PRETTY EYES(1997年10月1日)
空(1998年4月22日)
Progress(1998年12月2日)
Someday(1999年1月27日)
君のとなり (1999年6月16日)
there is...(1999年8月4日)ここからはマキシシングルで発売。
体温 (1999年10月6日)
LOVE 2000(2000年6月28日)
MARIA(2000年9月20日)
キミにKISS(2000年11月8日)
INNER CHILD(2001年4月18日)
IS IT YOU?(2001年8月22日)
I am/innocence(2001年10月24日)
SAMURAI DRIVE(2002年1月9日)
Understanding(2002年2月14日)
flow / BLADE RUNNER(2002年8月21日)
ヒカリ(2004年2月11日)
心の旅人/SPEED☆STAR(2004年4月28日)
Japanese girl(2005年6月1日)
Love Angel(2005年8月24日)
CRA“G”Y☆MAMA(2005年11月23日)
GO MY WAY(2006年5月10日)
アイ ノ コトバ(2006年9月13日)
WORLD! WIDE! LOVE!(2009年5月20日)

アルバム [編集]
GO TO THE TOP(1995年9月27日)
by myself(1996年9月11日)
deja-vu(1997年11月12日)
thermo plastic(1999年10月13日)
LOVE LIFE(2000年12月13日)
huma-rhythm(2002年1月30日)
TRAVELER(2004年5月12日)
LOVE CONCENT(2006年9月27日)
LOVE LIFE 2(2009年6月10日)

W_hitomi_01

ベストアルバム
h(1999年2月24日)
SELF PORTRAIT(2002年9月4日)
HTM?TIARTROP FLES?(2003年10月16日) - カップリング曲集
peace(2007年12月5日)
※シングル「心の旅人」アルバム「TRAVELER」迄は、avex traxよりリリース。シングル「Japanese girl」アルバム「LOVE CONCENT」以降はhitomi自身が独立して立ち上げたLOVE LIFE RECORDSよりリリース。「SELF PORTRAIT」~「TRAVELER」迄は、CCCD仕様。

DVD-Video

nine clips (2000/3/29)
nine clips 2 (2001/3/7)
LIVE TOUR 2001 LOVE LIFE (2001/8/22)
プラス(nine clips + nine clips 2) (2002/3/13)
hitomi LIVE TOUR 2002 huma-rhythm (2002/9/4)
frozen in time (2002/12/4)
hitomi live tour 2004 TRAVELER (2004/9/29)
hitomi 2005 10TH ANNIVERSARY LIVE THANK YOU (2005/6/1)
hitomi japanese girl collection 2005~LOVE,MUSIC,LOVE FASHION~ (2005/11/23)
peace(2007/12/5)
※「hitomi live tour 2004 TRAVELER」迄は、avex traxよりリリース。「hitomi 2005 10TH ANNIVERSARY LIVE THANK YOU」以降はhitomi自身が独立して立ち上げたLOVE LIFE RECORDSよりリリース。

Video(VHS)

nine clips (1997/9/3)
nine clips 2 (2001/3/7)
LIVE TOUR 2001 LOVE LIFE (2001/8/22)
※何れもavex traxよりリリース。

その他

エイベックス オルゴールコレクション hitomi 作品集(2003年1月29日)
天国の歌 feat. hitomi / Taiji All Stars(2007年1月31日)
peace(2007年12月5日) - BOXセット(3CD+3DVD)
Fight for Your Run☆(2008年8月) - 限定配信曲
おたんじょうびのうた - 『こどもちゃれんじ』の「おたんじょうび記念号」に付属するCD(2009年度)。
収録曲
Happy Birthday to You
ココロのそうげん?キミのココロにであうたび?
Happy Birthday to You(歌:しまじろう)

カヴァー曲

アイドルを探せ(LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER)
SAMURAI DRIVE(原曲cune『SAMURAI DRIVE』)
※cune版の同曲歌詞の一人称「俺」がhitomi版では「僕」に差し替えられている。
SPEED☆STAR(原曲TRIPLANE『スピードスター』)
※曲タイトル改題。カヴァー曲扱いでありながら、TRIPLANEとの共同での作詞作曲という表記がされている。また、同曲は原曲とは歌詞、曲調共に一部異なる。
Venus(原曲はショッキング・ブルー『ヴィーナス』だが、バナナラマ版の方が近い)
※Japanese girlのカップリング曲でP&Gジレット『ビーナス ディバイン』CF曲

タイアップ

曲名 タイアップ
Let's Play Winter NTV系「アクション! SNOW BOARD」エンディング・テーマ
WE ARE "LONELY GIRL" NTTドコモ「ベルミー」CMソング
CANDY GIRL 日本コダック「スナップキッズEX」CMソング
GO TO THE TOP ANB系ドラマ「カケオチのススメ」挿入歌
Sexy コミー「東京ビューティーセンター'96 レディープロデュース・キャンペーン」CMソング
In the future 明治製菓「アメリカンチップス」CMソング
Shinin' On アサヒコーポレーションア「ドライ・シューズ」CMソング
by myself KTV・CX系ドラマ「もう我慢できない!」エンディング・テーマ
BUSY NOW ダイハツ工業「テリオス」CMソング
problem 資生堂「コスメニティ ヘアマニキュアジェル」CMソング
PRETTY EYES 三貴「銀座ジュエリーマキ エステートツインジュエリー」CMソング
空 ポッカコーポレーション「レモンの雫」CMソング
Progress シチズン「XC」CMソング
TBSテレビ系「ワンダフル」エンディング・テーマ
Someday 花王「ソフィーナ AUBE ルージュドレシャス」CMソング
君のとなり アトラス社ゲーム「ペルソナ2 罪」CMソング
WISH YTV・NTV系ドラマ「ロマンス」挿入歌
MADE TO BE IN LOVE YTV・NTV系ドラマ「ロマンス」挿入歌
there is... KTV・CX系ドラマ「救急ハート治療室」主題歌
体温 TBSテレビ系「COUNT DOWN TV」エンディング・テーマ
LOVE 2000 NTV系「劇空間プロ野球2000」イメージ・ソング
アイドルを探せ (LA PLUS BELLE POUR ALLEN DANSER) 資生堂「TAPHY」CMソング
destiny ABC「ガラスの地球を救え!」イメージ・ソング
MARIA NTV系「M-mania」オープニング・テーマ
NTV系「トヨタプリンセスカップ2000」イメージ・ソング
永遠というカテゴリー 資生堂「TAPHY MILD」CMソング
OVER THE WORLD NTTドコモ関西「iモード」CMソング
キミにKISS NTV系ドラマ「ストレートニュース」エンディング・テーマ
INNER CHILD グンゼ「BODY WILD」CMソング
IS IT YOU? CX系ドラマ「できちゃった結婚」主題歌
OPEN MIND OPEL「VITA」CMソング
I am YTV・NTV系アニメ「犬夜叉」オープニング・テーマ
innocence 三菱電機「デジタル・ムーバ D503iS HYPER 」CMソング
CX系「ベルリンマラソン」イメージ・ソング
SAMURAI DRIVE 花王「Brand-new AUBE」CMソング
Understanding CX系「ソルトレーク2002」イメージ・ソング
flow TBSテレビ系「「サバイバー」」テーマ・ソング
三菱電機「ムーバD251i, ムーバD504i」CMソング
BLADE RUNNER 花王「AUBE」CMソング
プラスティック タイムマシーン 三菱電機「ムーバD251i, ムーバD504i」CMソング
ヒカリ TBSテレビ系「恋するハニカミ!」テーマ・ソング
TX系「第1回全日本大学女子選抜駅伝競争」テーマ・ソング
心の旅人 CX系ドラマ「離婚弁護士」主題歌
SPEED☆STAR 東芝「A5504T(au)」CMソング
Japanese girl NTV系「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」2005年5月度オープニング・テーマ
TVO「ヒロイン誕生!」テーマソング
Venus ジレット「ヴィーナス ディバイン」CMソング
Love Angel ユニリーバ・ジャパン「mod's hair」CMソング
NTV系「@サプリッ」エンディング・テーマ
CRA"G"Y☆MAMA USEN「GyaO」CMソング
GO MY WAY TBSテレビ系ドラマ「弁護士のくず」主題歌
ミュゥモ CMソング
アイ ノ コトバ NTV系『スポーツうるぐす』テーマ・ソング
music.jp TV-CMソング
ミュゥモ TV-CMソング
dwango「いろメロミックスDX」CMソング
Day-O ジャックス「ジャックスカード」CMソング

出演

テレビレギュラー

プリティガレッジ(日本テレビ MC)
ガガガガガレッジセール(同)

ラジオレギュラー

G1グルーパー(TOKYO FM系列 火曜担当 1996年 - 1997年)
THE ROCK'N DREAMERS~Absolute Zero~ (NACK5 1999年 - 2001年)
BODYWILD Presents Hitomi WILD JAM (fm osaka、TOKYO FM 2001年~2002年)

テレビドラマ

24時間あたためますか??疾風怒涛コンビニ伝? (第4章「自殺名所のコンビニ」 客の女性・淳子役 日本テレビ 2008年)

テレビCM

グンゼ BODY WILD
日本GM オペル・ヴィータ
ジャックス
エスエス製薬CUTINA
三菱電機・movaD504i

映画

ライフ・イズ・ジャーニー(2003年、監督:田辺誠一)
悪夢探偵(2007年、監督:塚本晋也)- 霧島慶子 役

舞台

Waiting for the sun「天気待ち」(2007年8月28日 - 9月2日、会場:東京芸術劇場:小ホール)

Hitomi01

NHK紅白歌合戦

2000年第51回 LOVE 2000
2002年第53回 SAMURAI DRIVE

関連人物

小室哲哉
梨花
高橋尚子

hitomiさんの御紹介ページです!

http://hitomilovelife.net/index.html

http://ameblo.jp/ninpu-hitomi/

店舗情報はここ!

http://www.hide-city.com/mcontents/special/070327_lemoned/

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BoAさんについて

BoA

BoA(ボア、 1986年11月5日 - )は、韓国・日本を中心に活動する韓国京畿道出身の歌手である。身長160cm(日本における公式プロフィール、韓国での公式プロフィールは162cm)。

概要

アーティスト名「BoA」の表記

韓国人の名前は概ね、姓が1音節、下の名前は2音節である。ハングル表記・漢字表記では3文字となり、韓国人の名前を英字表記する時、漢字1文字毎に最初の英字を大文字にし、下の名前の各漢字の間をスペースで空けたりハイフンを入れる習慣がある。ペ・ヨンジュン(裵勇俊)を「Bae Yong Joon」と表記するように、クォン・ボア(權寶雅)は「Kwon Bo A」と表記される。 姓とスペースを除いた「BoA」をアーティスト名としているが、「A」が大文字なのは韓国名の英字表記の慣習に因るところである。なお、「ボア (寶雅)」は韓国で非常に珍しい名前である。

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人物

母語の韓国語の他に日本語と英語を話せるトライリンガルである。 また、韓国国内版アルバムのうち、中国語圏で発売されるバージョンについては、ボーナストラックとして中国語バージョンが収録されている場合がある。なお、他の韓国人歌手や音楽グループなどにおいても、このような手法をとっている場合がある。

来歴

 
韓国での活動

1998年

6月:SMエンターテインメントのオーディションを受ける兄についていったところスカウトされた。中学校を中退したが2002年韓国の高校卒業認定試験に合格している。
2000年
8月25日:1集「ID; Peace B」でデビュー。
11月24日:M.net 2000ミュージックビデオフェスティバル「女性新人賞」受賞。
12月10日:公式ファンクラブ「Jumping BoA」第1期結成。
12月13日:2000KMTV 歌謡大典「今年の女性新人賞」受賞。
2001年
3月5日:2.5集『Jumping into the World』リリース、韓国・アメリカ・日本などの有名作曲家が参加。特に、Peter Rafelsonの曲「Don't start now」が収録され話題となった。
2002年
8月1日:SBSi 2002上期ネチズン(インターネット市民)人気大賞・女性ソロ部門受賞。
9月24日:第3回大韓民国映像大典歌手部門「フォトジェニック賞」受賞。
11月29日:m.net 2002 Music Video Festival「最高人気ミュージックビデオ賞」、「ダンス部門最高ミュージックビデオ賞」受賞。
12月6日:第13回ソウル歌謡大賞「大賞」受賞。
12月28日:KMTV 2002 Korea Music Awards「本賞」、「モバイルミュージック賞」受賞。
12月31日:MBC10大歌手歌謡祭「本賞」受賞。
2003年
12月26日、ソウル市「Hi Seoul」の広報大使に任命された[1]。
2006年
11月13日、映画『愛なんていらない』オリジナル・サウンドトラック発売。主題歌「サンシャイン(Sunshine)」を歌う[2]。
11月26日、Mnet 主催の毎年恒例イベント「MKMF2006」において、w-inds.がアジアベストアーティスト賞を受賞した際のプレゼンターを務めた。
2007年
2月24日:「韓流エキスポ IN アジア」が開催されていた済州島にある済州国際コンベンションセンターのタムラホールで「MADE IN BoA 2007」を開催した。このステージでは韓国語で「Girls On Top」「My Name」「メリクリ」「Winter Love(この曲のみ日本語)」「People Say」「NO.1」「VALENTI」「Everlasting」の8曲を披露した。これが韓国国内において事実上BoA本人の初の単独コンサートとなった。
2008年
9月10日:ソウル市内で記者会見を行い、全米デビューならびにデビュー曲「Eat You Up」を発表。10月にi-Tunesなどで全米デビュー曲のデジタル配信、11月には全米でCD発売、さらに翌年にはアルバムや全米ツアーを計画していることが発表された。なお、この前日にBoAが事務所で記者会見の打ち合わせをしていた途中、階段を踏み外して左手の骨折ならびに足を強打し全治6週間のケガをし、ギブス姿で会見場に現れた[3]。

日本での活動

2001年
3月7日:単独ショーケース・ライブを開催し、多数の報道陣が訪れた。このステージでは「ID; Peace B(日本語)/SARA(韓国語)/Don't start now(英語)」を披露した。
5月:キリンビバレッジ『午後の紅茶「b」』ベビーリーフ篇出演。
5月30日:1stシングル「ID; Peace B」でJ-POP歌手としてデビュー。オリコンチャート17位。
7月25日:2ndシングル「Amazing Kiss」リリース、オリコン16位。
12月5日:3rdシングル「気持ちはつたわる」リリース、オリコン11位。
12月19日:avex企画で倖田來未と共に、米国テロ追悼チャリティーシングル「the meaning of peace」リリース、オリコン7位。
2002年
1月17日:4thシングル「LISTEN TO MY HEART」をリリースし、この曲で問い合わせが殺到し、BoAの名が日本に浸透し始めた。オリコンは最高3位を獲得。
7月末日から約1か月にわたって開催されたa-nationの全公演に出演した。
9月10日:WESTLIFEと「Flying Without Wings」デュエット録音。
12月5日:FNS歌謡祭人気歌手賞受賞。
12月13日:日本有線大賞「本賞」受賞。
12月31日:第44回日本レコード大賞「金賞」受賞。第53回NHK紅白歌合戦で紅組の2番目の歌い手として「VALENTI」で初出場。
2003年
2月26日:PALM DRIVEシングル「HOLIDAY」に参加。
3月12日:ゴールドディスク大賞「本賞」受賞。
3月27日から4月6日にかけて、初めての単独ライブツアー(後述)開催。
4月1日にBoAオフィシャルファンクラブ「SOUL」が発足。
昨年に引き続き、7月末日から約1ヶ月にわたって開催されたa-nationの全公演に出演した。
12月31日:第54回NHK紅白歌合戦で、純外国籍のシンガーソングライターとしては初めて(在日コリアンを除く)のトップバッターを務めた。「DOUBLE」で2度目の出場。
2004年
初のアリーナツアー(ライブツアー自体は2回目)を開催。3月末の埼玉を皮切りに、名古屋、福岡、大阪、横浜の順に公演を行った。
8月に開催されたa-nation神戸公演及び東京公演に出演した。
12月31日:この年も第55回NHK紅白歌合戦に出場し「QUINCY」を歌った。
この年は、ライブツアー終了後は日本での活動が少なく、韓国での活動に重点を置いていた。
2005年
3月30日:シングル「DO THE MOTION」リリース、オリコンシングルチャート1位。日本人以外のアジア出身歌手の1位は欧陽菲菲の『ラブ・イズ・オーヴァー』以来21年4か月ぶり。
4月に2回目のアリーナツアーを開催。福岡、東京、大阪、名古屋の順に公演を行った。
8月に開催されたa-nationの東京公演と神戸公演に出演し、「Rock With You」「DO THE MOTION」「make a secret」「QUINCY」「VALENTI」の計5曲を披露した。
12月31日:第56回NHK紅白歌合戦に出場し「抱きしめる」を歌った。
2006年
3月6日、渋谷AXにおいて、完全招待制の「BoA OUTGROW Special Live 2006」をテレビ朝日主催で開催。
4月15日:日本武道館で開催されたMnetJapan開局記念ライブにスペシャルのサプライズゲストとして出演し、「OUTGROW?Ready Butterfly?」「DO THE MOTION」「Everlasting(韓国語版)」を歌い、今までに無いレゲエ風ヘアスタイルで登場した。
7月15日、ap bank fes'06に出演し桜井和寿とのコラボレーションで「cosmic eyes」を歌った。
8月5日:映画『森のリトル・ギャング』の公開初日に舞台挨拶をした。この映画では「KEY OF HEART」が日本語版の主題歌となっており、BoA自身がヘザー役で声優に初挑戦した。また、韓国語版の同映画にも同じくヘザー役でBoAが声優として出演している。
8月16日、神宮外苑花火大会に出演し「VALENTI」「Shine We Are!」「Everlasting」「KEY OF HEART」「七色の明日?Brand New Beat?」「QUINCY」の計6曲を披露した。なお、この時BoAは足を負傷し、まともに歩ける状態ではなかったが見事にやり遂げた。
a-nationの神戸及び東京公演(それぞれ二日目)に出演した。披露した楽曲は前述の神宮外苑花火大会の時と同じ。
9月29日から約1か月間「BoA THE LIVE 2006」を開催し、自身の20歳の誕生日には「BoA THE LIVE 20th Birthday」を開催した。
12月31日:第57回NHK紅白歌合戦に5年連続で出場し「七色の明日?Brand new beat?」を歌った。
2007年
3月31日から横浜を皮切りに、福岡、大阪、名古屋で2年ぶりの全国アリーナツアーを開催した。ちなみに、横浜アリーナにおける公演は3年ぶりのことである。
6月6日:ORICONブログにおいて、『BoAブログ』がスタート。
夏、BoAオリジナルモデルアイウェア(メガネ)が発売された。
12月31日の第58回NHK紅白歌合戦に6年連続出場。ウインター・バラード・スペシャル (「LOVE LETTER」「メリクリ」)を披露した。

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2008年
5月上旬から6月下旬まで、全国ライブツアーが開催された。従来のアリーナツアーとは違い、全公演ホールクラスならびに史上最多の公演回数となった。

アメリカでの活動

2008年

10月21日(現地時間)に全米デビューシングル「Eat You Up」をiTunes Storeなどでデジタルシングルとしてリリース。
2009年

3月、エンタテインメント・メディア「Hollywood Reporter」にて、「Next Generation Asia」(アジアで2千万枚以上のCD・DVDセールスの実績による)に選ばれた。
3月17日に全米デビューアルバム『BoA』をリリース。Billboard 200で127位にチャートイン[6]。この他、Top Heatseekersチャート3位[7]、Top Independent Albumsチャート16位[8]、Top Electronic Albumsチャート5位を記録。
その後、全米ツアーを予定。

来歴補足とその他諸国での活動

2001年、日本デビューに先駆けて「ID; Peace B」の英語バージョンがアメリカ国内で発売された。
2003年2月23日、アメリカニューヨークで開催された第45回グラミー賞授賞式に出席。
2003年4月、アメリカロサンゼルスで行れた韓国人移民100周年記念「韓人音楽大祝祭」に出演し、また同月には首都ワシントンD.C.で開催された「KOREAN-AMERICAN PEACE FESTIVAL」にも出演した。
2003年5月、アメリカの公営放送PBS TV「Korea:Hub of Asia」に出演し、英語でインタビューを受けた。
2003年9月29日、アメリカニューヨークで行れた「韓国移民100周年ニューヨーク韓人大祝祭」に出演。
2004年2月14日、シンガポールで開催されたアジア最大級の音楽祭典「MTV Asia Awards」で、アジアに最も影響を与えた歌手に贈られる“Most Influencial Asian Artist”(アジアに最も影響を与えたアーティスト)と、韓国で最も人気のある歌手に与えられる“Favorite Artist Korea”を受賞した。また、この日の舞台で「Rock With You」を韓国語と日本語で交互に歌った。
2004年9月、歴史映画『多黙 安重根』の試写会に出席、安重根記念事業会に5千万ウォンの寄付をし政府長官より感謝状と名誉会員証を授与された[10][11]。「映画を観て少しでも愛国心を持ってくれたらと思う(私たちの愛国心が少しでも鼓吹されたらと思う)」と語った[12][13]。
2004年と2005年には、台湾で開催された金曲祭に招待され、2005年は「My Name」と「Spark」を歌った。
2005年5月26日、雑誌「フライデー」がスタイリストであるM氏とのキスシーンのデート現場をスクープ。
所属事務所側とBoA本人は交際を完全否定していた[14]。
2005年インタビューの質問により、北朝鮮の首都である平壌で公演してみたいと答えた[15]。
2007年5月、ロサンゼルスのHollywood Bowlで開催された「5th Annual Korean Music Festival 2007」に参加し、「MOTO」「Girls on top」「No.1」「VALENTI」を披露した。
2008年初頭、スターニュースの記事において「アメリカに進出するために英語アルバムを製作中」との報道がなされた[16]。
後に同年9月10日、韓国のソウルにおいて記者会見が行われ、所属事務所であるSMエンターテインメントの李秀満理事も同席して全米デビューすることが発表された。3年前からアメリカ進出を極秘で計画していたという。
その他、近隣諸国である中国や台湾において、TV出演や音楽祭への参加などを幾度も行っている。

ディスコグラフィ

BoAのディスコグラフィ

日本におけるライブツアー

BoAのライブツアー
※2003年に開催された自身初の単独コンサートツアー以来、2006年を除き毎年春先にアリーナツアーを行うことが恒例となっていたが、2008年春のライブツアーでは、全公演ホールクラスかつ地方都市までまわるようになった。

メディア

レギュラー出演

BoA Beat It BoA's World(JFN):2007年3月終了
TRY HAPPY!RADIO(ニッポン放送):2003年9月レギュラー終了、番組自体は2004年3月終了
AX MUSIC FILE (日本テレビ)司会:2002年9月レギュラー終了

その他の出演など

フジテレビ系:僕らの音楽(2006年2月24日放送)#095 BoA×松浦亜弥
TBS系(MBS制作):情熱大陸(2006年11月26日放送)
ミュージックステーションやHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPなどの音楽番組には、よく出演している。
アーティスト・プロデュース・スーパー・エディション 2008年2月度MC JFN
Yahoo!ライブトーク(2008年2月28日 21時00分?21時45分)
日本テレビ系:メレンゲの気持ち(2009年3月7日放送)

タイアップ

曲名 タイアップ 備考
ID; Peace B DDIポケット 『feelH" Sound Market』 CMソング
日本テレビ系 『ろみひー』 テーマソング 
Amazing Kiss カネボウ 『テスティモ』 CMソング 
気持ちはつたわる ロッテ 『エアレ』 CMソング 本人出演
LISTEN TO MY HEART au 携帯電話 『cdmaOne C5001T』 CMソング 本人出演
Every Heart -ミンナノキモチ- 日本テレビ系アニメ 『犬夜叉』 エンディングテーマ 
VALENTI D3パブリッシャーゲームソフト 『PROJECT MINERVA』 CMソング
テレビ東京系 『JAPAN COUNTDOWN』 オープニングテーマ 
奇蹟 コーセー 『ルミナス』 CMソング 
NO.1 TBS 『アジア大会2002 釜山』 イメージソング 
flower ロッテ 『マカダミアチョコレート』 CMソング 本人出演
JEWEL SONG テレビ朝日系ドラマ 『イヴのすべて』 主題歌 
BESIDE YOU -僕を呼ぶ声- テレビ東京系アニメ 『アソボット戦記五九』 オープニングテーマ 
Shine We Are! カルピス 『カルピスウォーター』 『アミノカルピス』 CMソング 本人出演 (どちらも)
Earthsong ホンダ 『COME COME Honda Fair』 CMソング 本人出演
VALENTI -English Version- アキレス 『SKECHERS』 CMソング 本人出演
DOUBLE ホンダ 『COME COME Honda Fair』 CMソング 本人出演
Midnight Parade ロッテ 『マカダミアチョコレート』 CMソング 本人出演
Milky Way ~君の歌~ テレビ東京 『開局40周年記念ラグビーワールドカップ2003』 イメージソング 
Rock With You au 携帯電話 『CDMA 1X A5501T』 CMソング 本人出演
EXPECT ホンダ 『COME COME Honda Fair』 CMソング 本人出演
Be the one コーエーゲームソフト 『戦国無双』 テーマソング 
QUINCY Kose 『Fasio』 CMソング 本人出演
コノヨノシルシ カルピス 『アミノカルピス』 CMソング 本人出演
メリクリ au 携帯電話 『CDMA 1X WIN W21T』 CMソング 本人出演
MEGA STEP アキレス 『SKECHERS』 CMソング 本人出演
DO THE MOTION Kose 『Fasio』 CMソング 本人出演
With U ユニリーバ・ジャパン 『リプトン リーフィン』 CMソング 本人出演
キミのとなりで KDDI 『着うたフル』 CMソング 
make a secret Kose 『Fasio』 CMソング 本人出演
抱きしめる 日本テレビ 『スポーツうるぐす』 テーマソング 
Everlasting テレビ朝日系 『奇跡の扉 TVのチカラ』 エンディングテーマ
映画 『オリバー・ツイスト』 イメージソング
エムティーアイ 『music.jp』 CMソング 
七色の明日 ~brand new beat~ Kose 『Fasio』 CMソング 本人出演
Your Color Xbox 360 『NINETY-NINE NIGHTS』 テーマソング 
KEY OF HEART 映画 『森のリトル・ギャング』 日本語吹替版主題歌 
DOTCH Kose 『Fasio』 CMソング 本人出演
Winter Love 日本テレビ系 『恋愛部活』 エンディングテーマ 
Candle Lights 映画 『百万長者の初恋』 日本語版主題歌 
SO REAL au 携帯電話 『W52T』 CMソング 本人出演
Sweet Impact Kose 『Fasio』 CMソング 本人出演
Bad Drive 日本テレビ系 『スーパーナチュラル』 テーマソング 
LOVE LETTER 日本テレビ系 『いただきマッスル!』 エンディングテーマ
エムティーアイ 『music.jp』 CMソング 
Diamond Heart au 携帯電話 『W53T』 『W54T』 CMソング 本人出演 (どちらも)
Beautiful Flowers TBS系「ザ・プロ野球」2007年度テーマソング 
LOSE YOUR MIND
feat.Yutaka Furukawa from DOPING PANDA au 携帯電話 『W55T』 CMソング 本人出演
Smile again テレビ朝日系 『土曜ワイド劇場』 エンディングテーマ 
be with you. 映画 『犬と私の10の約束』 主題歌 
AGGRESSIVE ユニリーバ・ジャパン 『モッズ・ヘア ヒートサロンエステシリーズ』 CMソング 本人出演
Happy Birthday au 携帯電話 『W56T』 CMソング 本人出演
Best Friend 日本テレビ系 『THE・サンデー』 エンディングテーマ 
Kissing you テレビ朝日系ドラマ 『7人の女弁護士』 主題歌 
Sparkling ゼスプリ 『ゴールドキウイ』 CMソング
エムティーアイ 『music.jp』 CMソング 

Boa_face_label

Joyful Smile 日本テレビ系 『スポーツうるぐす』 テーマソング 
永遠 日本テレビ系 『スッキリ!!』 2月エンディングテーマ
エムティーアイ 『music.jp』 CMソング 
Eat You Up 映画 『昴 -スバル-』 挿入歌 
メリクリ ~BEST & USA Version~ オーディオテクニカ 『BoA メリクリ篇』 本人出演
flower (英語版) ロッテ 『アルテ』 CMソング 本人出演

上記の他にも、日本でCDデビューする以前に、キリンビバレッジ『午後の紅茶』に出演したことがある (タイアップ曲は付いていない)。

脚注

[ヘルプ]

^ 李性勲 (2003-03-20). "「ソウル賛歌」を歌うBoA". 朝鮮日報. 2008年11月8日 閲覧。
^ "BoA、映画「愛なんかいらない」主題歌を歌う". 中央日報 (2006-10-16). 2008年11月8日 閲覧。
^ 「骨折! 米デビュー前災難もプラス思考」スポニチ Sponichi Annex ニュース 2008年9月11日。2008年11月8日閲覧。
^ 「BoA全米デビュー曲、10月21日から全世界配信開始」BARKS 2008年10月7日。2008年11月8日閲覧。
^ "Next Gen Asia". Hollywood Reporter (THR.com)(英語) (2009-03-12). 2009年3月16日 閲覧。
^ "The Billboard 200 BoA". ビルボード. 2009-03-26 閲覧。
^ "Top Heatseekers BoA". ビルボード. 2009-03-26 閲覧。
^ "Top Independent Albums BoA". ビルボード. 2009-03-26 閲覧。
^ "Top Electronic Albums BoA". ビルボード. 2009-03-26 閲覧。
^ 日刊スポーツ 2004年9月10日、「伊藤博文暗殺者の安重根」との表現で映画試写会等の予定情報を掲載した
^ 朝鮮日報 2004年9月10日、日刊スポーツの報道についてBoAの行為を否定的に報道したものであると伝えた
^ 2004年9月9日 朝鮮日報「BoAら安重根義士記念事業会に5000万ウォン寄付」
^ "??-??-????, ????????? 5000?? ??". スポーツ朝鮮(韓国語) (2004-09-08). 2009年3月14日 閲覧。
^ avex お知らせ BoA Official Website 2007年7月9日閲覧。交際報道に対する公式サイトでの発表
^ "BoA「北朝鮮で公演したい」". innolife.net (2005-08-06). 2008年11月9日 閲覧。
^ 2008年2月9日 朝鮮日報

BoAさんの御紹介ページです!

http://www.avexnet.or.jp/boa/index.html

http://boa.smtown.com/

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hydeさんについて

hyde

hyde(ハイド)は、日本のヴォーカリスト。L'Arc〜en〜Cielのヴォーカリストとして、また、ソロではHYDE名義を用いて活動している(個人単位で表記される場合には、L'Arc〜en〜Cielのメンバーとしてでも「HYDE」名義を用いる)。妻はタレントの大石恵。

Hyde

概要

身長、体重、生年月日などのプロフィールを完全に隠して活動していたが、2002年に音楽雑誌[1]で年齢を公表したことからL'Arc〜en〜Cielのファンクラブ会報であるLE-CIEL内でも公表した。だが、公式サイトでは今も非公開になっている。また、出身地についても和歌山県和歌山市であることが、過去に出版された書籍に記載がある[要出典]。これ以外の多くのプロフィールについては未だに非公開である。

ヴォーカリストとしてはある程度の高音の音域を出せる。楽曲での地声の最低音は一瞬ではあるが『evergreen』の最低音であるlowEで、他にも『evergreen』の低音部でlowF#、『Inner Core』の最低音でlowF#などがある。それに対し最高音は一時的なものでhiC#。平均的にはhiA-hiB程度である。わかりやすく言うとhyde自体の音域は2オクターブ強ということになる。だが楽曲はさらに高音を要求されるものが多いため、自身のバンドの半数以上の楽曲に裏声を多用している。また裏声の最高音は『瞳の住人』の最高音であるhihiA程度と予想されている。ちなみに一般人の平均は地声がmidG、裏声がhiD程度であることから、地声に関しては一般人よりもかなり高音なのが分かる。ただ、自身の楽曲ではmid2CからせいぜいhiA程度の曲が多い。また時々ミックスボイスを使う事からベルカントで歌える音域は平均程度といったところと見られる。なお、一般的なプロの音域は地声の最高音でhiA-hiC程度が多く、こちらも平均程度である。

L'Arc〜en〜Cielのほぼすべての曲の作詞を担当。また作曲も頻繁に担当する。

来歴

小学生の頃から漫画家を目指し、高校中退後は大阪の高校卒業資格を得られる美術系の専門学校へ進学する。しかし生まれながら目に色覚異常を持っているために黄緑などの中間色の判別ができず、漫画家への道を諦めた。しかしながらこの特技を活かし、L'Arc〜en〜Ciel初期の頃にはライブの告知ポスターなどはhydeがデザインしていた。現在でもソロ活動時のプロモーションビデオの絵コンテは自分で描いている。音楽には専門学校時代に周りの影響でギターを始めたところから始まり、しばらくはどのバンドの固定メンバーともならずに様々なバンドのセッションに参加していた。その後Kiddy Bombsというバンドのギタリストが脱退したため代わりに加入、このバンドで後にL'Arc〜en〜Cielのドラマーとなるperoと出会う。Kiddy Bombsでの行き詰まりを感じ始めたhydeはperoらを誘いJelsarem's Rodを結成。その直後Jelsarem's Rodのギタリストとベーシストを探して参加したセッション大会で出会ったtetsuから一緒にバンドを作ろうと話を持ちかけられるが、Jelsarem's Rodの結成直後だったために断った。しかし、Jelsarem's Rodでも行き詰まりを感じたhydeは話を断ってからも積極的に声をかけてきていたtetsuと兵庫県西宮市でセッションをする。このセッションで手応えを感じたhydeはJelsarem's Rodを解散、peroと共にL'Arc〜en〜Cielの結成に参加する。その後はL'Arc〜en〜Cielの項目参照。Jelsarem's Rodの活動中は、ギタリストとベーシストにhydeが弾き方を教えていた(2007年音楽番組より)。また、tetsuからの誘いに対して、hydeの決め手となった言葉は、「自分(tetsu)とバンドをやっていた方が絶対にhydeのためになる。」だった。L'Arc〜en〜Ciel活動開始直後まではhideと名乗っていたがXJAPANのhideと紛らわしい為にhydeへと改名した。のちにhydeがhideに会った際には「紛らわしくてすいません」と名前について謝罪したという。L'Arc〜en〜Cielが初期の頃に無料配布した『L'Arc〜en〜Ciel』というビデオにはHideと紹介されている。

HYDE

HYDEはhydeのソロ活動時の名義。バンド活動時はhydeと小文字表記だがソロの場合はHYDEと大文字表記となる。所属レコード会社はHAUNTED RECORDS (Ki/oon Records)。

活動

2001年に「静」をテーマに活動をスタートさせ、シングル3枚、アルバム1枚をリリース。この初期の3部作、『evergreen』、『Angel's tale』、『SHALLOW SLEEP』の初回版の棺型のCDケースは本人の強い希望で実現に至った。2003年からは「HYDE BAND」と共に活動方針を「動」に180度転換しバンドスタイルで再始動した。2005年にはギタリストのKAZをサポートに置き、再び活動を開始。NANA starring MIKA NAKASHIMAへの曲提供や、映画『ステルス』の日本語版主題歌を担当し話題を集めた。2006年2月発売のシングル『SEASON'S CALL』ではKAZが作曲を担当するなどバンドの形相を呈してきた。2006年にはツアー「HYDE TOUR 2006 FAITH」で全国を回り活発な活動を行った。2008年からはKAZと共に新プロジェクトとして「VAMPS(ヴァンプス)」を結成。7月2日には1stシングル「LOVE ADDICT」をリリース。8月1日から仙台、札幌、福岡、名古屋、大阪、東京でのZeppにて、計6都市全46公演の大規模なツアー「VAMPS LIVE 2008」を3ヶ月に渡り敢行。直後の10月30、31日に、ハロウィンイベントとして「NIGHTMARE OF HALLOWEEN」をZepp東京にて開催。VAMPS企画のもと、Tommy heavenly6、MONORAL、Acid Black Cherry、BREAKERZ、土屋アンナを招いたほか、サプライズゲストとしてGacktが登場した。11月29日には、SHIBUYA-AXにて、ライブ・トークを通じてエイズの予防啓発を呼びかけるという趣旨の元に、多数のアーティストが参加して行われた「RED RIBBON LIVE 2008」にも出演した。2009年2月4日には、「VAMPS LIVE 2008」最終日の東京公演の模様を中心に収録したライブDVDをリリース。3月13日には2ndシングル「I GOTTA KICK START NOW」をリリース。3月18日にはHYDE名義のベストアルバム「HYDE」をリリース。5月13日には3rdシングル「EVANESCENT」を、6月10日にはVAMPSとしての1stアルバム「VAMPS」をリリース予定。同時期から昨年度と同様の全国ツアー、初のアリーナツアー、アメリカツアーと、精力的な活動を予定している。

サポートメンバー

HIROKI(ヒロキ)ベース (ex.media youth、KILLERS)
シングル『HELLO』より参加、現在はライブメンバー
FURUTON(フルトン)ドラム (ex.SPACE COWBOY、ex.Oblivion Dust、ex.BUG)
シングル『HELLO』より参加、現在はライブメンバー
KAZ(カズ)リードギター (ex.hide with Spread Beaver、ex.Oblivion Dust、exSpin Aqua)
シングル『COUNTDOWN』よりギタリストとして参加、シングル『HELLO』からHYDEとの共同プロデューサー兼ギターアドバイザー。
JIN(ジン)キーボード&マニピュレーター
本名・斉藤仁。L'Arc〜en〜Cielのマニピュレーター。シングル『HELLO』からスタッフとして参加、「TOUR 2006 FAITH」より正式メンバーとして名を連ねる。

その他

クレイグ・アダムス(Craig Adams)ベース (ex.SISTERS OF MERCY、Wayne、ex.THE CULT)
スコット・ギャレット(Scott Garrett)ドラム (ex.THE CULT、MISH)
シングル『COUNTDOWN』よりレコーディングのみ参加。
他にもANIS (MONORAL)、武田真治がアルバム『666』にサックスで参加。sakura (ex.L'Arc〜en〜Ciel、SONS OF ALL PUSSYS)がライブに参加している。

ディスコグラフィ

シングル

HYDE

  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 2001年10月17日 evergreen 8cmCD
12cmCD KSDL-1223
KSCL-411
2nd 2001年12月12日 Angel's tale 8cmCD
12cmCD KSDL-1224
KSCL-424
3rd 2002年2月27日 SHALLOW SLEEP 8cmCD
12cmCD KSDL-1225
KSCL-441
4th 2003年6月21日 HELLO 12cmCD(CCCD) KSCL-545

5th 2003年11月6日 HORIZON 12cmCD(CCCD) KSCL-626
6th 2005年10月5日 COUNTDOWN 12cmCD KSCL-888
7th 2006年2月22日 SEASON'S CALL 12cmCD+DVD
12cmCD KSCL-942〜943
KSCL-944

VAMPS

  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 2008年7月2日 LOVE ADDICT 12cmCD+DVD
12cmCD XNVP-00001/B
XNVP-00002
2nd 2009年3月13日 I GOTTA KICK START NOW 12cmCD+DVD
12cmCD XNVP-00005/B
XNVP-00006
3rd 2009年5月13日 EVANESCENT 12cmCD+DVD
12cmCD XNVP-00007/B
XNVP-00008

Hyde_wall2

オリジナルアルバム

HYDE

  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 2002年3月27日 ROENTGEN CD KSCL-444(初回版)
KSCL-445(通常版)
2nd 2003年12月3日 666 CD+DVD
CD KSCL-666〜667
KSCL-668
3rd 2006年4月26日 FAITH CD+DVD
CD KSCL-999〜1000
KSCL-1004

VAMPS

  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 2009年6月10日 VAMPS CD+DVD
CD XNVP-00009/B
XNVP-00010

その他

  発売日 タイトル 規格 販売生産番号
1st英語版
(アジア限定) 2002年7月8日 ROENTGEN ENGLISH VERSION CD   
1st英語版 2004年10月14日 ROENTGEN.english CCCD+DVD
CCCD KSCL-740〜741

ベストアルバム 2009年3月18日 HYDE CD+DVD
CD KSCL-1444〜1445
KSCL-1446

再発版

2005年7月27日 HYDE 『ROENTGEN.english』 CD-DA版再発(KSCL-868)
2005年10月26日 HYDE シングル4th・5th CD-DA版再発(KSCL-957、KSCL-961)

映像作品

HYDE

  発売日 タイトル 規格 販売生産番号
ミュージック・ビデオ 2004年11月3日 ROENTGEN STORIES DVD KSBL-5787
ライブビデオ 2006年11月8日 FAITH LIVE DVD(2枚組)
Blu-ray KSBL-5824〜5825
KSXL-1

VAMPS

  発売日 タイトル 規格 販売生産番号
1st 2009年2月4日 VAMPS LIVE 2008 DVD(2枚組) XNVP-00003〜4

写真集

HYDE IS DEAD 2002-2008(2008年6月27日、ソニー・マガジンズ)

ライブ・コンサートツアー

HYDE
公演日程 形態 タイトル 公演規模 会場
2004年2月9日 - 3月17日 コンサートツアー 2004 FIRST TOUR 666 全国11都市21公演 CLUB CITTA' (2公演)
CLUB DIAMOND HALL (2公演)
Zepp Fukuoka (2公演)
BAY5 SQUARE (2公演)
広島CLUB QUATTRO
新潟フェイズ (2公演)
Zepp Sapporo (2公演)
Zepp Osaka (2公演)
和歌山GATE
Zepp Sendai (2公演)
日本武道館 (2公演)
2006年4月1日 - 9月2日 コンサートツアー TOUR 2006 FAITH 全国40都市51公演 CLUB CITTA'
水戸LIGHT HOUSE
横浜BLITZ
TAKASAKI club FLEEZ
HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2
SHIBUYA-AX
山梨KAZOO HALL
HEAVEN'S ROCK Kumagaya VJ-1
郡山ヒップショット
山形昭和SESSION
青森QUARTER
新潟LOTS
長野CLUB JUNK BOX
富山Club MAIRO
金沢Eight Hall
帯広MEGA STONE
北見オニオンスタジオ
旭川EDEN
函館金森ホール
岐阜Club-G
豊橋LAHAINA
浜松窓枠
静岡JAMJAJAM
神戸VARIT
京都MUSE
奈良ネバーランド
和歌山GATE
長崎DRUM Be-7
佐賀GEILS
熊本DRUM Be-9
鹿児島CAPARVOホール
宮崎WEATHER KING
OITA-T.O.P.S
高知BAY5 SQUARE
松山市総合コミュニティセンター キャメリアホール
高松オリーブホール
米子BELIER
岡山オルガホール
広島CLUB QUATTRO
HOUSE OF BLUES Anaheim (米国公演)
SFO-Slim's (米国公演)
Zepp Fukuoka (2公演)
Zepp Sappporo (2公演)
Zepp Sendai (2公演)
名古屋市総合体育館 レインボーホール
大阪城ホール (2公演)
横浜アリーナ (2公演)
宜野湾市海浜公園 野外劇場

VAMPS

公演日程 形態 タイトル 公演規模 会場
2008年8月1日 - 10月28日 コンサートツアー VAMPS LIVE 2008 全国6都市46公演 Zepp Sendai (6公演)
Zepp Sapporo (6公演)
Zepp Fukuoka (6公演)
Zepp Nagoya (10公演)
Zepp Osaka (10公演)
Zepp Tokyo (8公演)
2008年10月30日・31日 ライブイベント NIGHTMARE OF HALLOWEEN 全2公演 Zepp Tokyo
2009年5月8日 - 9月5日 コンサートツアー VAMPS LIVE 2009 全国5都市30公演 CLUB CITTA (6公演)
Zepp Fukuoka (6公演)
Zepp Sapporo (6公演)
Zepp Sendai (6公演)
Zepp Tokyo (6公演)
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン (4公演)
日本ガイシホール (2公演)
日本武道館 (4公演)
2009年7月11日 - 8月1日 コンサートツアー VAMPS LIVE 2009 U.S.A. 米国全10公演 Fillmore at lrving Plaza
Warped Tour - Hartford, CT
Warped Tour - Columbia, MD
Soner
Showbox at The Market
Hawthorne Theater
Grand Ballroom at the Regency Center
Wasted Space at the Hard Rock Hotel and Casino
Soma
Wiltern Theater

タイアップ

HYDE

evergreen 『ユニクロ』CMソング (本人出演)
SHALLOW SLEEP 日本テレビ系「スーパーテレビ情報最前線」エンディングテーマ
A DROP OF COLOUR 松竹映画『化粧師 KEWAISHI』イメージソング
THE CAPE OF STORMS 松竹映画『下弦の月〜ラスト・クォーター』主題歌(劇中ではLast Quarterとして歌われる)
HELLO 『dwango いろメロミックス』CFソング (本人出演)
HORIZON 映画『スカイハイ 劇場版』主題歌
SWEET VANILLA 『dwango いろメロミックス』CFソング (本人出演)
MASQUERADE 映画『CASSHERN』OFFICIAL ALBUM『OUR LAST DAY』収録
SHINING OVER YOU 任天堂『バテン・カイトス 終わらない翼と失われた海』CMソング
COUNTDOWN 映画『ステルス』日本語版テーマソング
SEASON'S CALL MBS・TBS系アニメ『BLOOD+』オープニングテーマ

VAMPS
LOVE ADDICT 日本テレビ系『ぐるぐるナインティナイン』エンディングテーマ
TIME GOES BY ジェムケリー『GEREZZA』CMソング (本人出演)
TROUBLE ジェムケリー『GEREZZA』CMソング (本人出演)

バンド遍歴

Kiddy Bombs(ギター)
Jelsarem's Rod
L'Arc〜en〜Ciel

出演

CM
AXIA Z (1994年)
ユニクロ UNISEX フリースフルジップ (2001年)
ドワンゴ いろメロミックス (2003年、2004年)
ジェムケリーGEREZZA (2008年、2009年)

映画

MOON CHILD (2003年)
下弦の月〜ラスト・クォーター (2004年)

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斉藤慶子さんについて

斉藤慶子

斉藤 慶子(さいとう けいこ、1961年(昭和36年)7月14日- )は日本の女優、タレントである。所属事務所はアップフロントエージェンシー。

略歴

宮崎県小林市出身。宮崎県立小林高等学校卒業、熊本大学教育学部中退。大学在学中の1982年、日本航空の「JAL沖縄キャンペーンガール」に選ばれて、芸能界入りした。なお、この際に日本航空350便墜落事故が起きた為キャンペーン活動の一部を自粛せざるを得なくなるという不運に見舞われている。芸能界入り以前にも熊本の百貨店鶴屋百貨店のCMにも出演していた。同大学出身の女優宮崎美子が人気を博していた直後であったため、「宮崎美子2世」とも呼ばれていた。1994年、『東雲楼 女の乱』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。 1997年に結婚、2000年に女児を出産、2008年に離婚。現在も女優業・タレントとして活動中であり、たまにTVのワイドショー番組にコメンテーターとして出演している。また最近では2007年、彼女の出身地である宮崎県にて、東国原英夫

8887

(元タレント・そのまんま東)が知事選で初当選した際、彼女自身も東国原県知事に対して、祝福のコメントを述べる姿がTV等で大きく報道されていた。BSテレビの人気番組だった「クイズダービー」でもその宮崎美子の後に、7代目2枠レギュラー解答者を約1年半(1983年10月?1985年3月)務めた。しかし、同番組での正解率は宮崎ほど高くはなく、井森美幸と同様に出演年齢が22?23歳と若いことも影響してか、2割7分4厘(平均2勝6敗ペース)と北野大(2割7分3厘)と同様に可もなく不可もなくといった成績だったが、歴代ワースト2位(大橋巨泉時代は1位)の24連敗という記録を残している(史上ワースト1位は井森の27連敗)。さらに、4枠レギュラーには竹下景子が座っていた為、司会の大橋巨泉が「けいこちゃん」「けいこさん」とだけ呼んだ時には、斉藤と竹下のどちらを呼んでいるのかが分かりにくく、当時としては非常に紛らわしかった。巨泉も当初は「けいこちゃん(さん)」は竹下景子だけで十分と、斉藤慶子の登用を拒んでいた。結果的には単に「けいこちゃん(さん)」が竹下で、混同しやすいときは「さいとうけいこちゃん(さん)」「たけしたけいこちゃん(さん)」と巨泉が使い分けていた。なお斉藤のクイズダービー降板後は、元新体操選手で1984年のロス五輪8位入賞を果たした山崎浩子が2枠レギュラーを務めることとなる。又斉藤と山崎の二人は、1990年3月大橋巨泉がこの日限りで司会勇退となった際に、出場者の黄色チームとして久々にクイズダービーに出演、最終問題で竹下景子に全額(16,000点)賭けた後竹下が正解したので、見事賞金10万円(144,000点)を獲得している。

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出演

ドラマ

おまかせください オレの女房どの(1983年、フジテレビ)
水戸黄門第15部 第14話「めざす敵は仁術医者・浜田」(1985年、TBS・C.A.L) - 桂木忍役
私鉄沿線97分署(1985年?1986年、テレビ朝日・国際放映) - 仁科順子 役
月曜ドラマランド「結婚ゲーム」(1985年、1986年、フジテレビ) - 愛子先生 役
太陽にほえろ! 第708話「撃て! 愛を」(1986年、日本テレビ)
パパはニュースキャスター 第12話「泣かないでパパ」(1987年、TBS)
若大将天下ご免! 第19話「三々九度は夜討ちの合図!」(1987年、テレビ朝日) - 菊 役
六本木ダンディーおみやさん(1987年、朝日放送) - 三枝涼子巡査 役
火曜サスペンス劇場(NTV系)
「嘘を重ねて」(1989年2月) - 主演
「疑惑の墓標」(1989年7月25日放送) - 主演
「松本清張スペシャル・事故」(2002年、松竹) - 山西美保 役
世にも奇妙な物語 『だれかに似た人』(1990年、フジテレビ)
名奉行 遠山の金さん 第4シリーズ(1991年 - 1992年、テレビ朝日) - お紺 役
大空港'92
親愛なる者へ(1992年、フジテレビ) - 後藤弥生 役
十年愛(1992年、TBS) - 吉野文 役
細うで繁盛記(1992年、フジテレビ) - 正子 役
僕が彼女に、借金をした理由。(1994年、TBS) - 山野辺道子 役
君に伝えたい(1994年、MBS/TBS系)
100億の男(1995年、フジテレビ)
NHK大河ドラマ「秀吉」(1996年、NHK) - 吉乃 役
月曜ドラマスペシャル (TBS)
「西村京太郎サスペンス・十津川警部シリーズ 丹後殺人迷路」(1997年) - 南条ミキ 役
「弁護士・迫まり子の遺言作成ファイル」(1999年 - 2003年) - 迫まり子 役
天うらら(1998年、NHK) - 大滝美砂 役
海まで5分(1998年、TBS) - 海野淳子 役
仮面の女(1998年、TBS) - 峰重奈保子 役
虹のかなた(2004年、TBS、特別出演) - 小川久美子 役
連続テレビ小説「わかば」(2004年、NHK) - 村上幸恵 役
特急田中3号(2007年、TBS) - 田中静江 役

Kkk

映画

いとしのラハイナ(1983年、映画初出演)
バカヤロー! 私、怒ってます 第三話「運転する身になれ!」(1988年)
病院へ行こう(1990年)
さわこの恋 上手な嘘の恋愛講座(1990年)
東雲楼 女の乱(1994年)… 第7回(1994年)日刊スポーツ映画大賞助演女優賞受賞
800 TWO LAP RUNNERS(1994年)
仔犬ダンの物語(2002年)

バラエティ

『クイズダービー』(TBSテレビ)
『クイズ!!ひらめきパスワード』(毎日テレビ)
『クイズところ変れば!?』(テレビ東京) 山口良一と共に司会
『ろみひー』(中京テレビ)
『スタジオパークからこんにちは』(2004年9月27日、NHK総合)
『おーい、ニッポン 私の・好きな・宮崎県』(2008年2月10日、NHK BS2) 原田夏希と出演
『Qさま!』 女の戦いSP(2007年10月1日、テレビ朝日)
『徹子の部屋』(テレビ朝日)
『笑っていいとも!テレフォンショッキング』(フジテレビ)
『ライオンのごきげんよう』(フジテレビ)
『クイズ!ヘキサゴンII』(フジテレビ)

著書

『産みたい』 (エッセイ)

斉藤慶子さんの御紹介ページです!

http://ameblo.jp/keiko-saito/

http://www.up-front-agency.co.jp/artist/saito/

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斉藤由貴さんについて

斉藤 由貴

斉藤 由貴(さいとう ゆき、本名:小井由貴(いさらい ゆき)(旧姓:斉藤)、1966年9月10日 - )は、日本の女優、歌手。神奈川県横浜市南区出身、神奈川県立清水ヶ丘高等学校(現、神奈川県立横浜清陵総合高等学校)出身。身長161センチ。体重48kg、スリーサイズはB86W59H86。左利き。実家の家業は老舗の帯職人。兄、姉、弟(元俳優の斉藤隆治)がいる。趣味・特技:作詞・イラスト・読書・詩を書くことなど。 祖父が聴覚障害者であったために手話の心得があると以前から著書などで述べていた。

来歴・人物・エピソード

1983年、第1回東宝「シンデレラ」オーディション準グランプリ 1984年、神奈川県立清水ヶ丘高等学校在学中、第3回ミスマガジン(講談社)グランプリを受賞。高校時代は漫画研究会に所属し三年時には部長を務めた。 1985年、「卒業」で歌手デビュー。のちに「卒業」のプロモーション用のテレホンカードに10万円以上のプレミアが付いていたことがあった。当時の多数派であった快活でキャピキャピしたアイドル達とは一線を画す、もの静か

Index

で淑やかな文学少女的キャラクターで人気を博す。独特の雰囲気や言動で一部では不思議系アイドル等とも評されていた。『ザ・ベストテン』初登場時の18歳とは思えないはきはきした受け答えも話題を呼んだ。 当時は若手女優のヌードが度々話題になっていたが、斉藤はインタビューで「私は脱がない女優になる」と明言していた(自著によればモルモン教の影響であるという)。 同年、『スケバン刑事』でドラマ初出演。同番組で一度特番としてNG集を放映した時は、ドラマ上と違い普段は笑い上戸な彼女を見て取れた(ヨーヨーのシーンで特にNGを連発していた)。但し、本人は自分の中にまったく無いキャラクターを演じる葛藤と周囲の評価とのギャップなどから、この作品が自分にとってどういう位置付けになるのか未だに答えが出せないでいるという。 1985年、相米慎二監督「雪の断章 - 情熱 -」で映画デビュー。以後東宝は大森一樹、金子修介ら有力監督を投入し、アイドル映画的でありながら監督の作家性をも重視した企画で彼女の主演作を定期的に製作。一時は東宝の顔ともいうべき存在であったが、爆発的ヒットには恵まれなかったこともあり、この路線も立ち消えとなった。 1986年、連続テレビ小説『はね駒』のヒロインに抜擢。平均視聴率は40%を越え、その名は全国区となる。 同年末、『第37回NHK紅白歌合戦』で紅組司会を務めた。また「悲しみよこんにちは」で歌手としても初出場した。 1987年、フジテレビ に斉藤が司会進行をするトーク番組「斉藤さんちのお客さま」(毎週金曜日19:00~19:30で、ちなみに前番組は『コムサ・DE・とんねるず』)があった(ちなみにメイド役で室井滋も出演し、斉藤は室井を「しげー」と呼ぶ。室井とは初期の映画で何度か共演している)毎週1人ゲストが登場し斉藤とトークを行う。ゲストは映画「恋する女たち」で共演した高井麻巳子や当時のプロレス団体UWFの中心選手であった若き格闘王前田日明も登場した。
1989年、筒井康隆著『着想の技術』の解説を執筆。 1994年12月、小井延安と結婚。2009年現在、3児(一男二女)の母親として家事・女優業に奮闘中。「ほんわかした優しいママ」というイメージがあるが、実は“子に厳しい母”と自ら語っている。 1990年代以降はアイドルから脱皮し、女優として映画・テレビ・舞台はもちろん、詩作活動やナレーターなど幅広く活躍中。また作詞家としてミュージカルの作詞や、崎谷健次郎の他に酒井法子・本田美奈子.といった同世代の女性歌手にも詞を提供している。近年は封印していた歌手活動も活発に行っている。 女優としては当初はお姫様役が多く90年代以降はサスペンスドラマへの出演が多くシリアスな役が続いたが、2006年主演のドラマ『吾輩は主婦である』で再びコメディエンヌとしての実力をいかんなく発揮している。2007年放送の『歌姫』では、かつてのアイドルの面影を完全に打ち消した50代のオバサン役を演じた。 2006年には及川光博とユニット・「やな家」を結成し、「家庭内デート」をリリース。歌手活動は7年ぶりで、6月8日には『うたばん』にも出演した。とんねるずの石橋貴明とは1989年放送の『とんねるずのみなさんのおかげです』(コント『集団就職によくある風景』)以来17年ぶりに共演。『うたばん』では「みなさんおかげです」でやったコント・『優駿2』の映像も放送され、石橋は「涙が出そうになった」と懐かしさに大感激した(石橋のかつての持ちネタであった「もう貴さんたら。」は斉藤の物真似であったという)。 2006年映画『スケバン刑事』四代目麻宮サキの母親役で出演。「当時のファンが喜んでくれるのでは」と出演を快諾した。自身がヨーヨーで苦労した分、ヨーヨーのシーンはほとんどCG処理で終わったという四代目の松浦亜弥に対し少し「イラッ」としたらしい(もちろん本気ではないが)。 2007年TVアニメ『レ・ミゼラブル 少女コゼット』にて主題歌「風の向こう」「ma maman(私のおかあさん)」を歌う。以前ミュージカル『レ・ミゼラブル』(1987年)にてコゼットを演じていたこともあり、コゼットの気持ちを歌った両曲は斉藤にとって2度目のコゼットを演じたとも言える。同年憧れの先輩谷山浩子とコンサートで共演。 2008年3月8日にパルコ劇場にて単独では結婚以来13年ぶりにコンサートが開かれた。東宝芸能まつりの1日を使用したコンサートにもかかわらず、チケットは即日完売。翌日の3月9日は「水野真紀のスィーツトークショー」が行われていたが、早々に撤去させ、夕方6時開演で追加公演を行うという事態にまで発展した。コンサートには旧知のファンが再結集し、斉藤ならびに観客ともに号泣しながらのコンサートでありファンの間では「伝説の復活コンサート」として語り草になっている。

音楽

シングル

卒業(1985年)
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:武部聡志
明星食品「青春という名のラーメン」CM曲
発売から20年以上が経過しても未だに人気がある、卒業ソングの定番。後に松下萌子がカヴァーした。
白い炎
作詞:森雪之丞/作曲:玉置浩二/編曲:武部聡志
フジテレビ系ドラマ『スケバン刑事』主題歌。
初戀 
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:武部聡志
情熱
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:武部聡志
東宝映画『雪の断章・情熱』主題歌、富士フイルム「AXIAテープ」CM曲。
悲しみよこんにちは(1986年)
作詞:森雪之丞/作曲:玉置浩二/編曲:武部聡志
フジテレビ系アニメ『めぞん一刻』主題歌。
土曜日のタマネギ <12inch Single>
作詞:谷山浩子/作曲:亀井登志夫/編曲:武部聡志
富士フイルム「AXIAテープ」CM曲。
唯一のアカペラ曲。
谷山浩子がアルバム『水玉時間』(1986年)にてセルフカバーしている。
青空のかけら
作詞:松本隆/作曲:亀井登志夫/編曲:武部聡志
富士フイルム「AXIAテープ」CM曲。
MAY
作詞:谷山浩子/作曲:MAYUMI/編曲:武部聡志
東宝映画『恋する女たち』主題歌。
砂の城(1987年)
作詞:森雪之丞/作曲:岡本朗/編曲:武部聡志
富士フイルム「AXIAテープ」CM曲。
「さよなら」
作詞:斉藤由貴/作曲:原由子/編曲:武部聡志
東宝映画『『さよなら』の女たち』主題歌。
ORACION -祈り-(1988年)
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:武部聡志
来生たかおとのデュエット曲。
東宝映画「優駿 ORACION」挿入歌
Christmas Night(1988年)
作詞:斉藤由貴/作曲:岡本朗/編曲:武部聡志
夢の中へ(1989年)
作詞・作曲:井上陽水/編曲:崎谷健次郎
ドラマ『湘南物語』主題歌。
井上陽水のカバーで彼女最大のヒット曲。BaBeがバックボーカルで参加。
Ave Maria?Who(1989年)
作詞:堀内敬三/作曲:C.Gounod/編曲:武部聡志
いつか(1992年)
作詞:斉藤由貴/作曲:山口美央子/編曲:上杉洋史
なぜ(1994年)
作詞:斉藤由貴/作曲:筒美京平/編曲:澤近泰輔
こむぎいろの天使(1999年)
作詞:斉藤由貴/作曲・編曲:大島ミチル
映画『こむぎいろの天使 すがれ追い』主題歌
家庭内デート(2006年)
作詞:宮藤官九郎/作曲:富澤タク
ドラマ『吾輩は主婦である』主題歌。
及川光博とのユニット「やな家」としてリリースされた。
風の向こう(2007年)
作詞:斉藤由貴/作曲:いしいめぐみ/編曲:澤近泰輔
テレビアニメ『レ・ミゼラブル 少女コゼット』オープニングテーマ。
悲しみよこんにちは (21st century ver.)(2007年)
編曲:澤近泰輔

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「夢の中へ」、「白い炎」、「家族の食卓」の各セルフカヴァー4曲を収録したマキシシングル。

オリジナルアルバム

AXIA(1985年)
ガラスの鼓動(1986年)
2008年7月16日には、「Myこれ!チョイス01 ガラスの鼓動 + シングルコレクション」としてリニューアル・リリースされた。
チャイム(1986年)
このアルバムに収録されている「SORAMIMI」は谷山浩子がアルバム『水玉時間』にてセルフカバーしている。
このアルバムに収録されている「アクリル色の微笑」は崎谷健次郎がアルバム『ただ一度だけの永遠』にてセルフカバーしている。
風夢(1987年)
このアルバムに収録されている「ひまわり」は谷山浩子がアルバム『透明なサーカス』にてセルフカバーしている。
ripple(1987年)
PANT(1988年)
このアルバムに収録されている「少女時代」は原由子がアルバム『MOTHER』(1991年)にてセルフカバー、シングル「負けるな女の子!」のカップリングとしてもリリース。
TO YOU(1988年)
age(1989年)
このアルバムに収録されている「LUNA」は谷山浩子がアルバム『冷たい水の中をきみと歩いていく』にて、「DOLL HOUSE」は谷山浩子がアルバム『漂流楽団』にてセルフカバーしている。
MOON(1990年)
LOVE(1991年)
このアルバムに収録されている「意味」は、崎谷健次郎のアルバム『ambivalence』への作詞提供曲で、セルフカバーしている。
moi(1994年)

ベストアルバム

The Special Series 斉藤由貴(1985年)
YUKI'S BRAND(1987年)
Yuki's MUSEUM(1989年)
YUKI's BEST(1995年)
MYこれ!クション 斉藤由貴BEST(2001年)
斉藤由貴 SINGLESコンプリート(2007年)
斉藤由貴 ヴィンテージ・ベスト(2008年)

出演

テレビドラマ

野球狂の詩(1985年 フジテレビ) (水原勇気)
原島弁護士の愛と悲しみ(1985年 TBS)
スケバン刑事(1985年 フジテレビ) (麻宮サキ)
父(パッパ)からの贈りもの(1985年 NHK)
連続テレビ小説 はね駒(1986年 NHK) (おりん)
あまえないでヨ! (1987年 フジテレビ)
とっておきの青春 (1988年 NHK)
あそびにおいでヨ! (1988年 フジテレビ)
女優時代(1988年 よみうりテレビ)(乙羽信子)
はいすくーる落書(1989年 TBS) (諏訪いづみ)
湘南物語(1989年 日本テレビ)
叫んでも…聞こえない(1989年 日本テレビ)
LUCKY・天使、都へ行く(1989年 フジテレビ)
はいすくーる落書2(1990年 TBS) (嵯峨いづみ)
世にも奇妙な物語「絶対イヤ!」(1990年 フジテレビ)
おとうと(1990年 TBS)
和宮様御留(1991年 テレビ朝日)
終の夏かは(1992年 日本テレビ)
女事件記者 立花圭子(1992年 テレビ朝日)
まったナシ!(1992年 日本テレビ)
If もしも「彼女が座るのは、右のイスか?左のイスか?」(1993年 フジテレビ)
同窓会(1993年 日本テレビ)
泣きたい夜もある(1993年 毎日放送/TBS)
月曜ドラマスペシャル「看護婦探偵・戸田鮎子シリーズ」(1994年 - 1995年 TBS) (戸田鮎子)
福井さんちの遺産相続(1994年 関西テレビ)
世にも奇妙な物語「出られない」(1994年 フジテレビ)
八代将軍吉宗 (1995年 NHK) (徳川綱吉息女・鶴姫)
君を想うより君に逢いたい(1995年 関西テレビ)
暴力教師~君に伝えたいこと(1996年 NHK)
心療内科医・涼子 第4話「買い物しすぎる女」(1997年 よみうりテレビ)
永遠のアトム 手塚治虫物語(1999年 テレビ東京)(いがらしゆみこ)
別れたら好きな人(1999年 テレビ東京)
火曜サスペンス劇場「救命救急センターシリーズ」(2000年 - 2005年 日本テレビ) (坂木みのり)
ある日、嵐のように(2001年 NHK)
金田一耕助シリーズ「人面蒼」(2003年 TBS・東阪企画)
女の一代記 瀬戸内寂聴(2005年 フジテレビ)(寂聴の姉・瀬戸内艶)
吾輩は主婦である(2006年 TBS)(矢名みどり)
お・ばんざい!(2007年 毎日放送)(花園くるみ)
歌姫(2007年 TBS)(松島鯖子)
バッテリー(2008年 NHK)(原田真紀子)
つばさ(2009年 NHK)(末永紀菜子)

テレビ番組

NHK紅白歌合戦・紅組司会(1986年 NHK)
徹子の部屋ゲスト(1986年、1989年、1998年 テレビ朝日)
斉藤さんちのお客さま(1987年 フジテレビ)
一枚の写真(1987年 フジテレビ)
恋するハニカミ!ゲスト(2008年2月29日 TBS)
僕らの音楽 -OUR MUSIC-…一青窈ゲストの回で「卒業」をコラボ(2008年2月29日 フジテレビ)
エチカの鏡?ココロにキクテレビ?(2008年10月19日、フジテレビ)
クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス(2008年 NHK)
ホリデーにっぽん「サヘルとフローラ~イラン人親子の東京物語~」(2009年5月5日 NHK)ナレーション

映画

雪の断章 - 情熱 - (1985年、東宝)(夏樹伊織)
恋する女たち(1986年、東宝)(吉岡多佳子)
ラッコ物語(1987年、関西テレビ)(声の出演)
トットチャンネル(1987年、東宝)(柴柳徹子…モデルは黒柳徹子)
「さよなら」の女たち(1987年、東宝)(安達郁子)
優駿 ORACION(1988年、フジテレビ)(和具久美子)
君は僕をスキになる(1989年、東宝)
ゴジラvsビオランテ(1989年、東宝) ※ノンクレジット
香港パラダイス(1990年、東宝)
おいしい結婚(1991年、東宝)
私の心はパパのもの(1992年、東北新社)
わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語(1996年)
ジューンブライド 6月19日の花嫁(1998年、松竹)
あ、春(1999年、松竹)
贅沢な骨(2001年)
命(2002年)
青いうた~のど自慢 青春編~(2006年)
スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ(2006年)
KIDS(2008年)
BABY BABY BABY! -ベイビィ ベイビィ ベイビィ-(2009年)(平塚みさお)

インターネットショートムービー

identity (2007年)

metamorphosis (2007年)

以上の2作品はフジテレビによる「きっかけは、フジテレビ」キャンペーンの一環として制作され無料配信された。後にBSフジで放送。斉藤はこの中で主人公の高校生(真山明大・谷村美月)に印象的なアドバイスを残す保健室の先生役として出演。主題歌は斉藤の「家族の食卓」が使われ、また自作の詩も最後に朗読されている。

舞台

マイ・フェア・レディ(1984年)
レ・ミゼラブル(1987年) (コゼット)
から騒ぎ(1990年)
5時の恋人(1992年)
二十四の瞳(1994年)
君となら ~ Nobody Else But You ~(1995年)
きららの指輪たち(1998年)
人間風車(2000年)
空のかあさま(2001年)
フレンズ(2001年)
にくいあんちくしょう(2002年) (小袖)
クラウディアからの手紙(2006年)

ラジオ

見えますか?青春きらめき色(ニッポン放送系)
由貴とキッチュの“世にもふかしぎ”(同上)
ネコの手も借りたい(同上)
斉藤由貴 タワーサイド・メモリー(同上、特番)
ヨコハマヤンググラフィック(FM横浜)
斉藤由貴のサウンドクルージング(ジャパンエフエムネットワーク)(92年頃・日曜の午後2時から1時間)

書籍

ネコの手も借りたい(1989年、小学館)
運命の女(1990年、角川書店)
幸せのビブリオン(1990年、小学館)
今だけの真実(ほんと)(1991年、ニッポン放送出版)
透明な水(1992年、角川書店)
由貴的世界感情旅行(1992年、角川書店)
双頭の月 運命の女(1993年、角川書店)
NOISY(1994年、角川書店)
いつでもわたし流(1998年、読売新聞社)
赤ちゃんあいしてる-斉藤由貴の妊娠・出産はじめて日記(2000年、小学館)
私の好きなあの人のコト(2000年、新潮社)

写真集

いつもそばにいて…由貴 (1985年、講談社)
情熱―斉藤由貴写真集(1985年、ワニブックス)
風のめざめ 斉藤由貴写真集 漂流姫(1986年、ポニカ出版)
斉藤由貴―ORACI ON (1988年、フジテレビ出版)

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ビデオ

微.少女(1985年)
漂流姫(1987年 ポニーキャニオン)
PANT(1988年 ポニーキャニオン)
one two YUKI'S TOUR(1990 ポニーキャニオン) 1990年1月28日、東京厚生年金会館でのコンサートのライブビデオ。
MOONY MOON(1990 ポニーキャニオン)

ナレーション

BPO(放送倫理・番組向上機構)CM 放送の森のふくろうさんバージョン
水トク(TBSテレビ)「野球選手の妻たち」(2008年3月12日)

ゲーム

『桃太郎伝説』シリーズ (ハドソン)
敵キャラクター「ユキだるま」のモデルとなっている(開発当時、キャラクターデザイナーの土居孝幸が斉藤のファンであった)。といっても攻撃してくるわけではなく、初代桃太郎伝説では「ユキのおにぎり」というアイテムを渡してくれる。『新桃太郎伝説』ではある条件を満たすと仲間になってくれる。
『ビューティフル塊魂』(バンダイナムコゲームズ)
ゲームBGM「カラフルハート」を歌っている。なお、このゲームには他にも多数のアーティストが参加して、BGMを歌っている。

受賞

1986年 第11回報知映画賞新人賞『雪の断章 - 情熱 -』

斉藤由貴さんの御紹介ページです!

http://www.toho-ent.co.jp/actress/show_profile.php?id=1293

http://wagamamakorin.client.jp/noisy.html

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杉本 彩さんについて

杉本 彩

杉本 彩(すぎもと あや、本名:松山 基栄(まつやま もとえ)、1968年7月19日 - )は、京都府京都市東山区祇園出身の女性タレント、女優、ダンサー、小説家。オフィス彩の代表取締役。京都市立弥栄中学校卒業、京都府立北稜高等学校を1年で中退。

来歴

モデルとしてデビューし、『オールナイトフジ』で中村あずさのアシスタント役を務めた。その後も精力的に活動し、学祭出演が多かったことから「学祭の女王」の異名も持った。早くから自立したいと思い、15歳からウエイトレスのアルバイトを始めた。しかし、メニューがまったく覚えられず、京都で着物モデルのアルバイトを始める。そこで知り合った女性から「ちょっと東京に遊びに来なさいよ。交通費も宿泊費も全部出してあげるから」と誘われ上京し、行ったのが芸能プロダクションであった。その当時、本人はアイドルに興味がなく「私は芸能人って何かダサいと思っていて。当時はヒラヒラしたスカートのブリっこアイドル全盛期だったので。京都でモデルとしてそこそこ売れていたし、東京ではやる気なかった」と語っている。しかし、事務所が勝手にキャンペーンモデルのオーディションに応募しており、最終審査に残ったため、「やってくれなくちゃ困ります」と泣きつかれ、今に至る。

1992年にミュージシャンと結婚したと『新伍&紳助のあぶない話』出演中に明かしたが2003年に離婚。「セックスレス離婚」と騒がれ、「結婚は無意味なシステムで、私は自分の奴隷になってくれる人がいい」と発言した。しかしその元旦那とは、4年間の同棲生活を経て、11年間の結婚生活を過ごしてきて、15年間もその元旦那と一緒に過ごしてきたことにな

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る。なお本人は再婚をする気は全くなく、同棲生活を緊張感を持ちながら、刺激的に愛を育んでいくことが理想だと語っている。近年では官能小説を執筆したり、団鬼六の代表作『花と蛇』の映画化の主役に抜擢されるなど「エロスの伝道師」的なスタンスでの活動が増えている。

人物

1993年の『ENFIN』を皮切りにヘアヌード写真集を多数発表。 高祖父はドイツ人である。 「彩様」や「彩姐さん」などと呼ばれる。他に「エロババア」、一部の人々からは「兄貴」の異名で親しまれる。 外見に似合わずタバコ嫌いで、スタッフに禁煙手当を出すほどである。
近年は、関西出身の芸能人と共演しても、関西弁を口にしないことが多い。 芸能人で唯一憧れてるのは、イタリアの歌手・ミルバ。 「ロンドンハーツ」では「腹上死は最も理想的な死に方よ」と語った。また、「しっかりした大人の女」のイメージを持たれることが多いそうだが、、本人はしっかりしていないと語っており、「移動車と別の車を間違えて乗りそうになったり、方向音痴のためトイレから楽屋まで一人で戻ることができない。」とも発言している。 最近では運命に逆らうという意味をもつスキンケアブランド『アンデスティノ』、在る一つの通過点/道という意味を持つランジェリーブランド『アンパサージュ』、また毛皮に反対していて、フェイクファーブランド『Dear Elsa』を立ち上げた。 また『日本人ラテン化計画』を推し進めていて「生きる喜びや情熱を、もっと皆で分かち合いたい」という信念がこめられている。 60代70代になる頃には、愛に溢れた女性でありたい。将来的には社会に貢献できる仕事をしていきたいと語っている。また大切にしている事は愛すること・情熱を傾けること・許すことの3つである。

料理

バラエティー番組「愛のエプロン」では料理上手という意外な一面をみせた。料理評論家の服部幸應には「塩梅がいい。料理人になってもよかったんじゃないかと思う。プロでも100人中1人いるかいないか」と評される。 『恐怖の食卓』では独特な食生活が暴露され、9人の医師から逆パーフェクト(全員から病を宣告される)されたこともあるが、トークショーでは「確かに肉が好きだけど、本当はちゃんと野菜も食べてる。TVってそんなもんなんです」と発言した。料理をするようになったのは中学生の頃からである。 米を好んでおり、どんな料理を食べても、白いご飯を最後に食べないと食事を終えた気持ちになれない、と語ったことがある。自宅拝見のテレビ番組の中で、米は最高ランクのものを取り寄せ、可能な限りその米の産地の水を使い、土鍋で炊いている、という拘りぶりを語った。また小さい頃からの大好物は卵かけご飯であるという。

エロス

木こりがタイプだと発言しており、「妙な魅力を感じる。 木こりはまさに私の求めてる男です。 木こりは体力もあり緻密な計算の元に木を倒すわけです。技術も必要で、自然に立ち向かいながらも自然を崇拝してるわけです。 私は緻密な計算の元に木こりに押し倒されたい!」と語っている。 濱口優からは妄想の対象として見られ、共演した際には濱口を椅子にして座り、彼の妄想の度を超えたことで知られる。 本人曰くよくドSに見られるが、実はドM。2006年5月18日放送の『ダウンタウンDX』で松本人志に「Sにみえるんですけど、Mなんですよね」と尋ねられ、「両方ありますけど、でもできればあのMでありたい」と答えた。それに対し松本は「両方ある?バランスいいというか、ただのド変態じゃないですか」と返した。 伊集院光には「杉本彩みたいな、女の目でエロスとか云ってるモノなんて、クソの役にも立たない」「エロを人ではなく壁に向かって投げつけている」と酷評されているが[3]、リリー・フランキーには「セクシーで上品で料理がウマくて行儀がいい…お嫁さんにするなら杉本彩だよ」と絶賛されている。

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動物愛護

大の猫好きであり、20歳の時からボランティアで捨て猫の里親探しをしている。現在飼っている猫は6匹。名前は、アントニオ(近所の人が拾ったのを貰った)、たま(二子玉川で拾った)、ドン(北海道で拾った)、ベベ(北海道で拾った)、ベティ(大阪の読売TV前で拾った)、モモ(以前住んでいたマンションの前で拾った)。かつてはトムという雄猫とエルザという雌猫も飼っていた。「将来は一軒家で、もっと多くの猫達の面倒をみたい。今、手がけているビジネスでも成功したら、私腹を肥やすのではなく、大好きな動物たちに何らかの形で還元したい」と語っている。その言葉の通り、自ら立ち上げたフェイクファーブランド(『Dear Elsa』)のブランド名には過去に飼っていた雌猫エルザから命名した。この雌猫エルザの存在は杉本にとって「とても大きなもの」だったと猫雑誌のインタヴューで語っている。 PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)の反毛皮広告のモデルに、ほぼ全裸で無償出演した。杉本は毛皮の製造過程を知った2006年から毛皮を着用しなくなり、自身がデザインを手がけるファッションブランドも全てフェイクファーを用いている。加えて上記にある動物保護に対する情熱をPETAは高く評価、同団体で日本人初のヌードモデルとなった。

主な出演作

映画

湘南爆走族(1987年)桃山マコ役
愛の新世界 Le Nouveau Monde Amoureux

私立探偵 濱マイク(1996年)
ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ 光の星の戦士たち(1998年)キサラギ役
ウルトラマンコスモス2 THE BLUE PLANET(2002年)女性リポーター役
Jam Films(2003年)
花と蛇(2004?2005年)遠山静子役
極道の妻たち(2005年)
オトシモノ(2006年)
LOVE DEATH(2006年)ユマ役
Cross Chord(2006年)シスター役
大帝の剣(2007年)姫夜叉役
JONEN 定の愛(2008年5月公開)‐ 阿部定役

テレビドラマ

NHK

君の名は(1991年)水沢(戸村)奈美役
元禄繚乱 (NHK大河ドラマ)(1999年)浮橋太夫役
赤ちゃんをさがせ(2003年)栗木るみ役
御宿かわせみ(2005年)お栄役
日本テレビ
お茶の間 (漫画)(1993年)小金井役
三軒目の誘惑(1994年)畑中彩子役
私立探偵 濱マイク(2002年)ゲスト出演
ぼくの魔法使い(2003年)杉本彩役
地獄少女(2006?2007年)骨女役
TBS
オイシーのが好き!(1989年)五能亜理香役
デザートはあなた(1993年)海野潮子役
水戸黄門外伝 かげろう忍法帖(1995年)桔梗役
WHO!?(1997年)大福吉乃役
ウルトラマンダイナ(1998年)キサラギ役
離婚計画?いつか愛したあなたへ?(2000年)みちる役
税務調査官・窓際太郎の事件簿(2003年)橋本菊江役
美少女戦士セーラームーン(2003?2004年)クイン・ベリル役
金田一耕助シリーズ「白蝋の死美人」(2004年)立花マリ役
四谷くんと大塚くん/天才少年探偵登場の巻(2004年)四谷美咲役
夜王(2005年)二階堂フジコ役
弁護士のくず(2006年)大塚小百合役
フジテレビ
キモチいい恋したい!(1990年)佐久間ゆみえ役
沙粧妙子-最後の事件-(1997年)中原彩香役
離婚弁護士II?ハンサムウーマン?(2005年)白石美由紀役
関ジャニ∞青春ドラマシリーズ(2007年)
あんみつ姫2(2009年)錦玉役
テレビ朝日
みだらな喪服の美女 江戸川乱歩の白髪鬼(1994年)大牟田瑠璃子役
スリ三姉妹シリーズ(1998?2000年)花吹雪月子役
TRICK(2003年)京明日香役
ああ探偵事務所(2004年)丸山マリモ役
帰ってきた時効警察(2007年)尾沢ミツコ役
テレビ東京
優しいだけがオトコじゃない(1990年)ひろみ役
刑事追う!(1996年)
徳川剣豪伝 それからの武蔵(1996年)
次郎長三国志 (テレビドラマ 2000年)(2000年)お園役
わるいやつら(2001年)戸谷慶子役
下北GLORY DAYS(2006年)榎艶子役

20090314clc003

バラエティー

あんたにグラッツェ!・あんグラ☆NOW!
ロンドンハーツ
ソロモン流
世界バリバリ★バリュー
Goro's Bar
クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!
夜も一生けんめい。
あなたの知らない世界
ダウンタウンDX
VVV6
キスだけじゃイヤッ!
メレンゲの気持ち
恋のから騒ぎ
愛のエプロン
芸恋リアル
踊る!さんま御殿!!
メレンゲの気持ち
ぶっちゃけ!99
行列のできる法律相談所
シャル・ウィ・ダンス??オールスター社交ダンス選手権?
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!
ウリナリ芸能人社交ダンス部
人志松本のすべらない話
アイチテル!
ビューティー・コロシアム
今夜は最高!
徹子の部屋
有名人最恐怪談スペシャル
zubzub Bar(Music Japan TV) - 司会
魔女たちの22時
笑撃!ワンフレーズ

ラジオ

山田花子と杉本彩と増山さやかのちょっとどうなのよ?(2006?2007年)

CD

シングル
「Boys」1988年4月21日発売 CWP-92
「13日のルナ」1988年12月5日発売 CWP-98
「日曜日はダメよ」1989年4月12日発売 CWP-104
「B&S」1990年1月21日発売 ZLS-31
「うさぎ」(Schick CMソング)1990年6月5日発売 CRDP-2
「ゴージャス」1990年11月5日発売 CRDP-7
「輝いてて…」1991年10月21日発売 BVDR-68
「愛が知りたい」1992年5月21日発売 BVDR-103
「Le SOIR ?永遠の別れ?」1993年1月8日発売 BVDR-157
純一&彩
シングル「逆にそれって愛かもね」2006年11月22日発売 BVDR-19699
アルバム
「水の中の小さな太陽」1988年12月16日発売 ZL-120
13日のルナ(EXTENDED MIX)
EVERYTHING IS O.K. NOW
Party Town
水の中のナイフ
ブラック・ベルベット
ゆっくり愛して
月光
流されて…楽園
ILLUSION
光の魚たち
Shaker

「灼熱伝説」1989年6月21日発売 SHD-1
24時間の媚薬(“Schick”CMソング)
魔女伝説
惑わせて…
BURN-BURN-BURN

CM

ノーベル製菓(CDも発売)
ラウンドワン(2007年? 桜塚やっくん、青田典子、光浦靖子と共演)
サントリーBOSS贅沢微糖いいとこドリップ(2008年? 伊藤淳史、武藤敬司と共演)
ショップジャパン コアリズム(2008年?)
キャッシング エイワ

杉本 彩さんの御紹介ページです!

http://www.office-aya.co.jp/

http://aya-sugimoto.at.webry.info/

http://www.hanatohebi-movie.com/

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中森明菜さんについて

中森明菜

中森 明菜(なかもり あきな、本名も同じ、1965年7月13日 - )は、日本の女性歌手、女優。東京都清瀬市出身。血液型はA型。星座は蟹座。身長160cm。所属レーベルはユニバーサルシグマ、ユニバーサルミュージック内の私設レーベル歌姫レコーズ。所属事務所はFAITH。公式ファンクラブはFAITHWAY。

略歴

1981年、オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)に本選3度目の挑戦時、史上最高得点で合格。その後、芸能事務所の研音(1982年 - 1989年)、レコード会社のワーナー・パイオニア(1982年 - 1991年)入りが決定する。 1982年5月1日に「スローモーション」でデビュー。デビュー当時のキャッチフレーズ[※ 1]は、「ちょっとエッチな美新人娘(み・ルーキー・っこ→ミルキーっこ)」。同年、第2弾シングル「少女A」がヒットとなる。さらに続く「セカンド・ラブ」が1983年を代表するヒットとなった。 1983年のブロマイド売上実績が女性部門でNo.1となる。 1985年の第27回日本レコード大賞に「ミ・アモーレ〔Meu amor

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e・・・〕」で、1986年の第28回日本レコード大賞に「DESIRE -情熱-」で2年連続日本レコード大賞を受賞。 1987年、第1回日本ゴールドディスク大賞アーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。 1988年、音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)では1位週数69週を獲得、番組史上最多回数となる。「ベストテンの女王」の異名がある。 1989年7月11日に、当時交際をしていた恋人で歌手の近藤真彦の自宅マンションにて自殺未遂事件を起こし、約1年間歌手休業する。 1990年、研音を独立[※ 2]。復帰シングル「Dear Friend」が大ヒット。オリコン週間シングルチャートで21曲が1位を獲得(女性歌手では歴代3位の記録)。 1991年7月、復帰ライブ『夢 '91 Akina Nakamori Special Live』を開催。 1992年、連続テレビドラマ『素顔のままで』(フジテレビ系、月9)主演。最高視聴率31.9%を記録。 1993年、MCAビクター(後のユニバーサルビクター、現ユニバーサルミュージック)へ移籍(1993年 - 1997年)。
1994年12月、PARCO劇場にて、カバー・アルバム『歌姫』を中心としたライブ『歌姫 パルコ劇場ライブ』を開催。 1996年5月、自身初のディナーショー・ツアーを開催。同年12月にも開催し、以降、毎年末恒例となる。 1997年5月、9年ぶりの全国コンサートツアーFelicidad』を開催。 1998年、ガウスエンタテインメントへ移籍(1998年 - 1999年)。連続テレビドラマ『冷たい月』(日本テレビ系)主演。 1999年、連続テレビドラマ『ボーダー 犯罪心理捜査ファイル』(日本テレビ系)主演。 2000年、楽工房に所属(2000年 - 2002年3月末)、個人事務所を「FAITH」[※ 3]、公式ファンクラブを「FAITHWAY」[※ 4](2000年 - 現在)とする。 2001年、@nifty内のインディーズレーベル@easeにて、シングル「It's brand new day」を発売。 2002年、デビュー20周年を迎え、ユニバーサルミュージックに移籍(2002年 - 現在)、カバー・アルバム『-ZEROalbum- 歌姫2』が大ヒット。憧れの存在である山口百恵の「秋桜」や、ライバル視された松田聖子の「瑠璃色の地球」などをカバーし話題となった。同年、14年ぶりに第53回NHK紅白歌合戦に出場。 2004年、ユニバーサルミュージック内の私設レーベル「歌姫レコーズ」を設立。 2005年7月、品川のclub eXにて、自身がリリースしてきたカバー・アルバム『歌姫』シリーズを中心としたライブ『Akina Nakamori Special Live 2005 Empress at CLUB eX』を開催。 2006年、デビュー25周年目を迎え、7年ぶりに連続テレビドラマ『プリマダム』(日本テレビ系)に出演。また、大手パチンコメーカー大一商会から自身をモチーフとしたパチンコ機「CR中森明菜・歌姫伝説」がデビュー、ヒット機となる。 2007年、デビュー満25周年。カバー・アルバム『歌姫』シリーズのベスト・アルバム『歌姫ベスト ?25th Anniversary Selection?』をリリース、オリコンの週間アルバムチャート(2007年1月29日付)で4年ぶりにトップ10入り。また、演歌を中心としたカバー・アルバム『艶華 -Enka-』をリリース、こちらもトップ10入りを果たし(2007年7月9日付、通算34作目)、第49回日本レコード大賞「企画賞」を受賞した。初のカウントダウン・ディナーショー『AKINA NAKAMORI 25th ANNIVERSARY COUNT DOWN DINNER SHOW 2007-2008』を開催。 2008年、自身初の1990年代の曲を総括したベスト・アルバム『歌姫伝説 ?90's BEST?』をリリース。第22回日本ゴールドディスク大賞「ザ・ベスト・演歌/歌謡曲・アーティスト」を受賞。 2009年、3ヶ月連続でアルバムをリリースする。

エピソード

6人兄弟姉妹(2男4女)の5番目、三女。妹に元女優の中森明穂がいる。兄弟姉妹には、名前一字に「明」という文字が使われている。 4歳から14歳まで「横山昭子モダンバレエスタジオ」に通う。バレエ経験者ということもあり、バレエを題材にした連続ドラマ『プリマダム』に出演した。 『スター誕生!』本選3度目の挑戦時、山口百恵の「夢先案内人」を歌い合格した。なお、2度目の挑戦(中学3年の時)で松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌ったが、審査員の松田トシが「歌は上手だけど顔が子供っぽいから、童謡でも歌ったらどうかしら?」と批評。これに対し、「『スタ誕』では童謡は受け付けてくれないじゃないんですか!?」と抗議した。実は最初の挑戦時(中学2年の時)にも松田トシは中森を批評しており岩崎宏美の「夏に抱かれて」で挑んだが、「年齢の割にはおとなしすぎる」とコメントした。
当初「森アスナ」という芸名でのデビューも検討されていたようだが、本人が拒否した。
大東学園高等学校から明治大学付属中野高等学校定時制へ編入するが、多忙により中退。 デビュー当時、かなり体型がふっくらしており、体重は58Kgもあったという。 先述のデビュー当時のキャッチフレーズ「ちょっとエッチな美新人娘」が、周囲から「明菜さんはエッチなんですか」と頻繁に聞かれたり、好奇の目で見られたりする原因となり、当時非常に苦痛だったと後に本人が語っている。ちなみに「エッチ」というのは卑猥な意味ではなく、少し背伸びした大人の雰囲気を出そうと思って事務所がつけたとされている。 同じ頃デビューしたアイドルに石川秀美・小泉今日子・早見優・堀ちえみ・松本伊代などがいる。1982年はアイドルの当たり年で、彼女(彼)らを総称して「花の82年組」と呼んだりする。 1982年9月20日、フジテレビ系列音楽番組『夜のヒットスタジオ』に「少女A」で初出演。のちに「夜ヒットクイーン」の異名を授かるほどに番組に大きく貢献する中森であるが、意外にも初登場はデビュー曲である「スローモーション」では実現せず、他の同期デビュー組と比べて番組初登場までに長い期間を要した。 デビューからほどなく、衣装・メイク・振り付けを自身で担当。1986年のスタジオ・アルバム『不思議』以降、アルバムのプロデュースも自身で担当していく。独自の歌唱表現力(特に圧倒的なロングトーンは“明菜ビブラート”と呼ばれている)にも磨きをかけアーティスト性を発揮。作家のジャンルや有名無名にとらわれない楽曲提供を受けるなど、独自の世界を切り開く。 1990年代は、所属事務所トラブルなどのスキャンダルが続き不遇な時代を過ごすが、低音域やファルセットを活かした独自の歌唱法を編み出すと共に、後にシリーズ化されるカバー・アルバム作品『歌姫』の発表など、歌手として新境地を開拓していく。また、『素顔のままで』『冷たい月』『ボーダー 犯罪心理捜査ファイル』の3作の連続ドラマに主演を務めるなど、活動の幅を広げた。
レコード会社の離籍後に出されたベスト・アルバムなどの作品は非公認盤である。
本人作詞において、2002年のスタジオ・アルバム『Resonancia』以降「Miran:Miran」名義で作詞をすることがある。 『ミュージックステーション』の第1回目放送の出演、『スーパージョッキー』、『チューボーですよ!』、『警部補 古畑任三郎』、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』、『SMAP×SMAP』の第1回目放送の歌のコーナー「THE TRIBUTE SONGS」の出演など、番組初回のゲスト出演を多く経験している。 久米宏が『ザ・ベストテン』の司会を降板した回と芳村真理の『夜のヒットスタジオ』勇退の回の双方で、デビュー当時から色々と親しくしてもらった恩義と、これから番組で会う機会が無くなってしまうことを惜しみ、中森は涙した。 2000年12月30日に放送された『ザ・ベストテン』の復刻版では、歌前に久米から応援の電話が入った。「番組内でも殆ど会話という会話は交わしたことはないが、ちょっとした一言二言で人間というのは『ウマが合う』というのは分かるもの。僕と明菜さんはウマが合ってたと思う。だから明菜さんが出る日はスタジオに行くのが楽しみだった」という内容で、中森自身も感極まっていた。 芳村に関しては、『夜のヒットスタジオ』の司会当時、中森が自身でヘアスタイルから服装に至るまでの全てのコーディネートを行っていることを知り、番組内で芳村からそのセンスのよさを絶賛され、以降、同番組に出演するときには他の歌番組とは異なる特注の衣装で毎回番組に臨むほど、衣装などに気合を入れていた。芳村が番組を勇退してまもなく同番組に出演した際、「真理さんに『最近、おしゃれしてる?』と言われて、お洒落をした。真理さん見てますかー?」と芳村に画面を通じて呼びかけたこともあった。また、芳村が中森の衣装コーディネートを特別に担当したこともあった。 松田聖子とは不仲が噂されたが、これについては『おしゃれカンケイ』出演時に中森自身が、「作り話」であることを明かした上で、(松田聖子の)レコードもほとんど持っていると話した。更に、同番組で松田の「白いパラソル」をモノマネで披露した。
友近が中森の歌とモノマネをすることでもよく知られている。

作品

中森明菜がこれまでに発売した全作品、参加作品、タイアップ一覧をまとめた項。

オリジナル盤の発売日及び、同時発売された規格と規格品番のみを示している。再発盤、レーベル等の情報は各記事を参照のこと。

シングル

[隠す]シングル作品一覧
  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 1982年5月1日 スローモーション EP L-1600
2nd 1982年7月28日 少女A EP L-1616
3rd 1982年11月10日 セカンド・ラブ EP L-1620
4th 1983年2月23日 1?2の神話 EP L-1660
5th 1983年6月1日 トワイライト -夕暮れ便り- EP L-1661
6th 1983年9月7日 禁区 EP L-1662
7th 1984年1月1日 北ウイング EP L-1663
8th 1984年4月11日 サザン・ウインド EP L-1664
9th 1984年7月25日 十戒 (1984) EP L-1665
10th 1984年11月14日 飾りじゃないのよ涙は EP L-1666
11th 1985年3月8日 ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕 EP L-1668
12th 1985年6月19日 SAND BEIGE -砂漠へ- EP L-1669
13th 1985年10月9日 SOLITUDE EP L-1670
14th 1986年2月3日 DESIRE -情熱- EP L-1750
15th 1986年5月26日 ジプシー・クイーン EP L-1751
16th 1986年9月25日 Fin EP L-1752
17th 1987年2月4日 TANGO NOIR EP L-1753
18th 1987年6月3日 BLONDE EP L-1754
19th 1987年9月30日 難破船 EP L-1755
20th 1988年1月27日 AL-MAUJ (アルマージ) EP L-1756
21st 1988年5月18日 TATTOO EP
8cmCD L-1757
10SL-13
22nd 1988年11月1日 I MISSED "THE SHOCK" EP
8cmCD 07L7-4030
10L3-4030
23rd 1989年4月25日 LIAR EP
8cmCD
CT 06L7-4070
09L3-4070
09L5-4070
24th 1990年7月17日 Dear Friend 8cmCD
CT WPDL-4173
WPSL-4173
25th 1990年11月6日 水に挿した花 8cmCD
CT WPDL-4190
WPSL-4190
26th 1991年3月25日 二人静 -「天河伝説殺人事件」より 8cmCD
CT WPDL-4229
WPSL-4229
27th 1993年5月21日 Everlasting Love ・ NOT CRAZY TO ME 8cmCD
CT MVDD-10001
MVSD-10001
28th 1994年3月24日 片想い・愛撫 8cmCD MVDD-10004
29th 1994年9月2日 夜のどこかで ?night shift? 8cmCD MVDD-10007
30th 1994年10月5日 月華 8cmCD MVDD-10009
31st 1995年6月21日 原始、女は太陽だった 8cmCD MVDD-10014
32nd 1995年11月1日 Tokyo Rose 8cmCD MVDD-10017
33rd 1996年8月7日 MOONLIGHT SHADOW-月に吠えろ 8cmCD MVDD-10024
34th 1997年2月21日 APPETITE 8cmCD MVDD-10027
35th 1998年2月11日 帰省 ?Never Forget? 8cmCD GRDO-10
36th 1998年5月21日 今夜、流れ星 8cmCD GRDO-11
37th 1998年9月23日 とまどい 8cmCD GRDO-14
38th 1999年1月21日 オフェリア 8cmCD GRDO-21
39th 1999年12月1日 Trust Me 8cmCD GRDO-24
40th 2001年5月31日 It's brand new day 音楽配信   
41st 2002年5月2日 The Heat ?musica fiesta? 12cmCD UMCK-5060
42nd 2003年4月30日 Days 12cmCD UMCK-5094
43rd 2004年5月12日 赤い花 12cmCD POCE-3600
44th 2004年7月7日 初めて出逢った日のように 12cmCD POCE-3601
45th 2005年12月7日 落花流水 12cmCD UMCK-5136
46th 2006年5月17日 花よ踊れ 12cmCD UMCK-5143

企画・特発シングル

[隠す]企画・特発シングル 作品一覧
発売日 タイトル 規格 規格品番
1984年12月15日 北ウイング/リ・フ・レ・イ・ン EP L-1667
1985年5月1日 赤い鳥逃げた 12inch L-3601
1986年11月10日 ノンフィクション エクスタシー CT LKC-2008

スタジオ・アルバム

[隠す]スタジオ・アルバム作品一覧
  発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 1982年7月1日 プロローグ〈序幕〉 LP
CT L-12531
LKF-8042
2nd 1982年10月27日 バリエーション〈変奏曲〉 LP
CT L-12550
LKF-8050
3rd 1983年3月23日 ファンタジー〈幻想曲〉 LP
CT L-12570
LKF-8070
4th 1983年8月10日 NEW AKINA エトランゼ LP
CT L-12580
LKF-8080
5th 1984年5月1日 ANNIVERSARY LP
CT L-12591
LKF-8091
6th 1984年10月10日 POSSIBILITY LP
CT L-12592
LKF-8092
7th 1985年4月3日 BITTER AND SWEET LP
CT L-12593
LKF-8093
8th 1985年8月10日 D404ME LP
CT L-12594
LKF-8094
9th 1986年8月11日 不思議 LP
CT
CD L-12595
LKF-8095
32XL-155
10th 1986年12月24日 CRIMSON LP
CT
CD L-12650
LKF-8150
32XL-190
11th 1987年8月25日 Cross My Palm LP
CT
CD L-12651
LKF-8151
32XL-192
12th 1988年3月3日 Stock LP
CT
CD L-12652
LKF-8152
32XL-193
13th 1988年8月3日 Femme Fatale LP
CT
CD L-12653
LKF-8153
32XL-195
14th 1989年7月25日 CRUISE LP
CT
CD
GOLD CD 25L1-80
25L4-80
29L2-80
36L2-5103
15th 1993年9月22日 UNBALANCE+BALANCE CD
CT
DCC MVCD-9
MVTD-4
MVXD-7
16th 1995年7月21日 la alteracion CD MVCD-25
17th 1997年3月21日 SHAKER CD MVCD-38
18th 1998年6月17日 SPOON CD GRCO-3001
19th 1999年12月1日 will CD GRCO-3003
20th 2002年5月22日 Resonancia CD UMCK-1111
21st 2003年5月14日 I hope so CD
CD+DVD UMCK-1162
UMCK-9035
22nd 2006年6月21日 DESTINATION CD UMCK-1209

企画アルバム/ミニ・アルバム

[隠す]企画アルバム/ミニ・アルバム 作品一覧
発売日 タイトル 規格 規格品番
1982年12月24日 Seventeen LP L-6501
1984年12月21日 SILENT LOVE LP L-5601
1985年12月21日 MY BEST THANKS LP L-4101
1987年5月1日 CD'87 CD 32XL-191
1988年6月1日 Wonder CD
GOLD CD 28XL-194
43XL-2001
1996年12月18日 VAMP CD MVCZ-1002

ライブ・アルバム

[隠す]ライブ・アルバム作品一覧
発売日 タイトル 規格 規格品番
1989年11月17日 AKINA EAST LIVE INDEX-XXIII CD(2枚組)
GOLD CD(2枚組)
CT 45L2-126?7
54L2-5106?7
42L4-126
1991年11月28日 Listen to Me CD(2枚組)
CT(2本組) WPCL-626?7
WPTL-626?7

ベスト・アルバム

[隠す]ベスト・アルバム作品一覧
  発売日 タイトル 規格 規格品番
ベスト・アルバム 1983年12月21日 BEST AKINA メモワール LP
CT L-12590
LKF-8090
シングル・ベスト 1986年4月1日 BEST LP
CT
CD L-13030
LKG-5030
32XL-150
シングル・ベスト 1988年12月24日 BEST II LP
CT
CD 28L1-49
28L4-49
32L2-49
ベスト・アルバム 1992年11月10日 BEST III CD
CT WPCL-711
WPTL-711
ベスト・アルバム 1995年12月6日 true album akina 95 best CD(3枚組) MVCD-36001-3
ベスト・アルバム 2002年12月4日 Akina Nakamori?歌姫ダブル・ディケイド CD UMCK-1139
ベスト・アルバム 2006年1月11日 BEST FINGER 25th anniversary selection CD UMCK-1200
バラード・ベスト 2007年3月28日 バラード・ベスト ?25th Anniversary Selection? CD
CD+DVD UMCK-1223
UMCK-9177
ベスト・アルバム 2008年2月27日 歌姫伝説 ?90's BEST? CD
CD+DVD UMCK-1245
UMCK-9196

カバー・アルバム

[隠す]カバー・アルバム作品一覧
発売日 タイトル 規格 規格品番
1994年3月24日 歌姫 CD
CT MVCD-12
MVTD-6
2002年3月20日 -ZEROalbum- 歌姫2 CD UMCK-1093
2003年12月3日 歌姫3 ?終幕 CD UMCK-1174
2004年12月1日 歌姫 Complete Box Empress CD(6枚組) POCE-3035/40
2007年1月17日 歌姫ベスト ?25th Anniversary Selection? CD
CD+DVD UMCK-1218
UMCK-9154
2007年6月27日 艶華 -Enka- CD
CD+DVD
CD(2枚組)
CT UMCK-1227
UMCK-9181
UMCK-9182/3
UMTK-1001
2008年12月24日 フォーク・ソング?歌姫抒情歌 CD
CD+DVD
CD
CD
CD UMCK-1291
UMCK-9256
UMCK-9257
UMCK-9258
UMCK-9259
2009年6月24日 ムード歌謡 ?歌姫昭和名曲集 CD
CD+DVD UMCK-1315
UMCK-9283

映像作品

[隠す]映像作品一覧
  発売日 タイトル 規格 規格品番
PV集 1983年10月12日 NEW AKINA エトランゼ 中森明菜 in ヨーロッパ VHS
β 10PV-10
10PX-10
PV集 1985年5月1日 はじめまして 中森明菜 VHS
β 10PV-38
10PX-38
ライブ・ビデオ 1985年12月10日 BITTER & SWEET 1985 SUMMER TOUR VHS
β 10PV-40
10PX-40
PV集 1987年12月21日 Cross My Palm VHS
β
LD 10PV-85
10PX-85
08PL-45
ライブ・ビデオ 1988年1月25日 BITTER & SWEET 1985 SUMMER TOUR LD Single 30PL-2001
ライブ・ビデオ 1989年11月28日 AKINA EAST LIVE INDEX-XXIII VHS
LD 75L8-8061
75L6-8061
ライブ・ビデオ 1992年7月25日 夢 '91 Akina Nakamori Special Live VHS
LD WPVL-8128
WPLL-8128
ライブ・ビデオ 1993年8月25日 Live in '87 A HUNDRED days VHS
LD WPVL-8159
WPLL-8159
ライブ・ビデオ 1993年8月25日 Live in '88 Femme Fatale VHS
LD WPVL-8160
WPLL-8160
ライブ・ビデオ 1995年3月24日 “UTAHIME” AKINA NAKAMORI PARCO THEATER LIVE

K01

VHS
LD MVVD-7
MVLD-7
ライブ・ビデオ 1997年9月22日 felicidad AKINA NAKAMORI LIVE '97 VHS
LD MVVH-5
MVLH-5
ライブ・ビデオ 2001年9月27日 Akina Nakamori. 2001. 20th Anniversary Live ?It's brand new day? VHS
DVD TKVU-62877
TKBU-5082
PV集+メイキング+インタビュー 2002年7月10日 Apasionado VHS
DVD UMVK-1040
UMBK-1040
ライブ・ビデオ 2002年12月4日 AKINA NAKAMORI MUSICA FIESTA TOUR 2002 VHS
DVD UMVK-1046
UMBK-1046
ライブ・ビデオ 2003年12月17日 Live tour 2003 ?I hope so? DVD UMBK-1073
ライブ・ビデオ 2006年1月11日 Akina Nakamori Special Live 2005 Empress at CLUB eX DVD AVBC-22458
ライブ・ビデオ 2007年1月17日 LIVE TOUR 2006 The Last Destination DVD UMBK-1115

書籍

[隠す]書籍作品一覧
発売日 タイトル 発行 ISBN
1982年11月5日 中森明菜写真集 近代映画社   
1982年12月9日 BOMB!アイドル・フォトパックシリーズ ひとりじめ 中森明菜 学習研究社   
1982年12月15日 気になる視線 私をつかまえて[※ 5] ワニブックス ISBN 458420053X
1983年2月25日 ポップ・アイドル 8 中森明菜 オリジナルコンフィデンス ISBN 4-87131-010-8
1983年5月1日 本気だよ 菜の詩・17歳[※ 5] 小学館 ISBN 4-09-363121-2
1984年9月15日 中森明菜ポスターパック 近代映画社   
1985年12月24日 中森明菜写真集 VINGTANS -20 Years Old- ケン企画   
1987年12月24日 中森明菜写真集 VISUAL BOOK Cross My Palm ほんの木 ISBN 4-938568-03-9
1989年7月13日 CRUISE 中森明菜ファッションブック ほんの木 ISBN 4-938568-06-3
1990年11月30日 MY LIFE 1990 A・K・I・N・A NAKAMORI ほんの木 ISBN 4-938568-15-2
1993年12月15日 中森明菜 FIFTY OFF ESSAY with PHOTO TOKYO FM出版 ISBN 4-924880-21-3

参加作品

[隠す]参加作品一覧
発売日 タイトル 規格 規格品番 備考
1999年8月18日 ウィザードリィ ?DIMGUIL? ORIGINAL SOUND TRACK CD TYCY-10020 PS用ゲームソフト『ウィザードリィ ?DIMGUIL?』のサントラ盤
テーマソング「月の微笑」2バージョン収録
2000年11月10日 Dear my company CD UMCK-1004 来生たかおのアルバムに参加
「セカンド・ラブ」のデュエット版収録
2004年5月19日 山口百恵トリビュート Thank You For… CD MHCL-614 山口百恵のトリビュート・アルバム
「愛染橋」収録(カバー・アルバム『歌姫』より)
2006年12月13日 Jewel Songs ?Seiko Matsuda Tribute & Covers? CD SRCL-6456 松田聖子のトリビュート・アルバム
「瑠璃色の地球」収録(カバー・アルバム『-ZEROalbum- 歌姫2』より)
2007年6月27日 中森明菜選曲 演歌集 -艶華- CD
CT UMCK-1229
UMTK-1002 オムニバス・アルバム
カバー・アルバム『艶華 -Enka-』にてカバーした原曲(またはカバー)を収録
2008年11月19日 男と女 -TWO HEARTS TWO VOICES- CD UICZ-4187 稲垣潤一のアルバムに参加
「ドラマティック・レイン」 Duet with 中森明菜
「セカンド・ラブ (Duet with YU-KI from TRF)」は中森の「セカンド・ラブ」をカバー

タイアップ

[隠す]タイアップ一覧
曲名 タイアップ オンエア期間など
少しだけスキャンダル 日本テレビ系ドラマ『瑠璃色ゼネレーション』主題歌 1984年9月 - 10月
リ・フ・レ・イ・ン TBS系水曜スペシャル・ドラマ『恋はミステリー劇場』エンディング・テーマ 1984年10月 -
DESIRE -情熱- パイオニア「private CD」TV CMソング 1986年2月 -
MODERN WOMAN (FEMME D' AUJOURD' HUI) パイオニア「private CD」TV CMソング 1987年11月 -
水に挿した花 日本テレビ系ドラマ『水曜グランドロマン』主題歌 1990年10月 - 1991年9月
二人静 -「天河伝説殺人事件」より 角川映画『天河伝説殺人事件』主題歌 1991年3月16日 -
夜のどこかで ?night shift? 日本テレビ系『NNNきょうの出来事』エンディングテーマ 1994年8月 -
Rose Bud フジテレビ系『新伍&紳助のあぶない話』エンディングテーマ 1994年
月華 「ブティックJOY」TV-CF イメージソング 1994年10月 - 12月
帰省 ?Never Forget? 読売テレビ・日本テレビ系ドラマ『冷たい月』主題歌 1998年1月12日 - 3月16日
とまどい TBS系ドラマ 愛の劇場『39歳の秋』主題歌 1998年8月31日 - 10月23日
Good-bye My Tears TBS系ドラマ『1998 バトルな女ドラマ 七人のOL ソムリエ』主題歌 1998年9月25日
オフェリア 日本テレビ・読売テレビ系ドラマ『ボーダー 犯罪心理捜査ファイル』オープニングテーマ曲 1999年1月11日 - 3月8日
月の微笑 PS用ゲームソフト『ウィザードリィ ?DIMGUIL?』テーマソング 2000年4月20日(ゲーム発売日)
Stay in love トリンプ「恋するブラ」CMソング 2001年10月23日・10月30日
2001年11月6日・11月20日・11月27日
『傷だらけのラブソング』番組内CMでOA
The Heat ?musica fiesta? TBS系『ワンダフル』5月度エンディングテーマ 2002年5月
瑠璃色の地球 KDDI・沖縄セルラー電話「au(ムービーメール)」イメージCMソング 2003年1月 - 3月
Days テレビ東京系『女と愛とミステリー』エンディングテーマ曲 2003年3月5日 - 2004年6月23日(地上波)
2003年3月2日 - 2004年6月20日(BSジャパン)
華 -HANA- NHK-BS1『地球ウォーカー』テーマ曲 2003年4月 -
I hope so 「JRグループ」CMソング 2003年8月3日 - 2005年4月23日
『遠くへ行きたい』番組内CMでOA
落花流水 テレビ東京系 新春ワイド時代劇『天下騒乱?徳川三代の陰謀』主題歌 2006年1月2日
花よ踊れ 日本テレビ系水曜ドラマ『プリマダム』エンディング・テーマ 2006年4月12日 - 6月21日
DESIRE -情熱-(2005年新録version) 大一商会「CR中森明菜・歌姫伝説」CMソング 2006年5月12日 - 5月21日
2006年6月24日 - 7月3日
GAME 「CR中森明菜・歌姫伝説」イメージソング 2006年6月から台導入
いい日旅立ち 映画『旅の贈りもの 0:00発』主題歌 2006年10月7日 - 2007年4月20日

ライブ

コンサート・ツアー

[隠す]コンサート・ツアー一覧
公演日程 ツアータイトル 公演規模
1983年2月27日 - 6月19日 MILKY WAY '83 ?春の風を感じて…? 全国18都市19公演
1983年7月23日 - 9月18日 RAINBOW SHOWER 全国17都市17公演
1984年7月28日 - 9月8日 逢いたい菜 逢えるか菜 中森明菜音楽鑑賞会 全国15都市29公演
1985年7月6日 - 10月10日 BITTER & SWEET 全国26都市29公演
1986年7月12日 - 10月26日 LIGHT & SHADE 全国25都市26公演
1987年7月11日 - 10月18日 A HUNDRED days 全国25都市29公演
1988年7月20日 - 10月26日 Femme Fatale 全国20都市23公演
1997年5月3日 - 6月21日 Felicidad 全国14都市16公演
1998年6月21日 - 7月27日 SPOON 全国14都市15公演
2000年5月18日 - 6月27日 中森明菜 2000 ?21世紀への旅立ち? 全国12都市15公演
2001年6月6日 - 7月13日 20周年記念 All about Akina ?It's Brand New Day? 全国18都市18公演
2002年5月27日 - 7月13日 MUSICA FIESTA TOUR 2002 全国20都市20公演
2003年5月15日 - 7月13日 AKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2003 - I hope so - 全国20都市21公演
2004年5月15日 - 7月13日 AKINA NAKAMORI A-1 tour 2004 全国17都市18公演
2006年6月24日 - 8月8日 AKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2006 ?The Last destination? 全国7都市8公演

ディナーショー・ツアー

[隠す]ディナーショー・ツアー一覧
公演日程 ツアータイトル 公演規模
1996年5月12日 - 5月20日 1996 Dinner Show[※ 6] 全国4都市7公演
1996年12月5日 - 12月26日 1996 Xmas Dinner Show 全国10都市11公演
1997年12月5日 - 12月26日 1997 Xmas Dinner Show 全国11都市21公演
1998年12月3日 - 12月25日 1998 Xmas Dinner Show 全国8都市14公演
1999年12月17日 - 12月25日 1999 Xmas Dinner Show 全国6都市8公演
2000年12月13日 - 12月25日 2000 Xmas Dinner Show 全国7都市10公演
2001年12月2日 - 12月25日 2001 Xmas Dinner Show 全国9都市14公演
2002年12月3日 - 12月27日 2002 Xmas Dinner Show 全国12都市20公演
2003年12月2日 - 12月24日 2003 Xmas Dinner Show 全国10都市15公演
2004年12月21日 - 2005年1月10日 2004 Xmas Dinner Show 全国4都市5公演
2005年12月6日 - 12月24日 2005 Xmas Dinner Show
?逢いたかった、逢えてよかった? 全国6都市9公演
2006年12月6日 - 12月25日 2006 Xmas Dinner Show 全国6都市9公演
2007年12月9日 - 12月31日?2008年1月1日 2007 Xmas Dinner Show[※ 7] 全国11都市18公演
2008年11月29日 - 12月25日 2008 Xmas Dinner Show 全国9都市15公演

主なライブ

[隠す]主なライブ一覧
公演日程 ライブタイトル 公演規模
1982年5月5日 デビューミニコンサート in としまえん 全1公演
1982年8月10日 ファースト・コンサート 明菜にあったらドキッ! 全1公演
1982年11月6日 - 1983年1月6日 CONCERT IN OSAKA & TOKYO 全国3都市6公演
1989年4月29日 - 4月30日 AKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversary 全2公演
1991年7月27日 - 7月28日 夢 '91 Akina Nakamori Special Live 全2公演
1994年12月1日 - 12月5日 歌姫 パルコ劇場ライブ 全5公演
1995年12月12日 - 12月16日 中森明菜 TRUE LIVE 全国2都市3公演
1998年11月3日 - 11月4日 シンフォニックコンサート'98 with シンフォニックAオーケストラ 全2公演
2005年7月7日 - 7月17日 Akina Nakamori Special Live 2005 Empress at CLUB eX 全17公演

※この他、ファンクラブ・チャリティー・企業イベントなど多数

出演

テレビドラマ

[隠す]テレビドラマ出演一覧
放送日 放送局 番組名 備考
1984年4月11日 テレビ東京 走れ青春42.195KM 涙と汗のマラソン野郎 特別出演
1987年1月2日 テレビ朝日 トライアングルブルースペシャルII 明菜役
1987年4月15日 TBS ベスト・フレンド 「人間交差点」より 鹿島亜矢役
1988年4月14日 フジテレビ 中森明菜のスパゲティー恋物語 野村歩役
1989年1月3日 フジテレビ 季節はずれの海岸物語 砂浜のDESTINY 明菜役
1989年3月8日 日本テレビ 男三昧女三昧 買い物客役
1991年1月3日 フジテレビ 世にも奇妙な物語 冬の特別編 「さよなら6年2組」 久保田玲子役
1991年3月28日 フジテレビ 中森明菜・メロドラマ 「もう一度逢いたい 忘れられない恋人…」 真島恵役
1991年8月30日 フジテレビ 悪女A・B 間宮カスミ役・国本新子役
1991年12月23日 テレビ朝日 10年目のクリスマス・イヴ 愛してると私から! 麦田美鈴役
1992年4月13日 - 6月29日 フジテレビ 素顔のままで 月島カンナ役
1993年1月4日 フジテレビ 悪女II サンテミリオン殺人事件 緋田伶子役
1993年6月30日 フジテレビ チャンス! 友情出演・月島カンナ役
最終回「ハッピーエンド」
1993年10月22日 フジテレビ ざけんなョ!!5 「一般職OLの悲哀」 森岡勝子役
1993年12月25日 日本テレビ 瞳に星な女たち 遠藤薫役
1994年4月13日 フジテレビ 警部補 古畑任三郎 「死者からの伝言」 犯人・小石川ちなみ役
1996年4月9日 フジテレビ 古畑任三郎 「消えた古畑任三郎」 証言者・小石川ちなみ役
1996年9月27日 TBS 恋物語 せつない夜は逢いたくて… 「変身願望」 中原美知子役
1998年1月12日 - 3月16日 日本テレビ 冷たい月 椎名希代加役
主題歌「帰省 ?Never Forget?」
1998年9月25日 TBS ”1998”バトルな女ドラマ 七人のOLソムリエ 南原舞役
主題歌「Good-bye My Tears」
1999年1月11日 - 3月8日 日本テレビ ボーダー 犯罪心理捜査ファイル 杉嶋桐惠役
オープニングテーマ「オフェリア」
2006年4月12日 - 6月21日 日本テレビ プリマダム 倉橋嵐子役
エンディング・テーマ「花よ踊れ」

テレビ番組

[隠す]テレビ番組出演一覧
放送日 放送局 番組名 備考
1992年2月8日 - 2月29日 フジテレビ 音楽旅行 旅番組/4週連続放送
サブタイトル『中森明菜の音楽旅行 MUSIC & TRAVEL』
1995年8月5日 - 8月26日 フジテレビ 佐伯伽耶の音楽旅行 旅番組/4週連続放送
1995年12月24日 日本テレビ 中森明菜のわがまま美女快楽二人旅絶叫!激辛!大騒ぎ珍道中! 旅番組/共演: 片平夏貴
1996年7月7日 日本テレビ 中森明菜のわがまま美女快楽二人旅絶叫!激辛!大騒ぎ珍道中2 旅番組/共演: 片平夏貴
1997年1月2日 TBS 中森明菜と飯島愛の新春爆笑言いたい放題どたばた香港グルメツアー 旅番組/共演: 飯島愛
1997年1月25日 日本テレビ スーパースペシャル'97 絶叫!激辛!大爆笑大騒ぎ!超豪華珍道中!! 旅番組/共演: 神田うの、片平夏貴
2002年5月26日 日本テレビ 日曜スペシャル・中森明菜ゼロからのスタート情熱の国インスペイン 旅番組・インタビュー/共演: 京本政樹、鈴木紗理奈
2009年3月28日 TBSチャンネル 中森明菜のタスマニア紀行 紀行番組

映画

[隠す]映画出演一覧
放映年 配給 タイトル 役名
1985年 東宝 愛・旅立ち 小泉ユキ役
1992年 東映 走れメロス 声優出演・ライサ役

CM

[隠す]CM出演一覧
放送年 企業名 製品名 備考
1982年 - 1983年 明石被服興業 富士ヨット学生服   
1982年 - 1985年 キヤノン ミニコピア   
1982年 キヤノン キヤノフアクス ミニ   
1983年 - 1984年 花王石鹸 エッセンシャル キューティクル・ケア シャンプー・リンス   
1985年 - 1988年 パイオニア private CD 1986年2月 CMソング「DESIRE -情熱-」
1987年11月 CMソング「MODERN WOMAN (FEMME D' AUJOURD' HUI)」
1986年 - 1989年 キヤノン ファミリーコピア   
1986年 - 1989年 明治製菓 明治ミルクチョコレート 『Meiji PRESENTS AKINA LIVE』が3回開催された[※ 8]
1987年 明治製菓 明治チョコレート LUCKY   
1988年 - 1989年 オリエント時計 YOU   
1988年 - 1989年 パイオニア private A5   
1988年 明治製菓 明治チョコレート アーモンド   
2001年 ファンケル ファンケル青汁   
2003年 P&G JAPAN 謎のシャンプー ナレーション出演
2006年5月12日 - 5月21日
2006年6月24日 - 7月3日 大一商会 CR中森明菜・歌姫伝説 CMソング「DESIRE -情熱-(2005年新録version)」

CMソング

[隠す]CMソング出演一覧
放送年 企業名 製品名 備考
1988年 日本たばこ産業 MILD SEVEN FK CMソング「HELLO MARY LOU」(Ricky Nelsonのカバー曲)を歌う
1994年 ブルドックソース 東京のお好みソース CMソングを歌う(ちなみにCMキャラクターはバカボンのママ)

※発表楽曲(オリジナル曲・カバー曲)のタイアップ楽曲一覧はタイアップの項にて。

ラジオ

レギュラー番組
[隠す]レギュラー番組一覧
放送年 放送局 番組名 備考
1982年10月 - 1984年12月 文化放送 ひとつめのサヨナラ   
1986年10月12日 - 1987年4月5日 ニッポン放送 夢体験AKINA 『嘉門ザ・ナイト・大江戸アドヴェンチャー』番組枠内
1987年6月 - 1988年4月 文化放送 太田君がんばって! 『東京っ子NIGHTお遊びジョーズ!!』番組枠内
1992年4月5日 - 1993年12月26日 TOKYO FM FIFTY OFF   

スペシャル番組
[隠す]スペシャル番組一覧
放送年 放送局 番組名
1990年8月26日 ニッポン放送 ホリデースペシャル 中森明菜フルタイムコレクション
2002年2月16日 文化放送 セイ!ヤング21スペシャル

NHK紅白歌合戦

[隠す]NHK紅白歌合戦出場歴
年度/放送回 回 曲目 出演順 対戦相手
1983年(昭和58年)/第34回 初 禁区 11/21 近藤真彦
1984年(昭和59年)/第35回 2 十戒 (1984) 7/20 近藤真彦
1985年(昭和60年)/第36回 3 ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕 7/20 田原俊彦
1986年(昭和61年)/第37回 4 DESIRE -情熱- 6/20 沢田研二
1987年(昭和62年)/第38回 5 難破船 4/20 チェッカーズ
1988年(昭和63年)/第39回 6 I MISSED "THE SHOCK" 4/21 近藤真彦
2002年(平成14年)/第53回 7 飾りじゃないのよ涙は 20/27 [※ 9]

※出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。

その他

[隠す]その他出演一覧
年 企業名 タイトル 備考
2006年6月から 大一商会 CR中森明菜・歌姫伝説 本人も企画参加したCR機
2008年3月から 大一商会 中森明菜スロット伝説   

受賞・記録

受賞歴

[隠す]受賞歴一覧
年 賞 賞名・受賞作品
1982年 第1回メガロポリス歌謡祭 新人部門入賞「スローモーション」
第15回全日本有線放送大賞(上半期) 新人賞「スローモーション」
オリコン月間新人賞 7月度「スローモーション」
第8回日本テレビ音楽祭 新人賞候補「少女A」
'82KBC新人歌謡音楽祭 優秀新人賞「少女A」
第9回ABC歌謡新人グランプリ シルバー賞「少女A」
第12回銀座音楽祭 専門審査員奨励賞「少女A」
第15回新宿音楽祭 審査員特別奨励賞「少女A」
第9回横浜音楽祭 最優秀新人賞「少女A」
'82あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭 新人奨励賞「少女A」
第13回日本歌謡大賞 放送音楽新人賞部門連盟賞「少女A」
第15回日本有線大賞 優秀新人賞「セカンド・ラブ」
第15回全日本有線放送大賞(年間) 新人賞「少女A」
第11回FNS歌謡祭 優秀新人賞「少女A」
第7回FM東京 ライオンリスナーズグランプリ グランプリ「スローモーション」
1983年 第20回ゴールデン・アロー賞 音楽新人賞
第16回日本有線大賞(上期) 最多リクエスト歌手賞
有線音楽賞「トワイライト -夕暮れ便り-」
第2回メガロポリス歌謡祭 ポップス入賞 「1?2の神話」
第16回全日本有線放送大賞(上半期) 優秀スター賞「セカンド・ラブ」
第9回日本テレビ音楽祭 金の鳩賞「トワイライト -夕暮れ便り-」
第10回横浜音楽祭 横浜音楽祭賞「禁区」
'83あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭 専門審査員賞「禁区」
第14回日本歌謡大賞 放送音楽賞「禁区」
第25回日本レコード大賞 ゴールデンアイドル特別賞(TBS賞)
ゴールデンアイドル賞「禁区」
'83アルバムベスト10『NEW AKINA エトランゼ』
第16回日本有線大賞(下期) 最多リクエスト歌手賞
有線音楽賞「禁区」
第16回全日本有線放送大賞(年間) 読売テレビ最優秀賞「禁区」
優秀スター賞「禁区」
第16回日本レコードセールス大賞 セールス大賞
LP大賞
第3回日本作曲大賞 大賞: 来生たかお「セカンド・ラブ」
1984年 ミスDJリクエストパレード '83ベストアーチスト賞
第17回日本有線大賞(上期) 上期有線大賞「サザン・ウインド」
第3回メガロポリス歌謡祭 ポップス・グランプリ「サザン・ウインド」
ポップス入賞「サザン・ウインド」
第17回全日本有線放送大賞(上半期) 読売テレビ最優秀賞「サザン・ウインド」
優秀スター賞「サザン・ウインド」
第10回日本テレビ音楽祭 グランプリ「十戒 (1984)」
第11回横浜音楽祭 横浜音楽祭賞「十戒 (1984)」
'84あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭 ゴールデングランプリ「十戒 (1984)」
第15回日本歌謡大賞 最優秀放送音楽賞「十戒 (1984)」
第17回日本有線大賞 最多リクエスト歌手賞「十戒 (1984)」
有線音楽賞「北ウイング」
第17回全日本有線放送大賞 審査委員会最優秀賞「北ウイング」
優秀スター賞「北ウイング」
第13回FNS歌謡祭 最優秀ヒット賞「北ウイング」
優秀歌謡音楽賞「十戒 (1984)」
第17回日本レコードセールス大賞 シングル部門: ゴールデン賞
LP部門: ゴールデン賞
第26回日本レコード大賞 最優秀スター賞「北ウイング」など
金賞「北ウイング」
第4回日本作曲大賞 優秀作曲家賞: 林哲司「北ウイング」
1985年 第22回ゴールデン・アロー賞 音楽賞
第18回全日本有線放送大賞(上半期) 読売テレビ最優秀賞「ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕」
優秀スター賞「ミ・アモーレ〔Meu amor e…〕」
第11回日本テレビ音楽祭 優秀賞「SAND BEIGE -砂漠へ-」
第12回横浜音楽祭 横浜音楽祭賞「SOLITUDE」
'85全日本歌謡音楽祭 最優秀歌唱賞「SOLITUDE」
金賞「SOLITUDE」
第16回日本歌謡大賞 放送音楽プロデューサー連盟賞「SOLITUDE」
放送音楽賞
第18回日本有線大賞 最多リクエスト歌手賞
有線音楽賞「SAND BEIGE -砂漠へ-」
第18回全日本有線放送大賞 読売テレビ最優秀賞「SAND BEIGE -砂漠へ-」
優秀スター賞「SAND BEIGE -砂漠へ-」
第14回FNS歌謡祭 グランプリ「ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕」
最優秀ヒット賞「飾りじゃないのよ涙は」
優秀歌謡音楽賞「ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕」
第18回日本レコードセールス大賞 シングル部門: 大賞
LP部門: ゴールデン賞
第27回日本レコード大賞 大賞「ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕」
金賞「ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕」
優秀アルバム賞『D404ME』
第5回日本作曲大賞 優秀作曲家賞: 松岡直也「ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕」
1986年 第5回メガロポリス歌謡祭 ポップスグランプリ「ジプシー・クイーン」
ポップス入賞「ジプシー・クイーン」
第19回全日本有線放送大賞(上半期) グランプリ「DESIRE -情熱-」
優秀スター賞「DESIRE -情熱-」
第12回日本テレビ音楽祭 グランプリ「DESIRE -情熱-」
優秀賞「DESIRE -情熱-」
'86全日本歌謡音楽祭 ゴールデングランプリ「Fin」
第13回横浜音楽祭 横浜音楽祭賞
第17回日本歌謡大賞 大賞「Fin」
放送音楽特別賞「Fin」
第19回日本有線大賞 最多リクエスト歌手賞
有線音楽賞「Fin」
第19回全日本有線放送大賞 最多リクエスト賞「Fin」
優秀スター賞「Fin」
第15回FNS歌謡祭 グランプリ「DESIRE -情熱-」
優秀歌謡音楽賞
最優秀ヒット賞「DESIRE -情熱-」
第19回日本レコードセールス大賞 アーティストセールス大賞
シングル部門: 大賞
LP部門: 大賞
第28回日本レコード大賞 大賞「DESIRE -情熱-」
ベストアーチスト賞「DESIRE -情熱-」など
金賞「DESIRE -情熱-」
1987年 第24回ゴールデン・アロー賞 音楽賞
第1回日本ゴールドディスク大賞 The Grand Prix Artist of the Year 賞(邦楽)
The Best Artist of the Year 賞(邦楽)
The Best Single of the Year 賞(邦楽)「DESIRE -情熱-」
The Grand Prix Album of the Year 賞(邦楽)『BEST』
The Best Album of the Year 賞(邦楽)ホップス(ソロ)部門『BEST』
第20回全日本有線放送大賞(上半期) 優秀スター賞「TANGO NOIR」
'87全日本歌謡音楽祭 特別話題賞「難破船」
第17回銀座音楽祭 歌謡ポップス部門

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金賞「難破船」
第14回横浜音楽祭 横浜音楽祭賞「TANGO NOIR」
第18回日本歌謡大賞 最優秀放送音楽賞「難破船」
放送音楽特別連盟賞
第20回日本有線大賞 最多リクエスト歌手賞「難破船」
有線音楽賞「難破船」
第20回全日本有線放送大賞 最多リクエスト賞「難破船」
優秀スター賞「難破船」
第16回FNS歌謡祭 最優秀歌唱賞「難破船」
優秀歌謡音楽賞「難破船」
第20回日本レコードセールス大賞 アーティストセールス大賞
シングル部門: ゴールデン賞
LP部門: ゴールデン賞
第29回日本レコード大賞 特別大衆賞「難破船」など
金賞「難破船」
優秀アルバム賞『CRIMSON』
1988年 第2回日本ゴールドディスク大賞 The Best Single of the Year 賞(邦楽)「TANGO NOIR」・「難破船」
第7回メガロポリス歌謡祭 ポップスグランプリ「TATTOO」
ポップスメガロポリス賞「TATTOO」
第21回全日本有線放送大賞(上半期) 優秀スター賞「TATTOO」
第21回日本有線大賞 有線音楽賞「I MISSED "THE SHOCK"」
第21回全日本有線放送大賞(年間) 優秀スター賞「I MISSED "THE SHOCK"」
第17回FNS歌謡祭 最優秀歌唱賞「I MISSED "THE SHOCK"」
優秀歌謡音楽賞「I MISSED "THE SHOCK"」
第30回日本レコード大賞 金賞「TATTOO」
AVAグランプリ 銀賞東京都知事賞「Cross My Palm」
第3回日本ゴールドディスク大賞 The Best 5 Artists of the Year 賞(邦楽)
1989年 '89 ビデオ・オブ・ザ・イヤー 最優秀ミュージックビデオ賞『AKINA EAST LIVE INDEX-XXIII』
第22回日本レコードセールス大賞 LP部門: シルバー賞
1992年 マルチメディアグランプリ ビデオ部門音楽ビデオ賞『夢 '91 Akina Nakamori Special Live』
2001年 第41回ACC CM FESTIVAL テレビスポットCM部門、ACC銅賞「ファンケル青汁「夫の青汁」編」
2007年 第49回日本レコード大賞 企画賞『艶華 -Enka-』
2008年 第22回日本ゴールドディスク大賞 ザ・ベスト・演歌/歌謡曲・アーティスト

売上記録

シングル
首位獲得数: 21作
首位連続獲得年数: 9年
TOP10獲得作品数: 28作
アルバム
首位獲得数: 18作
首位連続獲得年数: 8年
TOP10獲得作品数: 34作

中森明菜さんの御紹介ページです!

http://www.universal-music.co.jp/akina/

http://nakamoriakina.com/

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柴咲 コウさんについて

柴咲 コウ

柴咲 コウ(しばさき こう、1981年8月5日 - )は、日本の女優、歌手である。

概要

東京都豊島区出身。所属事務所はスターダストプロモーション。血液型はB型、身長は約160cm。最終学歴は東京都立板橋高等学校中退。芸名は、かわかみじゅんこの漫画『GOLDEN DELICIOUS APPLE SHERBET』(短編集『少女ケニヤ』収録)の登場人物・柴崎紅が由来。プロ野球東京ヤクルトスワローズの大ファンである(めざましテレビインタビューより)。納豆が好物。

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女優

デビューは1998年に放送された番宣番組『倶楽部6』(TBS)。1999年放送の日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)の「ポンズ・ダブルホワイト」の「ファンデーションは使ってません」という台詞のCMでブレイク。以後は映画『バトル・ロワイアル』や『GO』での演技が評価され、数々のテレビドラマや映画に出演した。特に『GO』での演技は高く評価され、日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞、キネマ旬報ベスト・テン 最優秀助演女優賞をはじめ、その年の映画賞を総なめにし、女優としての地位を確立した。

主な出演映画代表作は、『黄泉がえり』(2003年)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)、『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)、『日本沈没』『県庁の星』(2006年)、『どろろ』(2007年)など。2008年には、主演作『少林少女』、福山雅治とダブル主演を務める『容疑者Xの献身』が公開された。主な出演ドラマ代表作は『GOOD LUCK!!』(2003年)、『オレンジデイズ』(2004年)、『Dr.コトー診療所』(2003年・2004年・2006年)など。いずれも高視聴率を記録した。特に『GOOD LUCK!!』は最高視聴率37%を記録し、柴咲の影響で整備士を志願する女性が急増した。2007年に放映された『ガリレオ』も大ヒットし、映画化が決定した。また、気の強い役が多く(ツンデレ女優の異名を持つ)、両親を亡くしているという設定が多い(『GOOD LUCK!!』、『日本沈没』、『どろろ』など)。

歌手

ユニバーサルミュージックから2002年にシングル「Trust my feelings」でデビュー。2003年、RUI(ルイ)の名義でリリースした映画『黄泉がえり』の主題歌「月のしずく」が100万枚(ミリオン)を超える大ヒット曲となる。オリコンチャートでは最高位1位、年間チャートでも3位を記録した。翌2004年には、ドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』の主題歌「かたち あるもの」(最高位2位)が60万枚を超える大ヒットを記録し、年間チャートでもトップ10入りした。ほとんどの作品は柴咲自身が作詞を担当しており、「影」(最高位2位)や「invitation」など、本人による歌詞は原作の内容をよく理解して作られており、作詞に関する評価も得ている。2008年、初のベストアルバム「Single Best」「The Back Best」を2枚同時リリース。オリコン初登場1位を獲得した。

賞詞

『GO』(2002年)での演技より

第25回 日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞と新人俳優賞
第75回 キネマ旬報ベスト・テン 最優秀助演女優賞
第26回 報知映画賞 最優秀助演女優賞
第23回 ヨコハマ映画祭 最優秀助演女優賞
第44回 ブルーリボン賞 最優秀新人賞
第14回 日刊スポーツ映画大賞 最優秀新人賞
第56回 毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞
第11回 東京スポーツ映画大賞 最優秀新人賞
第12回 日本映画批評家大賞 最優秀新人賞
第15回 高崎映画祭 最優秀新人女優賞
『メゾン・ド・ヒミコ』(2006年)での演技より

第29回 山路ふみ子映画賞 最優秀女優賞
第1回 おおさかシネマフェスティバル 最優秀主演女優賞

出演

映画

東京攻略(2000年) - ユミ
東京ゴミ女(2000年、シネロケット) - 京子
バトル・ロワイアル(2000年、東映)- 相馬光子
バトル・ロワイアル ~特別編~(2001年、東映)- 相馬光子
走れ!イチロー(2001年、東映) - 中島ミホ
GO(2001年、東映) - 主演・桜井
化粧師 KEWAISHI(2001年、東映) - 中津小夜
案山子 KAKASHI(2001年、マイピック)- 高守泉
Soundtrack(2001年、ギャガ・コミュニケーションズ) - 美砂、ミサ(2役)役
DRIVE(2002年、東宝) - 主演・坂井スミレ(午後1時の女性)役

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黄泉がえり(2003年1月、東宝) - RUI ※クレジットは「RUI」、主題歌担当
着信アリ(2004年1月、東宝)- 主演・由美 ※主題歌担当
伝説のワニ ジェイク(2004年2月7日、スローラーナー)
世界の中心で、愛をさけぶ(2004年5月、東宝) - 主演・藤村律子
メゾン・ド・ヒミコ(2005年8月、アスミック・エース) - 主演・沙織
髪からはじまる物語(2005年、KOSE) - 主演 ※WEB配信
県庁の星(2006年2月、東宝)- 主演・二宮あき
真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章(2006年3月、東宝)- ヒロイン・レイナ ※声の出演
嫌われ松子の一生(2006年5月、東宝) - 渡辺明日香
日本沈没(2006年8月、東宝)- 主演・阿部玲子
どろろ(2007年1月、東宝) - 主演・どろろ
舞妓Haaaan!!!(2007年5月、東宝) - 主演・大沢富士子
少林少女(2008年4月、東宝) - 主演・凛
容疑者Xの献身(2008年、東宝) - ヒロイン・内海薫

ドラマ

shin-D「出歯ガメ〜ソフトミックス〜」(日本テレビ、1999年)
L×I×V×E(1999年、TBS) - 谷口章子
P.S.元気です、俊平(1999年、TBS) - カワイ・ミカ
コワイ童話 ラプンツェル(1999年、TBS)
悪いオンナ 地獄のカクテル(1999年、TBS) - バーテンダー
Lucky!(1999年12月25日、名古屋テレビ) - 後輩OL
悪いオンナ・ルーズソックス刑事(2000年、TBS) - 女優
ブラック・ジャック(2000年3月31日、TBS) - 戸山啓子
アナザヘヴンec(2000年、テレビ朝日) - 木内ルミ
伝説の教師(2000年、日本テレビ) - リエ
火曜サスペンス劇場「黒衣の天使」(2000年、日本テレビ) - 看護婦
ストレートニュース(日本テレビ、2000年) - 浜崎美奈
双方向冒険活劇「トレジャー!」(2000年、BS-i) - 吉本奈菜
FACE〜見知らぬ恋人〜(2001年、日本テレビ) - 奥野麻子
伝説のワニ ジェイク「ジェイクは運ばれてた」(2001年、テレビ東京) - 目撃する女
学校の怪談・春の物怪スペシャル(2001年3月27日、フジテレビ) - 若妻
レッツ・ゴー!永田町(2001年10月~12月、日本テレビ) - 広瀬鈴子
夢のカリフォルニア(2002年4月~6月、TBS) - 大場琴美
空から降る一億の星(2002年4月~6月、フジテレビ) - 宮下由紀
恋愛偏差値「第3章 彼女の嫌いな彼女」(2002年7月~9月、フジテレビ) - 主演・吉沢千絵
サイコドクター第1話(2002年10月9日、日本テレビ) - 浅井智子
GOOD LUCK!!(TBS、2003年1月~3月) - 緒川歩実
Dr.コトー診療所(2003年7月~9月、フジテレビ) - ヒロイン・星野彩佳
オレンジデイズ(2004年4月~6月、TBS) - 主演・萩尾沙絵
Dr.コトー診療所2004前(編・後編)(フジテレビ、2004年11月12日・13日) - ヒロイン・星野彩佳
Dr.コトー診療所2006(2006年10月~12月、フジテレビ) - ヒロイン・星野彩佳
ガリレオ(2007年10月~12月、フジテレビ) - ヒロイン・内海薫 ※「KOH+」名義で主題歌担当

ドキュメンタリー

柴咲コウ 孤独の中の輝き(2008年11月4日、NHK BShi)
同年12月22日には総合テレビで45分の短縮版が放送された。

CM

日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン) - 「ポンズWホワイト」
日本中央競馬会 - 「ジャパンカップ」(1999年)
ジャストシステム - 「一太郎11」(2001年)
セイコーエプソン - 「カラリオプリンターシリーズ」
江崎グリコ - 「ポッキー」
SONY - 「MD WALKMAN&Sound Gate」
トヨタ自動車 - 「カローラ ランクス」(2004年)
コーセー - 「エスプリーク」
キリンビバレッジ - 「MCダノンウォーターズ Volvic」(2005年)
任天堂 - 「MOTHER3」(2006年)
ダイハツ - 「ムーヴ カスタム」(2006年~)
オンワード - 「組曲」(2006年~)
ANA/全日空 - 「沖縄の旅」(2007年~)
サントリー - 「フレシネ」(2007年~)
カネボウ化粧品 - 「コフレドール COFFRET DO'R」(2007年~)
ジャックス - ジャックスカード(2008年~)
江崎グリコ - 「ポスカ」(2008年~)
富士フイルム - FinePix(F200EXR以降・2009年~)

音楽

シングル

Trust my feelings(2002年7月24日)
月のしずく(2003年1月15日) - RUI名義
眠レナイ夜ハ眠ラナイ夢ヲ(2003年6月4日)
思い出だけではつらすぎる(2003年9月3日)
いくつかの空(2004年1月14日)
かたち あるもの(2004年8月11日)
Glitter(2005年2月16日)
Sweet Mom(2005年10月5日)
影(2006年2月15日)
invitation(2006年8月9日)
actuality(2006年12月6日)
at home(2007年2月21日)
ひと恋めぐり(2007年3月28日)
プリズム(2007年5月30日)
KISSして(2007年11月21日) - KOH+名義
よくある話 ~喪服の女編~(2008年6月4日)
最愛(2008年10月1日) - KOH+名義
大切にするよ(2009年3月4日)

配信限定シングル

Prism (REO&HEAVENS WiRE Remix)(2007年6月13日)
君の声(2008年12月3日)

アルバム

蜜(2004年2月11日)
オリコン最高位2位
ひとりあそび(2005年12月14日)
オリコン最高位4位
嬉々♥(2007年4月25日)
オリコン最高位3位

ベストアルバム

Single Best(2008年3月12日)
オリコン最高位1位
The Back Best(2008年3月12日)
Best Special Box(2008年12月3日)

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DVD

Single Clips(2004年2月11日)
invitation LIVE(2007年10月31日)
Live Tour 2008 ~1st~(2008年11月26日)※BD版もあり

ライブ

invitation LIVE(2007年8月3日・8月5日、大阪・ 東京)
Live Tour 2008 ~1st~(2008年7月26日~8月10日、福岡・仙台・札幌・名古屋・大阪・東京)※東京のみ2公演

その他

「柴咲コウ 星空のLove Song」 - コニカミノルタプラネタリウム“満天”in Sunshine City(東京都豊島区)
「最愛」などの歌とナレーションを担当。2008年11月~2009年3月上映。

写真集

『KOU - 柴咲コウ in GO写真集』

柴咲コウ さんの御紹介ページです

http://official.stardust.co.jp/kou/

http://www.universal-music.co.jp/shibasaki/index.html

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

もしその気があれな御寄付御願い致します!
送金は下記まで御願い致します。

三菱東京UFJ銀行

池袋支店

口座番号  5151482

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蛯原 友里さんについて

蛯原 友里

蛯原 友里(えびはら ゆり、1979年10月3日 - )は、宮崎県宮崎郡佐土原町(現宮崎市)出身のファッションモデル、女優、タレント。パール所属。身長168cm、血液型O型。宮崎県立佐土原高等学校産業デザイン科を経て九州産業大学芸術学部デザイン学科卒。

人物

高校時代はバスケットボール部のキャプテンを務めていた。また当時はラグビー部に所属していた先輩と交際していたが、後に遠距離恋愛となって疎遠となり別れたという。(2008年1月6日日本テレビ「おしゃれイズム」より) 特技は水泳。父親の厳しい指導を受け、小学校時代は地区大会の頂点に立ったほどの実力の持ち主。幼少期は父親より腹筋、背筋、腕立て、スクワット、庭5週などのトレーニングメニューを課せられていた。

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愛称は「エビちゃん」。新聞のテレビ欄などでは「エビ」と省略されることもある。ゆりっぺや、ゆりちゃん、エビ(押切もえや、山田優が呼ぶ)、エビユリとも呼ばれる。 家族構成は両親と妹、弟。妹は本人との一卵性双生児で既婚の看護師だったが、姉が有名となったため職務に支障が出てしまい転職した。 目標の人物はモデルのSHIHO。 両手の親指を人並み以上に外側に反らすことができるため、この反りを利用して指でハートの形を作るのが特技。 O脚気味(本人談)。その為O脚に見せない立ち方を研究しているという。 現在は双子の妹英里とその夫・亮と共に3人暮らしをしている。妹の夫とは2人で遊びに行くほど仲がよく、彼は自分の好きな人(英里)と同じ顔の人が2人いる(友里)環境で暮らせて「俺はすごい幸せ者だ」と語っていると言う。妹の夫については「あまりカッコよくない」と暴露した。またスポーツマン・アーティスト・ビジネスマン・お笑い系、の4つのタイプではアーティストタイプでセンスが良く亭主関白な人が好みとアンケートに答えている。(2008年12月7日「誰だって波瀾爆笑より) 父は厳格な人物と語っており、妹が結婚前、婚約者である現在の夫を連れてきた時は帰り際に「もう来んでいいぞ」と言ったり、友里が学生時代交際相手を連れてきた時も終始無言で帰宅後に交際相手にイチャモンをつけていたりしたという。現在は父と妹の夫とは非常に仲が良い。 吉野家やCoCo壱番カレーなども食べる、と語った際はモデルなのに意外、と驚かれていた。同級生は彼女を「オールマイティで何でもできる人」「水泳部のマドンナ」などと語る反面、「怒ると凄くコワイ」とも言っている。友里自身も弟を蹴ったりするほど怒る時はがむしゃらに怒ったと認めているが、最近はあまり怒らなくなったという。

来歴

大学でスペースデザインを専攻し、卒業研究は老人福祉施設のデザインを同級生と共同で発表した。大学時代に福岡のあるデパートのセール用のチラシのファッションモデルのアルバイトを機に本格的にモデル業に目覚め、オーディションなどに参加。
2002年4月に上京。 ゼスプリゴールドキウイのCMオーディションでグランプリを受賞。坂口憲二とキウイを取り合う女の子役で注目を集める。 ファッション誌『CanCam』の専属モデルとして6年間活動。雑誌の中での可愛い系コーディネートは「エビちゃんOL」と呼ばれ、エビちゃんOL特集は女子大生・OLを中心に人気を集めた。『AERA』2006年4月10日号では、他のOLと同じ「ハズレ」のない無難な格好で、会社の先輩受けも上司受けも男受けも良く、友達の中で悪目立ちしないファッションとして、エビちゃんOLファッションが好ま

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れていると分析されている。「エビちゃんOL」は、山田優を象徴としたキレイ系コーディネート「優OL」と好んで比較対照される。2008年12月号をもって同誌を卒業。 マクドナルドのえびフィレオのCMに出演していた当時、この商品は2005年10月末からの1ヶ月間限定の商品だったが、「エビちゃん効果」のおかげか4週間で1,000万食を売り上げる大ヒット商品となり、ついには2006年1月にレギュラー商品となった。2007年3月には1億食を突破した。
2006年4月スタートのドラマ『ブスの瞳に恋してる』では、稲垣吾郎扮する主人公の構成作家の恋人役(彼女とは一文字違いの名前の人気モデル役・蛯原友美)を演じる。彼女曰く「本人役でもよかったかもしれない。」とのこと。 彼女が身につけている服や雑貨、出演しているCMの商品がよく売れているために「エビ売れ」という言葉が生まれている。初めてマスコミ関係で「エビちゃん」という愛称で呼んだのは、毎日放送の情報番組『ちちんぷいぷい』総合司会の角淳一で、本家とされているCanCamよりも2ヶ月早い。(最初の表記方法は平仮名で「えびちゃん」であった。)このことは、蛯原本人が同番組2006年6月27日放送分でのインタビューで承認している。 CanCam2007年1月号の撮影で人生初めてのサーフィンに挑戦し、抜群のバランス感覚を披露した。 新人の頃から出演している『ゼスプリゴールドキウイ』のCMと『特命係長・只野仁』は現在も深く関わっており、後者は2008年冬に劇場版が公開されるが、勿論彼女も出演する。

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TV

ドラマ

特命係長・只野仁(2003年~、テレビ朝日系列)(山吹一恵役)
サラリーマン金太郎4(2004年、TBS系列)(相川雅美役)
スローダンス(2005年、フジテレビ系列)(園田雪絵役)
資生堂スペシャル『Tokyo美人物語~本当のキレイを探す旅~』(2005年、日本テレビ)
MAQuillAGEドラマスペシャル『ウーマンズ・アイランド~彼女たちの選択~』(2006年、日本テレビ)
ブスの瞳に恋してる(2006年、フジテレビ系列)(蛯原友美役)
鬼嫁日記 いい湯だな(2007年4月~、フジテレビ系列)

バラエティ番組

恋するハニカミ!(長谷部瞳とともに2代目アシスタント。2004年4月2日~12月17日)
プレミアの巣窟(フジテレビ系 2004年4月~9月)
愛のエプロン(中エプ-下エプ)

映画

特命係長 只野仁 最後の劇場版(2008年12月公開、松竹)

その他のテレビ番組

F1グランプリ(フジテレビ、サポーターズとして)
新春SP!押切もえ&エビちゃん…恋と友情二人旅!(2007年1月)

CM

花王 - 『リーゼ つるんとパサパサ直しワックス』
小学館 - 『CanCam』(年度により異なるが一般に山田優、押切もえを筆頭とする専属モデルらと共演)
ゼスプリ - 『ゴールドキウイ』(2005年度を除く)
アビバ(RAG FAIRと共演)
資生堂 - 『マキアージュ』『アネッサ』
マクドナルド - 『えびフィレオ』『焙煎ごま えびフィレオ』『きのこクリーム えびフィレオ』『マックラップ 黒酢チキン』
JT - 『飲茶楼』(金子絵里と共演)

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ネクソンジャパン - 『アイピ』
ゼイヴェル - 『fashionwalker.com』『girlswalker.com』
富士フイルム - 『FinePix』
明治製菓 - 『フランエクストラ(極みの森いちご)』(相沢紗世と共演)、『KAON - 果音 -』
セガ - 『ぷよぷよ!』
大和証券 - 『個人向け国債』
富士重工業 - 『スバル・レガシィ』、『スバル・インプレッサ』、『スバル・ステラ』(スバル創立50周年記念モデル)、『スバルDEX』(DEXデビュー編)
H.I.S(押切もえと共演)
福助 - 『f*ing BIZWALK』
三井製糖

雑誌

CanCam(小学館)
AneCan(小学館)
週刊朝日・2006年5月5-12日合併増大号・表紙
ザテレビジョン(月刊)
その他にも多数の通販雑誌でモデルを務める。

蛯原 友里さんの御紹介ページです!

http://www.pomi-net.com/

http://www.anecan.tv/profile/yuri.html

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JIROさんについて

JIRO

JIRO(ジロウ、本名:和山 義仁(わやま よしひと)、1972年10月17日 - )は、日本のミュージシャンで、GLAYのベーシストとして知られる。また、THE PREDATORSのベースも担当。北海道函館市出身。函館大谷高等学校卒業。身長169cm。血液型はA型。JIROという名前の由来は、GLAY加入前に所属していたバンド「ピエロ」のボーカルに名前を聞かれ、そのときにとっさに「JIRO」と答え、それ以来ずっと「JIRO」になっているそうである。本人もなぜ自分が「JIRO」と言ったのかまったく分からないらしい。

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人物

メンバーの中で唯一の年下でありながら、GLAYの副リーダー的存在。几帳面で真面目な性格である。また、the pillowsのトリビュートアルバムにも参加経験あり。 GLAYのメンバーを呼ぶときは、「くん」付け。TAKUROなら「琢郎くん」、HISASHIなら「トノくん」、TERUなら「てっこくん」となる。ただしテレビなどのメディア出演時は、TAKURO以外の二人に関しては「HISASHI」「TERU」と呼び捨てになる。 ギターのように大きく腕を振って弾く、独特な奏法でベースを弾いている。ベースはギターと違い、和音ではなく単音を的確に弾く必要があるため、弾かない弦をミュートしている。 自分が気に入っているものを大切にする性格である。「ギターは弦が切れなければ弾ける」と言うTAKUROとは対照的に、JIROはベースをスタッフが誤ってぶつけてしまった場合でも豹変する。 かなりのファッションセンスの持ち主で、衣服にあまりこだわりのないTAKUROに「衣装はどうしたらいい?」と相談されるほどである。代官山でJIROとは気付かずに「雑誌のオシャレ選手権に出ないか」と声をかけられたこともある。 趣味はカメラとスノーボード。特にカメラは、空や風景などの写真を撮るのが好きでGLAYの会報内で自身の写真のコーナーがある。このコーナーでは、ファンからの投稿も採用しその時々の季節感やテーマにそっている。 2005年からは、インディーズバンドTHE PREDATORSのベースとしても活躍。 GLAYでもTHE PREDATORSでもまれに自身で作曲をしている。自身が作曲したGLAYの楽曲「SHUTTER SPEEDSのテーマ」は、特にライブでも盛り上がる楽曲となっている。 HISASHIと決して仲が悪いわけではないが、なぜか2人きりになると気まずいムードになってしまう事が多い。しかし、メジャーデビューから10年経ってようやく2人きりで飲みに行ったと語っていた。 印刷会社の営業のアルバイトをしていたことがある。 TAKUROから新曲を聴かせられた際、TAKUROに対し「古いよ」と意見した事がある。TAKUROはこれまでにない自信作としてメンバーに新曲を聴かせたが、JIROだけが頭を抱えており、TAKUROが歩み寄り「この歌は俺自身なんだよね」と言いかける寸前に「TAKUROくん、こういうのって古いんだよね」と言われ、TAKUROは「俺は古いのか?」とJIROに気付かされたとのこと。このエピソードはTAKURO自身が「音楽活動をしていて一番辛かったこと」として語っている。  RED HOT CHILI PEPPERS、Radiohead、Nirvanaのファンである。

経歴

出生?小学校時代 頑固な職人の父を持ち、母、そして姉が1人、妹が2人いる。
子供の頃、JIROの家では父親の言う事は絶対に従わなければならず、口答えをすれば殴られ、テレビのチャンネル優先権も父親が握っており、まさに"亭主関白"であった。
JIROは小さいながらも力があり、父親が仕事に出て行くのに付いて行こうとして抑えていた母親の肩が外れた事もあった。

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中学時代

バスケットボール部に入部するが1年程で退部する。時間的に余裕があったJIROは音楽に興味を持ち、エレキギターをもっている友人にギターを借りる。しかし、母親に「そんな高価なものはすぐに返しなさい」と叱られ、渋々ギターは返したがこのことがJIROに「何が何でもギターを買う」という決心をもち、新聞配達のアルバイトで貯めたお金でギターを買った。その後、友人と「ネクストビート」というバンドを結成。

高校時代

高校入学後に「セラヴィ」というバンドにギターとして加入。高3の頃にベースに転向、「ピエロ」に加入した。理由は「ピエロに入れるならベースでもいい。」ということから。友人の持っているベースと自分の持っているギターを交換した。 1年早く上京していたGLAYが帰郷した際に対バンする。その打ち上げでTAKUROに東京へ行くことを薦められ、高校卒業後はピエロのメンバーと上京することになった。

上京?インディーズ時代

上京したものの、「ピエロ」は解散。その後はいくつかのバンドを渡り歩く。 1992年 8月 - TAKUROに誘われ、GLAYに加入。当初は「社交辞令程度の軽い気持ち」だったようだ。しかし、持ち前の積極的な行動力によりGLAYの人気は次第に上がっていた。

メジャーデビュー以降

1994年

5月 - GLAYのベーシストとしてシングル『RAIN』でメジャーデビュー。デビュー時にはバンド内で唯一短髪で髪も逆立てない普通の格好をしていたが、90年代後半は奇抜なヘアメイクと派手な衣装を着るようになる。特に1998年辺りの「アロエヘア」(当時出されたアルバム「pure soul」と掛けて“pure soulヘア”とも呼ばれる)はとても特徴的なものとなった。

1999年

2月 - 音楽雑誌「WHAT's IN?」で連載していたものをまとめた、初の単行本「キャラメルブックス」を発売。

2000年

GLAY ARENA TOUR 2000 ”HEAVY GAUGE”時、精神的に参っていた時期があった。ライブ中もずっと下を向くなどの行為が目立ち、ファンからも心配の声が上がった。TAKUROも「解散してもいいからJIROを休ませてあげたい」と発言するほどであったが、その時期を乗り越え現在に至る。その時期を支えてくれた、JIROが毎月連載していた音楽雑誌「WHAT's IN?」の編集者と同年12月に結婚。

2001年

7月 - 「キャラメルブックス」の続編、「キャラメルパビリオン」を発売。

2004年

the pillowsのトリビュート・アルバム『シンクロナイズド・ロッカーズ』に参加。

2005年

the pillowsの山中さわおとストレイテナーのナカヤマシンペイと共にTHE PREDATORSを結成。 7月6日 - インディーズレーベルよりミニアルバム「Hunting!!!!」を発売。
7月19日 - 横浜BLITZでのフリーライブを皮切りに、FM802 MEET THE WORLD BEAT 2005やRISING SUN ROCK FESTIVAL 2005 in Ezoに出演した。

2006年

THE PREDATORSとして「ARABAKI ROCK FEST. 06」に出演。

使用ベース
TopDog JRO-01 Jazz Bass
TopDog JRO-02 Precision Bass
TopDog JRO-03 Jazz Bass
G&L SB-2
Gibson Thunderbird
MUSICMAN BONGO

連載

キャラメルBOX(ワッツイン(ソニー・マガジンズ))

書籍

キャラメルブックス(1999年、ソニー・マガジンズ)
音楽雑誌「ワッツイン」での連載の初の書籍化。
キャラメルパビリオン(2001年、ソニー・マガジンズ)
音楽雑誌「ワッツイン」での連載の書籍化第2弾。
ビンゾー&ジロゾーのウォーカー・ブラザーズ東京(2003年、角川書店)
MAYA MAXXとの共著。「友だちが来たら、連れていってあげたい、見せてあげたい東京」をテーマに、MAYA MAXXとJIROがビンゾー&ジロゾーに扮し、東京の各所を紹介するガイドブック。
JIRO/GLAY(2008年、ベース・マガジン編集部)
音楽雑誌「ベース・マガジン」の増刊号。

出演

ラジオ

BUGGY CRASH NIGHT(FM802)毎週土曜21:00~22:00

JIROさんの御紹介ページです!

http://funky802.com/dbcn/

http://www001.upp.so-net.ne.jp/go_crazy_go/glay1/viva-mess.htm

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小倉優子さんについて

小倉優子

小倉 優子(おぐら ゆうこ、1983年11月1日 - )は、日本のグラビアアイドル、女性タレント、バラエティアイドル。アヴィラ所属。法政大学文学部中退。

来歴

1983年11月1日、千葉県茂原市の生まれ。また本人はこりん星出身であると自称している。

2001年、現役高校生の頃に現所属事務所にスカウトされ、男性誌グラビアで芸能界デビュー。その後しばらく撮影会モデルなどの下積みをこなしながら、グラビアの仕事を続ける。

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2002年、日テレジェニック2002に選出。この頃からロリータフェイスと「こりん星のりんごももか姫」という自己創作のお姫様キャラクター(後述)で徐々に注目を集めるようになり、発売アイテムが軒並み好セールスを記録。それと同時に関西地方のテレビやラジオなどの仕事が増え始める。また同年に読者投票で選出されたミスヤングアニマルを2005年まで4年連続選出されるなど、グラビア方面でも人気が過熱。

2004年あたりから在京キー局のバラエティ番組への出演が多くなり、その特異なキャラクターが多くの視聴者に知れ渡ることになる。2005年4月、『笑っていいとも!』の金曜日のレギュラーに抜擢されるに至り、最も著名なグラビアアイドルの1人として世間一般に認知されるようになる。

2008年4月8日に大阪市淀川区で「焼肉小倉優子 西中島南方店」のオープンを皮切りに京都・大阪・兵庫・埼玉に展開しており経営陣の一人として小倉の名前も登記されている

2008年7月16日、ZAKZAKの「第1回日本グラビアアイドル大賞」を受賞する。

2009年初頭、「焼肉小倉優子」の姉妹店として小倉の名を冠した「イベリコラーメン小倉優子」という店名の飲食店を出店。

人物

愛称は中学生の頃のニックネームである「ゆうこりん」。言葉の語尾に「○○りんこ」、「○○りんこだプー」と付ける。家族は両親と兄、弟で3人兄弟の真ん中。身長は161.2cmであるが、145cmくらいだったら良かった、と雑誌インタビューで答えたこともある。デビュー当時はO脚であることを気にしていた。名古屋のローカル番組『ノブナガ』(CBC)出演時にムチや木馬などを体験しマゾであることを自覚した。写真集では手錠シーンを撮影した。地元球団千葉ロッテマリーンズの始球式で登板したことが縁となり同球団のファンになる(しかしそれ以前は前述のように中村勝広が親戚であるという理由で「家族ぐるみで阪神タイガースを応援している」と発言したこともある。また、中村が監督やGMになったことからオリックス・バファローズのファンであるという説もある。)。2005年『THE・サンデー』の番組内においてパ・リーグ球団のファンとしては初めて巨人ファンの徳光和夫との応援バトルを展開した。結果は、同年の千葉ロッテの絶好調ぶりも手伝い小倉優子の圧勝。徳光は完全にぼやきモードに入り自棄食いをした。同年千葉ロッテのキャンプ地を訪れ、ボビー・バレンタイン監督にチョコレートを贈呈した。テリー伊藤や秋元康からは、セルフプロデュースの上手なタレントと評価されている。好きな色は黒。普段の服装でも「黒が無難かな」と服装について語っている。

エピソード

デビュー当時からしばらくは雑誌インタビューなどで「主食はお菓子(特に甘物)」と発言していた時期があり、実際に他の食事を殆ど取らなかった。しかし仕事が忙しくなった途端に仕事先で貧血で倒れるなどが頻発したため、事務所の勧告を受けて食生活を改めた。自身のブログ「こりん星のお食事って?」も主に小倉の日々の食に関して書かれたものになっている。デビュー直後のセルフプロモーションビデオでは、笑顔で「うんちっ」と言ってポーズをとったり、当時出演した『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ系)では、「三宅裕司さんとお泊まりしちゃったんです!キャー!!…でも、全部ウッソピョーン」といったネタを披露。
酒井彩名とは実家が近所(父親同士が飲み仲間という説もある)であり、「(同郷の芸能界の先輩として)尊敬している」と言っている(年齢は酒井のほうが年下)。また、デビューの頃から一番尊敬しているタレントは、元モーニング娘。の辻希美である。ブログでは、同じ事務所の後輩・浜田翔子とのツーショット写真がたびたび掲載されている。ブログに登場する友達の芸能人としては、杏さゆり、スザンヌ、相沢真紀、マギー審司の妻・吉田有希、しずちゃんなどがいる。ゆうこりんとしてのキャラが確立されていない当時、ある番組での小倉の態度に、関根勤が苦言を呈した事がある。「お父さんもいびきうるさい?」などと彼女の性格を知らずプライベートな事柄に触れた質問をし、「その話は置いといて」などと的確に答えようとしない彼女に、関根が不快感を抱き口をきかなくなった。「礼儀がなってないから本当はアタマにきてたんですよ〜」と、関根が後日『笑っていいとも!増刊号』(フジテレビ系)のトークの中で明かした。なお、現在では和解をし、関根が小倉の真似をしたり、『笑っていいとも!』のレギュラーとして共演したりしている。2004年12月31日放送の『ビートたけしのTVタックル・嵐の大ゲンカ超常現象ファイナルウォーズ』で、早稲田大学名誉教授の大槻義彦が、フォトンベルトについて「フォトンとは光子のことで、これは電磁波の一種です」と説明している途中、「もっと簡単な言葉がいいな〜」と発言して話を中断させ、真剣に聞いていたビートたけしに「解んないなら黙ってろ!うるさい!」と一喝された。ただし、2年後の2006年の年末の「政界スペシャル」では浜田幸一が入場する際の緊急熱血演説の間、たけしは隣席にいる阿川佐和子と終始茶化したような態度をとっていた。
自称かなづちだったが、2005年11月27日放送の『さんまのスーパーからくりTV』において息継ぎを練習したところ、あっという間に25メートルをクロールで泳げるようになったことから、明石家さんまや他の出演者から泳げないふりをしていたのではないかとからかわれたため、収録後局内のトイレに2時間立てこもり、さんまらが小倉が出てくるまで楽屋で待機したというエピソードを持つ。同番組ではこの企画を連続ものとして放送し、年末の特別番組までに小倉は泳げるようになるかという企画を予定していた。2006年4月2日の『さんまのスーパーからくりテレビ』で浅田美代子とゴルフ対決をした際、「ゴルフクラブに触るのは生まれて初めて」と語ったが、デビュー直後のセルフプロモーションビデオには楽しそうにゴルフをする小倉の姿が収録されている。ゴルフ歴の長い浅田は「絶対負けたくない」と語ったが、浅田に不利な条件で試合は行われたため、小倉が勝利し、浅田はショックで髪を切った。その後、浅田はリベンジを果たそうとしたが、助っ人の横峯良郎の不参加などの偶然も重なり、結局また浅田は敗北した。浅田の罰ゲームは同番組の「ご長寿早押しクイズ」に50歳の浅田が出場するという屈辱的なもので、「私は浅田さんのことが大好きですよ」と言う小倉に、浅田は「もう嫌い!顔も見たくない!」と半泣きで言った。そして、10月1日放送の特別番組で、小倉・横峯組はさんま・浅田組との対決に敗北。罰ゲームとして、替え歌で有名な元印刷業の酒井と一緒に替え歌コーナーに出演した。
また、横峯良郎の経営するゴルフ教室に参加した際、寝坊や実力不足で小学生達の足を引っ張るが、最終日に横峯の娘でプロゴルファーの横峯さくらでも成功率が低い「竹割り」(通常通りにボールを打ち、数メートル先に立てられた竹に当てる)をわずか3打で成功してしまい、長丁場を覚悟していた横峯は驚きを通り越して半ば呆れていた。
『愛のエプロン』に出演する際は、甘い食材を使うことが多い。代表的なものに、ビーフシチューやコロッケへのチョコレート、肉団子甘酢あんかけの甘酢あんへの蜂蜜など、その後料理の腕を改善すべく料理教室に通うようになり、後の出演時にはその成果を見せた。2006年7月29日の『恋のから騒ぎ』にゲスト出演した際、「生まれ変わったら何になりたい?」という問いに「幼稚園(の先生)」と答え、さらに「(芸能活動に)疲れちゃった。でも現場に優子が行かなかったら大変なことになるから、行かなきゃなんない」と発言。司会の明石家さんまが「かわいいねぇ。でも裏で“よし!”とか思てるんでしょ?」といじられると、「そういうこと言うから芸能界を辞めたくなるんですよ」と返した。2006年8月24日、よゐこの濱口優との親密交際が報じられた。週刊誌「女性セブン」が2人のデート現場をスクープしたもの。『運命の数字』(テレビ朝日系)でビビる大木が「レギュラー番組5本の内3本がバーター出演(業界用語で抱き合わせ出演)」である事を告白すると、自身も同事務所の先輩眞鍋かをりのバーターであった事を明かし、大木と共感し合った。メイドのコスプレをしてSDメモリーカードのキャラクターにもなっている(参照:BARKS「限定販売! 萌え萌えめがねメイド姿のゆうこりんほか)など、アキバ系男子からの人気が根強い。2007年6月13日放送の「オビラジ®」で、自らのスケジュールを公開し、仕事の合間を縫って体を引き締める為の加圧式トレーニング、料理教室などの習い事に通っていることを明かしている。またリボンやカチューシャが好きでブログで度々披露しているが、それは殆どスタイリストの持ち物で自前ではない。小島よしおがコスモエンジェルで共演した本人の前で言ったものの「覚えてない」と答えた。かつてはヘビーゲーマーであり、ファミコン 〜 NINTENDO64期までは暇さえあればゲームをプレイしていた。特に「トルネコの大冒険」と「ゼルダの伝説 夢をみる島」には何時間費やしたか分からないという。現在は個人で株取引をしている。ブログは株の話題が多い。最近は為替にも手を広げている。『美しき青木ド・ナウ』(テレビ朝日系)にゲスト出演した際「男の人の年収って見れば大体わかりますよね」と発言し、他の出演者一同を驚かせたことがある[3]。後日、同番組で、異なる職業を営む5人の男性(全員初対面)と5〜10分の個別面談をしただけで小倉が各男性の年収を値踏みするという検証企画をおこなったところ、順位はパーフェクト、金額も1・2位はほぼピタリ、残り3名は100〜150万円の誤差という結果を出し、立会人の青木さやかと西川史子を唖然とさせた。2009年1月に、小倉とのCM出演を持ち掛け高校生から現金を騙し取ったとして、京都府警が、詐欺容疑で無職男を逮捕する事件があった[5]。この事件に関して小倉は、同月7日放送の日本テレビの『ラジかるッ』で、「自分が中途半端だから詐欺に名前を使われたのかな。宮崎あおいちゃんなら完全なウソ話だけど、私の名前が利用されるのはタレントとして中途半端です。」と発言したが、この後、同番組司会の中山秀征が小倉を慰めたところ、小倉は、毅然として「許せない」と詐欺犯への怒りを表明した。

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こりん星

小倉は自らのことを「こりん星」という星からいちごの馬車でやってきた「りんごももか姫」だと事あるごとに発言している。これは小倉のキャラクターを語る上で外せないフレーズで、彼女なりのユーモアの1つであり、トーク番組などで自ら笑いのネタに使うこともある。また自ら創作した物語を1冊の本として発表したこともある(『りんごももか姫』ワニブックス刊)。

「ももか姫」とは、中学の頃、自分に別名を付けることが流行り、「友達から『ももか』っぽい」と言われたのを気に入ったため使っている。こりん星での物語は、千葉県内にある自宅から東京まで電車で通勤する暇な時間に膨らませた空想であると、『グータン』(フジテレビ系)で発言した。岡村隆史がラジオ番組で「いちご姫と食事した際、いちご姫が「今の小倉優子は私のキャラをパクった」と発言した」と語った。ちなみにいちご姫は、「イチゴの馬車に乗りトイレではイチゴの用を足す」などと公言しているものの、真偽は不明である。
『謎を解け!まさかのミステリー』で、「こりん星から来てない事くらい承知してます」と発言し、スタジオに衝撃を呼んだ。しかし、本人はその後この発言を完全に忘れてしまい、後にこの時のVTRから「この後小倉優子は何と言ったでしょう」という問題が出た際は全く違う答えを書いていた。2005年4月20日放送の愛のエプロンで、共演した青木さやかから、「『こりん星に帰ります』って言ってたのに、埼京線に乗っていた」と明かされた。
2005年11月27日放送の『さんまのスーパーからくりTV』では、こりん星は「(東京都)港区」にあると発言。2005年12月24日放送の『明石家サンタ』で、こりん星から番組に電話を掛け、こりん星は「港区」にあると再び発言。『さんまのスーパーからくりテレビ』で明石家さんまに「あほんだら」と言われたことをネタに、八木亜希子から合格の鐘を鳴らされた。さんまは反対したが、中国旅行のプレゼントを手にした。2006年5月31日放送の『ザ・チーター』で、「こりん星から来たなんて嘘なのは知っている!!」と光浦靖子から突っ込まれ、「うそつきチーター」の烙印を押され、ゲーム追放決定直後に大泣きした。2006年2月19日開催のファンの集いで、「ゆうこりんが“萌え〜”となるときは?」の質問に「汗をかくのが大好きなので、暖かい所がいいですね〜」と回答。2007年3月21日発売の「ダイヤモンドZAi」5月号の特集「ゼロから始める株超入門!」で、株式投資に挑戦。証券会社に口座を開設する際、申込書の住所欄に「こりん星」と入力し受付不可とされる(その後、こっそり「東京都港区」と訂正)。なお、この企画は翌月から連載企画として継続される。2007年4月21日に放送された『恋のから騒ぎ』にゲスト出演した時に「マネージャーさんに、そろそろ、"こりん星は爆発させたいんだけど"と言われた」と発言。放送当時、こりん星の土地販売の入札中で、2ちゃんねるを始めとする多くの匿名掲示板やブログで波紋を呼んだ。 2007年5月9日放送の『クイズ!ヘキサゴンII』でも同様の発言をしたが、司会の島田紳助に「そんな相談はもうええねん。」と相手にされなかった。2007年5月3日の『ライオンのごきげんよう』に出演した際も、「こりん星が爆発される。マネージャーから小倉優子と呼ぶように指示されているかもしれないが、ゆうこりんと呼んで欲しい」と発言した。

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出演

テレビ番組

ドラマ

ラスト・アライブ(テレビ東京)- 佐々木彩役
時空警察ヴェッカーD-02(テレビ朝日)- アム役
こちら本池上署(ナショナル劇場 TBS)

バラエティ

レギュラー

九州青春銀行(RKB毎日放送、2006年7月-2009年3月)
さんまのSUPERからくりTV(2007年10月-、TBS) - 2007年10月までは準レギュラー
ざっくりマンデー!!(2008年10月-、TBSテレビ)-司会 
チャンピオンズ〜達人のワザが世界を救う〜(2008年10月-、テレビ東京)
ラジかるッ(2007年10月-2009年3月、日本テレビ)- 水曜レギュラー
おもいッきりDON!(2009年4月-、日本テレビ)- 水曜レギュラー
準レギュラー
ノブナガ(CBC)
過去の出演番組
アイドルアイランド(2001年1月-2002年3月BSフジ) - レギュラー
ろみひー (?-2003年3月、日本テレビ) - 準レギュラー
1、2、駐在さんダァ〜!!(2002年4月-2004年3月、ABC) - レギュラー
コスモエンジェル(東海テレビ、BSフジ)
情熱大陸(2004年11月14日)
優子がゼッタイ!(2005年2月-3月、中京テレビ)
ぶちぬき(2005年4月-2006年3月テレビ東京) - 水曜レギュラー
森田一義アワー 笑っていいとも!、笑っていいとも!増刊号(2005年4月-2007年3月、フジテレビ)- 金曜日→水曜日
優遊星のゆうこりん(TBS)

映画
真・女立喰師列伝 - クレープのマミ役

ラジオ

オレたちやってま〜す金曜日〔城島とんぼ班、隔週出演〕(2002年4月-2002年9月、MBSラジオ)
小倉優子のウキウキりんこだプー!うるとらだっしゅ(2002年10月-2007年9月、文化放送・静岡放送)
小倉優子 ガール・トーク・ナイト(スターデジオ400ch)
イマドキッC(コレクション)土曜日(2007年4月-2008年3月、MBSラジオ)
イマドキッ土曜日(2008年4月-2009年4月、MBSラジオ)
もっとイマドキッ(2009年4月-、MBSラジオ)

CM

フォーサイド・ドット・コム
ロッテ「雪見だいふく」「パイの実」「アーモンドチョコ&クリスプチョコ」「ガーナミルクチョコレート(母の日宣言07)」
アサヒ飲料「WONDA」
オートレース
UR都市機構「小倉UR子篇」
セガ「アミューズメントマシンショー」「セガモバ」など
カーセブンディベロプメント「カーセブン」
はるやま商事
エンターブレイン「ベストプレープロ野球(ゲームボーイアドバンス版)」(2002年)
エンターブレイン ダービースタリオンアドバンス(2002年)
ジェット証券 インベスター篇・プライベートジェット篇(2008年4月-)

テレビアニメ

エアマスター(ゆうこりんお姉さん)
スパイダーマン

ゲーム

レイトン教授と最後の時間旅行(ナゾリーヌ)

インターネット番組

おしゃべりやってまーす月曜日(K'z Station2003年5月-2003年9月)
ウルトラマンメビウス外伝 ヒカリサーガ(NTT東日本)
スカイガール(サイエンスチャンネル)
小倉優子のウキウキりんこだプー!うるとらだっしゅ(S-Ccast.net)

雑誌(連載)

ダイヤモンドZAi「ゆうこりんが株に挑戦! カブって八百屋さんで買えますか?」(2007年5月号-)

リリース作品

CDシングル

ウキウキりんこだプー(サイトロン・デジタルコンテンツ、2002年)
恋のシュビドゥバ(キングレコード、2004年)
永遠ラブリン(∂▽<)/(キングレコード、2004年)
オンナのコ♡オトコのコ(キングレコード、2004年、アニメ『スクールランブル』ED曲)
帰ってきたケロッ!とマーチ(ビクターエンタテインメント、2007年、アニメ『ケロロ軍曹』6th OPテーマ、財津一郎とのデュエット)
スキ☆メロ (フォーサイド、2008年)

アルバム

フルーchu♥タルト(キングレコード、2004年)

DVD

グラビアの美少女/小倉優子 Soda pop(2001年1月、日本コロムビア)
Sweetie Fruity(2001年7月、ラインコミュニケーションズ)
小倉優子十七歳 〜終わらない夏〜(2001年10月、英知出版)
D-Splash! 小倉優子(2002年1月、キングレコード)
恋心(2002年3月、ケイエスエス)
Advance(2002年4月、ビデオメーカー)
Peach(2002年5月、日本コロムビア)
日テレジェニック2002 小倉優子「Style」 (2002年9月、VAP)
FROZEN GIRL 〜永遠少女〜(2002年12月、英知出版)
WPB-net 小倉優子 digitalプレイボーイVOL.1(2002年12月、集英社)
My Room(2002年12月、GPミュージアム)
まるごと小倉優子Vol.1(2003年3月、フォーサイドドットコム)
まるごと小倉優子Vol.2(2003年3月、フォーサイドドットコム)
小倉優子 〜Yuko's Private 100 Questions(2003年3月、ハピネット・ピクチャーズ)
永遠少女 エピソード2(2003年3月、英知出版)
優子とあそんで♪(2003年5月、フォーサイドドットコム)
タイは若いうちに行こう(2004年3月一般発売、デジキューブ)
小倉優子DVD Making Selection(2003年6月、パイオニアLDC)
小倉優子の片思いグラフティ(2003年7月、竹書房)
小倉優子の秘密のデート(2003年7月、フォーサイド・ドットコム)
I LOVE IDOL THE VENUS(2003年7月、パイオニアLDC)
キューティーガール 美少女ボウラー危機一発(2003年10月、GPミュージアム)
R#707小倉優子 DREAMING ANGEL(2003年10月、ハピネット・ピクチャーズ)
sabra best girls DVD(2003年12月、ポニーキャニオン)
プライベートデート 小倉優子 SPECIAL EDITION(2003年12月、パンド)
ほんのり(2004年2月、ラインコミュニケーションズ)
安倍桔梗のミステリーファイル前編(2004年4月、タキ・コーポレーション)
Se-女!シリーズA 小倉優子(2004年4月、GPミュージアム)
ぴょンぴょン(2004年5月、日本メディアサプライ)
Se-女!シリーズA 小倉優子2(2004年5月、GPミュージアム)
安倍桔梗のミステリーファイル後編(2004年5月、タキ・コーポレーション)
ゆうこりんのぜんぶのせ(2004年6月、イーネットフロンティア)
D-Splash! Special Price DVD(2004年7月、キングレコード)
ディレクターズカット(2004年8月、イーネット・フロンティア)
小倉家の人々(2004年9月、GPミュージアムソフト)
Yumegiwa no message~夢ぎわのメッセージ~(2004年9月、エルゴ・ブレインズ)
INFINITY(2004年11月、ジェネオン エンタテインメント)
シブスタレーベル idol complete 2005 Winter BLUE(2005年1月、ジェネオン エンタテインメント)
Special DVD-BOX(2005年2月、ラインコミュニケーションズ)
Milky(2005年2月、フォーサイド)
POPO-PORN(ポッポポーン)YUKO OGURA FIRST ANNIVERSARY(2005年3月、キングレコード)
DUO(2005年3月、フォーサイド)
ワタシが癒してアゲル。(2005年4月、ジーオーティー)
ゆうコレ30(2005年4月、ジーオーティー)
アイドル・ショート・ムービーズ 小倉優子(バップ)
和〜なごみ〜(2005年8月、フォーサイド)
陽〜ひなた〜(2005年9月、フォーサイド)
REMIX DVD 小倉優子 EYE PRESSURE(2005年10月、集英社)
四葉のクローバー (2006年3月、ジーオーティー)
小倉優子・浜田翔子・桜木睦子 I LOVE IDOL Legend(2006年5月、パイオニアLDC)
lost strawberry 小倉優子(2006年6月、ジーオーティー)

Yukowp_al

ゆうこりんのススメ(2006年8月、竹書房)
YUKO!200%! (2006年10月、株式会社フォーサイド・ドット・コム)
feminine(2006年11月、ラインコミュニケーションズ)
ゆうこりん白書(2007年2月、ジーオーティー)
ゆうこりんといっしょ♪~優遊星のゆうこりん 童謡コレクション1~(2007年2月、ウェーブマスター)
ゆうこりんといっしょ♪~優遊星のゆうこりん 童謡コレクション2~(2007年2月、ウェーブマスター)
プレミアDVD BOX(2007年5月、GPミュージアムソフト)
autumn breeze(2007年9月、フォーサイド)
とっても甘い(2007年11月、竹書房)
九州青春銀行〜ゆうこりんのキツイロケがしたい!自衛隊体験入隊 (2007年12月、TBSサービス)
おしゃべりんこ(2008年2月、フォーサイド)
Super Girl 〜永遠のアイドル〜(2008年5月、フォーサイド)
first fantasy(2008年12月、ゴマブックス)
two you(2008年12月、ゴマブックス)
恋しくて(2009年2月、竹書房)

写真集

恋しくて優しくて(2001年3月、彩文館出版) ISBN 978-4-916115-53-9
未来・少女(2001年11月、英知出版) ISBN 978-4-7542-1501-9
恋心(2002年2月、ケイエスエス) ISBN 978-4-87709-566-6
りんごともも(2002年5月、白泉社) ISBN 978-4-592-73194-8
初恋物語〜勇気を出して〜(竹書房) ISBN 481-240-964-0
ろりんこ(2002年8月、学習研究社) ISBN 978-4-05-401758-0
ゆうこりん(2002年12月、ぶんか社) ISBN 978-4-8211-2493-0
ゆうこの秘密の部屋(2003年2月、ぶんか社) ISBN 978-4-8211-2504-3
小倉優子のひとりごと(2003年2月、竹書房) ISBN 978-4-8124-1143-8
小倉優子完全ムック(2003年3月、マガジンマガジン) ISBN 978-4-89644-519-0
YAUNG SUNDAY SPECIAL GRAPHIC VOL.3(2003年4月、小学館) ISBN 978-4-09-104014-5
ドリーム・夢子(2003年6月、英知出版) ISBN 978-4-7542-1560-6
小倉優子photo&storybook「りんごももか姫」(2003年8月、ワニブックス) ISBN 978-4-8470-2769-7
優Q天国(2003年10月、海王社) ISBN 978-4-87724-097-4
小倉優子ピンナップポスター(2004年2月、ワニマガジン社) ISBN 978-4-89829-765-0
恋のシュビドゥバ(2004年2月、竹書房) ISBN 978-4-8124-1537-5
小倉優子高校制服コレクション(2004年3月、ブックマン社) ISBN 978-4-89308-546-7
IDOL万華鏡vol.1 小倉優子(2004年4月、講談社) ISBN 978-4-06-179429-0
ひとりの夜(2004年6月、新潮社) ISBN 978-4-10-468101-3
まるごと☆ゆうこりん(2004年9月、学習研究社) ISBN 978-4-05-603561-2
小倉優子シークレットライブ写真集 エンターブレインムック(2005年4月、エンターブレイン) ISBN 978-4-7577-2283-5
小倉優子の秘密遊戯(2005年7月、講談社) ISBN 978-4-06-364634-4
ENCYCLOPIDIA(2006年9月、竹書房) ISBN 978-4-8124-2848-1
ゆうこりある(2006年12月、小学館) ISBN 978-4-09-103053-5
ゆうこりある(ネット写真集ゆうこりある[1])(2007年4月19日、小学館)
小倉優子のおいしいいただき方(2007年10月、ソフトバンククリエイティブ) ISBN 978-4-7973-4485-1
double fantasy(2008年9月、ゴマブックス) ISBN 978-4777111039

書籍

小倉優子でも100を切るゴルフ (2007年10月、講談社) ISBN 978-4-06-378861-7
小倉優子のはじめましてFX (2008年4月、角川SSコミュニケーションズ) ISBN 978-4-8275-4342-1
小倉優子の気持ちのいいゴルフ (2008年4月、講談社) ISBN 978-4-06-378890-7
小倉優子のこりん星のお食事って? (2008年9月、日本文芸社) ISBN 9784537256185
焼肉屋は食べ放題なのになぜ儲かるのか?〜小倉優子と学ぶ会計学〜 (2009年3月、インデックス・コミュニケーションズ) ISBN 978-4757305861

キャラクター商品

サンリオ「小倉優子xLittle Twin Stars」
小倉優子の「いけめん[7]」
小倉本人の顔を3Dスキャナーと特殊カメラを用いてデジタルデータ化し、採取した3次元データを3Dモデリングソフトを使って編集加工後、完成したデータをもとに作られた原型を使ってポリスチレン製の薄いシートをバキューム成型した一種のお面である。本人から直接採取したデータをもとに作られているだけに、驚くほどリアルに出来ている。2006年に株式会社ウェッジホールディングス傘下の株式会社エンジンが運営するショッピングサイト「たのみこむ」の企画のもと、株式会社エムアイシーにより限定製造された。対象年齢15歳以上。現在は販売を終了しており入手難となっている。 当時、「たのみこむ」では小倉優子に続いて、他の女性アイドル数名に対しても同様の企画があったが、リクエスト数が規定に達せず、実現に至らなかった。このことは、小倉優子がこの種のコアなアイテムに執着しやすいおたく層からの支持が強いことの一つの証明にもなっている。

小倉優子さんの御紹介ページです!

http://ogurayuko.cocolog-nifty.com/

http://www.starchild.co.jp/artist/ogura/

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菅野美穂さんについて

菅野美穂

菅野 美穂(かんの みほ、1977年(昭和52年)8月22日 - )は、日本の女優。愛称は芸能人の間では「菅ちゃん」、ファンからは「カンノちゃん」。 身長158cm、体重42kg、スリーサイズはB81 W54 H82。所属事務所は研音。

来歴

埼玉県坂戸市出身(出生は神奈川県伊勢原市)。淑徳与野高等学校卒業、淑徳大学国際コミュニケーション学部中退。1992年(平成4年)、テレビ朝日系バラエティ『桜っ子クラブ』の番組内ユニット「桜っ子クラブさくら組」のオーディションに合格しデビュー。「さくら組」としての活動は2ndシングル『DO-して』[1]から参加。レギュラー出演を維持しながらCMやドラマ等徐々に番組の外での活動を増やしていった。1993年(平成5年)、テレビ朝日系『ツインズ教師』の生徒役でドラマデビュー。以降はほとんど途切れることなくドラマ出演が続く。1996年(平成8年)テレビ朝日系『イグアナの娘』で主人公・青島リカ役を好演したことで演技力も高く評価される。1997年(平成9年)末のテレビ朝日系『君の手がささやいている』では、聴覚障害者が困難を乗り越えて家庭を築いていく様を演じ、好評を博した。番組は第15回ATP賞1998年(平成10年)のグランプリに輝き、菅野も1998年エランドール賞新人賞の第3回大賞を受賞することとなった。また、2001年(平成13年)末にかけて全5編の続編が毎年制作されるに至った。一方でソロでの歌手活動も行う。1995年(平成7年)3月1stシングルCD『恋をしよう!』2ndシングル『太陽が好き!』3rdシングル『負けないあなたが好き』を発表、同年8月には1st Album『HAPPY ICECREAM』(ビクターエンタテインメント)を発表した。

16

1997年(平成9年)8月22日、20歳の誕生日にヘアヌード写真集『NUDITY』を発売、記者発表の席で涙を見せた事などから話題となった。バラエティ番組への出演は準レギュラーだったフジテレビ系『サタ☆スマ』のみ[2]となっていたが、2005年(平成17年)4月より同局『ブログタイプ』で久々のバラエティ番組レギュラーとなり、再現VTRでミニドラマを演じた。「Dolls」で第40回(2002年度)ゴールデン・アロー賞 映画賞受賞。2006年(平成18年)4月よりタニ・プロモーションから研音に移籍。

人物

特技・趣味

中学生時代は陸上部に所属しており、100m走で13.8秒という自己記録を持っている。県大会に出場したこともある。趣味は旅行、ヨガ、ショッピング。ヨガは1年以上経験があり、インドにも2度渡航経験がある。NHKのハイビジョン特集「菅野美穂 インド・ヨガ 聖地への旅」でインドに行った時には英語で会話をしていた。

交友関係

「BOMB!」(学習研究社)で何度か共演したことのある雛形あきこと仲が良い。小嶺麗奈とは『イグアナの娘』で共演以来の親友。また、かつて所属していた事務所の高橋直純からダンスの指導を受けている。SMAPの稲垣吾郎とは結婚間近とも報じられていたが、2008年12月に破局したと報じられた。

性格・芸風

『恋の奇跡』で悪役を演じたり、『エコエコアザラク』『富江』『催眠』などのホラー映画にも出演している。 『NUDITY』製作のきっかけについては「女優として限界を感じていた。今までやりたいことばかりしていたから、今度は一番やりたくないことをやってみようと思った」と述べている。 『笑っていいとも2007春の祭典SP』の「ニャニャニャミュージック」で、菅野がファンであるというDJ OZMAの『アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士』をワンコーラス全て踊り付きで歌った。振り付けはDVDで覚えたという。 『はねるのトびら』の「回転SUSHI」のコーナーでクレオパトラを模した「カンノパトラ」として全身金色の派手な衣装で登場した。
グルメチキンレース・ゴチになります!にゲスト出演した時には、「ゲストとして呼ばれるのが嬉しくない番組」「何十万も支払うことなんてできない」と発言。「現金引き落としの際他行のATMだったのでATMの時間外手数料で210円損をした」「最近買った高額商品は地上デジタルのチューナー」等の発言もある。 2007年4月開始のドラマ『わたしたちの教科書』の役作りのために、初めてタバコを吸うことになった。最初は咳込んで「天井が回って見えた」と話す。ドラマ撮影期間のみ吸っていた。また、『働きマン』でもタバコを吸うシーンが一箇所あった。それ以降は吸っていない。尚原作ではヘビースモーカーの設定だった。
キイナ?不可能犯罪捜査官?で役作りで8倍速読できるようにトレーニングしたが、監督から「それは必要ないよ」と言われた。

その他

裸眼視力は0.04と近眼で、コンタクトレンズを常用している。芸能界に入る前は黒縁眼鏡をかけていた。 淑徳与野高校のパンフレットのモデルになったことがある。憧れの女優は『あいのうた』で共演した和久井映見と語っている。

出演

連続ドラマ

ツインズ教師(1993年4 - 6月、テレビ朝日) - 小日向恵子 役
パパと呼べないの!(1993年11 - 12月、フジテレビ) - 森田みどり 役
時をかける少女(1994年2 - 3月、フジテレビ) - 岡本恵美 役
恋するシティボーイ(1994年5月、TBS) - 美奈子 役
大家族ドラマ 嫁の出る幕(1994年7 - 9月、テレビ朝日) - 中川ルミ 役
オ・ト・ナにして(1995年1 - 3月、テレビ朝日) - 白河リサ 役
私、味方です(1995年1 - 3月、TBS)
SALE!(1995年4 - 6月、テレビ朝日) - 大友桃恵 役
連続テレビ小説「走らんか!」(1995年10月 - 1996年3月、NHK) - 三浦真理 役
イグアナの娘(1996年4 - 6月、テレビ朝日) - 青島リカ 役※連続ドラマ初主演
ドク(1996年10 - 12月、フジテレビ) - 李明 役
いいひと。(1997年4 - 6月、フジテレビ) - 桜妙子 役
失楽園(1997年7 - 9月、よみうりテレビ) - 久木知佳 役
君の手がささやいているシリーズ(1997年12月 - 01年、テレビ朝日、全5章) - 主演・野辺美栄子 役
Days(1998年1 - 3月、フジテレビ) - 池内菜々子 役
ラブ・アゲイン(1998年4 - 6月、TBS) - 楠本香織 役
ソムリエ(1998年10 - 12月、関西テレビ) - 木崎菜穂 役
鶴亀ワルツ(1998年11 - 12月、NHK) - 主演・桂木あゆ子 役
恋の奇跡(1999年4 - 6月、テレビ朝日) - 倉田雪乃 役
愛をください(2000年7 - 9月、フジテレビ) - 主演・遠野李理香 役
2001年のおとこ運(2001年1 - 3月、関西テレビ) - 主演・柚木あたる 役
ちゅらさんシリーズ(NHK) - 城ノ内真理亜 役[3]
連続テレビ小説「ちゅらさん」(2001年4 - 9月)
月曜ドラマシリーズ「ちゅらさん2」(2003年4月)
月曜ドラマシリーズ「ちゅらさん3」(2004年9月)
土曜ドラマ「ちゅらさん4」(2007年1月)
恋がしたい恋がしたい恋がしたい(2001年7 - 9月、TBS) - 永島蜜柑 役
アルジャーノンに花束を(2002年10 - 12月、関西テレビ) - 遠矢エリナ 役
大奥(2003年6 - 9月、フジテレビ) - 主演・天璋院篤子 役※初の時代劇
幸福の王子(2003年7 - 9月、日本テレビ) - 主演・安元海 役
愛し君へ(2004年4 - 6月、フジテレビ) - 主演・友川四季 役
あいのうた(2005年10 - 12月、日本テレビ) - 主演・松田洋子 役
ダンドリ。~Dance☆Drill~(2006年7 - 9月、フジテレビ) - 特別出演・高宮深雪 役
わたしたちの教科書(2007年4 - 6月、フジテレビ) - 主演・積木珠子 役
働きマン(2007年10 - 12月、日本テレビ) - 主演・松方弘子 役
Tomorrow?陽はまたのぼる?(2008年7 - 9月、TBS)―ヒロイン・田中愛子役 
キイナ?不可能犯罪捜査官?(2009年1 - 3月、日本テレビ) - 主演・春瀬キイナ 役
坂の上の雲(2009年 - 2011年 放送予定、NHK) - 正岡律 役

単発ドラマ

いちご白書(1993年1月、テレビ朝日)
街角(1993年10月、NHK)
飛べないオトメの授業中(1994年5月、フジテレビ) - 主演・篠原かすみ 役
海が見たいと君が言って(1994年9月、フジテレビ) - 野々村奈美 役
ハートにS(1994年12月、フジテレビ)-「エンジェル」主演
八神くんの家庭の事情(1995年3月、テレビ朝日)
木曜の怪談(1995年12月、フジテレビ)- 「シンデレラの靴」主演
世にも奇妙な物語(フジテレビ)
「ミッドナイトDJ」(1996年3月) - 主演
「望みの夢」(1997年10月) - 主演
「わたし、女優」(1999年9月) - 主演

Pic03

Dの遺伝子(1997年4月、フジテレビ) -「寿命遺伝子」主演
勇気ということ(1997年8月、日本テレビ)
クラッカー(侵入者)(1997年11月、TBS)
誰かが私を愛してる(1997年11月、TBS)
せつない~夏の終わりに(1998年8月、テレビ朝日) - 主演
チェンジ!(1998年11月、テレビ朝日)
めぐりあい(27時間テレビ スペシャルドラマ)(1999年7月、フジテレビ) - 主演
週末婚スペシャル(1999年10月、TBS) - 小野田杉江 役
傷だらけの女スペシャル(1999年12月、フジテレビ)
オアシス(2000年1月、NHK) - 主演
千晶、もう一度笑って(2000年1月、TBS)
果つる底なき(2000年2月、フジテレビ) - 柳葉奈緒 役
女子刑務所東三号棟2(2000年4月、TBS)
三夜連続特別企画 百年の物語第一夜(2000年8月、TBS) - 八代由加 役
平成夫婦茶碗SP~お母さんは風になった(2000年12月、日本テレビ)
スピードスター(2001年4月、日本テレビ) - 立花麻美 役
明るいほうへ 明るいほうへ(2001年8月、TBS) - 田辺豊々代 役
私立探偵濱マイク(2002年7月、よみうりテレビ・日本テレビ系)- 第1話「31→1の寓話」
怪談百物語(2002年8月、フジテレビ)第1話「四谷怪談」 - 主演・お岩 役
フジ子・ヘミングの軌跡(2003年10月、フジテレビ) - 主演・フジ子・ヘミング役
大奥スペシャル(2004年3月、フジテレビ) - 主演
海峡を渡るバイオリン(2004年11月、フジテレビ) - 南伊子 役
土曜ワイド劇場特別企画「悪魔のような女」(2005年3月、テレビ朝日) - 若桜綾 役
ラスト・プレゼント(2005年6月、テレビ朝日) - 神崎妙子 役
太宰治物語(2005年、TBS) - 太田静子 役
里見八犬伝(2006年、TBS) - 玉梓・妙椿 役
一生忘れない物語「そこにいた風」(2006年、テレビ朝日) - 主演
奇跡の夫婦愛スペシャル「虹を架ける王妃」(2006年、フジテレビ) - 主演・李方子 役
向井千秋~夢を宇宙に追いかけた人~(2007年、フジテレビ) - 主演・向井千秋 役

映画

大失恋。(1995年1月、東映)- 佳江 役
企業戦士YAMAZAKI(1995年3月、オフィスCHK) - 鹿島倫子 役 ※ビデオシネマ
エコエコアザラク -WIZARD OF DARKNESS-(1995年4月、 ギャガ・コミュニケーションズ) - 倉橋みずき 役
TANABATA2057(1996年6月、五藤光学研究所) - ナナ 役 ※プラネタリウム番組
THE DEFENDER(1997年2月) - 良美/昌美 役
ご存知!ふんどし頭巾(1997年10月、松竹) - 帆立沢輪紗美 役
ベルエポック (1998年9月、東宝)
落下する夕方(1998年11月、松竹) - 根津華子 役
富江(1999年3月、大映)主演 - 川上富江 役
催眠(1999年6月、東宝) - 入絵由香 役
守ってあげたい!(2000年3月、ゼアリズエンタープライズ)主演 - 安西サラサ 役
化粧師 KEWAISHI(2002年2月、東映) - 青野純江 役
Dolls(2002年10月、バンダイビジュアル・オフィス北野)主演 - 佐和子 役 ※北野武監督作品
COSMIC RESCUE(2003年7月)特別出演 - 千葉京子 役
レディ・ジョーカー(2004年12月、東映) - 城山佳子 役
さくらん(2007年2月、アスミック・エース) - 粧ひ 役
パンダフルライフ(2008年8月) - ナレーション

舞台・ミュージカル

ミュージカル AIDS~感染しないって言いきれますか?(1993年9月)
ミュージカル 明日を見つめて(1994年9月)
舞台 チュニジアの歌姫(1997年1月)- ナディーヌ 役
舞台奇跡の人(2000年2月) - ヘレン・ケラー 役

CM

富士通 「FM TOWNS II」(1993年)
たくぎんカード 「夢物語」(1993年-1994年)
オッペン化粧品 「セルデュア」シリーズ(1992年-1994年)
日本ビクター
甲子園ポスター(1994年-1995年)
通信カラオケ孫悟空(1996年)他
日清食品 「チキンラーメンどんぶり」(1993年)
資生堂 「シーズ」(1997年-1998年)
カルビー 「ア・ラ・ポテト」(1994年-1995年)
明治乳業 「旬のフルーツゼリー」 (1993年)
朝日生命 「保険王」(1997年1月-)
ネスレ日本 「キットカット」(1996年-1997年)
サントリー 「ビタミンウォーター」(1998年)
キリンビール 「キリンラガービール」(1999年)
日本移動通信・DDIセルラーグループ(現 KDDI・沖縄セルラー電話)(2000年)
東洋水産 「ホットヌードル」(1999年-2000年)
チョーヤ梅酒 「ウメッシュ」(2004年9月-2007年1月)
出光興産「出光カード」 (2004年4月-2007年4月)
花王
ソフィーナ 「ベリーベリー」(1998年-2000年)
ソフィーナ 「RiSE」「FINE-FIT」「Primavista」(2002年10月-)
ソフィーナ オーブ クチュール(2008年)
TOTO「TOTOキッチン・CUISIA」(2005年7月-)
コブクロ「ALL SINGLES BEST」(ドラマ『一生忘れない物語』でもコブクロとのコラボが実現した)
NEC「BIGLOBE」(桂歌丸との共演バージョンもある)
ADAMS「リカルデント」(2001年)
トヨタ自動車「アイシス」『さあ、新しいアイシスへ篇』(2007年5月-)椎名桔平と共演
Mizkan 「ウェブ企業広告」(2007年5月-)
大鵬薬品 「チオビタドリンク」(2007年7月-)
ユーキャン 「通信講座」(2008年1月-)
オンワード樫山 「23区」(2008年3月-)
SEIKO 「LUKIA」イメージキャラクター(2008年3月-)
任天堂 「ニンテンドーDS Lite」(2008年5月-)

バラエティ番組

ボイズンガルズ(朝日放送・1994年~1995年)
メレンゲの気持ち(1996年 - 1998年、日本テレビ) - 司会
(それいけ!アンパンマン(1997年10月・12月)にも、メレンゲシスターズとして声優出演)
スクラッチ!(1997年、TBS)司会
特命リサーチ200X(1996年 - 2002年、日本テレビ) - 桐島夏子 役
特命リサーチ200X II(2002年 - 2004年、日本テレビ) - 桐島夏子 役
中居正広のボクらはみんな生きている(1997年 - 1998年、フジテレビ) - お助け隊担当
サタ☆スマ(1999年 - 2002年、フジテレビ) - 「収納美人」と「グチ電鉄・人生相談鉄道」のコーナー担当(「収納美人」は毎回、「グチ電鉄」と「人生相談鉄道」は不定期出演)
ダウンタウンDX(1996-1998頃、よみうりテレビ) - ゲストパネラーとして多数回出演
ザ・レターズ~家族の愛にありがとう(2002年5月 - 9月、フジテレビ)
ブログタイプ(2005年4月 - 9月、フジテレビ)
アメリカンドリーマー浜田雅功が行く!3泊5日ニューヨーク、ロス、シカゴメジャーアスリート弾丸訪問ツアー(2005年、関西テレビ) - ナビゲーター

特別番組

地雷ZERO 21世紀最初の祈り(2001年、TBS)
世界がもし100人の村だったら(2003年、フジテレビ)
世界がもし100人の村だったら2(2004年、フジテレビ)
菅野美穂のアフリカ大自然(2006年、テレビ東京)
ハイビジョン特集 菅野美穂 インド・ヨガ 聖地への旅(2007年、NHK)
世界遺産(2007年11月4・11日、TBS) - ナレーター

ラジオ

あっけらKan-no!?・菅野美穂(ニッポン放送)
あっけらKan-no!?・ミラクルファイブ(同、5分バージョン)

Pic05

ドラマCD

鉄道員、ラブ・レター(1998年、集英社CDブック)

ゲーム(声優として参加)

慶応遊撃隊
慶応遊撃隊 活劇編
リアルサウンド/リアルサウンド ~風のリグレット~(セガサターン版/ドリームキャスト版)

音楽

シングル

恋をしよう (1995.03.24)
太陽が好き (1995.06.21)
負けないあなたが好き (1996.06.21)
あの娘じゃない (1996.10.23)
ZOO ?愛をください? (2000.09.07)
(「蓮井朱夏」名義)
ECHOESのカバー。フジテレビ系ドラマ『愛をください』劇中歌。

アルバム

Happy Icecream(1995年8月)

書籍

写真集
17ans - ディセタン(1995年9月、ビクターブックス) ISBN 4893891081 撮影:平間至
K-FILES 菅野美穂写真集(1996年10月、ワニブックス)ISBN 4847024370
菅野美穂写真集「NUDITY」(1997年8月、ルー出版) ISBN 4897780500 撮影:宮澤正明
定本 菅野美穂(1998年12月、集英社) フォトエッセイ集 ISBN 4087802922

その他書籍
菅野美穂のIn-Line Skating(1995年10月、朝日ソノラマ) ISBN 4257034572

ビデオ・DVD
Happy Children(1995年8月、ビクターエンタテインメント)パリで撮影したビデオ
Ya&Ya 8・9(1996年11月・1997年9月、ビクターエンタテインメント)DVDコミックス

菅野美穂さんの御紹介ページです!

http://www.ken-on.co.jp/kanno/

http://kannnomiho.blogspot.com/

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中日ドラゴンズについて

中日ドラゴンズ

球団の歴史

1リーグ時代

1936年1月、新愛知新聞社を親会社として名古屋軍(なごやぐん)が結成。河野安通志を総監督(GM)に迎え、監督は池田豊が就任。明大の中根之、白系アメリカ人で捕手のハリス、名手・芳賀直一、日系外国人の高橋吉雄、主将の桝嘉一、スローボーラー・森井茂らが初期メンバー。1934年の大リーガー選抜来日時に、新愛知新聞社の田中斎が読売の正力松太郎より名古屋でのプロ野球球団結成の要請を受けたのが球団誕生の契機。新愛知新聞社傘下の國民新聞社でも大東京軍を結成。最初、正力とは別個の独自リーグ「大日本野球連盟」を組織し、各地に同様の球団を結成(4球団)、配下には3Aに相当する下部組織を作る等、当時としては先進的な構想を抱いていたものの、計画は進まず、既存の2球団をもって日本職業野球連盟(現在の日本野球機構の源流)に加盟して存続することとなる。当初の会社名は「株式会社大日本野球連盟名古屋協会・名古屋軍」「株式会社大日本野球連盟東京協会・大東京軍」であり、大日本野球連盟構想の名残が見られる。
1937年、河野が球団を去りイーグルスを結成すると、中根、ハリス、高橋らがあとを追い、池田監督も混乱を嫌い辞職。後任監督は桝嘉一。主力が抜けたことにより、チームは低迷。
慢性的な選手不足の戦前職業野球において、大沢清、西沢道夫、松尾幸造、村松幸雄など好成績を残す選手が隙無く台頭したが、チームの総力は巨人・阪神に及ばず、優勝は遠かった。
1942年、戦時下の新聞統廃合令により親会社の新愛知新聞社と名古屋新聞社(旧:名古屋金鯱軍親会社)が統合され中部日本新聞社として新設。合併に伴う本社人件費の増大により球団経営見直しの声が挙がり、球団への投入資金は大幅減少。中部日本新聞社取締役の大島一郎(旧新愛知新聞社の創業家出身)が個人的に出資し1943年のシーズンを終えることはできたが、大島個人の財力には限界があり、名古屋軍理事の赤嶺昌志が球団・選手を一手に引き受け、球団を理研工業の傘下に入れ選手を同工業に就職させた。球団名を産業(さんぎょう)に改称、選手は工場で勤労奉仕をする傍ら試合を行った。名古屋軍の選手も他球団同様例外なく多くが兵役に駆られ、「人間の翼 最後のキャッチボール」で有名な石丸進一を始め名選手が戦禍に散った。
1946年リーグ戦再開に伴い中部日本新聞社が経営に復帰。チーム名を中部日本(ちゅうぶにっぽん)として再出発。愛称は「中部」(参照)。
1947年のニックネーム導入にあたり、当時のオーナーだった杉山虎之助(中部日本新聞社社長)の干支である辰の英訳「ドラゴン」から中部日本ドラゴンズに改称。服部受弘が野手に投手に大車輪の働きをみせ戦後すぐのチームを支えた。しかし、オフに赤嶺が退団すると、赤嶺を慕う加藤正二、古川清蔵、金山次郎、小鶴誠ら11選手が退団、藤本英雄も巨人に復帰し、またしてもチーム力が低下。退団した「赤嶺一派」は各球団を渡り歩き、「赤嶺旋風」と言われる混乱を巻き起こした。
1948年に中日ドラゴンズに改称。オフに木造の中日球場が完成。翌シーズンより本拠地に。
1949年、天知俊一が監督に就任、杉下茂が入団。西沢道夫が打者として中日復帰。同年シーズンオフの2リーグ分裂騒動でセ・リーグに加盟。

セ・リーグ加盟後

1951年2月6日より名古屋鉄道が経営参加し名古屋ドラゴンズと改名。8月19日に中日球場が試合中の火災により全焼。(中日球場で予定されていた残りの試合は鳴海球場などに変更して行う)オフに鉄筋コンクリートで再建。
1953年シーズンをもって名鉄が経営から撤退すると中日ドラゴンズに名前を戻した。
1954年天知監督の下、西沢、杉山悟、杉下茂、石川克彦らの活躍で初優勝。日本シリーズでも西鉄ライオンズを4勝3敗で下し、初の日本一。天知監督を親分に見立て「天知一家」と俗称された。
1959年、伊勢湾台風による中日球場水没で公式戦の一部を他会場に振り替える。
1961年、濃人渉監督が就任。ブリヂストンタイヤより入団した新人・権藤博の活躍により巨人に1ゲーム差と迫るが惜しくも2位。
1962年、プロ野球で初めて、元メジャーリーガーのドン・ニューカム、ラリー・ドビーを入団させるが、3位。
1965年~1967年、西沢監督のもとで3年連続2位と健闘するが、惜しくも優勝には届かなかった。
1968年の杉下監督を挟み、1969年から元巨人の水原茂監督が就任するが4位、5位、2位と今ひとつ伸びなかった。
1972年から与那嶺要ヘッドコーチが監督に昇格。監督3年目の1974年、高木守道、星野仙一、松本幸行、トーマス・マーチン、谷沢健一らが活躍。巨人のV10を阻止しリーグ優勝を果たした。日本シリーズでは、ロッテオリオンズに2勝4敗で敗退した。与那嶺監督は1977年まで務めた。
1978年、中利夫監督が就任。初年度は5位、79年は3位とAクラス入りを果たすも、80年は6位と振るわず同年限りで辞任。この年を最後に高木が引退。

近藤・山内監督時代

1981年、近藤貞雄監督が就任。1982年には3度目のリーグ優勝。近藤は星野・木俣達彦などのベテランに代わり、平野謙、中尾孝義、上川誠二らの若手を登用。他の野手では大島康徳、田尾安志、ケン・モッカ、宇野勝、谷沢ら、先発には郭源治、都裕次郎ら、リリーフには牛島和彦の活躍があった。「野武士野球」と呼ばれる攻撃的な打線、継投を駆使する投手起用を見せた。プロ野球記録の19引き分けを記録したため、シーズン終盤、まだ2位だったのに優勝マジックナンバーが点灯。10月18日、横浜スタジアムの大洋最終戦、中日が勝てば中日優勝、大洋が勝てば巨人優勝という天王山では小松辰雄の完封勝利によって見事優勝。日本シリーズは西武に2勝4敗で敗退。この年限りで星野・木俣が引退
1983年、戦力不足からチームは5位に終わり近藤が退任。
1984年、山内一弘監督が就任。初年度は2位となったが、その後は1985年・1986年と2年連続5位。山内は1986年シーズン途中で休養に追い込まれ、シーズン終了まで高木ヘッドコーチが監督を代行した。 シーズンオフ、星野監督が就任。牛島、上川、桑田茂、平沼定晴との4対1トレードにより、ロッテから2年連続三冠王の落合博満を獲得する。このトレードに際しては、牛島が当初拒否し、星野自ら説得にあたった。享栄高校から、近藤真一がドラフト1位で入団する。

星野・高木監督時代

1987年、ロサンゼルス・ドジャースとの提携によりユニフォームをドジャース風に変更。ルーキー近藤が、8月9日の巨人戦で、プロ初登板初先発ノーヒットノーランという大偉業を達成。ペナントレースも、前年の不振を払拭し、5月には一時的に首位に立つなど、最終的には2位を確保する。シーズンオフに、大島、平野を放出。また、この年甲子園で春夏連覇を果たしたPL学園の主将、立浪和義がドラフト1位で入団。
1988年、4月終了時点で首位広島に8ゲーム差をつけられ最下位。7月8日には6連敗を喫し29勝31敗2分で借金2。ところが翌7月9日以降は50勝15敗3分、勝率.769と驚異的なペースで勝ち進み、10月7日に逆転優勝を果たす。生え抜き監督での優勝は球団史上初。小野和幸が最多勝に輝き、小松とともに先発陣を牽引。リリーフ・郭源治が44セーブポイントでMVPに輝いた。日本シリーズでは西武に1勝4敗と敗退。なお、本来は優勝パレードが予定されていたが昭和天皇の体調悪化により自粛に至った。星野仙一監督は1991年を最後に勇退。
1992年、高木守道監督が就任。12年ぶりの最下位に沈むも、成績は60勝70敗で、優勝したヤクルト(69勝61敗)と9ゲーム差しか離れておらず、この年のセ・リーグは6球団がすべて60勝台という大混戦だった。

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1993年は、今中慎二と山本昌広のダブル左腕エースが大活躍。両者とも17勝で最多勝に輝き、今中は沢村賞、山本は最優秀防御率のタイトルを獲得。ペナントレースは、前半戦でヤクルトが2位に大差をつけて独走していたが、後半戦開始直後から中日が猛烈な勢いで走り始め、9月1日、遂に首位に立つ。その後はヤクルトとのデッドヒートとなったが、最後はかわされ涙を飲んだ。シーズン終了後、落合が巨人にFA移籍。
1994年はシーズン中盤まで首位巨人に食らいついたものの、8月18日からの8連敗で完全に脱落したかに思われ、9月に入ると、この年に任期が切れる高木監督の後任として星野仙一の名が報じられるなど、チームは内外で万事窮したかに見えた。しかし9月20日からの9連勝を始めとする猛烈な追い上げを見せて首位の巨人に並び、10月8日、史上初の最終戦同率首位決戦(10.8決戦)となった。試合では、巨人に、落合、松井の本塁打に加えて当時の3本柱・槙原、斎藤、桑田のリレーでかわされ、苦杯を喫した。この年はアロンゾ・パウエルが首位打者、大豊泰昭が本塁打王と打点王、山本昌が最多勝、郭源治が最優秀防御率と、投打のタイトルを総なめした。
1995年、前年度の優勝を最後まで争っての2位という成績を評価され高木監督が続投。しかし不振を極め、結局シーズン途中に辞任。徳武定祐ヘッドコーチ、次いで島野育夫2軍監督が代行を務めた。
1996年、星野監督が復帰。ナゴヤ球場最終シーズンとなったこの年には、韓国ヘテ・タイガースから宣銅烈を獲得。抑えの切り札として期待されるも、日本の野球に慣れるのに時間がかかり不振に終わる。この年は例の長嶋巨人「メークドラマ」の年であったが、巨人があと1勝で優勝という時点で(巨人の残り試合はすべて中日戦だったのでマジックはつかなかった)で勝ち続け、9月24日から6連勝。そして10月6日、この試合を含む残り3試合の巨人戦に全勝すればプレーオフというところまでこぎつけるが、3試合目で敗れ去り優勝はならなかった。この年は山崎武司が本塁打王になるなど大豊、パウエルを主軸とした打線が活躍を見せ、“強竜(恐竜)打線”の愛称も一層の定着を見せた。

球団事務所のある中日ビル

ナゴヤドーム(ホームスタジアム)

ナゴヤドーム移転

1997年、ナゴヤドームがオープン。本拠地を移転し新時代の一歩を踏み出す。しかし狭いナゴヤ球場から一転、広いナゴヤドームに野手陣の慣れが追いつかず、5年ぶりの最下位に終わる。しかしこの年は宣銅烈が39セーブポイントを挙げ、山本昌が3年振り3度目の最多勝に輝くなど投手陣は奮闘を見せた。オフにはドームに対応した野球を目指して抜本的な改革が行なわれた。守備力と機動力を確保するためパウエルを解雇、阪神へ矢野輝弘・大豊を放出、交換で関川浩一・久慈照嘉が入団。また韓国ヘテから李鍾範を獲得。更に明治大から星野の後輩である川上憲伸がドラフト1位で入団。以降、中日は打のチームから投手と守備力を活かしたチームへと生まれ変わることになる。
1998年にはその改革が実を結び、走力を生かして得た1点を強力な投手陣で守る野球を確立。前半戦までは5割付近をさまよっていたが、例のごとく後半戦から走り始め、独走していた横浜をハイペースで追走。8月27日には1ゲーム差に迫った。しかし終盤の横浜戦7連敗が響き、38年ぶりの優勝を許した。投手コーチに元巨人の宮田征典を招聘しテコ入れ、その甲斐あって野口茂樹が最優秀防御率、川上憲伸が新人王を獲得した。オフには福留孝介がドラフト1位、岩瀬仁紀が2位で入団。
1999年は珍しく開幕前に本命に挙げられ、期待通りに開幕からいきなり11連勝。昨年度の投手陣は新たに招聘された山田久志投手コーチの指導で充実し、野口、川上、山本昌に武田一浩の先発陣に加え、新人の岩瀬仁紀が65試合に登板、サムソン・リー、落合英二らとともに不動のセットアッパーとなる。ストッパーの宣も好調で、12球団随一の投手王国を誇った。この年は大型連勝が多く、7月2日から8連勝したのに加え、シーズン終盤も9月21日から再び8連勝して一気にゴールテープを切り、見事に優勝。神宮球場で優勝が決まった9月30日には、無料開放されたナゴヤドームも超満員となり、11年ぶりのリーグ優勝を果たした。前半戦を首位で折り返しての優勝は球団史上初。「守りの野球」でリーグ制覇したが日本プロ野球史上唯一のゴールデングラブ受賞者皆無のリーグチャンピオンに。ナゴヤドーム移転後初の日本シリーズでは対戦相手の福岡ダイエーホークス投手陣を打ち崩せず、また山崎の欠場が響いたのか1勝4敗で敗れ、敵将・王監督の胴上げを許した。
2000年、2位は確保するものの、投打ともに前年の面影はなく、最後は9月24日、東京ドームでの巨人戦において、4-0でリードの最終回、エディ・ギャラードが江藤に満塁弾、二岡にサヨナラ弾を浴びて優勝を決められてしまった。
2001年、4年振りのBクラスに終わる。この年から井端弘和がレギュラーに定着。星野監督が辞任し山田投手コーチが監督昇格。

山田・落合監督時代

2002年、谷繁元信が横浜からFA移籍。外野手にコンバートされた福留が、松井の三冠王を阻止して首位打者のタイトルを獲得する。チームは巨人戦9連敗が響き3位。この頃、荒木雅博がレギュラーに定着。
2003年まで山田監督が指揮を執る。この年の7月5日、東京ドームでの巨人戦において立浪和義が2000本安打達成。また、この年は一度入団契約を交わしながら突如翻意し、メジャーリーグ・レッドソックスに入団したケビン・ミラーの代わりにロサンゼルス・エンゼルスよりアレックス・オチョアが来日。山田監督下の成績は3位、2位とまずまずだったが、山内一弘以来となる完全な外様(現役時代に中日に籍を置いた事がない者)だったことや、山田自身の生真面目な性格から周囲との軋轢があったといわれる。2003年9月9日、優勝した阪神相手に善戦していたにも関わらず休養させられたことがファンの物議を醸した。この年は朝倉健太、川上憲伸がケガで離脱し、ローテーションを守ったのは山本昌一人だった。また4番打者が流動的(主に立浪、アレックス)で固定出来ず、投手の好投を打線が見殺しにしてしまうケースが目立った。山田休養後は佐々木恭介ヘッドコーチが監督を代行。最終的に阪神には勝ち越し、完全優勝は阻止した。
2004年、1988年優勝時の4番打者である落合博満監督が就任。1987年以降の星野カラーを一新し、就任1年目でリーグ優勝を果たす。主力は元より控え選手も数多く起用し、守り勝つ「オレ竜野球」を見せた。日本シリーズでは、西武に3勝4敗で敗れ、50年ぶり2度目の日本一は果たせなかった。10月30日に名古屋市内で行われた優勝パレードでは16万人を動員した。
2005年、横浜よりタイロン・ウッズが加入。ドラフトでは石井裕也をはじめ即戦力となりうる新人を確保。球団初の開幕2試合連続サヨナラ勝ちなど交流戦前は好調。しかしこの年から導入されたセ・パ交流戦で15勝21敗と苦戦を強いられる。オールスター前後の11連勝など後半戦には粘り強さを見せ、首位阪神に2度にわたって0.5ゲーム差まで迫ったものの連覇はならず、最終的には10ゲーム差の2位に終わった。
2006年3月、東京遠征時の宿舎を第2次星野政権から使用していた赤坂プリンスホテルから近隣のホテルニューオータニへ変更することが決定した。ライバルの阪神も同じ宿舎を使用しており、阪神とは東京ドームでの巨人戦と神宮球場でのヤクルト戦で互いが日程的に重なることがあり、両チームの選手同士が同じ日に同じホテルに宿泊するという好ましくない事態がしばしば起きていたということと、これまでのヤクルト主催の千葉マリンスタジアムでの地方試合に加え、交流戦でロッテとも戦うため千葉への遠征が多くなり、千葉・幕張のニューオータニと併用して契約すれば宿泊料金が割安になるというメリットがあるからとされている。
2006年ペナントレースでは、投手陣と堅い守り、打撃陣がうまく絡み合う「オレ竜野球」で、6月半ばから首位を独走。8月に球団史上最速マジックナンバー(M40)を点灯させた。シーズン終盤には阪神の猛追に遭うものの一度も首位を明け渡すことなく、2006年10月10日に2年ぶり7度目のセ・リーグ優勝を決めた。セ・リーグ5球団に勝ち越しての、いわゆる「完全優勝」であった。日本シリーズでは日本ハムと対戦したが、1勝4敗で敗退。52年ぶりの日本一はならなかった。

2007年11月11日のアジアシリーズ決勝戦で優勝直後におこなわれた落合監督の胴上げ(東京ドーム)2007年のペナントレースは、常に上位をキープし、終盤には巨人、阪神との三つどもえの展開となったが、最後は巨人にかわされ、2位が決定、連覇はならなかった。落合監督が決意を込めて頭髪を丸刈りにして臨んだクライマックスシリーズでは、第1、第2ステージで5勝無敗で、セリーグとして初のクライマックスシリーズを制し、2年連続の日本シリーズ出場を一気に決めた。前年と同様、日本シリーズで日本ハムと対戦し、4勝1敗で53年ぶりの日本一に輝いた。また、ナゴヤドームでの胴上げは初めてで、名古屋での胴上げも53年振りであった(前回の日本一の時は中日球場)。パ・リーグでは以前も2004年及び2005年の日本シリーズでレギュラーシーズン終了時2位チームが日本シリーズを制覇しているが、当時はプレーオフでリーグ優勝を決め順位を入れ替えるという制度だったため、中日が2007年に達成した「リーグ優勝せずに日本シリーズを制した」というのはプロ野球史上初のことである。日本代表として出場したアジアシリーズでは初戦、韓国代表のSKワイバーンズに日本代表として初となる敗北を喫するも、2位として決勝戦に進出、1位のSKワイバーンズに勝利し優勝、アジア王者となった。
2008年はシカゴ・カブスに移籍した福留孝介の穴埋め役として西武からFA宣言した和田一浩を獲得したものの、4番タイロン・ウッズの極度の打撃不振や主力の野手・投手に故障者が続出したことに加え、シーズン終盤まで優勝争いを続けていた阪神との直接対決で6勝17敗1引分けと惨敗したことが大きく響き、優勝争いに一度も絡むことなく早々とペナントレースから脱落、結果的には3位となる。特に投手陣の故障と不振が最後まで響き、前年の阪神に続く規定投球回到達者なしのチームとなった。クライマックスシリーズ第1ステージは阪神との大接戦を2勝1敗で制したものの、第2ステージではシーズンを象徴するかのような拙攻と投手陣(特に救援陣)の崩壊が相次ぎ、巨人に1勝3敗1引分け(巨人側のアドバンテージ1勝分も含む)で敗退、3年連続日本シリーズ進出はならなかった。

チーム成績・記録

1950年以降の順位の変遷。赤い丸は日本シリーズ優勝を示すリーグ優勝・7回(1954年、1974年、1982年、1988年、1999年、2004年、2006年)
日本一・2回(1954年、2007年)
アジアチャンピオン・1回(2007年)
Aクラス・45回(1938年秋、1943年、1947年、1950年~1959年、1961年~1963年、1965年~1967年、1971年~1975年、1977年、1979年、1982年、1984年、1987年~1989年、1991年、1993年~1994年、1996年、1998年~2000年、2002年~2008年)
Bクラス・28回(1937年春~1938年春、1939年~1942年、1944年~1946年、1948年~1949年、1960年、1964年、1968年~1970年、1976年、1978年、1980年~1981年、1983年、1985年~1986年、1990年、1992年、1995年、1997年、2001年)
連続Aクラス入り最長記録・10年(1950年~1959年)
連続Bクラス最長記録・4年(1939年~1942年)
最多勝 89勝(1950年)
最多敗 83敗(1948年、1964年)
最多引分 19分(1982年)
最高勝率 .683(1954年)
最低勝率 .283(1937年秋)
最小ゲーム差 1.0ゲーム(1961年、1994年)
最大ゲーム差 34.5ゲーム(1948年)
最多本塁打 191本(1984年)
最少本塁打 1本(1937年春)
最高打率 .282(1984年)
最低打率 .182(1941年)
最高防御率 1.41(1943年)
最低防御率 4.75(1995年)

歴代本拠地
1948年 後楽園球場
1949年~1975年 中日球場(1952年のフランチャイズ制導入に伴い、正式に愛知県が本拠地となる)
1976年~1996年 ナゴヤ球場(中日球場を改称)
1997年~ ナゴヤドーム

チーム特徴
杉下茂、星野仙一、川上憲伸らをはじめ、明治大学出身者が多い。
打線の愛称は「恐竜打線」「強竜打線」など。かつてナゴヤ球場(改修前)を1軍ホームグラウンドにしていた時期は、狭い球場を生かした打力が売り物のチームだった。しかしナゴヤドームへと移転してからはチームが不振に陥り一転、投手を中心とした守備重視のチームへと切り替え、2004年以降は奮起も目立ち再度の定着を果たした。
東海地方唯一の球団ということもあり、地元には熱心なドラゴンズファンが多い。また、近隣の岐阜、豊橋、浜松などでは毎年地方試合が開催されている。
ニックネームの「ドラゴンズ」は親会社・中部日本新聞社(社名は当時)の杉山虎之助社長の干支「辰」にちなむ。現在の球団名「中日ドラゴンズ」の初出は1948年のことで、親会社よりも先に「中日」と名乗ったことになる。
2位になることが非常に多く、1950年に2リーグ制になってから2008年までの59シーズンで2位に22回なっている。この回数は、2リーグ制移行後の両リーグトップである(1990年代以降だけでも1991年、1993年、1994年、1996年、1998年、2000年、2003年、2005年、2007年の9回)。そのため、ファンの間では2位が中日の「定位置」と呼ばれることもある(「万年2位」、「優勝と縁遠い」というニュアンスも含むので、あまりいい称号ではない。その証拠に『サンデードラゴンズ』で「もう2位はいらない」というナレーションが入ったこともある)。21回の2位の内、最多優勝は巨人の13回。特に1963年、1994年、1996年、2000年は、直接対決で巨人に敗れて優勝を決められた。
2位が非常に多いのは、巨人が2リーグ制移行後に32回も優勝していることもあるが、ここ一番で勝ち切れない体質も指摘されている。1990年代以降を見ても、1991年の広島、1993年のヤクルト、1994、1996、2007年の巨人、1998年の横浜、2005年の阪神との優勝争いが挙げられる。いずれも一時期は絶望的な状況に追い込まれたにもかかわらずそこから相手を猛追して、あと一歩というところまで相手に迫りながらも優勝を逃した。
かつては数年周期で大きな低迷の年が来て、その翌年にはたいていの場合優勝争いに絡むという特徴があったが、近年のセ・リーグの中では強豪チームとなっており、2004年以降はほぼ毎年優勝争いに絡んでいる。
日本シリーズには8回出場しているが、1954年に最初の日本一になってからその後は6連続で敗退してパ・リーグとの相性は悪く、日本一経験のないまま消滅した近鉄・松竹を除く11球団の中でもっとも長い間日本一から遠ざかっていた。2010年までに日本一にならないと、近鉄が持っている55年間(1950年~2004年)連続日本一なしの記録を抜く可能性もあった。また、日本シリーズ6連続敗退は日本プロ野球の単独ワースト記録でもあった。しかし2007年に日本シリーズ制覇を達成して終止符を打つことになった。
その他、2005年には交流戦で15勝21敗と負け越している。この年、中日と阪神の対セ・リーグ成績はほぼ同じであったため、これが優勝争いに響く形となった。2006年は20勝15敗1分と勝ち越し優勝したものの、日本シリーズは1勝4敗で敗れた。
育成選手の背番号が他球団では100番台を使用しているなか育成選手に対しては200番台を採用している。(100番台はチームスタッフに採用している。)

応援スタイル

鳴り物応援およびチャンステーマも参照

選手別のヒッティングマーチを歌いながら、メガホンなどを叩くスタイルである。1980年代~1990年代初頭までの選手別応援歌は他の楽曲から流用したものが多く見られる(例:立浪和義:ガラスの十代、落合博満:マグマ大使など)。1997年のナゴヤドーム移転後からは全国中日ドラゴンズ私設応援団連合が2つのチャンステーマと現監督落合博満の応援歌(上述したマグマ大使)以外は全ての選手応援歌を作曲・作詞して演奏している。1回の攻撃開始、7回の攻撃前、9回以降の攻撃前、得点時に「燃えよドラゴンズ!」を演奏する。他球団では得点時やラッキーセブンで曲が使い分けられたりするが、中日は得点時・勝利時等で全て燃えよドラゴンズを演奏するので、試合中に演奏される機会が非常に多い。応援歌が無い選手には「ガッツだドラゴンズ」(新人王資格あり)、「ドラゴンズマーチ」(新人王資格なし)が演奏される。過去は5年目までが「ガッツだドラゴンズ」、それ以降が「ドラゴンズマーチ」だったが、2004年~2005年オフシーズンに中堅所のベテランから5、6年目の選手を大量に解雇・放出したこと、大学生・社会人ドラフトの分離によって高年齢ながら入団後まもない選手が増えることが予想されることにより基準が3年目までに変更された。2007年シーズンは「ドラゴンズマーチ」に一本化していたが、2008年シーズンは基準を新人王資格の有無に改め、「ガッツだドラゴンズ」の演奏が復活した。

チャンステーマは3つある。

元中日ゲーリー・レーシッチらに使われた山本リンダの「狙い撃ち」(2002年後半から)。
通称「狙い撃ち」。2003年から青とピンクの手袋をはめて応援するスタイルを始めたが、あまり広まっていない。
元中日アロンゾ・パウエルの応援歌(2004年から)。
通称「パウエル」、又は「Get Victory」。下記の「川又」は歌詞つきであるが、「パウエル」は歌詞中に選手名を含むため、チャンステーマとしては歌詞なしである。
元中日川又米利に使用されていたささきいさおの「ぶっちぎりの青春」(2005年から。全国では2006年夏から)。 通称「川又」。初めは巨人戦限定、関東以北限定だったものの、2006年8月下旬よりナゴヤドーム等全国の球場でも使用されている。
他にも特徴的な応援としては、小田幸平が打席に立った時に「O・D・A」コール、タイロン・ウッズが打席に入った時の入場曲(メガホンダンス付きである)の演奏、井上一樹の入場曲の演奏(こちらはオリジナル)、井端弘和のファンファーレ等がある(2005年まで在籍してた大西崇之もファンファーレがあった)。
2008年は応援団の中でも主導的役割を担っていた竜心会、白龍会が暴力団との関係を理由に全球場を出入り禁止になってしまっている。それに抗議するため他の応援団も応援を取りやめた。当初は何のリードもない応援だったが、笛と太鼓による応援は復活している。ただしトランペットによる応援はしばらく復活しなかった。現在はホームでのみトランペットの応援が復活している。

ユニフォーム変遷

1936年 球団創設時のチームカラーは黒。左袖には金のシャチホコをモチーフにしたマークがつけられていた。帽子マークは現在の広島のものと同一。
1937年~1938年 金のシャチホコがユニフォームのマークとなり、その下には「NAGOYA」のマークがつけられていた。また、新愛知新聞のマークが左袖に付けられた。
1939年~1940年 球団創設時のユニフォームを復活。ロゴが黒で縁どりが赤。
1940年 ナチスのハーケンクロイツを参考にしたロゴが登場。左袖にポケットがないのが特徴。
1940年~1942年 名古屋の「名」マークが赤に変更され、前立てラインが廃止される。
1943年~1944年 国防色の採用が義務付けられ、「名」マークが廃止された。
1946年~1947年 「CHUBUNIPPON」のロゴ登場。ビジター用に当たるグレーのユニフォームに「CHUNICHI」のロゴが登場。当時はペンキで書いていた。
1948年 この年から中日ドラゴンズとなるが、スペルが「Doragons」となっている(「トリビアの泉」でも取り上げられた)。ビジター用はライン部分をマイナーチェンジ。ホーム用のロゴはドジャースを意識していた。
1949年 中日の「C」と名古屋の「N」を組み合わせたロゴが登場したが選手からの評判が悪く1年で廃止された。
1950年~1951年 2リーグ分裂を機にユニフォームのスペルを「Dragons」に変更。また、夏場に縦縞ユニフォームが登場。
1952年~1959年 球団名が名古屋ドラゴンズとなる。その後名鉄が球団経営から撤退し中日ドラゴンズに戻るが、ユニフォームは継続使用された。1956年からビジター用が「CHUNICHI」に変更。帽子マークは名古屋時代は「N」マークだったが、中日になってからは「C」(書体は後の広島と同じもの)となった。
1960年~1961年 胸番号の装着を機にフルモデルチェンジ。えび茶が採用され派手なイメージとなる。帽子に中日の「C」とドラゴンズの「D」を重ねたマーク(CDマーク)が初登場。
1962年 濃人監督の出身球団・名古屋金鯱のチームカラーである紺と山吹を採用したユニフォームが登場。同時に帽子のマークを変更しCDマークが1968年途中まで使われたデザインとなる。
1963年~1964年 水色に近い明るいブルーが登場。同時に帽子・アンダーシャツ・ストッキングもブルーに変更。※いわゆる「ドラゴンズ・ブルー」のユニフォームが初登場。理由は主催試合の中継権をもつ中部日本放送と東海テレビ放送が1964年から東海地区では初のカラー放送を開始するためそれに合わせたためだといわれている。
1965年~1968年 西沢監督の就任を機に紺と赤を基調としたユニフォームに変更。1967年からは「Dragons」のヒゲが長くなり、1968年からは日本プロ野球史上初のノースリーブユニフォームも登場(後述を参照)。
1969年~1973年 水原茂監督就任により、モデルチェンジ。チームカラーがライトブルーになり、帽子のCDマークもドジャースを意識したようなブロック体に変更。
1974年~1986年 与那嶺要監督就任により、モデルチェンジ。肩、腰、パンツにかけて太いラインが入る。その間、1974年、1982年の2度のリーグ優勝をもたらした。途中、マイナーチェンジを繰り返しつつ、13年間使用された。
ホーム用は、ライン、ベルトが青、胸ロゴ、胸番号、背番号が赤に青の縁取り。
ビジター用は、上下ライトブルーで、ライン、ベルトが赤、胸ロゴ、胸番号、背番号が赤に白の縁取り。

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1977年より 背番号の上に選手名が入る。
1981年~1983年 2つボタンのプルオーバータイプとなる。
1984年~1986年 前開きボタンが無くなり、被り式のVネックとなる。
1987年~2003年 星野仙一監督就任により、大幅にモデルチェンジされる。ロサンゼルス・ドジャースを意識したモデルになる。1988年、1999年と2度リーグ優勝したゲンのいいデザインで、マイナーチェンジはあったが、基本デザインはホーム用は17年間、ビジター用は15年間の長きに渡り使用された。帽子のマークがそれまでの「CD」から筆記体の「D」に変わり、胸番号が赤になる。胸ロゴはホーム、ビジター共「Dragons」。
ホーム用は、上下白。
ビジター用は、上下グレー。
1996年より、胸番号、背番号・背ネームの書体が従来の高校野球型から、メジャーリーグタイプ(日本球界で初めて)のものに変更される。
1997年より、帽子の「D」マークが、筆記体からブロック体の「D」変更された。
1999年より、右袖に「CHUNICHI」の文字が入る。
2002年のみ、ビジター用の上着が青色になる。
2003年のみ、ビジター用の上着がグレーに戻り、青のラケットラインが入り、胸ロゴ、胸番号、背番号に白の縁取りがつく。
1998年のみ日曜日のナゴヤドームでの主催試合に限り、ノースリーブユニフォームが復活した(後述を参照)。
2004年~ 落合博満監督就任と同時にモデルチェンジ。1974年~1986年に使用された肩、パンツの太ラインと、帽子のCDマークが復活(ただし「C」の文字が若干異なる)し、ホーム用の「Dragons」のロゴが「DRAGONS」とブロック体になる(Dの部分が帽子と同じCDマーク)。
ホーム用は、胸ロゴ、背番号、胸番号、太ライン共青。左袖には「CHUNICHI」の文字。
ビジター用は上着が青、パンツが白で、パンツには太ラインがない。また胸ロゴの「CHUNICHI」が復活する。左袖にはホーム用の胸文字と同じロゴ。
2006年から、ホーム用左袖部分が「CHUNICHI」にかわりスポンサーとして「中日新聞」のロゴが入る。

歴代監督

※太字は優勝達成監督

1936年 - 池田豊
1937年 - 桝嘉一(第1次)
1938年~1939年 - 根本行都
1939年~1941年 - 小西得郎
1941年~1942年 - 本田親喜
1942年~1943年 - 桝嘉一(第2次)
1944年 - 三宅大輔 ※1
1946年 - 竹内愛一 ※2
1946年~1948年 - 杉浦清(第1次) ※3 ※4
1949年~1951年 - 天知俊一(第1次) ※5
1952年~1953年 - 坪内道典
1954年 - 天知俊一(第2次) ※6
1955年~1956年 - 野口明
1957年~1958年 - 天知俊一(第3次)
1959年~1960年 - 杉下茂(第1次)
1961年~1962年 - 濃人渉 ※7
1963年~1964年 - 杉浦清(第2次)
1964年~1967年 - 西沢道夫 ※8
1968年 - 杉下茂(第2次) ※9
1969年~1971年 - 水原茂
1972年~1977年 - 与那嶺要
1978年~1980年 - 中利夫
1981年~1983年 - 近藤貞雄
1984年~1986年 - 山内一弘 ※10
1987年~1991年 - 星野仙一
1992年~1995年 - 高木守道 ※11
1996年~2001年 - 星野仙一(第2次) ※12
2002年~2003年 - 山田久志 ※13
2004年~ - 落合博満
※1 ここから産業
※2 ここから中部日本
※3 ここから中部日本ドラゴンズ
※4 ここから中日ドラゴンズ(第1次)
※5 ここから名古屋ドラゴンズ
※6 ここから中日ドラゴンズ(第2次)
※7 1961年から1962年の登録名は濃人貴実
※8 1967年は5月18日まで指揮、5月30日に復帰するまでは近藤貞雄が代行
※9 1968年は6月24日まで指揮、残り試合は本多逸郎が代行
※10 1986年は7月5日まで指揮、残り試合は高木守道が代行
※11 1995年は6月2日まで指揮、残り試合は徳武定祐と島野育夫が代行
※12 2000年は5月6日まで指揮、5月12日に復帰するまでは島野育夫が代行
※13 2003年は9月9日まで指揮、残り試合は佐々木恭介が代行

永久欠番

10: 服部受弘(1960年- )
15: 西沢道夫(1959年- )
※中日出身者で名球会に加入している選手が現役時代につけていた背番号(41・1=高木守道、14・41=谷沢健一)はすべて永久欠番にはならず、在籍選手での会員である立浪和義の背番号(3)を永久欠番にする話もない。これは中日での永久欠番の条件が日本一に貢献した選手に限られるためと言われている。

※ただし、1954年に日本一になった時の最大の功労者である杉下茂の背番号(20)が永久欠番になっていないのは、一旦引退しながら1961年に大毎オリオンズで現役復帰したからだと推測されるが、それは正しくない。

杉下の背番号(20)も永久欠番にする話があったが、すでにチームを退団した服部や西沢と違い杉下は当時監督としてチームに残る予定だったので、「保留」にしてもらった、と後のテレビ番組にて本人が語っている。したがって現在も保留中状態にあるが、杉下本人は背番号(20)が代々受け継がれていくことを望んでいる、と語っている。

マスコット

球団マスコット

球団マスコットは以下の3体。

ドアラ - 名古屋市千種区の東山動物園のコアラにちなんだキャラクター。アクション担当。背番号は000、のち1994。2003年には、期間限定マスコットとして、ゴールデンドアラも登場した。珍プレー好プレーでイジられる姿がよく映った。なおマスコットの中では、バク転を披露するなど、リーダー的活躍。
シャオロン - 下記で述べるように2匹は龍の子供という設定である。ドーム元年となった1997年、公募により誕生。由来は中国語で龍の子供を意味する“小龍”(しゃおろん)。水色。背番号は777、のち1997。
パオロン - 2000年より登場。シャオロンの友達とも妹ともいう。ピンク色。背番号は2000。
たまにシャオロンとパオロンを見た目から「カバの兄弟」と勘違いされるが、彼らのモチーフは龍である。

関連マスコット

ガブリ - 2006年に球団創設70周年を記念して設立された球団公式ファンクラブのマスコット。1991年、スタジオジブリの宮崎駿が、中日ファンの鈴木敏夫のために、当時の四番打者落合博満と竜をモチーフにデザイン。後にファンクラブのマスコットとして提供され、鈴木氏には名誉会員1号の称号が贈られた。名前は公募でつけられた。
ドムラ - ナゴヤドームの公式マスコット。ゴリラをモチーフにしている。

歴代の球団歌

『ドラゴンズの歌』

1950年発表。小島情作詞 サトウハチロー補作詞 古関裕而作編曲 伊藤久男歌唱。1949年(昭和24年)、中部日本新聞社が曲詞を一般公募。小島情の詞を第一等入選とし、中日ファンであったサトウの助力を受けて、巨人、東急、阪神の球団歌を手がけた古関により仕上げられた。翌1950年(昭和25年)3月21日、セントラルリーグ発足式で発表会が行なわれ、レコードが発売された。B面は、やはり名古屋の「名古屋タイムス社」一般公募による当選詞に藤浦洸の補作詞、古関作曲、「宝石の声をもつ」と讃えられた安西愛子の歌唱による「私のドラゴンズ」が収められていたが、中日、名古屋タイムス、両紙の関係が良好ではなかったため2曲とも歴史の闇に眠ったままであった。(アナログLP盤「懐かしのSP盤黄金時代」(日本コロムビア) 曲目解説文・改)しかし、『ドラゴンズの歌』は2006年発売のアルバム『昇竜魂~ドラゴンズ70thメモリアルソングス~』に収録された。
『燃えよドラゴンズ!』
1974年にCBCラジオの企画で作られた応援歌。中日の代表的な応援歌であり、毎年選手の入れ換えとともに歌詞が変わる希有な応援歌でもあり、球団歌・応援歌の中でもっとも広く定着している。詳細は同項を参照。
『夢は1001、ドラゴンズ』
1987年、星野仙一監督の就任とともに『燃えよドラゴンズ!87』とともにリリースされた中日のイメージソング。
『ドラゴンズに乾杯!』
1991年、『燃えよドラゴンズ!91』の発売と同時にリリースされた歌。『燃えよドラゴンズ』『少年ドラゴンズの歌』『燃えよガッツだドラゴンズ』『ダッシュだ!!ドラゴンズ』『夢は1001、ドラゴンズ』の流れを引き継ぐイメージソング。作詞作曲は山本正之、編曲は神保正明。
『勝利の叫び』
歌はドラゴンスターズ、水木一郎のヴァージョンとがある。
『嵐の英雄(ヒーロー)』
歌はドラゴンスターズ。

主なキャンプ地

現在のキャンプ地

沖縄県北谷町・北谷公園野球場 (1軍)(1996年~)※1
沖縄県読谷村・読谷平和の森球場 (2軍)(1997年~)※2
※1 1997年のみ2次キャンプ地。
※2 1997年のみ2次キャンプ地。

過去のキャンプ地

鹿児島県鴨池球場(1946年)
鳴海球場(1947年~1948年)
中日球場(ナゴヤ球場)(1949年~1951年、1964年、1972年~1975年、1997年)※3
神戸市芦屋神戸銀行グランド(1952年)
静岡県伊豆静岡県立大仁高等学校(伊豆)グランド(1953年、1956年)
奈良県営球場(1954年~1955年、1957年)
鹿児島県湯之元町湯之元町営球場(1958年~1959年)
大分県別府市別府市営球場(1960年~1963年)
大分県営球場(1960年)
明石市営球場(1963年、1969年~1971年)
和歌山県勝浦(巴川・妙法)(1964年)
松山市営球場(1965年~1968年)
浜松市営球場(1972年~1977年)
米国・フロリダ・ブラデントン球場(1975年)
掛川市営球場(1978年)
宮崎県串間市営球場(1979年~1995年)※4、※5、※6
沖縄県具志川球場(1985年~1992年)※7、※8
沖縄県石川球場(1987年~1996年)※9、※10、※11、※12、※13、※14
米・フロリダ・ドジャースタウン(1988年)※15
豪洲・ゴールドコースト(1989年~1992年)※16
米アリゾナ・ピオリア(1995年)※17
※3 1997年は1次キャンプ地。
※4 1983年は1軍2次キャンプ地および2軍キャンプ地。
※5 1984年は1・2軍キャンプ地。
※6 1985年以降は、1軍の2次キャンプ地および2軍キャンプ地。
※7 1988年は1軍1次キャンプ地。
※8 1989年以降は1軍2次キャンプ地。
※9 1987年は1軍キャンプ地。
※10 1988年は1軍1次キャンプ地。
※11 1989年~1992年までは1軍2次キャンプ地。
※12 1993年~1994年は1軍キャンプ地。
※13 1995年は1軍2次キャンプ地。
※14 1996年は2軍キャンプ地。
※15 1軍2次キャンプ地。
※16 1軍1次キャンプ地。
※17 1軍1次キャンプ地。

参考文献
『中日ドラゴンズ70年史』(中日新聞社刊)147頁~149頁

中日ドラゴンズが主催する地方遠征について
中日ドラゴンズはナゴヤドームでの主催試合のほかに、下記のように毎年6試合ほどの地方遠征を行う。なお豊橋・浜松、岐阜・福井、富山・金沢と球場の場所が比較的近いのを考慮して日程が編成されている。特に富山・金沢の試合は北陸シリーズと呼ばれたりする事が多い。またバックネット裏の広告もナゴヤドームの場合のトヨタ自動車ではなく、球場ごとに異なる広告が掲示される(例:長良川-大垣共立銀行、豊橋-SaLa など)

なおオープン戦の場合は、キャンプ地の北谷球場をかわきりに、浜松市営球場・長良川球場を除く下記に記された以外の東海地方の各都市(岡崎・豊田・小牧)でも開催されることがあり、毎年多くの観客が来場したりしているほか、東海テレビ・CBCテレビで中継されている。

豊橋 - 豊橋市民球場(ここで開催されている球場の試合は東海ラジオ放送の主催する試合のため、テレビ中継は関連する東海テレビや三重テレビで放送されている)
浜松 - 浜松市営球場
岐阜 - 岐阜県営長良川球場
福井 - 福井県営球場
富山 - 富山市民球場
金沢 - 石川県立野球場
ファームの場合も毎年地方遠征を行うほか、ナゴヤドームで試合を行うことがあるが(ただし開始時刻が通常より早まるほか、内野エリアのみの開放のため売店も一部のみの営業、バックスクリーンの映像演出がないなど、1軍と比べると様式が違う部分が多い)、通常のナゴヤ球場の場合のようなスタイル(ドラゴンズ公式ファンクラブ会員なら、チケットを買わずに会員証を見せるだけで入場できるシステム。ただし人数制限あり)ではなく、1軍公式戦の時より安価に設定されているものの、チケットを買わなくてはならない。

なお、東海3県では唯一三重県ではここ数十年1軍公式戦を行っていない。オープン戦や2軍の試合では四日市市霞ヶ浦第1野球場や津市営球場を使うことはある。また中日新聞の販売エリアである長野県・滋賀県・和歌山県も現在のところ1・2軍とも試合が行われていない。

メディア

関連番組

在名民放テレビ局に関しては、基本的に月刊ドラゴンズ内『ドラ応援番組裏話』を基準とするほか、初回放送分のみ記載する。掲載順はテレビ・ラジオともに放送日(月曜日始点)。

テレビ

スターキャット - 燃えドラ!スタジアム(木曜日14:00~14:30)
テレビ愛知 - ユメスポ(土曜日9:50~10:00)
東海テレビ - ドラゴンズHOTスタジオ(スーパーサタデー内)
メ~テレ - スポケン!(土曜日深夜24:30-25:00)
CBCテレビ - サンデードラゴンズ(日曜日12:54~13:24)
中京テレビ - SPORTS STADIUM(日曜日17:00~17:30)
ラジオ
CBCラジオ - 2000年10月2日~2009年4月2日まではドラゴンズワールドがシーズンオフ・シーズン中関係なく放送されていた。現在は土曜天国 ぴかラジ(土曜日12:30~17:57)・若狭敬一のスポ音(日曜日17:00~17:57)などでドラゴンズ情報を扱う。
東海ラジオ - ガッツナイター最前線(月曜日17:45~18:20。シーズン中)/ガッツだ!ドラゴンズ(シーズンオフ。平日17:45~18:15)

放映権

中日ドラゴンズ主催試合の放送権があるのはNHKと中京広域圏内で中日新聞社系列である民間放送のAMラジオ2局・テレビ4局のみで、特にテレビ中継による放映権取得分の約8割はCBCと東海テレビに集中している(両局とも中継の数は半々に振り分けている)。

一方で非中日新聞社系列であるメ〜テレ・中京テレビ放送・岐阜テレビ・岐阜ラジオに放送権はなく、中日ドラゴンズ主催試合を中継できない(但し、系列がある阪神戦・横浜戦・広島戦のビジターゲームは放送することもある。かつては、巨人戦以外の主要ビジターゲームを三重テレビ放送・岐阜放送が生中継したのち、メ~テレでそれを編集・再構成し自社スタジオでカラ出張放送したビデオナイター・ゴーゴードラゴンズとして放送した事例もある)。

同じ中日資本の三重テレビ放送とテレビ愛知も開局当初はホームゲームの中継が出来なかった。しかし三重テレビでは東海テレビが放送できない試合を三重テレビで放送することにより中継開始、またテレビ愛知でも現在は年数試合が放送されており、2007年には53年ぶりの日本一を達成した日本シリーズ第5戦(制作はナゴヤドームの巨人戦を含めてキー局のテレビ東京)を民放初となる完全中継を行った。

また岐阜テレビでは過去にCBCと提携し、CBCで中継できなかったホームゲームを中継したことがあったが、現在はしていない。但し、2007年の日本シリーズ第5戦はテレビ愛知でなくテレビ東京制作のため独立UHF局にも中継協力要請があり、岐阜テレビでも中継が行われた。

浜松、福井といった中京広域圏外での主催ゲームは、地元民放の中継がない。ただし浜松市近郊では、中京広域圏内の中日新聞社系列民放の豊橋局を受信することでゲーム視聴可。

また、岐阜ラジオではスポーツニュースで中日ドラゴンズの結果を伝える際は「中日」とは言わず「ドラゴンズ」としてコメントするといわれている。

ラジオ

NHK名古屋放送局(NHKプロ野球)

中部日本放送(CBCドラゴンズナイター。デーゲーム中継等は『CBCドラゴンズスペシャル』として。ただしデーゲームの多い土日は競馬中継のため中断することがある)
東海ラジオ放送(東海ラジオ ガッツナイター。デーゲーム・月曜ナイターは『東海ラジオ ガッツナイタースペシャル』として。なお東京ヤクルトスワローズの主催試合を中継する際は、東海地方の民放ラジオ局で唯一の、独占生中継で放送する(放送権の関係)が、一方で読売ジャイアンツの主催試合を、CBCとの兼ね合いからか、自社制作できていない。2009年度は巨人主催試合のほかに、東京ヤクルトを除く関東地方で行われるデーゲームの試合中継ができなかった)
テレビ
NHK名古屋放送局(NHKプロ野球)
東海テレビ放送(BASEBALL SPECIAL~野球道~・ローカル中継のタイトルは、ナイター時『プロ野球ナイター中継2008』デーゲーム時『プロ野球中継2008』。巨人戦ではフジテレビONE(東京ヤクルトのホームゲームと重なる場合はフジテレビTWO)でも放送)
三重テレビ放送(三重テレビナイター。東海テレビが年間を通じて諸事情の関係で中継できないホームゲームを、東海テレビの製作協力により放送されている(東海テレビがCS放送担当日の場合、同時生中継されることもある)。なおビジターゲームも他のUHFテレビ放送局が放送している試合をネットする形で放送している。)
中部日本放送(ザ・プロ野球、ローカル中継のタイトルは『ザ・プロ野球 燃えよドラゴンズ!』。なおビジターゲームもデーゲームを中心に不定期で中継する。巨人戦ではBS-TBS、TBSニュースバード、(横浜のホームゲームと重なる場合はTBSチャンネル)でも放送)
J SPORTS(J SPORTS STADIUMとして放送されている。ホーム戦は、東海テレビ・CBCテレビが地上波で放送される場合、CS放送の中継制作も担当。テロップはオリジナルを使用するが、地上波と比べるとかなり簡略化されたデザインを使用。NHKやテレビ愛知(2007年まではテロップも提供)の担当日も映像提供のみ行っている。また優勝決定後に行われるビールかけの模様も生中継される)
テレビ愛知(侍スタジアム)(読売ジャイアンツ戦の放映は2006年まではなかったが、2007年から1試合の中継を行う。ホームゲームも放送するが、東海地方のテレビ局の中では、ビジターゲームでも現地に自社スタッフを派遣することが多い。)
東海地方の各ケーブルテレビ(2007年よりウエスタン・リーグ、2009年からは「燃えドラ!スタジアム(西暦年)ウエスタンリーグ/オープン戦」とタイトルが新しくなったほか、ナゴヤドームでのオープン戦も中継。球団公式HPなどにはスターキャットのみの掲載だが、実際は「東海ケーブルチャンネル」でも同時中継される。制作:スターキャット・ケーブルネットワーク)

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背番号20番

1949年に杉下茂が背番号20番を背負って以来、ドラゴンズを代表する投手や、期待される投手に背番号20番が与えられてきた。このことから背番号20は「ドラゴンズのエースナンバー」と呼ばれている。杉下以降に20番を付けた投手は、以下のとおりである。

杉下茂(1949年 - 1960年)
権藤博(1961年 - 1969年)
渡部司(1970年)
星野仙一(1971年 - 1982年)
小松辰雄(1984年 - 1994年)
宣銅烈(1996年 - 1999年)
川崎憲次郎(2001年 - 2004年)
中田賢一(2005年 -)
ただし、落合監督は「エースナンバーは18」が持論であり、そのため、希望獲得枠ではなくドラフト2巡目入団の中田賢一に「空いていた背番号」として20を与えている。(ちなみに、1巡目の樋口龍美に21、5巡目の鈴木義広に23を与えた)。この時『20番はエースナンバーじゃないんですか?』という記者の質問に、落合監督は『20がエースナンバーだって言うんなら、杉下さんで永久欠番にすりゃよかったんだ(笑)』と答えた。

延長28回

1942年5月24日に行われた大洋対名古屋5回戦(後楽園球場)の試合は、大洋の先発投手・野口二郎、名古屋の先発は西沢道夫で始まった。9回を終えて4対4の同点で延長へ。当時は戦時下による突貫主義が野球にも影響を与えており、引き分けの条件は日没のみ。9回以降は両軍とも0点が続き、延長28回を終わった時点で日没コールドが宣言され試合は終了した。先発両投手が最後まで投げきり、野口が投球数344球、西沢は311球で完投した。試合時間は3時間47分。プロ野球の延長記録では世界最長となった。

但し3Aも入れて見ると世界最長は1981年4月18日にポータケットで記録された、延長33回、8時間25分である。この時は日付変わって午前4時7分、延長32回サスペンデッドゲームが宣告され、同年6月23日に再開(サヨナラヒットにより1イニングで決着)されている。(史上2位はアメリカメジャーリーグの延長26回=1920年5月1日のブルックリン・ドジャースvsアトランタ・ブレーブス)。

当時のスコアテーブル
チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 合計
名古屋軍 0 1 1 0 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4
大洋軍 0 0 0 0 0 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4

2度も唯一を経験

中日ドラゴンズは1948年に自前の球場ナゴヤ球場(※1948年 - 1975年までは中日スタヂアム)を完成させナゴヤドームに本拠地を移す前年の1996年まで本拠地として使用していたが本拠地球場がらみの災難をナゴヤ球場時代に2度経験している。1つ目は球場を火事で焼失。2つ目は球場の運営会社倒産の影響で本拠地消失の危機に陥ったことである。前者は1951年の出来事である。初代の中日スタヂアムは木造作りだったが故にタバコの不始末によるボヤ騒ぎがしょっちゅうでセントラル・リーグ発足以降は連盟から改善命令を受けていた。その年の8月の対巨人戦の3回表頃にバックネット裏から出火、あっという間に燃え広がり全焼してしまった。おかげでチームは残りの主催試合を静岡県や神奈川県で行う羽目に。しかしこの火災直後に鉄筋コンクリート作りで再建が開始され、翌1952年には完成して支障を来たさずに済んでいる。(なお、1959年に発生した伊勢湾台風の時も、球場が水没したため一部の主催試合の会場を変更した事例がある)後者は1973年 - 1974年の出来事。中日スタヂアム時代のナゴヤ球場は中日新聞社の関連会社(株)中日スタヂアムが運営していたが1970年代頃からほかの事業がうまくいかず経営が悪化。1973年に社長が三重県の志摩海岸で自殺していたのが発見されたことにより倒産にいたっていたことが発覚(※ 倒産後同社の不渡手形をめぐる恐喝・殺人事件が発生したがこれは中日スタヂアム事件を参照されたい)。当時東海地方に主催試合を行える球場がなかったためたちまち本拠地消失の危機を迎えてしまったが債権者の同意を得て1974年・1975年のシーズンを乗り切ることができた。そして、1976年に中日新聞社と地元の中継権を持つ中部日本放送・東海テレビ放送・東海ラジオ放送、地元名古屋市の財界の雄トヨタ自動車(当時はトヨタ自動車工業)や中部電力など東海地方の有力企業が共同出資して新たな運営会社、(株)ナゴヤ球場が設立され中日スタヂアムの運営を引き継ぎ、球場名もナゴヤ球場と改称され1996年まで本拠地運営していくのである。

変則ダブルヘッダー

戦前・並びに戦後初期は変則ダブルヘッダー(異なる組み合わせの試合を同じ会場で施行する)のケースが頻繁に行われたが、1952年にプロ野球地域保護権(フランチャイズ=ホームタウン)が制定されてからも、1960年代初めまで関東地方に籍を置くチームの多くは後楽園球場を使用していたため、変則ダブルは当たり前だった。 その後変則ダブルは皆無に等しくなるが、1971年10月11日に川崎球場で行われたダブルヘッダーは中日がビジター(アウェー)で、ホームチームが入れ替わるというものだった。というのも日本シリーズ・巨人vs阪急の開催が10月12日から行われるのに併せて、それまでにペナントレースを全て終わらせたい意向があったためで、この日は第1試合をヤクルトとの試合、ついで第2試合は川崎を本来のホームタウンとする大洋との対戦を開催した。 ヤクルトは当時明治神宮野球場が大学野球(東京六大学選手権・東都大学選手権1部リーグ)とデーゲーム日程が重なる場合は大学野球を優先したため、やむをえない事情として川崎球場や横浜公園平和野球場等を借りて試合をしていたため、こういう変則日程が生じた。

人工芝が苦手だった

1976年に後楽園球場に人工芝が敷設されたが、中日はこの後楽園を大の苦手としていた。初戦の5月4日に巨人に3-10で敗れると、そのまま7連敗。6月27日に9-9で引き分けて新生後楽園での初勝利は近いかと思われたが、その後5連敗し、結局この年は後楽園で全く勝てぬまま終わってしまった。翌1977年も4月2日に3-5で敗れるとそのままズルズルと負け続け、2年続けて後楽園では勝てないとファンを不安がらせたが、9月13日に6-5で勝ち(勝利投手松本幸行)、連敗を19で止めた。中日はナゴヤ球場では1976年は7勝6敗、1977年も後楽園の連敗ストップ時には4勝5敗1分けと、2年連続でリーグ優勝した巨人相手に互角の勝負を演じていただけに、この連敗は大きな痛手となった。

初登板がノーヒットノーラン

1987年8月9日、ナゴヤ球場で開かれた巨人との対戦において、この年入団したばかりの近藤真一投手が初登板した。近藤は地元・愛知県の享栄高校のエース投手として活躍し、1986年のドラフト1位で入団。2軍での調整が続いたがこの日1軍公式戦に初登板。すると初完封はおろか、日本球界で史上初となる初登板ノーヒットノーランの偉業を達成した。

映画の中のドラゴンズ

野球を扱った映画は数多くあるが、中日ドラゴンズを扱った映画として、1992年に公開されたアメリカの作品『ミスター・ベースボール』(Mr.Baseball、トム・セレック主演、フレッド・スケピシ監督)がある。ヤンキースから中日にトレードされたメジャーリーガーの活躍を描いた作品で、中日球団および地元テレビ局の全面協力の元、野球のシーンでは1992年当時の全国各地の本拠地球場で撮影、ナゴヤ球場での撮影ではのべ10万人以上もの名古屋市民がエキストラとして参加した(そのときのキャッチコピーは「映画に出てハリウッドに行こまい」)。当初はオリックス・ブレーブス、阪急西宮球場を舞台に実際に撮影が進められていたが、途中でブレーブスがブルーウェーブに改称し本拠地が神戸へ移転したこともあって、中日に舞台が変更され、再度撮影された。日本では高倉健が内山監督役で出演したことで話題となった(ちなみにこの時に野球をあまり知らない高倉の相談役になったのが、福岡・東筑高校時代の後輩で当時近鉄監督を務めていた仰木彬である)。またチームメイト役では『メジャーリーグ』シリーズや『24』シリーズに出演しているデニス・ヘイスバートが、さらにはレオン・リー(元ロッテ)やアニマル・レスリー(元阪急)など日本でも活躍した往年のメジャーリーガーもゲスト出演している。また、中日ドラゴンズに女子ピッチャーが入団する梅田香子原作のアニメーション映画『勝利投手』が1987年に公開されている。アメリカのフロリダ州にあるウォルト・ディズニー・ワールドの施設、ディズニー-MGMスタジオのアトラクション、「マジック・オブ・ディズニー・アニメーション」のツアーで「ドラゴン」の付く言葉として「チューニチ・ドラゴンズ」が映像と共に出てくる。

キッズドラゴンズ

中日ドラゴンズは、1997年から子供向けサイトとしてキッズドラゴンズというサイトを運営している。マスコットのペーパークラフトや、野球教室、さまざまなゲームがある。このようなサービスを行ったのは12球団中、中日ドラゴンズが初。ほかにこのような試みをしている球団は読売ジャイアンツのキッズジャイアンツがある。

サンデーユニフォーム

第二次星野監督時代の1998年、白地に星野の母校明治大学のイメージカラーである紫の縦縞でノースリーブのユニフォームを日曜日のナゴヤドーム限定で使用したが、安っぽいとの評価や着用した試合の勝率が余りに悪いことなどからわずか1年で廃止された。ちなみに中日は1968年にもノースリーブのユニフォームを使用したことがある(ホーム用は白地で左胸に赤いDの飾り文字、ビジター用はグレー地に赤でChunichi)。この年最下位に沈んだこともあり、こちらもわずか1年で廃止されている。

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観客動員の発表

2005年から各球団がより透明性のある球団経営の定着を図るために、有料入場人員を実数で発表しているが、中日だけは実数に近い数値で発表するとしながらも、100人以下を切り捨てて発表している。これは中日主催ゲームのチケットが他球団の主催ゲームのように半券をもぎるスタイルではなく、チケットに入場を証明するスタンプを押す方式を採用しており、正確な人数が把握できないためであった。2006年オープン戦からは他球団と同様1人単位までの実数発表に切り替えられている。

球団公式ファンクラブ

2006年2月17日発足。今まで高校生以下を対象としたジュニアファンクラブは存在していたものの、高校生以上を対象としたファンクラブが存在していなかったため、球団設立70周年を機に中日新聞社と共同で設立。運営は中日ドラゴンズ公式ファンクラブ事務局が行っている。初年度の2006年の会員申し込み受付では、先着25000人限定でナゴヤドームのチケットが特典でつくと公表したところ、数日でチケット特典が終了したほか、会員数も最終的に8万8061人と急激に伸びた。

主な会員特典

ユニフォーム・バック・ジャンパーはミズノ製

ガブリのぬいぐるみ(2006年~)、ガブリのパペット(2008年~)
会員証(QRコード&顔写真を貼る箇所がある。2006年~)
会員証カードホルダー&ストラップ(2006年~)
ピンバッチ(2006年~)
DRATICKET(ナゴヤドーム開催試合先行予約。事前登録する必要がある。2007年~)
ナゴヤ球場でのウエスタン・リーグ(2軍リーグ)観戦無料(2006年~。但し会員証の顔写真が貼ってない場合は入場できないほか、観客が規定の人数を超えると入場を断られる場合がある)
オリジナルメッシュユニフォーム(2006年~)
オリジナルバック(2008年~)
オリジナルジャンパー(2007年~)
ドラゴンズ月間MVPプレゼンター権利(2008年~。プレゼンターを中スポ読者&ファンクラブ会員という条件の中から抽選で決める)

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公式球団ブログ

中日ドラゴンズ・広報担当の、石黒哲男が編集・運営しているブログのこと。2006年3月下旬よりスタート。記念すべき第1回目は、2006年3月22日更新の『今日から始めます。よろしくお願いします。』内容は小牧市民球場で行われたオープン戦の盛り上げ役として参加したチアドラゴンズに関しての話題だった。掲載される内容として、シーズン中の場合は、主に試合の裏側などのリポート・選手の様子など シーズンオフは、主に球団の様々な情報が掲載されることが多い。ドラゴンズのマスコット(主にドアラ)の写真や情報が掲載されることが多く、特にドアラ人気が上昇してからは、ドアラに関する記事も多くなった。

公式ブログは、NECのBIGLOBEのブログを利用している関係から、BIGLOBEウェブリブログの年末特集で、インタビューも受けた。現在もインタビューの模様が掲載されている。

2008年3月下旬ごろに大幅リニューアルされた球団サイトのファンエンタメページのブログの紹介には、球団広報の名物ブログと書かれている。

2008年2月1日からはドラゴンズの2軍情報を伝える球団公式ブログがオープンしたが、こちらの編集・運営は本家と異なる人物が担当している模様。同年8月2日からは公式ブログを補う形として、同じ広報担当が編集・運営を行う「公式カメラマンブログ」がオープンした。

2006年リーグ優勝時の中継

2006年10月10日のリーグ優勝決定試合(対巨人戦・東京ドーム)では地上波テレビ放送での全国中継がないという事態が生じ、本来巨人の主催試合の放映権を持っている日本テレビとその系列局中京テレビに苦情の電話が殺到した。ただし衛星テレビ放送では、日本テレビ系の日テレG+、及びNHKが急遽予定を変更してNHK-BS1での中継を放送した。また、地上波ラジオ放送ではNHKラジオ第1放送が全国中継を、在京ラジオ局ではTBSラジオ、ニッポン放送が中継を放送した。地元東海地方では、CBCラジオが自社制作で放送され、東海ラジオは放送権の都合上、ニッポン放送の中継をネットする形となった。

東海地方で地上波中継ができなかった理由

上述のように、地元の東海地方ですら地上波テレビ中継ができなかった理由として、日本テレビ系列局(NNS)の著作権関係が大きく影響していた。日本テレビ以外の系列(CBC=TBS系、東海テレビ=フジテレビ系、メ〜テレ=テレビ朝日系、テレビ愛知=テレビ東京系)の場合はネットワーク組織でプロ野球の放映権・著作権を共同保有しているため、主催球団の地元局の意向なしに他地方の同じ系列局が自社の実況・解説者を使ってその試合を中継することができる(一例を挙げると、東京ヤクルトスワローズ主催のヤクルト対中日戦を地元局のフジテレビが地上波中継していなくとも、東海テレビが自社のアナウンサーと解説者を使って地上波中継できる)。このため、もし他系列が優勝当日の試合の放映権を保有していれば、東海地方だけは地上波中継ができた。一方、日本テレビ系列では、NNSでの取り決めにより主催球団の地元の放送局が試合の放映権と著作権を全て握っており、地元局の意向なしに他地方のNNS加盟局への試合中継は許されないことになっている。このため、中京テレビで巨人主催試合を流すためにはキー局・日本テレビでの地上波中継が必須となる。しかし、近年の巨人戦視聴率の低迷に加え、その日は人気番組「踊る!さんま御殿!!」の2時間スペシャルが放送予定であったため、中日の優勝試合では「さんま御殿」の視聴率を上回る期待ができなかったために、NNS加盟局からの放送許可が下りず、東海地方でも地上波中継できなかった。

初めて2度の優勝を達成

2003年以前の中日は優勝してから次に優勝するまでに最短でも6年(1982年→1988年)を要していた。しかし、2004年に落合監督が就任1年目にして優勝したためこの記録を5年(1999年→2004年)に短縮。さらに2006年の優勝によって2年(2004年→2006年)にまで縮めた。また、2003年以前には1回の任期中にチームを2回以上優勝に導いた監督は1人もおらず(星野監督は2回の任期で各1回なので該当しない)、落合監督は初めて1度の任期中に2回の優勝を成し遂げた中日監督となった。これについては白井文吾オーナーも、2006年の契約更改で「以前は10年に1度くらいしか優勝できなかったのに、3年に2回なんて夢のようだ」と語っている。

史上初の継投による完全試合で日本一決定

2007年度はシーズン2位とリーグ優勝とはならなかったものの、このシーズンよりセントラル・リーグにも導入されたクライマックスシリーズでは、ファーストステージ・セカンドステージを全勝で勝ち上がり、球団史上初の2年連続での日本シリーズ出場を果たし、前年と同じく日本ハムと対戦することになった。3勝1敗で王手をかけたシリーズ第5戦、先発した山井大介は8回まで全打者を完全に抑えていた。そのため、もし9回も三者凡退に抑えれば、ノーヒットノーランを含めて日本シリーズ史上初の完全試合を、日本一を決定する試合で達成することになり、結果が注目された。しかし落合監督は、山井が試合中盤でマメを潰していたことなどを知り、9回を抑えの切り札岩瀬仁紀に任せたため、個人投手による完全試合はならなかった。この采配に関しては落合監督の采配への賛否に詳しい。その後、未だ完全試合継続中というプレッシャーのかかる中、岩瀬は9回を三者凡退に抑え、日本プロ野球はもとよりメジャーリーグでも例のない継投による完全試合を記録し、53年ぶりとなる念願の日本シリーズ制覇を成し遂げた。

中日ドラゴンズの御紹介ページです

http://dragons.jp/

http://dragons-official.at.webry.info/

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釈 由美子さんについて

釈 由美子

釈 由美子(しゃく ゆみこ、1978年6月12日 - )は、日本の女優、タレントで元グラビアアイドル。所属事務所はトミーズアーティストカンパニー。本名同じ。愛称は「釈ちゃん」。
東京都清瀬市出身。吉祥女子高等学校を経て学習院女子大学中退。なお、出身地については、本人が「埼玉県所沢市出身」とコメントすることがある。

略歴

1997年、大学在学中に講談社週刊ヤングマガジンの「Missキャンパスグランプリ」にグランプリに選ばれてデビュー。 1999年アイ・オー・データ機器アイ・オーキャンペーンガールに選ばれる。 10月1日、メディアリングより、マキシシングル「セカンドチャンス」をリリース。 2000年、第1回スイムスーツグランプリ2000フレッシュ部門。宇部興産キャンペーンガールに選ばれる。 10月25日、1年ぶり3枚目のニュー・シングル「BUNSINラブソング」をリリース。 2001年、第38回ゴールデン・アロー賞グラフ賞受賞。2001年度雑誌愛読月間イメージキャラクターを務める。 5月23日、ZETIMA移籍第1弾シングル「ドラマティックに恋をして」をリリース。作詞は、自身が担当。 2002年、映画『ゴジラ×メカゴジラ』に主演。また、

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バンダイから本人がモデルとなったお酌ロボット、「お酌パラダイス 釈お酌」 (フィギュア制作 寒河江弘) を発売。 10月23日には、プライエイドより、「釈お酌」をリリース。前作と同様に、作詞は自身が担当。お酌ロボット「お酌パラダイス 釈お酌」のイメージソング。2003年にスタートした、NHK総合テレビ『英語でしゃべらナイト』で生徒役を務める。 2005年10月にはフジテレビ月9の『危険なアネキ』に出演。 2006年2月からフィットネスクラブチェーン『ワウディー』のアドバイザリースタッフ(キャンペーンガール)を務める 2006年10月に開始されたテレビアニメ『009-1』のヒロイン、ミレーヌ・ホフマン役に抜擢。

人物

デビュー当時はボケのキャラをつくっていたが、実際には勉強家。「英語でしゃべらナイト」に出るようになったあたりから、変なキャラクターはほとんど出さなくなった。
ボケキャラだったときは「座右の銘はふんにゃかふんにゃか」など意味不明な発言が多かった。 本人は「釈」の苗字について、蜂須賀正勝(小六)の末裔が、出家して四国に渡った際に「釈」に改名したと語っている(釈とは僧侶の通姓である)。
趣味はスキーとヨガ。愛犬はチワワのちょこちょこ、もちもち、たおぱいぱい、しゃくてぃぱっと。 ヘアカラーが似合う芸能人に選ばれたことがある。 事務所の戦略でデビュー当時ショートカットだった。 2001年、主演映画『修羅雪姫』で硬派な演技を見せ、それまでのイメージを払拭した。その後は女優業が中心となり、女性ファンもかなり増えている。映画『ゴジラ×メカゴジラ』の主演を務めるために、自衛隊の訓練に志願参加した他、1日300回もの腹筋運動などハードなトレーニングをこなし、体脂肪率が10%を切る程度にまでなったことで話題になった。また、同作での役作りの目的で『機動戦士ガンダム』を鑑賞し、以降大ファンであることを公言している。2003年にはプレイステーション2用ゲームソフト『機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙』にてゲームオリジナルキャラクターの声優として起用。ゲームに登場する「釈由美子専用ザクII」(トニーたけざきデザイン。ピンク色で肩にハートマーク入り。[1])のMOBILE SUIT IN ACTION!!(MIA、いわゆるアクションフィギュア)は角川書店の雑誌ガンダムエース誌上限定通販品として販売された。2008年1月14日放送の『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演した際、プレゼントとしてそのMIAがタモリに渡された。 主演した『ゴジラ×メカゴジラ』の演技は『修羅雪姫』以上に「イメージが変わった」との声が多い。次作『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』にも同じ家城茜役でゲスト出演した。なお、ゴジラシリーズの主人公の中で、同じ役名で別の作品に出演したのは、今のところ彼女だけである(ちなみに「準主人公」も含めると小高恵美が三枝未希役として6度出演している)。 1人で行ってしまう程スキーが好きであり、節約交通手段として学生時代からヒッチハイク等で、スキー場に通っていた。 デビュー後以降も1人でスキー場に行ってしまうらしく、運送業のトラック運転手に頼み込んで、志賀高原へ行っていた事がある。「運転手さんは、優しい人が多いから。」と本人談。事務所の意向に因り、1人旅が制限された。 アンジェラ・アキのファンである。英語でしゃべらナイトにも出演依頼し共演してからは友人になった。最終出演のときもアンジェラ・アキから釈に歌のプレゼントをしている。 安室奈美恵のファンである(カラオケで振り付きで歌うらしい)。 2007年3月1日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした」の食わず嫌い王決定戦で、舞茸が嫌いであることが発覚。理由は「匂いがきついから」であった。

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家族構成は、父、母、姉、妹2人である。父親は「コスモアート」という骨董・美術品を販売する会社を経営しており、全国を回って販売している。ちなみに事業を2度倒産させたことがあるらしい(2008年10月23日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした」モジモジくんHYPERより、遠藤章造・有吉弘行と“貧乏オールスターズ”というチーム分けをされたのを受けて)。 上の妹は大沢あかね似で、エステティシャンとして姉のボディケアも行なっている。2008年放送の日本テレビ系新春特番にVTR出演。その後の2009年4月21日放送の同系列「魔女たちの22時SP」にも出演した。 料理が得意であり特に野菜系の料理が得意である。 側音化構音障害のため、カ行の発音に違和感がある。例えば「聞く」と発音すると「キィッキュッ」と自然と歯の側面から息を出すように発音してしまう。生活や演技に支障が出るほどではない[要出典]。 2009年2月、軽微な神経症候を認めるギラン・バレー症候群に罹患。

出演

テレビドラマ

ツインズな探偵(1999年、フジテレビ) - 井崎美紀 役
笑ゥせぇるすまん(1999年、テレビ朝日) - ルミ 役(第5話ゲスト)
ショカツ(2000年、フジテレビ) - 安部奈津子 役(第9話ゲスト)
新宿暴走救急隊(2000年、日本テレビ) - 真中美樹 役(第1話ゲスト)
生きるための情熱としての殺人(2001年、テレビ朝日) - 主演・四条舞衣、階堂安奈 役
婚外恋愛(2002年、テレビ朝日) - 広瀨志津香 役
タスクフォース(2002年、TBS) - 古賀光子 役
よど号ハイジャック事件・史上最悪の122時間(2002年、日本テレビ) - 沖宗陽子 役
Stand Up!!(2003年、TBS) - 望月いすず 役
スカイハイ(2003年、テレビ朝日) - 主演・イズコ 役
スカイハイ2(2004年、テレビ朝日) - 主演・イズコ 役
黒革の手帖 (2004年、テレビ朝日) - 山田波子 役
愛情イッポン!(2004年、日本テレビ) - 内村さつき 役
不機嫌なジーン(2005年、フジテレビ) - アヤカ 役(第1話ゲスト)
曲がり角の彼女(2005年、フジテレビ) - 三原なつみ 役
空中ブランコ(2005年、フジテレビ) - マユミ 役
危険なアネキ(2005年、フジテレビ) - 北村さおり 役
西遊記(2006年、フジテレビ) - 冥蘭 役(第6話ゲスト)
7人の女弁護士(2006年、テレビ朝日) - 主演・藤堂真紀 役
ほんとにあった怖い話 夏の特別編2006 「病棟のぬいぐるみ」(2006年、フジテレビ) - 松山紀子 役
世にも奇妙な物語 秋の特別編「部長OL」(2006年、フジテレビ) - 園田亜季 役
ヒミツの花園(2007年、フジテレビ) - 主演・月山夏世 役
働きマン(2007年、日本テレビ) - 野川由実 役(第2話ゲスト)
ガリレオ(2007年、フジテレビ) - 前田千晶 役(第8話ゲスト)
敵は本能寺にあり(2007年、テレビ朝日) - 倫 役
薔薇のない花屋(2008年、フジテレビ) - 小野優貴 役
7人の女弁護士(2008年、テレビ朝日) - 主演・藤堂真紀 役
お台場探偵羞恥心 ヘキサゴン殺人事件(2008年、フジテレビ)- 腰原あけみ 役 
チーム・バチスタの栄光(2008年、フジテレビ)- 大友直美 役
仮面ライダーG(2009年、テレビ朝日) - 日向恵理 役
血液型別 オンナが結婚する方法♪・第二夜(2009年、フジテレビ) - 主演・春川幸恵 役
婚カツ!(2009年、フジテレビ) - 村瀬優子 役
LOVE GAME(2009年、日本テレビ) - 主演・氷室冴 役

教養

英語でしゃべらナイト(2003年3月31日 - 2007年3月23日、NHK) - 司会

映画

修羅雪姫(2001年、東京テアトル) - 主演・雪 役
劇場版ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオス(2002年、東宝) - リオン 役
ゴジラ×メカゴジラ(2002年、東宝) - 主演・家城茜 役
ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS(2003年、東宝)- 家城茜 役
スカイハイ 劇場版(2003年、東映) - 主演・斉木美奈 役
トゥームレイダー ※2004年、フジテレビ放映の主演吹き替え ララ・クロフト役(アンジェリーナ・ジョリー)
変身(2005年) - 京極亮子 役
銀幕版 スシ王子! ?ニューヨークへ行く?(2008年) - 豊穣稲子 役

アニメ、ゲーム

es(2001年、ドリームキャスト) - 野上亜希子 役
機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙(2003年、プレイステーション2) - ミユ・タキザワ 役
パーフェクトダーク ゼロ(2005年、Xbox 360) - ジョアンナ・ダーク 役
009-1(2006年、TBS) - ミレーヌ・ホフマン 役

CM

グンゼ
結婚情報センター(Nozze)
東建コーポレーション(ホームメイト)
ナスラック(旧:東建ナスステンレス)
EPSON オフィリオ 『オフィリオ クイズ篇』(2007年1月18日 - 1月31日)
サントリー H(アッシュ)
ニスコム(人材派遣)
厚生労働省『平成18年度労働保険適用促進月間』
カンロ『健康梅のど飴』
日清食品『とんがらし麺』
資生堂『オービット C/O』
ジャストネット
宝島社『週刊宝島』
バンプレスト『コンビニステーション』
ダイドードリンコ『MIU』
総務省『電波利用環境保護「不法電波」キャンペーン』
タケダスポーツ(北東北地方限定CMとして、当人楽曲と併せて出演)

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作品

写真集

シレーヌ - 釈由美子写真集(1999年1月、竹書房) ISBN 978-4-8124-0442-3
Natural Shaku - 釈由美子写真集(1999年11月、ワニブックス) ISBN 978-4-8470-2550-1
Shaku Shake!! - 釈由美子写真集(2000年7月、小学館) ISBN 978-4-09-372031-1
PPP(ピーピーピー) - 釈由美子写真集(2001年3月、ワニブックス) ISBN 978-4-8470-2646-1
Neutral - 釈由美子写真集(2001年11月、小学館) ISBN 978-4-09-372032-8
雪 from SHURAYUKIHIME - 釈由美子写真集(2001年12月、角川書店) ISBN 978-4-04-853398-0
別冊 釈由美子(2002年10月、講談社) ISBN 978-4-06-179387-3
CHAOS - 釈由美子写真集(2003年3月、講談社) ISBN 978-4-06-352800-8

書籍

釈ビューティ!(美人開花シリーズ)単行本 (2009/2/5、ワニブックス)

イメージビデオ

Final Beauty (1999年4月、竹書房)
Be With You.(1999年7月、パイオニアLDC)
MIRAI(2000年10月、ハピネット・ピクチャーズ)
Shaku Shake!!(2001年4月、小学館)
BE WITH YOU(2001年9月、パイオニアLDC)
Shaku Shaku 2000-2001(2002年7月、デジキューブ)

釈由美子さんの御紹介ページです!

http://www.tommys.co.jp/php/diary/shaku/

http://www.tommys.co.jp/profile/s_yumiko.htm

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HISASHIさんについて

HISASHI

HISASHI(ヒサシ、本名:外村 尚(とのむら ひさし)、1972年2月2日 - )は、日本のミュージシャンである。ロックバンド・GLAYのギタリスト。青森県弘前市生まれ、北海道函館市で育つ。北海道函館稜北高等学校卒業。血液型はO型。身長168cm、体重51kg、靴サイズ25cm。愛称は「トノ」。Radio Carolineのウエノコウジ、THE MAD CAPSULE MARKETSのMOTOKATSU、TERUと組んだバンド

経歴

出生?小学校時代 1972年2月2日?1984年3月 幼い頃から、ゲームやメカが好きで、ラジカセなどを分解していた。自宅には、外科医であった父親のオーディオルームがあった。両親からは立ち入りを禁止されていたが、こっそり入っては満喫していたらしい。特に、部屋

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の中の数多のオーディオ機器は彼の興味を益々そそったようだ。この背景により、彼にとって音楽はとても身近なものになり、今の彼の基盤ともなっていると言える生まれは青森県弘前市、その後2歳で七戸町、4歳でむつ市に移り住む。小学校4年生の頃、父親の仕事の関係で、むつ市から北海道函館市に引っ越す。

中学時代 1984年4月?1987年3月

ラジオでエアチェックしたロックミュージックに魅了され、音楽に没頭し、中学2年生の頃には、通販でギターを購入(初心者セットのストラトキャスターモデルらしい)。音楽雑誌を友人に借りては読み、函館の店に置いていなかったレコードは兄に頼んで札幌まで買いにいってもらっていたことも。そもそも、バンドに興味を持ったきっかけは、1つ年上の兄やその友達に影響されている面があるようだ。父親が病死したのも、この頃のことである。

函館稜北高校時代 1987年4月?1990年3月

積極的にメンバーを集め、「蟻」という(パンク)バンドを組んだが1年で解散。 高校2年生の頃に、同じ高校に通っていたGLAYのリーダーであるTAKUROと出会い、ツインギターの相棒を探している事を知る。そのツインギターに興味を持ち、GLAYに加入。卒業後は、母親と共に上京した。 実は、当時の先生から「バンドは無理だ」と言われたらしいが、本人は受け入れず続けた。

上京?インディーズ時代 1990年4月?1994年5月24日

アルバイトを転々としながらGLAYの活動を続ける。 1991年には、ベーシストが不在になり、短期間ながらベースを担当していたこともある。 よくライブで被っていた魔女帽がトレードマークであった。

メジャーデビュー後 1994年5月25日?現在

1994年 5月25日『RAIN』でメジャーデビュー。

1998年 5月18日“pure soul”TOUR '98 北海道厚生年金会館での公演中に脚を骨折するという惨事が発生。それにより以後5会場が延期になるものの、骨折部分にボルトを入れ、5月30日の大阪厚生年金会館からツアーに復帰する。この事件を、ホテルメランコリー(別冊カドカワ内)というエッセイで語っているほか、「毒ロック」の歌詞でも軽くこの事件を匂わせている。ツアー終了後、入院。

1999年 同郷の一般人女性と結婚。 12月16日メンバープロデュース・ファンクラブ限定ライブの一環として、HISASHIプロデュース「RESONANCE Vol.1」を新宿CODEで行う。このライブで、VJ TEAM"e-メール"と初共演した。(その後、GLAY ARENA TOUR 2000「HEAVY GAUGE」、GLAY DOME TOUR 2001-2002「ONE LOVE」でも共演)なお、このライブには20歳以上限定という年齢制限があった。

2001年 HISASHIが愛用している「binary」とのコラボレーショングッズ、「HISASHI VS binary WネームTシャツ」をファンクラブ限定で発売。

2004年 長年の喫煙を止め、TERUと一緒に禁煙を開始。 だが、ここ最近は飲酒をすると、ついつい大人の嗜好品という理由で吸ってしまう時もあるらしい。

2005年 8月26日DJを務めるラジオ番組の放送100回を記念して、『FM-FUJI CYBER NET CITY FULL METAL MIX 100回記念スペシャル』を富士急ハイランド園内サテライト・スタジオLAGOONで行う。 11月20日 新木場STUDIOCOASTで行われたcandystripperの10周年記念イベントの音楽・DJを担当。自らギターを弾く場面も。

2009年 1月からMUSIC ON! TVにてレギュラープログラム『RX-72 ?HISASHI (GLAY) VS 茂木淳一?』がスタート。幅広い趣味を持つことでも有名なHISASHIを中心に、“モノ”をテーマにしたプログラムとなっている。 4月17日 デビュー15周年を記念して行われるメンバープロデュースライブの中のひとつとして、HISASHIプロデュース「GLAY THE GREAT VACATION -extra- RESONANCE Vol.2」をディファ有明で行う。また、このライブはYahoo!動画にて生配信された。

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使用ギター

Tokai

TALBOは長年愛用しているギターで、1999年、2001年、そして2004年に行われたGLAY EXPOでは、「TALBO自慢コンテスト」を開催している。

Tokai TALBO CLEAR
Tokai TALBO PLATINUM BLUE
Tokai TALBO PLATINUM BLACK
Tokai TALBO CRYSTAL
Tokai TALBO CRYSTAL BLUE

ZEMAITIS

2002年頃から使い始め、最近では多くの曲で使用している。

ZEMAITIS METAL FRONT
ZEMAITIS PEARL FRONT
ZEMAITIS INLAY FRONT

その他

Journeyman #015
Journeyman HSS-02
GTZ Heart&Soul
GTZ Cross Bone 6's
Gibson Les Paul Custom
Gibson Flying V
Fender Stratocaster
Fender Jaguar
Ibanez RG1527
Roland G-707
STEINBERGER GM-7TA
STEINBERGER GM-2S
Gretsch DUO JET

作品

参加作品

Letters(2002年5月9日)
宇多田ヒカルの11thシングル。Charと共に、アコースティック・ギターで参加。
悪の華(2005年12月21日)
BUCK-TICKの20周年を記念したトリビュート・アルバム『PARADE?RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK?』に、rallyとして参加。
Say something(2006年12月20日)
氷室京介のアルバム「IN THE MOOD」に収録された楽曲。

その他

兄弟は兄1人。名は薫。
お腹にいるときは医者が女の子としていたため、父親は「翠」と名づけていた。そのため、自分でも時折「翠」の部分を認識している[要出典]。
ピッキングハーモニクスをよく好んで使用する。
アニメや漫画・車・バイクやパソコンなど、幅広い趣味を持っている。好きなアニメは「機動戦士ガンダム」「涼宮ハルヒの憂鬱」など。
紀里谷和明監督と親交があったことから、TAKUROと共にCASSHERNに出演(虐殺される民間人役、2004年)。
TAKUROとは音楽の嗜好が正反対で、TAKURO曰く「GLAYの中でのライバル」。また、TAKUROは自分が何か提案した時に反論してくれるのがHISASHIであると語っている。また、「彼は短い小節のなかで印象的な音を選ぶのが天才的にうまい。僕も聴いててギターを弾きたくなる」と賞賛している。

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JIROと決して仲が悪いわけではないが、何故か2人だけで一緒になると、気まずいムードになってしまう事が多い。しかし、バンド結成から10年近く経ってようやく2人きりで飲みに行ったと語っていた。
音楽番組などでは発言回数が少ないが、GLAY×EXILEとしてライブトークに参加した時、EXILEのリーダー・HIROは「今回、一緒に仕事をしてみて、一番印象と違ってた人は誰ですか?」という質問に対し、「HISASHIさんですかね。結構寡黙なイメージがあったんですけど、しゃべって、おもしろい方だったので。」と語っている。
日本テレビの音楽番組「FUN」にて、GLAYが松山千春と共演した際に、「HISASHIはものすごくピュアだ。こいつのピュアさが、支えてるのかもしれない(バンドを)」「こいつが辞めない限りGLAYは解散しない」と、松山に評された。

レギュラー番組

『HISASHI'S CYBER NET CITY FULL METAL MIX』(FM-FUJI 毎週土曜日22:00?) 2008年3月終了
『RX-72 ~ HISASHI (GLAY) VS 茂木淳一 ~』(MUSIC ON! TV 毎月最終日曜 23:30~24:00)

書籍

ありがとう(1997年7月、シンコーミュージック)
音楽雑誌「GiGS」で連載されていたコラムの書籍化。 書籍化にあたり、ギター・機材のコレクションやインタビュー、撮りおろし写真が加えられた。 独特のHISASHI節が満載の1冊となっている。

HISASHIさんの御紹介ページです!

http://www.we-can-fly.com/hisashi/index.html

http://d.hatena.ne.jp/asin/4401615816

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鈴木 亜美さんについて

鈴木 亜美

鈴木 亜美(すずき あみ、ami suzuki、1982年2月9日 - )は日本の歌手、女優、DJである。身長159cm、血液型A型。神奈川県座間市出身。日出高等学校卒業。所属事務所・レコード会社はエイベックス・エンタテインメント。以前は「鈴木あみ」の芸名で活動。

来歴

1998年 - 2001年:ソニー時代

1998年、『ASAYAN』(テレビ東京)の『ボーカリストオーディション・ファイナル』で30万票を集め1位となり、小室哲哉のプロデュースでの歌手デビューが決定した。デビューに際して、小室の提案により本名の鈴木亜美ではなく、芸名「鈴木あみ」となった。1998年7月1日にシングル『love the island』デビュー後、「あみ~ゴ」(=アミーゴ)の愛称で若者から人気を集め一躍アイドルとなった。

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1999年1月25日に写真集『amigo』を発売時には、徹夜組500人を含め5000人のファンが銀座・福家書店に握手を求めて集まった。写真集は発売から6日で早くも20万部を突破する異例の売れ行きとなった。

1999年3月25日発売のファーストアルバム『SA』は、180万枚を売り上げる大ヒットとなり、さらに続いて発売されたシングル『BE TOGETHER』、『OUR DAYS』はオリコン週間ランキング1位を獲得した。

2000年春の日本武道館公演では 本公演のチケットは数分で完売となった。4月発売されたシングル『THANK YOU 4 EVERY DAY EVERY BODY』もオリコンで1位となり、その夏に全国アリーナツアーを果たした。2枚目のアルバムが1枚目に続き1位となった。NHK総合テレビのドラマ『ドラマDモード深く潜れ?八犬伝2001?』でテレビドラマ初主演。

2000年末、所属事務所が脱税事件を起こしたことが発端で、両親と所属事務所との間でのトラブルに発展、同年のNHK紅白歌合戦、翌年春までのCM出演などを最後に、いったん事実上の引退状態に追い込まれるに至った。その内容は、当時所属していたエージーコミュニケーション事務所の社長が脱税で逮捕され、それに対して事務所からの説明がなかったことから、両親と所属事務所との信頼関係が崩れたとして裁判になったというもの。さらに元の事務所だけでなく、レコード会社ソニー・ミュージックエンタテインメントにも契約終了を求めて訴訟を起こしたことから、裁判は長期化し休業状態となった。鈴木は当時高校は卒業していたものの未成年(18歳)だったため、保護者である両親が所属事務所を訴える形になっている。

2001年にベストアルバム『FUN for FAN』を発売。オリコンチャート1位を記録した。

2002年 - 2004年:インディーズ時代

2002年7月25日、文藝春秋から写真集『亜美'02夏』を発売。 11月14日には家族、親戚との共同制作で個人公式サイトami-suzuki.comを開設。Flash等を積極的に使用して話題をさらった。開設からの2日間で約20万を超えるアクセスが集中したと、開設当時は亜美本人のコメントも出された。 活動休止中に突如として出現した個人公式サイトに、古くから応援を続けてきた多くのファンは歓喜した。余談だが、開設日の11月14日は兄大輔氏の誕生日である。 12月24日発売の週刊朝日では、「芸名だった「鈴木あみ」ではなく、本名の「鈴木亜美」で活動する」ことを宣言した。

2003年、9月25日に文藝春秋からDVD付き写真集『ami book』を発売。実に2年半ぶりに「動く」鈴木亜美がメディアに流れることとなった。そして同11月4日、長期化していたレコード会社ソニー・ミュージックエンタテインメントとの裁判が、和解という形で終結。以後、本格的に歌手活動再開に向け動き出すこととなった。

そして2004年4月22日、文藝春秋から新曲シングルと写真集『強いキズナ』をセットで発売。出版社から書籍扱いでの発売となったのはレコード会社と未契約のためである。このシングル・写真集は、トーハンの2004年4月27日付ベストセラーランキング・単行本ノンフィクション部門で1位になり、最終的に15万部以上を売り上げた。8月11日にはシングル「FOREVER LOVE」を自主レーベルAMITYから発売し、秋から学園祭ツアーを全国で展開、『AMI's LOVE FOR YOU-LIVE』を開始。11月17日にはこの夏行われた神宮花火大会のライブ映像を収めた「2004 SUMMER FLY HIGH -ami shower-」を発売し、12月4日から出身地の神奈川県座間市から単独ライブ全4会場5公演を行い、最終公演の12月30日新宿厚生年金会館にて、エイベックスへの移籍を発表した。

2005年 - 現在:エイベックス時代

2005年1月1日よりエイベックスに移籍。2月にエイベックス移籍第一弾楽曲「Hopeful」が配信限定リリース、そして3月には『Reality/Dancin' in Hip-Hop』以来のメジャー復帰シングル『Delightful』をリリース、オリコン初登場3位を記録した。シングルを3枚リリース後、10月12日には実に5年半ぶりエイベックス移籍後初となるオリジナル・アルバム『AROUND THE WORLD』をリリースし、オリコンチャート初登場5位を記録した。同年には、日本のエイベックスアーティストツアーで行われたa-nationに初参加。年末には2000年以来となるNHK紅白歌合戦に出場した。

2006年2月8日発売の6thシングル『Fantastic』が、ytvのアニメ『ブラック・ジャック』のオープニング曲に採用。同年7月、大塚愛が楽曲提供を行った8thシングル『Like a Love?』をリリースした。8月にエイベックス主催の夏フェスツアー「a-nation」でトップバッターを努めた。さらに、10月公開されたフィルム『虹の女神 Rainbow Song』に初映画出演。同年12月、ディズニー映画の2曲をカバーすることになった。

2007年2月、アーティストとのコラボレーション企画"join"をスタート。“join”とは、本人が様々なアーティストの楽曲に参加することによって、新たな新境地を開拓するという企画である。2月28日から3月14日まで、Buffalo Daughter、THC!!、キリンジとのコラボレーションシングルを3週連続でリリースし、そして3月21日には“join”アルバム『CONNETTA』を発売された。

コラボレートする企画を続けて、同年年8月22日には音楽グループcapsuleとしても活躍する中田ヤスタカとの“join”の両A面シングル「FREE FREE/SUPER MUSIC MAKER」を発表。この作品で本人が始めてテクノポップを遣ってみた。12月1日、公開されたフィルム『XX(エクスクロス)?魔境伝説?』に出演した。映画の主題歌、米国の音楽デュオAly & AJの楽曲「Potential Breakup Song」(こわれそうな愛の歌)をSUGIURUMNのプロデュースで日本語カバーし、“join”シングルとして11月28日に発表した。

2008年1月4日から放送のテレビ朝日スペシャルドラマ「おいしいデパ地下」では初主演を果たした。2月6日に"join" 2作目のアルバム『DOLCE』を発売された。7月1日にデビュー10周年を迎えた。このために7月と9月に、中田ヤスタカプロデュースによるアニバーサリーシングル「ONE」、「can't stop the DISCO」を発売され、そして11月12日に彼が全面サウンドプロデュースアルバム「Supreme Show」を発売した。シングル「ONE」のリリースイベントにて、中田やRAM RIDERと共にDJとしてデビューした。女優として、エイベックス20周年ミュージカル『ココロノカケラ』に出演。そして、11月からは『愛の劇場・ラブレター』に主演した。

2009年第1弾シングル「Reincarnation」のプロデュースはm-floの☆Taku Takahashiが担当した。

ディスコグラフィ

鈴木亜美のディスコグラフィを参照

ライブ

ツアー

AMI SUZUKI 1st CONCERT Oh Yeah!(1999年4月)- 全17公演。
BIG GIG TOUR HERE's A35 BY AMI SUZUKI(2000年2-4月)- 全4公演。
AMI-GO-ROUND 2000 SUZUKI AMI Ver.2 JPN TOUR(2000年)- 全20公演。
2004 SUZUKI AMI 「AMI's LOVE FOR YOU-LIVE」(2004年12月)- 全6公演。
SUZUKI AMI AROUND THE WORLD ?LIVE HOUSE TOUR 2005?(2005年11-12月)- 全3公演。

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単発公演

ami's island(1998年7月5日、デビューシングルイベント)
ami's island II(1998年8月31日、2ndシングル初披露イベント)
鈴木亜美 Live in Magic Castle(2006年12月20日-25日、ディズニーアバターライブ)
COUNTDOWN BIRTHDAY LIVE “Happy 25th anniversary”(2007年2月8日)
Happy 26th anniversary(2008年2月8日、2月14日)
HAPPY 27th ANNIVERSARY ~Supreme Show & Countdown Party~(2009年2月8日)

他のイベント・フェス

a-nation powered by ウイダー
2005年7月-8月、2006年7月-8月、2007年7月-8月、2008年8月

出演

テレビドラマ

深く潜れ?八犬伝2001? (2000年、NHK総合テレビ ドラマDモード)- 主演・井上香美 役
スカルマン?闇の序章? (2007年、フジテレビ)- 主演・高明寺倫子 役
マグノリアの花の下で (2007年、日韓合作ドラマ) - 主演
いつもキモチにスイッチを (2007年、BSフジ)- 片倉景子 役(第3話ゲスト)
おいしいデパ地下 (2008年、テレビ朝日)- 主演・斐馬真理 役
音女(オトメ) (2008年、テレビ朝日)
7人の女弁護士 第2シリーズ (2008年、テレビ朝日)- 田代睦美 役(第1話ゲスト)
ラブレター ~愛の劇場 40周年記念番組~ (2008年11月-2009年2月、TBS) - 主演・田所美波 役(ナレーションも担当)
世にも奇妙な物語 '09春の特別編「真夜中の殺人者」(2009年、フジテレビ)
LOVE GAME (2009年、日本テレビ) - 弥生 椿 役(第3話ゲスト)

舞台

ココロノカケラ(2008年)- 主演
ブラッド・ブラザーズ(2009年)- ヒロイン

映画

虹の女神 Rainbow Song(2006年、東宝) - 久保サユミ 役
XX(エクスクロス) 魔境伝説(2007年、東映) - 火請愛子 役

TV

鈴木あみのアイドルダウンロードショー (2000年12月 - 2001年03月、BSフジ)
人気者でいこう! (朝日放送、クイズ・あみ?ゴあみ?ゴ コーナーの司会を担当。)

ラジオ

鈴木あみ RUN!RUN!あみ?ゴ!(1998年10月9日 - 2001年3月25日、ニッポン放送)
RUN AMI SUPER(2003年11月14日 - 2004年3月26日、会員制有料サイト「ami safari」でのネットラジオ)
あみ?なり(2006年10月 - 2007年9月、JFN系「レディオ・トライアングル」枠内)
しんドル(2005年3月のマンスリーパーソナリティ、JFN系)

CM

グアム政府観光局“グアム大夏祭/グアムラブクリスマスキャンペーン”(1998年6月?1998年12月&2001年1月?2001年6月)
Alpenスノーボードブランド“kissmark”(1998年10月?1999年1月)
テクモ・プレイステーションソフト“モンスターファーム2”(1999年2月?1999年4月)
アサヒ飲料“バヤリース”(1999年3月?2000年12月)
ハウス食品“プチッカー”(1999年3月?1999年12月)
Kodak・ミッフィーバッグプレゼント/スナップキッズ春ぴょんクロックプレゼント ほか(1999年4月?2001年3月)
モスバーガー・サマーキャンペーン(1999年7月)
カネボウ化粧品“プロスタイル”(1999年9月?2001年6月)
財団法人省エネルギーセンター“冬季省エネキャンペーン/夏の省エネキャンペーン”(2000年2月/2000年8月)
ブルボン“チョコで包んだ”シリーズ(2000年9月?)
ブルボン“チョトス”(2001年2月?2001年6月)
MUSIC年JP・携帯着うた配信サイト(2004年11月?2004年12月)
株式会社ネクサスウェブマーケティングインターネット・ショッピング・モール“N's STREET”(2005年8月?)
ミスタードーナツ“エイベックスコラボレーションCDキャンペーン”(2008年7月-)

紅白歌合戦出場歴

1999年 第50回「BE TOGETHER」
2000年 第51回「THANK YOU 4 EVERY DAY EVERY BODY」
2005年 第56回「Delightful」

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受賞記録

1998年 第31回全日本有線放送大賞 新人賞「alone in my room」
1998年 第31回日本有線大賞 新人賞「alone in my room」
1998年 第40回日本レコード大賞 新人賞「alone in my room」
1999年 第32回全日本有線放送大賞 ゴールドリクエスト賞
1999年 第32回日本有線大賞 有線音楽優秀賞
2000年 第14回日本ゴールドディスク大賞 ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー「SA」
2001年 第15回日本ゴールドディスク大賞 ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー「infinity eighteen vol.1」
2005年 第2回The Beauty Week Award 歌手部門
2005年 ベストヒット歌謡祭2005 ポップス部門ゴールドアーティスト賞
2005年 第38回日本有線大賞 有線音楽賞
2005年 第47回日本レコード大賞 金賞「Eventful」 新人賞以来7年ぶりの受賞

その他

オンラインゲーム「ダンシングパラダイス」では、エイベックスと正式にライセンス契約を結んでおり、鈴木亜美の楽曲がゲーム内で何曲か踊れるようになっている。
2008年3月20日に「McDonald's presents「Hello!」Holiday Special ?Drive Through Music?」に出演。fm osaka、α-station、kiss-fmの共同イベント番組に出演
2008年4月1日にTBS系の単発バラエティ番組「志村けんだよ大集合!! コントとトーク大放出 タノシムケンSP!!」にスタジオゲスト出演ではなく、VTRでのゲストとして出演した。
2009年5月4日に「2009 AUTOBACS SUPER GT 第3戦 FUJI GT 400km」の国歌斉唱を担当。

鈴木 亜美さんの御紹介ページです!

http://www.avexnet.or.jp/ami/index.html

http://blog.avexnet.or.jp/ami/

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TAKUROさんについて

TAKURO

TAKURO(タクロウ、1971年5月26日 - )は、日本のミュージシャンである。ロックバンド、GLAYのギタリスト、キーボーディスト、リーダーである。本名は久保 琢郎(くぼ たくろう)。北海道函館市出身。北海道函館稜北高等学校卒業。身長182cm。血液型はO型。

人物

兄弟は姉1人。 母親はシャンソン歌手で、幼い頃から音楽に興味を持つ。3歳の時に交通事故で父親を亡くしている(『胸懐』では「不可抗力ではなかったらしい」と自殺を示唆)。あまり裕福な少年時代を送っておらず、後に、シングル「Yes, Summerdays」の印税で、母親の借金を全て返済した時は、「自分の力で金の苦労を解決できたのが嬉しかった。」と語っている。 ビートルズのジョン・レノンに多大な影響を受け、当時、サッカー部でバックス

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[1]として活躍していたが、中学時代、ビートルズ特集の組まれたラジオ番組を聞くため、自主退部したという経験がある。 人生で腰を抜かすほど驚いたのは、BOOWYの『B・BLUE』を聴いた時と、GLAYのボーカルを探していた時に、当時ドラム担当だったTERUが、何気なく曲に入れた声を聴いた時の2回だけだという。 GLAYのほとんどの楽曲の作詞・作曲をしている。GLAY内での名義はTAKUROだが、宇多田ヒカルのシングル「For You/タイム・リミット」では、本名のKubo Takuro名義を、HISASHIとの共作の場合はKombinat-12名義を用いている。その一方、及川光博のシングル『GO AHEAD!!』では、TAKURO名義となっている。 作詞・作曲に関しては、自身が手がけた「HOWEVER」、「BE WITH YOU」、「誘惑」、「SOUL LOVE」、「Winter,again」、「とまどい」の6曲がミリオンセラーを記録している。 音楽はもとより、多方面の著名人との交遊を持つ。LUNA SEAのSUGIZO、X JAPANのYOSHIKI、東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦などと食事に行ったりしている。B'zの松本孝弘とは、アメリカのギブソン社のギター工場へ一緒に見学に行ったり、大晦日には松本の自宅へ駆けつけるほどである。また、桑田佳祐には共演の度にイジられる。ムッシュかまやつとは、偶然レストランで相席になったのがきっかけ。松山千春や漫画家の小林よしのり、及川光博とも交流がある[要出典]。

経歴

1988年7月 - 小学校・中学校と同級生であったTERU、同じ函館稜北高校に通うHISASHIとGLAYを結成。
1990年3月 - 高校卒業後、上京。
1991年 - 彼らと同じく函館出身であったJIROと出会う。
1994年5月25日 - 当時X JAPANのメンバーであったYOSHIKIに目を留められ、プラチナム・レコードから『RAIN』でデビュー。
1997年8月6日 - 女性アーティスト、Mijuをプロデュースし、シングル「SUMMER SHAKES」をリリース。
1998年2月18日 - 女性アーティスト、Romiをプロデュースし、シングル「見つめていたい」をリリース。

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1998年4月8日 - 中山美穂のシングル「LOVE CLOVER」及びカップリングの「empty pocket」を提供。
2001年4月 - 坂本龍一を中心とする地雷排除活動「地雷ZERO」に協力し、チャリティーソング『ZERO LANDMINE』にギタリストとして参加。
2002年4月 - 松本孝弘(B'z)のソロアルバム『華』収録の「ENGAGED」を松本と共作。
2002年9月 - インディーズ時代に知り合った事がキッカケで今では親友のTOKI(Kill=slayd)のプロジェクト『Stealth』の「灼熱」を作曲。
2003年3月20日 - イラク戦争開戦の報に接し、メッセージサイト「TAKURO-NO-WAR.jp」を個人で立ち上げ、攻撃の大義を世界に問う。
2004年 - 映画『CASSHERN』(監督:紀里谷和明)に、HISASHIとエキストラで虐殺される民間人役として出演。同映画のサウンドトラックにもGLAYとして参加している。
2004年5月26日 - 女性ファッション雑誌「ViVi」の専属モデルであった岩堀せりと結婚。
2005年11月23日 - 渡辺美里に楽曲『Kiss from a rose』を提供。
2006年11月29日 - 中島美嘉主演の映画NANAの主題歌「一色」の作曲とカップリングの「EYES FOR THE MOON」の作詞曲を担当。歌うのは中島美嘉。作詞は矢沢あい。
2007年12月 - JACK IN THE BOX 2007にてL'Arc?en?Cielのhyde、TERUと共演(演奏した曲:誘惑、HONEY)

使用ギター

Gibson Les Paul Custom
Epiphone CASINO
Epiphone RIVIERA
Rickenbacker 335
GLAYのプロデューサーである佐久間正英氏のギターメーカーであるSGCraftsでカスタムオーダーメイドされたギターが複数存在する。

Journeyman TKR-01 Stratocaster
Journeyman TKR-02 Telecaster
Journeyman TKR-03 Les Paul Double cutaway
Journeyman TKR-04 Les Paul Double cutaway
Journeyman TKR-05 Telecaster W.Neck
Journeyman TKR-07 Les Paul Double cutaway
Journeyman TKR-08 Les Paul Double cutaway
Journeyman TKR-09 Jazzmaster
Journeyman TKR-10 Les Paul Double cutaway
これらのモデルは雑誌などでその時々により間違ったナンバリングがされていることが多い。 ただし実際は制作された順番によりナンバリングされているので上記のナンバリングが正しい。という一部の主張もあるようだが、以前、SGCrafts内の掲示板で製作者本人

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が 「TKR-06にはPUのレイアウトがHHとTELEレイアウトの2種類がある」と語っており、 上記のナンバリングは誤りである可能性が極めて高いので当てにしないほうが良い。

書籍

『胸懐』(きょうかい)2003年6月30日、幻冬舎発行。
内容は、函館での青春時代、GLAYのメジャーデビューから日本トップクラスの人気バンドへの成長の道のり、結婚まで考えた恋人との別れ、戦争に対する怒りなど、TAKUROの今までの人生を綴ったエッセイ。2006年4月18日に幻冬舎文庫より文庫化(解説は友人でもあるやまだひさし。TAKUROによって泣かされたエピソードを語っている)。なお、帯には当時まだ発売していなかった『BEAUTIFUL DREAMER』の歌詞における最後の一節と酷似した文章が書かれている。

レギュラーラジオ番組

GLAY RADIO COMMUNICATION DX(やまだひさしのラジアンリミテッドDX内)
毎週月曜?水曜 25:33分頃?(2005年3月 番組終了)は現在休止中

TAKUROさんの御紹介ページです!

http://blog.livedoor.com/t/TAKURO

http://kuma-taku.at.webry.info/

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倖田來未さんについて

倖田來未

倖田 來未(こうだ くみ、本名:神田 來未子(こうだ くみこ)、1982年11月13日 - )は、日本の女性歌手。英語表記はKumi Koda。エイベックス・rhythm zone所属。京都府出身。身長154cm。

来歴

2000年 デビュー

DREAMS COME TRUEのライブビデオを観て、歌手に憧れ芸能界入りを志す。1999年、京都精華女子高等学校在学中にテレビ東京で放送していたオーディション番組

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『ASAYAN』内「モーニング娘。追加メンバーオーディション」において2次審査を通過したが、先行して行われていたエイベックス(エイベックスエンタテインメント)主催のオーディション「avex dream 2000」にて準グランプリを受賞。痩せていないという事で落選するはずのところだったが、面談で「キャラクターがあった」ということで受賞したという経緯がある[1]。これにより同社でレッスンやトレーニングを無償受講できる権利、同社との専属契約権を獲得した。

2000年12月6日、エイベックスのrhythm zoneレーベルよりデビュー決定。先にアメリカで「KODA」名義でデビューし、1枚目のシングル「TAKE BACK」は全米で先駆けて発売。全米ビルボードダンスポップセールスチャートで初登場20位、最高18位を記録。更に2枚目のシングル「Trust Your Love」がビルボード総合セールスチャート初登場39位、最高19位を記録、日本人のチャートインとしては7人目で、またダンスポップセールスチャートでは初登場1位を獲得した。

2000年-2002年 下積み・ヒットの出ない時代

華々しく「凱旋デビュー」を飾る予定だったが、その目論見は外れ、オリコンチャートでは「TAKE BACK」が初登場59位、「Trust Your Love」が初登場18位でスマッシュヒットという結果となった。さらに続く3枚目のシングル「COLOR OF SOUL」、4枚目のシングル「So Into You」でも、高い歌唱力と定評のあるダンス力で着実にファンを増やすものの、ヒットとはならなかった。当時は音楽番組に出演しない路線をとり、専らクラブなどで歌っていた。彼女はその当時を振り返り、「辛かったけど夜中3時ごろに歌ったりして、声帯が強くなったり度胸が据わったりした。下積み時代に感謝している」と語っている。

2003年-2004年 ヒットによる浮き沈み

そんな彼女に転機が訪れる。2003年にスクウェア(現:スクウェア・エニックス)から発売されたプレイステーション2用ゲームソフト『ファイナルファンタジーX-2』のテーマ曲で7枚目のシングル「real Emotion/1000の言葉」がオリコンチャート初登場3位で累計23万枚のヒットとなり知名度が急上昇した。しかしその後の8枚目シングル「COME WITH ME」や9枚目シングル「Gentle Words」はセールスには余り恵まれなかった。元来太りやすい体質であったが、当時の彼氏の励ましもあり8kgのダイエットに成功したのはこの頃で、後の「エロかっこいい」とマスコミから呼ばれる彼女のスタイルが確立されたのは、10枚目のシングル「Crazy 4 U」あたりからである。この頃からクリスティーナ・アギレラなどの海外アーティストから大きな影響を受けるようになり、露出度の高い服装やPVなどがマスメディアを中心に話題となった。

そして2004年、本人も友情出演した映画『キューティーハニー』の主題歌「キューティーハニー」を収録した11枚目のシングル「LOVE & HONEY」が久々のオリコンチャート初登場4位を記録。13枚目のシングル「奇跡」もトップ10入りを果たし、徐々にマスメディアで大きく取り扱われるようになっていっていく。

2004年-2005年 BEST?first things?の発売、エイベックスの稼ぎ頭へ2004年の末頃から人気音楽番組に出演するようになり、4枚目のアルバム『secret』がオリコンチャート初登場3位、累計50万枚のヒットとなった。ライブやPVではバストや美脚を意識した露出度が高い服装や、バニーガール、女教師などのコスプレを披露し、その独自のスタイルが「エロかっこいい」「エロかわいい」「エロカッコかわいい」と形容される。

2005年になって16枚目のシングル「Butterfly」が初登場2位と自己最高記録を更新。その勢いに乗り5年間の集大成となるベストアルバム『BEST?first things?』を発売。総合的に人を楽しませるエンターテイナーを目指しており、ベストアルバムの発売時に「ベストアルバムがミリオンセラーとなったら、クラブのママをやります」と宣言した。ベストアルバムはミリオンセラーを記録、1日限定で銀座に「club 倖田」を開店。セールスは更に伸び続け累計は187万枚を記録した。この頃から、浜崎あゆみと肩を並べるエイベックスの稼ぎ頭となる。

2005年-2006年 12週連続リリース、BEST?second session?の発売

そんな中、彼女が取り組んだのが、2005年12月7日から2006年2月22日まで、原則として毎週水曜日ごとに12週連続で新作シングルをリリースする世界初の試み"12週連続シングルリリース"である。第1弾シングル「you」は、自身初のオリコンチャート初登場1位を記録した。連続リリースのうち5万枚限定であるシングル9曲については発売前から予約が殺到し、シングル1曲500円がオークションで価格の数十倍にまで膨れ上がるなど、入手困難な状態となった。

同年12月31日、第47回日本レコード大賞を受賞した。一方では、レコード大賞が掲げる「大衆に影響を与えた楽曲」という条件を満たしていないのではないか(受賞曲「Butterfly」は最高2位・年間85位)という指摘もあったが、彼女自身もレコード大賞終了後に「今年は露出で注目されたけど、来年はもっと音楽で注目されたい」と発言している。同日『NHK紅白歌合戦』に初出場した。

2006年も年明け早々オリコンチャートで3楽曲同時トップ10入りという2003年のB'z以来、そして女性アーティストでは初の快挙を成し遂げた。同年3月8日に12週連続発売シングルを全て収録した(「Boys?Girls」、「Sweet Kiss」は未収録)ベストアルバム『BEST?second session?』を発売した。

2006年-2007年 ?Black Cherry?の発売、歌手以外での活動

その後も「恋のつぼみ」「4 hot wave」などのリリースや初の写真集『MAROC』の発売、そして12月には5枚目のオリジナルアルバム『Black Cherry』を発売。150万枚を初回出荷したこの作品は、オリコンチャート4週連続1位を獲得。これは、2006年発売の女性アーティストのオリジナル盤としては最高記録となった。

同年12月16日に第39回日本有線大賞、12月30日には日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。2005年は衣装などで注目されたが2006年は「歌唱」分野での受賞なため、彼女は受賞時にその旨を語り、涙して喜んだ。

2007年には自身プロデュースによる7柄20色の振り袖「倖田來未Kimono Collection」を発表、政府広報「ストップ!いじめ」にチャリティー・パーソナリティとして参加、パチンコ「KODA KUMI FEVER LIVE IN HALL」を発表し話題となった等、歌手以外の活動にも多く進出した年となった。歌手活動では「BUT/愛証」でスタートを切り、『KODA KUMI LIVE TOUR 2007?Black Cherry?』の最終公演では彼女の念願であった東京ドーム公演を開催し、大成功を収めた。「愛のうた」では第21回日本ゴールドディスク大賞 邦楽部門アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞、ベストヒット歌謡祭・ポップスグランプリ、日本レコード大賞3年連続金賞受賞を果たした。2007年を振り返り彼女は、「今年は音楽以外の活動もやらせていただいたけど、来年はさらに音楽に集中していきたい」と語った。

2008年 ?Kingdom?の発売、失言と活動自粛、そして復帰

2008年1月29日、ラジオ「倖田來未のオールナイトニッポン特別番組」内での「35歳をまわるとお母さんの羊水が腐ってくるんですよね」などといった発言が問題となる。公式・エイベックス・ニッポン放送サイトで自らの発言に対する謝罪文を掲載した[2]。30日、アルバムのプロモーション活動を全面自粛し自宅謹慎することを発表。CM出演中の企業サイト休止やCM放送の中止という事態に及んだ[3][4]。2月7日、報道番組内で[5]「結婚したばかりの女性マネージャーに、早く子供を産んでほしいという気持ちからの発言であったが、知識(医学的)のない中、軽はずみな言動で多くの人に誤った知識を伝え、その心を傷つけた」と涙ながらに謝罪した[6]。 一方、アルバム『Kingdom』は、プロモーション活動の全面自粛にも関わらずオリコンアルバムチャートで、初登場1位を獲得[7]。4月13日、ツアー『KODA KUMI LIVE TOUR 2008 ?Kingdom?』静岡エコパアリーナで72日ぶりにファンの前に姿を見せた。5月26日「BEAT CRUSADERS ヒダカトオルのオールナイトニッポン」内で失言について謝罪。5月30日、自粛後初のTV「ミュージックステーション」出演で本格的に活動再開を果たした[8]。 その後は6月21日、プロ野球セ・パ交流戦巨人×ソフトバンク戦(東京ドーム)の始球式を務めた他、a-nationを初の全公演出演、8月1日オールスターゲーム (日本プロ野球)(横浜スタジアム)で国歌(君が代)独唱、8月7日神宮外苑花火大会スペシャルライブ出演、8月15日J-WAVELIVE2000+8(国立競技場代々木第一体育館)出演、11月15日第50回慶應義塾大学三田祭 前夜祭のコンサート出演、9月22日からは7会場11公演のは初のファンクラブイベント・「KODA KUMI FAN CLUB EVENT 2008「Let's Party Vol.1」」を行い、11月21日-12月25日『HEP FIVE×倖田來未「Lovers Xmas」』と称しクリスマスツリーのコラボレーションを行うなど、様々なイベントに出演して多忙な1年となった。また、10月7日24時(JST)からは、インターネットラジオBrandnew Jの「Standby OH! MY RADIO」、24時30分から「OH! MY RADIO」の火曜日のナビゲーターに就任している。

作品

ディスコグラフィー

シングル

この節には発売予定もしくは発売直後のシングルに関する情報があるため、性急な編集をしないでください。 

TAKE BACK (2000年12月6日)
Trust Your Love (2001年5月3日)
COLOR OF SOUL (2001年10月3日)
So Into You (2002年3月13日)
love across the ocean (2002年7月24日)※この作品以降、CCCD仕様
m・a・z・e (2002年12月11日)
Real Emotion/1000の言葉 (2003年3月5日)
COME WITH ME (2003年8月27日)
Gentle Words (2003年12月10日 )
Crazy 4 U (2004年1月15日)
LOVE&HONEY (2004年5月26日)
Chase (2004年7月28日)
奇跡 (2004年9月8日)
hands (2005年1月19日)※この作品以降、製品盤はCCCD解除
Hot Stuff feat. KM-MARKIT (2005年4月13日、4thアルバムsecretからのリカットシングル) - 3万枚限定生産
Butterfly (2005年6月22日)
flower (2005年8月10日)
Promise/Star (2005年9月7日)
you (2005年12月7日)
Birthday Eve (2005年12月14日) - 5万枚限定生産
D.D.D. feat. SOULHEAD (2005年12月21日) - 5万枚限定生産
Shake It Up (2005年12月28日) - 5万枚限定生産
Lies (2006年1月4日) - 5万枚限定生産
feel (2006年1月11日) - 5万枚限定生産
Candy feat.Mr. Blistah (2006年1月18日) - 5万枚限定生産
No Regret (2006年1月25日)
今すぐ欲しい (2006年2月1日) - 5万枚限定生産
KAMEN feat.石井竜也 (2006年2月8日) - 5万枚限定生産
WIND (2006年2月15日) - 5万枚限定生産

Koda_kumi_label

Someday/Boys?Girls (2006年2月22日)
恋のつぼみ (2006年5月24日)
4 hot wave (2006年7月26日)
夢のうた/ふたりで… (2006年10月18日)
Cherry Girl/運命 (2006年12月6日)
BUT/愛証 (2007年3月14日)
FREAKY (2007年6月27日)
愛のうた (2007年9月12日)
LAST ANGEL feat.東方神起 (2007年11月7日)
anytime (2008年1月23日) - 完全限定生産
MOON (2008年6月11日)
TABOO (2008年10月8日)
stay with me (2008年12月24日)

アルバム

オリジナルアルバム

この節には発売予定もしくは発売直後のアルバムに関する記述があるため、性急な編集をしないでください。 

affection (2002年3月27日)
grow into one (2003年3月19日)
feel my mind (2004年2月18日)
secret (2005年2月9日) ※CD・CD+DVDの2形態(この作品以降、製品盤はCCCD解除)
Black Cherry (2006年12月20日) ※CD・CD+DVD・CD+2DVDの3形態
Kingdom (2008年1月30日) ※CD・CD+DVD・CD+2DVDの3形態
TRICK (2009年1月28日) ※CD・CD(TRICKプライス版)・CD+2DVD・CD+2DVD(TRICKプライス版)の4形態

企画盤
BEST?first things? (2005年9月21日) ※CD2枚組・CD2枚組+DVDの2形態
BEST?second session? (2006年3月8日) ※CD・CD+DVD・CD+DVD2枚組(限定盤)の3形態
BEST ?BOUNCE & LOVERS? (2007年3月14日、期間限定生産) ※CD+DVDの1形態
OUT WORKS & COLLABORATION BEST (2009年3月25日)
KODA KUMI DRIVING HIT'S (2009年3月25日)

DVD-Video

7SPIRITS (2003年3月19日)
feel... (2004年3月24日)
girls?Selfish? (2004年11月25日 ) ※ DVDシングル仕様
secret?FIRST CLASS LIMITED LIVE? (2005年9月21日 *最高位1位(オリコン))
KODA KUMI LIVE TOUR 2005 -first things- deluxe edition (2006年9月13日 *最高位1位(オリコン))
KODA KUMI LIVE TOUR 2006-2007 ?second session? (2007年3月28日 *最高位1位(オリコン))
KODA KUMI LIVE TOUR 2007 ?Black Cherry? SPECIAL FINAL IN TOKYO DOME (2008年3月31日 *最高位1位(オリコン))
KODA KUMI LIVE TOUR 2008 ?Kingdom? (2008年9月24日*最高位2位(オリコン))

ダウンロード

Get It On

Venus(後に発売された7thアルバム『TRICK』の「CD+2DVD」形態の『TRICKお買い得盤』内にボーナス・トラックとして収録された。)

参加作品
the meaning of peace(KODA KUMI & BoA)(2001年、作詞・作曲・編曲: 小室哲哉)
99% Radio Show(オムニバス)(M-02「Be Mine」(99% Radio Allstars)M-08「Every-After-Party」(RATHER UNIQUE feat. 倖田來未)に参加のほか、既発曲2曲収録)(2003年)
(Be Mine feat. 99% Radio AllstarsはEXILEの3rdアルバム『EXILE ENTERTAINMENT』にも収録)
SWITCH feat. 倖田來未&Heartsdales/I ONLY WANT TO BE WITH YOU(LISA)(2004年4月21日)
SOUL TREE?a musical tribute to toshinobu kubota(M-11「夢 with You」久保田利伸のカヴァー)(2004年)
80デイズ オリジナル・サウンドトラック(M-01「It's a small World」(倖田來未&Heartsdales))(2004年)
エピソード1(DJ YUTAKA、M-4「BELIEVE」(feat.倖田來未))(2004年)
VIVID(KM-MARKIT、M-13「Rainy Day」(feat.倖田來未))(CDエクストラRainy Day PV)(2005年)
Just Go feat.KODA KUMI(JHETT a.k.a.YAKKO FOR AQUARIUS)(2005年)
DAIS presents 573 original compilation KONAMI HANABI(オムニバス、M-03「Super Sonic」(倖田來未&今井大介))(2005年)
Lif-e-Motions(TRF、Disc2 M-10「JOY -meets Koda Kumi-」)(2006年)
XXX feat.倖田來未(SOULHEAD)(2006年)
Pop Up! SMAP(SMAP、Disc2 M-05「Everybody」(香取慎吾ソロ曲))(2006年)
SPESHOW(羅志祥、M-06「Twinkle feat. KUMI KODA」)(2006年)
WON'T BE LONG(EXILE & 倖田來未)(2006年)
Simple & Lovely(m-flo loves 倖田來未)(2007年)
a(エー・ラヴ)(M-02「恋のつぼみ」)(2008年7月23日)
.LOVE(M-02「愛のうた」)(2008年10月29日)
It's all Love! (2009年3月31日) - 「倖田來未×misono」名義。実妹misonoとの初コラボレーション作品。

書籍

倖田來未写真集『Maroc』 (2006年7月25日)※撮影は写真家のレスリー・キーによるもの
倖田式 (2006年12月28日)

受賞・記録

音楽賞

2004年

第37回日本有線大賞 新人賞受賞(受賞曲「LOVE & HONEY」)

2005年

第47回日本レコード大賞 大賞受賞(受賞曲「Butterfly」)
2006年

第5回MTV Video Music Awards Japan 最優秀女性アーティストビデオ賞受賞(受賞曲「Butterfly」)
第5回MTV Video Music Awards Japan 最優秀ビデオ賞受賞(受賞曲「Butterfly」)
SPACE SHOWER Music Video Awards 06 BEST COLLABORATION VIDEO受賞(受賞曲「D.D.D. feat. SOULHEAD」)
第20回日本ゴールドディスク大賞 邦楽部門アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞
ベストヒット歌謡祭2006 ポップスグランプリ
第39回日本有線大賞受賞(受賞曲「夢のうた」)
第48回日本レコード大賞 最優秀歌唱賞受賞

2007年

第6回MTV Video Music Awards Japan 最優秀女性アーティストビデオ賞受賞(受賞曲「夢のうた」)
第6回MTV Video Music Awards Japan 最優秀ビデオ賞受賞(受賞曲「夢のうた」)
第21回日本ゴールドディスク大賞 邦楽部門アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞
ベストヒット歌謡祭2007 ポップスグランプリ
第49回日本レコード大賞 金賞受賞(受賞曲「愛のうた」)

2008年

第7回MTV Video Music Awards Japan 最優秀コラボレーションビデオ賞受賞(受賞曲「LAST ANGEL feat.東方神起」)
第41回日本有線大賞 有線音楽優秀賞受賞
第50回日本レコード大賞 優秀作品賞受賞(受賞曲「Moon Crying」)

その他の受賞

2006年

ベストジーニスト2006
ネイルクィーン2006「アーティスト部門賞」
2006年DIMEトレンド大賞「話題の人物賞」
2006ユーキャン新語・流行語大賞トップ10(エロかっこいい(エロかわいい))
2007年

日本ジュエリーベストドレッサー賞2007「20代部門賞」
ベストジーニスト2007
ネイルクィーン2007「アーティスト部門賞」

2008年

ベストジーニスト2008
ネイルクイーン2008「アーティスト部門賞」(殿堂入り)

記録

オリコンチャート 音楽DVD1位獲得週 歴代1位(secret ?FIRST LIMITED LIVE?)通算7週1位
オリコンチャート 女性アーティスト史上初 異なる3楽曲の同時TOP10入り(Shake It Up, Lies, you)
オリコンチャート 2006年CDトータルセールスアーティスト1位
オリコンチャート 2007年CDトータルセールスアーティスト1位

出演

映画

キューティーハニー(2004年、ワーナー・ブラザーズ映画) - ディーバ役(カメオ出演)「The theme of Sister Jill」を歌唱
西遊記(2007年、東宝映画) - 偽三蔵法師役

ゲーム

ファイナルファンタジーX-2(2003年、スクウェア) - レン役(声優、モーションアクター)

CM

☆は本人出演。

現在
-

過去

ジェムケリー2006年「you」「JUICY」タイアップ☆2007年「月と太陽」タイアップ☆
ダイエットコカコーラ(2006年)☆
資生堂(2006年、「I'll be there」タイアップ、成宮寛貴が出演)
東芝携帯電話ソフトバンクモバイルVodafone 705T(2006年、「人魚姫」タイアップ)☆
オリコカードKoda Kumi MasterCard編(2006年、「JUICY」タイアップ)☆
森永製菓ウィダー プロテインバー(2006年、関東地区のみ放映)☆
東芝携帯電話SoftBank 811T(2006年、「Cherry Girl」タイアップ)☆
本田技研工業 ゼスト・スポーツ(2007年)☆
キリンビール キリンチューハイ 氷結(2007年、現在は深田恭子が出演)☆
東芝携帯電話SoftBank815T(2007年、「空」タイアップ)☆
P&G「Gillette Venus Body」(2007年)☆
コーセーヴィセ ☆

TV

情熱大陸(2005年11月6日)
ブスの瞳に恋してる11話(タイアップによる特別出演)(フジテレビ)
関口宏の東京フレンドパークII(misonoと共にゲスト出演、しかもバラエティ番組初出演、2009年5月14日)

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ラジオ

「OH! MY RADIO」J-WAVE(2008年10月8日 - )午前0時30分?2時

その他

パチンコ「KODA KUMI FEVER LIVE IN HALL」(2007年6月)
パチスロ「KODA KUMI PACHISLOT LIVE IN HALL」(2007年7月)

特記事項

3歳頃より、尺八を教えていた祖父と琴を教えていた母親の勧めで、日本舞踊の演者として初舞台を踏んでいる。
犬を飼っている。名前は「ラム」で、犬種はキャバリア・キングチャールズ・スパニエルである。
プロ野球・広島東洋カープの赤松真人外野手は藤森中学校時代の同級生であり、しかも当時野球部員(マネージャーではなく、選手として)だった彼女とは内野の要である二遊間を守るコンビだった。またブラックマヨネーズ・吉田敬の弟とも同級生で、仲良くしていた友人グループで吉田の実家に泊まりに行ったこともあった。
とんねるずの大ファン。元々母親がとんねるずのファンだったことに影響されたという。
敬愛しているアーティストは、DREAMS COME TRUEと岡本真夜。歌手を目指すきっかけは中学時代にDREAMS COME TRUEのライブを見たことで、エイベックスのオーディションで歌った曲は岡本真夜の『Alone』。
苦手な食べ物はゴルゴンゾーラのピザ(「とんねるずのみなさんのおかげでした」(フジテレビ)の「新・食わず嫌い王決定戦」に出演した際に判明)。ちなみに同番組では石田純一に一発で正解を当てられ、罰ゲームで『キューティーハニー』をアカペラで歌わされた。
テレビ欄では「倖田来未」である。(來は常用漢字外かつ旧字体)
家族は全員血液型が異なる。
仲の良い芸能人として、西川貴教、DJ OZMA、SMAP、鈴木亜美、松浦亜弥などがいる。

倖田來未さんの御紹介ページです!

http://www.rhythmzone.net/koda/index.html


http://www.koda.cc/

小室 哲哉さんのグッズ店見付けました!

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大塚 愛さんについて

大塚 愛

大塚 愛(おおつか あい、ai otsuka、本名:同じ、1982年9月9日 - )は、日本のシンガーソングライター、女優、イラストレーター、絵本作家。作詞・作曲のクレジットは「愛」と表記される。

人物

趣味・特技
趣味:カメラとギャンブル。
特技:ピアノ、水泳、似顔絵。特に絵を描くことは子供の頃から好きで、小学6年生の時に、「実現させたい夢」という題名の作文で「友達と二人でマンガ家になること」と書いたほどである。なお、マンガ家の前の夢は水泳の先生になることであった。

家族

一人っ子である。 また、ウサギを2羽飼っている。名前は「チョコ」と「ココア」。

好き/嫌い
好きな食べ物:マグロ納豆、肉ニラ炒め、ぎんなんなど。
好きなスポーツ:水泳。
好きな映画:ジャンルはホラー映画。
好きな色:ピンク・赤・白。[4][5]
好きな動物:ネコ、イルカ、ペンギン
嫌いなもの:虫

その他

短大時代に幼稚園教諭・保育士・社会福祉主事の資格を習得している。 視力が極度に弱いため、コンタクトレンズを着用している。
2007年に入ってから、大塚は様々な楽器の演奏に挑戦し1人でバンドをしている[要出典]。 「さくらんぼ」を歌っているが、サクランボを食べるのは苦手である(本人いわく「トマトに似た食感」[要出典])。しかし、高級な品種のサクランボは食べられる(ファンからもらったものを食べたらおいしかったとのこと)。

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自身のCDの初回盤(「桃ノ花ビラ」を除く)付属として書き下ろしで絵本を書いたり、同レコード会社所属のラムジのCDジャケットのイラストを手掛けるなど、絵本作家やイラストレーターとしても活動。自作のキャラクターであるウサギの「LOVE」は大塚愛のマスコット的存在である。 本人は楽曲について「どんな曲も大塚愛から生まれてる」「ウソは書いてないし書けないというのはすべてにおいて共通してる」という趣旨のことを述べている[6]。

来歴

メジャーデビュー以前

もともとは学生時代の友人とインディーズで「HimawaRi」というグループとして活動していた。「さくらんぼ」はその時代に既に完成しており、かつてはデュオによる歌唱がインターネット上で無償で公開されていたこともあった。[7]幼い頃挑戦した子供向けのミュージカルの指導者の知り合いにあたるピアノの先生によるピアノレッスンを、4歳から大阪を離れる18歳まで行い、15歳から作詞作曲を始めた。「さくらんぼ」だけではなく、リースされた楽曲の多くをデビュー前に作っていて、その数は60曲以上にも及ぶ。2002年、avexに送った自作のデモテープ(「桃ノ花ビラ」「さくらんぼ」「甘えんぼ」[要出典]「大好きだよ。」等収録)が審査員の目にとまったことがデビューのきっかけとなり、翌2003年9月10日にシングル『桃ノ花ビラ』でデビュー。

2003年-2004年:LOVE PUNCH、LOVE JAM

2003年5月16日、大阪から上京。同年9月10日、『桃ノ花ビラ』でデビュー。

2004年3月29日には、文化放送の番組「レコメン!」内の1コーナー「大塚愛のai-r Jack」の放送がスタート。同年3月31日には、1stアルバム『LOVE PUNCH』を発売。7月には、森永「Ice Box」でCM初出演を果たす。11月から12月にかけては、「さくらんぼ」でベストヒット歌謡祭最優秀新人賞と日本有線大賞最優秀新人賞と第46回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。12月31日 には、NHK紅白歌合戦に初出場。「さくらんぼ」を歌う。

2005年-2006年:LOVE COOK

2005年3月1日には、自身初のフォト・ラブストーリーエッセイ『キミイロオモイ』を発売。同年3月16日には、漫画・「NANA」のトリビュートアルバム『LOVE for NANA ~Only 1 Tribute~』に「Cherish」で参加。この楽曲は、後に発売されるアルバムにも再収録された。

4月には、「ライオン」の商品「植物物語」と「Ban」のコマーシャルに出演。自身のオフィシャルモバイルファンクラブ「LOVE9CUBE」(ラブ・キューブ)が発足。

4月28日から6月1日にかけて、自身初の全国ホールツアー「JAM PUNCH Tour 2005~コンドルのパンツが食いコンドル~」を実施。

5月11日には、初の両A面シングル『SMILY/ビー玉』を発売。また、同年6月にはDVDドラマ『東京フレンズ』へ出演(翌2006年8月には映画化)するなど、女優業といった新たな分野にも挑戦した。7月27日、初のライブDVD『JAM PUNCH TOUR 2005~コンドルのパンツがくいコンドル~at Tokyo International Forum Hall A on 1st of June 2005』を発売。同DVDで、オリコン音楽DVD週間チャート初登場1位を獲得。

12月14日には、アルバム『LOVE COOK』を発売。オリコン週間アルバムチャート初登場1位を獲得した。12月31日には、「プラネタリウム」で第47回日本レコード大賞金賞を受賞。また紅白歌合戦には、同曲で2年連続2回目となる出場を果たした。

2006年4月1日から5月9日にかけて、アリーナ・ホール全国ツアー「LOVE COOK Tour 2006~マスカラ毎日つけてマスカラ~」を実施。

2006年-現在:愛 am BEST、LOVE PiECE、LOVE LETTER

2006年7月2日、「Excite Music Festival '06」に出演。同年7月26日には同日発売の鈴木亜美のシングル『Like a Love?』の表題曲である「Like a Love?」を作曲。自分以外の歌手の楽曲を初めて手がけた。同年9月9日、24歳の誕生日・デビュー3周年を記念して、日比谷野外音楽堂にて1夜限りのライブ「【LOVE IS BORN】~3rd Anniversary 2006~」を開催。また9月10日には、デビュー3周年を記念して、オフィシャルモバイルファンクラブ「LOVE9CUBE」で、「BABASHIのテーマ」(初のベストアルバム『愛 am BEST』の隠しトラックとしても収録)を着うたや動画CMで配信。同年12月30日には、「恋愛写真」で第48回日本レコード大賞の金賞を受賞。12月31日には、紅白歌合戦に同曲で3年連続3回目となる出場を果たした。

2007年3月28日には、自身初のベストアルバム『愛 am BEST』を発売。同年4月22日、「コスモアースコンシャスアクト・アースデー・コンサート」(東京・日本武道館)に出演。5月18日から7月12日にかけて、全国ツアー「愛 am BEST Tour 2007 ~ベストなコメントにめっちゃ愛を込めんと!!!~」を実施。

同年5月26日、『MTV Video Music Awards Japan 2007』の『最優秀ポップビデオ賞』『最優秀映画ビデオ賞』に「恋愛写真」がノミネート。6月30日には、『Excite Music Festival '07』(さいたまスーパーアリーナ)に2年連続出演。7月7日には、世界7大都市で同時開催されたライヴ・アース (「LIVE EARTH -The Concerts For A Climate In Crisis-」)の東京公演に出演した。9月9日には、前年に続き、25歳の誕生日とデビュー4周年を記念して日比谷野外音楽堂にて1夜限りのライブ「【LOVE IS BORN】~4th Anniversary 2007~」を開催した。同年9月26日には、前作より約1年9ヶ月ぶりとなるオリジナルアルバム『LOVE PiECE』を発売。オリコン週間アルバムチャートでは、初登場1位を獲得した。

2007年の年末には、「ポケット」が「ベストヒット歌謡祭2007」の「ゴールドアーティスト賞(ポップス部門)」、「発表!!第40回日本有線大賞」の「有線音楽優秀賞」に、また「PEACH」が第49回日本レコード大賞の金賞にそれぞれノミネートされた。12月31日には、「CHU-LIP」で紅白歌合戦に4年連続4回目となる出場を果たした。

2008年2月2日から5月6日にかけて、24会場31公演となる全国ツアー「LOVE PiECE Tour 2008 ~メガネかけなきゃユメがネェ!~」を実施。

2008年12月17日には、自身5作目となるアルバム『LOVE LETTER』を発売。オリコン週間アルバムチャートでは、初登場3位を獲得した。

2008年12月31日には、5年連続5度目のNHK紅白歌合戦に出場し、自分の名前と同じ曲である「愛」を熱唱した。

ディスコグラフィ

シングル

  発売日 タイトル 形態 販売生産番号
1st 2003年9月10日 桃ノ花ビラ CD+DVD
12cmCD AVCD-30528/B
(2003年10月1日発売)
AVCD-30525
2nd 2003年12月17日 さくらんぼ CD+DVD
12cmCD AVCD-30543/B
AVCD-30544
3rd 2004年3月3日 甘えんぼ CD+DVD
12cmCD AVCD-30574/B
AVCD-30575
4th 2004年7月7日 Happy Days CD+DVD
12cmCD AVCD-30601/B
AVCD-30602
5th 2004年8月18日 金魚花火 CD+DVD
12cmCD AVCD-30612/B
AVCD-30613
6th 2004年10月20日 大好きだよ。 CD+DVD
12cmCD AVCD-30627/B
AVCD-30628
7th 2005年2月9日 黒毛和牛上塩タン焼680円 CD+DVD
12cmCD AVCD-30670/B
AVCD-30671
8th 2005年5月11日 SMILY/ビー玉 CD+DVD
12cmCD AVCD-30701/B
AVCD-30702
9th 2005年7月13日 ネコに風船 CD+DVD
12cmCD AVCD-30740/B
AVCD-30741
10th 2005年9月21日 プラネタリウム CD+DVD
12cmCD AVCD-30768/B
AVCD-30769
11th 2006年4月12日 フレンジャー CD+DVD
12cmCD AVCD-30915/B
AVCD-30916
12th 2006年8月2日 ユメクイ CD+DVD
12cmCD AVCD-31021/B
AVCD-31022
13th 2006年10月25日 恋愛写真 CD+DVD
12cmCD AVCD-31065/B
AVCD-31066
14th 2007年2月21日 CHU-LIP CD+DVD
12cmCD AVCD-31177/B
AVCD-31178
15th 2007年7月25日 PEACH/HEART CD+DVD
12cmCD AVCD-31269/B
AVCD-31270
16th 2007年11月7日 ポケット CD+DVD
12cmCD AVCD-31322/B
AVCD-31323
17th 2008年5月21日 ロケットスニーカー/One×Time CD+DVD
12cmCD AVCD-31411/B
AVCD-31412
18th 2008年9月10日 クラゲ、流れ星 CD+DVD(デビュー5周年記念限定盤)
12cmCD(同上)

Ai_ohtsuka_am_best_label

CD+DVD
12cmCD AVCD-31497/B(デビュー5周年記念限定盤)
AVCD-31498(同上)
AVCD-31499/B
AVCD-31500
19th 2009年2月25日 バイバイ CD+DVD AVCD-31592/B

備考

「SMILY/ビー玉」、「プラネタリウム」、「PEACH/HEART」はオリコンシングルチャート1位を獲得した。
「金魚花火」まではエイベックスの方針によりCCCDであった(ただし後に限定発売された『さくらんぼ -Encore Press-』は除く。またレンタル盤については『恋愛写真』までCCCDだが、『CHU-LIP』よりCD-DAでもレンタルも開始されている)。
「SMILY」、「プラネタリウム」は週刊誌に盗作疑惑が報道された。詳細については当該項目を参照のこと。

アルバム

オリジナルアルバム

  発売日 タイトル 形態 販売生産番号
1st 2004年3月31日 LOVE PUNCH CD+DVD
12cmCD AVCD-17453/B
AVCD-17454
2nd 2004年11月17日 LOVE JAM CD+DVD
12cmCD AVCD-17538/B
AVCD-17539
3rd 2005年12月14日 LOVE COOK CD+DVD
CD+絵本
CD+フォトブック
12cmCD AVCD-17839/B
AVCD-17540
AVCD-17541(CD+絵本)
AVCD-17542(CD+フォトブック)
4th 2007年9月26日 LOVE PiECE CD+DVD
12cmCD AVCD-23396/B
AVCD-23397
5th 2008年12月17日 LOVE LETTER CD+DVD
12cmCD AVCD-23693/B
AVCD-23694

備考

「LOVE JAM」、「LOVE COOK」、「LOVE PiECE」はオリコンアルバムチャート1位を獲得した。
基本的にCD+DVD、CDのみの2種類で発売。DVDには撮り下ろしPVなどを収録。
「LOVE PUNCH」のみCCCDである(レンタル盤は「LOVE COOK」までがCCCD)。
全てのアルバムのCDのみ盤には初回特典として書き下ろし絵本付。「LOVE COOK」にはフォトブック付きの初回盤もある。

ベストアルバム

  発売日 タイトル 形態 販売生産番号
ベストアルバム 2007年3月28日 愛 am BEST CD+DVD
12cmCD(2007年9月26日発売) AVCD-23271/B
AVCD-23406(2006年9月26日発売、期間限定フラッシュプライス盤(2007年10月31日出荷分まで))
AVCD-23407(発売日同上、通常盤(2007年11月1日以降の出荷分より))

自身のオフィシャルファンクラブ「LOVE9CUBE」会員限定販売の「LOVE9CUBE限定パッケージ」が発売(販売終了)。

レンタル版もCD-DAでありCCCDは解除されている。なおレンタルの場合、DVDは借りることが出来ない。

DVD
  発売日 タイトル 販売生産番号
ドラマ 2005年6月8日 東京フレンズ※フジテレビ製作・avexから発売。 AVBD-91282~5(プレミアムBOX)
ライブビデオ 2005年7月27日 JAM PUNCH TOUR 2005?コンドルのパンツがくいコンドル?at Tokyo International Forum Hall A on 1st of June 2005 AVBD-91040~1(スペシャル盤)
AVBD-91342(通常盤)
ライブビデオ 2006年7月26日 LOVE COOK Tour 2006 ?マスカラ毎日つけてマスカラ?at Osaka-Jo Hall on 9th of May 2006 AVBD-91404
ライブビデオ 2007年1月1日 大塚 愛 【LOVE IS BORN】 ?3rd Anniversary 2006?at Hibiya-Yagai Ongaku-Do on 9th of September 2006 AVBD-91442
ライブビデオ 2007年9月26日 大塚 愛 『愛 am BEST Tour 2007 ?ベストなコメントにめっちゃ愛を込めんと!!!?』at Tokyo International Forum Hall A on 9th of July 2007 AVBD-91483~4(スペシャル盤)
AVBD-91485(通常盤)
ライブビデオ 2008年1月1日 大塚 愛 【LOVE IS BORN】 ?4th Anniversary 2007?at Hibiya-Yagai Ongaku-Do on 9th of September 2007 AVBD-91495(DVD)
AVXD-91601(Blu-ray Disc)
AVHD-91600(HD DVD)
ライブビデオ 2008年7月30日 LOVE PiECE Tour2008 ?メガネかけなきゃユメがねぇ!?at Pacifico Yokohama on 1st of May 2008 AVBD-91524~5(スペシャル盤)
AVBD-91526(通常盤)
ライブビデオ 2009年2月25日 大塚 愛 【LOVE IS BORN】 ?5th Anniversary 2008?at Osaka-jo Yagai Ongaku-Do on 10th of September 2008 AVBD-91580~1(スペシャル盤)
AVBD-91582(通常盤)
ライブビデオ 2009年5月6日 大塚 愛 LOVE LETTER Tour 2009?チャンネル消して愛ちゃん寝る!?at Zepp Tokyo on 1st of March 2009 AVBD-91714

書籍

キミイロオモイ (2005年3月1日 幻冬舎より発売。)ISBN 4344007433
LOVE WORLD (2007年9月25日 シンコーミュージックより発売。)ISBN 4401622650
大塚 愛のai-r Jack(2008年1月31日 ソニー・マガジンズより発売。)ISBN 978-4-7897-3251-2

参加作品/仕事

「LOVE for NANA ?Only 1 Tribute?」(2005年3月16日発売)
M-13「Cherish」で参加。3rdアルバム「LOVE COOK」にも収録。
東京フレンズ The Movie music collection(2006年8月23日、エイベックス・ラッシュより発売。)
東京プリン「ザ・ベスト・オブ 東京プリンその2」(2007年2月14日発売) 14曲目の「東京プリンが10周年」でゲストヴォーカルとして参加。
ラムジ「1ラムジ」(2005年11月9日発売)
イラストデザインを担当。
「2ラムジ」(2006年1月25日発売)
イラストデザインを担当。
「3ラムジ」(2006年6月7日発売)
イラストデザインを担当。

出演

ラジオ
現在

JFN系列「COROLLA presents LIFE - LOVE CiRCLE ?うれしいこと 全力で。?」(毎週土 10:30?10:55/2009年4月4日?)
過去
文化放送「レコメン!」内の「大塚愛のai-r Jack」DJ(月?木 24:30?24:35/2004年3月29日?2007年9月27日)
ニッポン放送「オールナイトニッポンR スペシャルナイト」

CM
現在

ニッセイ 「YOU MAY DREAM」
アサヒ 「すらっと」

過去
森永製菓 「Ice Box」 『100万円編』(2004年7月?)- CM初出演。CMソングは「Happy Days」。
ライオン 「植物物語ハーブブレンド」(2005年2月?)田中美佐子と日向ななみ(当時:山内菜々)と共演。CMソングは「ビー玉」と「drop.」。
ライオン 「Banパウダースプレー」(2005年3月1日?)CMソングは「SMILY」。
東芝
「au携帯電話W31T,A5511T」 『PCサイトビューアー篇』 (2005年7月9日?同年10月頃)CMソングは「ネコに風船」。
「au携帯電話W32T」 『こんなに薄いのに篇』 (2005年12月30日?)CMソングは「ネコに風船」。
「au携帯電話MUSIC-HDDW41T)」 『KIRAKIRA篇』 (2006年2月18日?)CMソングは「フレンジャー」。
「au携帯電話W44T」 『ペイント篇』 (2006年7月1日?)CMソングは「ユメクイ」。
「au携帯電話W45T」 『リラックス篇』 (2006年9月30日?)CMソングは「恋愛写真」。
「au携帯電話W47T」 『マス画面篇』 (2006年12月16日?)CMソングは「恋愛写真」。
不二家 「LOOKチョコレート」(2006年8月23日?)CMソングは、ハニカミジェーン。
ユニリーバ 「ポンズ ポアホワイト」 『テントウムシ編』(2008年4月16日?)CMソングは「One×Time」。
毎日コミュニケーションズ「マイナビ2010」(2008年6月1日?)CMソングは「クラゲ、流れ星」(「マイナビ×大塚愛」サイト)。
ニッセイ 「YOU MAY DREAM」 『アカペラ篇』(2008年6月1日?)

映画

東京フレンズ The Movie(2006年8月12日公開)

キャンペーン
経済産業省(若年層を対象とした地球温暖化問題に関する広報・調査事業(平成19年度地球温暖化問題対策調査)オピニオンリーダー 2008年2月~3月 ) 『地球 is My Home』がキャッチコピー

NHK紅白歌合戦出場歴
2004年に初登場して以来、2008年まで5回連続出演している。
出演順は「出演順/出演組数(1部2部)」。
年(放送回) 出場
回数 曲目 出演順 対戦相手
2004年(第55回) 初 さくらんぼ 29/58(2部) CHEMISTRY
2005年(第56回) 2 プラネタリウム 27/60(1部) CHEMISTRY
2006年(第57回) 3 恋愛写真 18/56(1部) 美川憲一
2007年(第58回) 4 CHU-LIP 35/56(2部) TOKIO
2008年(第59回) 5 愛 21/52(1部) 平井堅

ライブツアー/イベント

AI LOVE YOU LIVE (2004.6.1 at CLUB QUATTRO)
a-nation 2004
大塚愛学園祭ツアー
JAM PUNCH TOUR ~コンドルのパンツがくいコンドル~
a-nation 2005
音楽と髭達 Festival 2005
LOVE〔99〕COOK Tour 2006 ~マスカラ毎日つけてマスカラ~
エイベックス・グループ・ホールディングス第19期定時株主総会株主限定ライヴ
Excite Music Festival 2006
a-nation 2006
MUSIC FESTIVAL 2006 ユメウタ
【LOVE IS BORN】~3rd Anniversary 2006~
コスモアースコンシャスアクト・アースデー・コンサート(ライブの模様は生中継された)
愛 am BEST Tour 2007 ~ベストなコメントにめっちゃ愛を込めんと!!!~
Excite Music Festival 2007
Live Earth
a-nation 2007
Exciting Summer in WAJIKI '07
SOUND MARINA 2007~Feel the Voice Special~
【LOVE IS BORN】~4th Anniversary 2007~
MTV Cool Christmas 2007[9]
LOVE PiECE Tour 2008 ~メガネかけなきゃユメがネェ!~
Excite Music Festival 2008

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タイアップ曲一覧

曲名 タイアップ 初出
桃ノ花ビラ 日本テレビ系土曜ドラマ「すいか」主題歌 シングル『桃ノ花ビラ』
さくらんぼ TBS系「UNDER COUNT DOWN TV」12月オープニングテーマ
フジテレビ系「めちゃ×2イケてるッ!」エンディングテーマ シングル『さくらんぼ』
甘えんぼ 佐藤製薬「ストナリニS」2004年CMソング シングル『甘えんぼ』
pretty voice フジテレビ系深夜ドラマ「勝負下着?」主題歌 アルバム『LOVE PUNCH』
Happy Days 森永製菓「ICE BOX」CMソング(本人出演)
日本テレビ系「第24回全国高等学校クイズ選手権」テーマソング シングル『Happy Days』
大好きだよ。 NHK「よるドラ」主題歌 シングル『大好きだよ。』
スーパーマン TBS系「ニューイヤー駅伝2005」イメージソング アルバム『LOVE JAM』
Strawberry Jam 明光義塾2005年TV-CMイメージソング
ふたつ星記念日 フジテレビ系「めざましどようび」テーマソング
黒毛和牛上塩タン焼680円 読売テレビ・日本テレビ系アニメ「ブラック・ジャック」エンディングテーマ シングル『黒毛和牛上塩タン焼680円』
SMILY ライオン「Ban パウダースプレー」CMソング(本人出演) シングル『SMILY/ビー玉』
ビー玉 ライオン「植物物語 ハーブブレンド」CMソング(本人出演)
ネコに風船 東芝「au CDMA 1X WIN W31T(PCサイトビューアー)・W32T(こんなに薄いのに篇)」CMソング(本人出演)
映画「立つどうぶつ物語」イメージソング シングル『ネコに風船』
夏空 エムティーアイ「music.jp」CMソング
プラネタリウム TBS系金曜ドラマ「花より男子」イメージソング
エムティーアイ「music.jp」CMソング シングル『プラネタリウム』
drop. ライオン「植物物語 ハーブブレンド」CMソング(本人出演)
U-ボート TBS系「ニューイヤー駅伝2006」イメージソング
明光義塾2006年TV-CMイメージソング アルバム『LOVE COOK』
Cherish エムティーアイ「music.jp」CMソング
フレンジャー 東芝「au CDMA 1X WINMUSIC-HDD W41T(KIRA KIRA篇)」CMソング(本人出演)
日本テレビ系「スポーツうるぐす」2006年4月~6月テーマソング シングル『フレンジャー』
甘い気持ちまるかじり エムティーアイ「music.jp」CMソング
ユメクイ 映画「東京フレンズ The Movie」主題歌(本人出演)
東芝「au CDMA 1X WIN W44T(ペイント篇)」CMソング(本人出演) シングル『ユメクイ』
tears 映画「東京フレンズ The Movie」挿入歌(本人出演)
恋愛写真 全国東映系映画「ただ、君を愛してる」主題歌
東芝W45T「リラックス篇」、W47T「マス画面篇」CMソング(本人出演)
エムティーアイ「music.jp」CMソング シングル『恋愛写真』
ハニカミジェーン 不二家LOOKチョコレートCMソング(本人出演)
CHU-LIP TBS系ドラマ「きらきら研修医」主題歌 シングル『CHU-LIP』
PEACH フジテレビ系ドラマ「花ざかりの君たちへ ?イケメン♂パラダイス?」主題歌 シングル『PEACH/HEART』
HEART アイフルホームCMソング
未来タクシー ロッテ「ガーナミルクチョコレート」CMソング アルバム『LOVE PiECE』
Mackerel's canned food 日本テレビ系「ぐるぐるナインティナイン」エンディングテーマ
映画「東京フレンズ The Movie」挿入歌(本人出演)
クムリウタ エムティーアイ「music.jp」CMソング
ポケット 毎日コミュニケーションズ「マイナビ2010」CMソング(本人出演)
エムティーアイ「music.jp」CMソング シングル『ポケット』
ロケットスニーカー 関西テレビ「さんまのまんま」エンディングテーマ
エムティーアイ「music.jp」CMソング シングル『ロケットスニーカー/One×Time』
One×Time ユニリーバ「ポンズ ポアホワイト」CMソング(本人出演)
クラゲ、流れ星 TBS系「恋するハニカミ!」2008年9月度エンディングテーマ
エムティーアイ「music.jp」CMソング
毎日コミュニケーションズ「マイナビ2010」CMソング(本人出演) シングル『クラゲ、流れ星』
雨の粒、ワルツ?LOVE MUSiC? アイフルホーム CMソング
愛 NISSAY「YOU MAY DREAM」CMソング(本人出演) アルバム『LOVE LETTER』
LOVE LETTER NHK「私の1冊 日本の100冊」テーマソング
バイバイ アサヒ「すらっと」CMソング(本人出演) シングル『バイバイ』

関連項目
LOVE (大塚愛)
大塚愛のai-r Jack
Ikoman
大塚愛 (演歌歌手)

大塚愛さんの御紹介ページです!

http://www.avexnet.or.jp/ai/index.html

http://www.otsuka-aiai.com/

小室 哲哉さんのグッズ店見付けました!

もうすぐAVEXグッズが購入出来ます!

http://www.cospa.com/index.php/index/

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TERUさんについて

TERU

TERU(テル、本名:小橋 照彦(こばし てるひこ)、1971年6月8日 - )は、日本のミュージシャンで、バンド・GLAYのボーカル。北海道函館市出身。北海道函館商業高等学校卒業。身長169cm。血液型O型。愛称は「てっこ」。

経歴

小学校・中学校時代

小学生の頃からスポーツ少年で(しかし現在でも水泳だけは苦手)、中学の頃には野球部に所属していた。 絵も得意であり、「北海道絵画コンクール」で道賞(北海道賞)を獲得するほどの腕前だった。現在も主にパソコンを使用してイラストなどを製作、公開している。公式な作品としてはビデオ『VIDEO GLAY4』、『VIDEO GLAY 5』(PV集)のジャケットイラストなど。

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高校時代

1987年の夏辺りに、小中学校と一緒である同じサッカー部の先輩に「ちょっとドラムをやってみないか?」と勧誘され、聖飢魔IIのコピーバンド「花とゆめ」に加入。ドラムを担当し、文化祭で披露した。しかし、TERUの家にはドラムセットなど無く、親戚の叔母が営むスナックの椅子などを使って練習していたという。1988年の3月頃、小・中学校の同級生であるTAKUROに誘われ、GLAYとしての活動を始める。当初はドラマーとしての加入であったが、ある日、TAKUROがTERUの家にまだ歌の入っていないデモテープを置き忘れ、歌があったほうが何かとやりやすいだろうと考えたTERUが歌を入れてみたところ、それを聴いたTAKUROが「神がかった声」と感じて腰を抜かした[2]。これがボーカルへ転向するきっかけとなり、新しいドラマーが見つかるまで、マイクを天井からぶら下げて、ドラムを叩きながら歌っていた[3]。同年7月には、GLAYとしての初ライブを行う。 TERUが、姉の結婚式でTAKUROと「ずっと2人で…」を演奏・披露したのも、この頃の話である。

上京~インディーズ時代

上京後は、赤羽の凸版印刷に勤める傍らバンド活動を続けていたが、両立出来ず、試用期間明けで辞めてしまった。7月に、居所を埼玉県内に移し、その後は様々な仕事をしながら、バンド活動を行う。
1993年に結婚、1子をもうける。(後に2人目をもうける)

メジャーデビュー以降

1994年
5月25日 - GLAYのボーカリストとしてシングル『RAIN』でメジャーデビュー。
1999年
12月6日 - メンバープロデュース・ファンクラブ限定ライブの一環として、TERUプロデュース「THE MEN WHO SOLD THE WORLD」をZepp Tokyoで行う。男性限定のライブであったことから、「男ナイト」と呼ばれ、以後福岡、大阪でも行われることとなる。
2000年
3月 - 1993年に入籍した前妻と離婚。
2001年
4月 - 坂本龍一を中心とする地雷排除支援活動地雷ZEROに協力し、チャリティーソング『ZERO LANDMINE』に参加。
2002年
4月29日 - PUFFYの大貫亜美との結婚を発表。
8月27日 - TERUプロデュース・男性限定ライブ「BOYS ONLY NIGHT」を大阪BIGCATで行う。通算3回目の男ナイトで、チケットはSOLD OUT。このライブ限定のグッズは現代女浮世絵師であるツバキアンナとTERUのコラボレーションであった。
2005年 
7月18日 - 千葉ポートパーク円形広場野外ステージにて、自身がDJを務めるラジオ番組の開始10周年を記念して、イベント「TERU ME NIGHT GLAY 10th ANNIVERSARY SPECIAL 〜Summer of 05〜」を行う。
ほっとけない 世界のまずしさキャンペーンに参加。
12月3日12月4日に行われた「White Band FES.(ホワイトバンドフェス)」にGLAYとして参加。

Untitled2

親交のある山本シュウに誘われ、レッドリボンキャンペーン2005に参加。
Yahoo! JAPANでの特集や、ファンクラブ会報などで対談を行う。
12月21日 - BUCK-TICKの20周年を記念したトリビュート・アルバム「PARADE〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜」に「悪の華」でHISASHIと共にrally[4]として参加。
2007年
7月1日から2年間の間に公共広告機構のCMに出演。彼が出演する当社団法人のCMテーマは「エイズ」である。
10月14日 - レッドシューズのイベントライブWEAR RED SHOES Vol.4にゲストミュージシャンとして参加
12月3日 - レッドリボンキャンペーンRED RIBBON LIVE 2007にTAKUROとともに出演

人物

兄弟は姉1人と妹1人。
抜群の運動神経の持ち主であり、ライブなどでもしばしばマイクスタンドを使ったハイジャンプを披露する。
趣味は料理であり、その腕前はメンバーも絶賛するほどである。 現在の妻はパフィーの大貫亜美だが、大貫とは再婚。前妻との間に一男一女、大貫との間に一女もうけている。 幼い頃に鳥(雀)に襲われた経験から鳥(特に小鳥)が嫌い。BEAUTIFUL DREAMERのPVで鷹を手なずけるシーンがあるが、これは合成ではない。後に「とても怖かった」と語っている。 後輩ビジュアル系バンドと親睦が深く、シドの明希をはじめとして「兄貴」のように慕われている。 2008年からブログ「365の光り」の更新を開始した。

作品

参加作品

ZERO LANDMINE(2001年4月25日)
冬のエトランジェ(2004年12月8日)
MISIAのアルバム「SINGER FOR SINGER」に収録された楽曲。コーラスとして参加。
Say something(2006年12月20日)
氷室京介のアルバム「IN THE MOOD」に収録された楽曲。コーラスとして参加。
RED RIBBON Spiritual Song ~生まれ来る子供たちのために~ (2007年11月28日)
世界エイズデー・プロジェクト2007 チャリティー・シングル
LOVE CLOVER(1998年4月8日)
TAKUROがプロデュースした中山美穂のシングルにコーラス参加

出演

ラジオ

TERU ME NIGHT GLAY(BAY-FM)

2005年7月18日、『TERU ME NIGHT GLAY』とその前身である番組を含め10周年であることを記念し、ラジオ番組公開録音『TERU ME NIGHT GLAY 10th ANNIVERSARY SPECIAL ~Summer of 05~』を千葉ポートパーク円形広場野外ステージで開催。テルミーリスナー12万人の応募者の中から1万人を抽選により選び、招待した。その他、声だけでも聞きたいと集まった50人のテルミーリスナーも参加し、総勢10,050人による公開録音になり、「史上最大のラジオ番組公開録音」としてギネス・ワールド・レコーズに申請された。

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関連項目
GLAY
TAKURO
HISASHI
JIRO
大貫亜美
氷室京介
YUKI
hide
桜井和寿
Radio Caroline
THE MAD CAPSULE MARKETS
L'Arc〜en〜Ciel
シド
ギルガメッシュ
ムック
BALZAC

脚注

^ 後に、TAKUROと共にGLAYの活動を始めた頃には、TERUの部屋は防音処置が施されていたと、TAKUROは語っている ^ TAKUROが、人生において腰を抜かすほど驚いたのは、この時以外には、日本のロックバンドBOØWYの楽曲『B・BLUE』を初めて聴いた時だけだという ^ ただし、本人はTAKUROが受けた衝撃をあまり理解出来ていなかったらしく、先輩を新ボーカルとして連れて来て、ドラマーに戻ろうとしたが、TAKUROにより却下され、ボーカルに戻されるというエピソードがある。 ^ GLAYのTERU(ボーカル)とHISASHI(ギター)、Radio Carolineの ウエノコウジ(ベース)、THE MAD CAPSULE MARKETSのMOTOKATSU MIYAGAMI(ドラムス)によって結成されたバンド。

TERUさんの御紹介ページです!

http://www.nifty.com/glay/

http://teru-me-night.seesaa.net/

彼との共同経営だそうです!御確認下さい!

http://www.official-store.jp/vamps/

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井上 和香さんについて

井上 和香

井上 和香(いのうえ わか、本名:非公表、1980年5月13日 - )は、日本の女優、元グラビアアイドル、女性タレント。母親は元女優の嵯峨京子。東京都出身。東京の日出女子学園高等学校(現・日出高等学校)卒業。インセント所属。身長166cm。スリーサイズは、B88cm W60cm H90cm。愛称は、「ワカパイ」。

略歴

渋谷区立笹塚小学校卒業
高校卒業後は松屋などでアルバイトをしていたが、芸能事務所「インセント」に応募し、芸能界入りをする。
2002年10月、月刊誌『BOMB』(学習研究社)にてグラビアデビュー。
2003年、「第41回 ゴールデン・アロー賞 グラフ賞」を受賞。また、「日テレジェニック2003」にも選ばれる。
2004年、舞台『SAY YOU KIDS?20th Century BOX?』にて女優デビューを果たし、連続テレビドラマ『WATER BOYS2』や映画『猿飛佐助II?闇の軍団?』にも出演する。
2006年、『黒い太陽』(テレビ朝日)にて連続テレビドラマのヒロイン役を務める。
2008年、『コラソンdeメロン』にて映画初主演。

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人物・エピソード

趣味は、ゴルフ、カラオケ、読書。 特技は、水泳、料理(特に和食)、パソコンのタッチタイピング。 パソコンは、以前はWindowsユーザだったが、2009年現在は、Macユーザである。 シンガーソングライターのaikoが大好きで、直接会うことができて大変喜ぶ。
プロ野球は、読売ジャイアンツのファン(阿部慎之助が好き)。 デビュー前は、坂下千里子が好きだったと各雑誌で語っている。高校生の頃から西川貴教のファンだったとも発言したが、本人から「全然そうは思えないんですけど。会った時ドライな態度だったのに」と言われた。 バラエティ番組などで何度か挑戦したが、スキップする事が出来ない。
一般的にはFカップという豊かなバストが有名である。その特徴から「ワカパイ」との呼称がある。 デビュー当時には「和製モンロー」とも呼ばれた。これは当時のスリーサイズ(90 - 60 - 90)がアメリカの女優、マリリン・モンローと同じことから小堺一機がラジオで名付けたもの(実際にはモンローのサイズを小堺は間違えて覚えていた)。
事務所からの初任給で、家族を食事に招待したときのエピソード。事務所社長に相談して、社長行きつけのフランス料理屋さんにいくことになり、家族プラス姉の友達で楽しい食事をしたあと、井上本人が支払いに行ったら、総額18万円と言われる。このエピソードを話したとき、井上本人は、「社長は、私の給料を知っているくせに、どんな高いレストラン紹介してくれたんだ。それから、家族はどんだけガツガツ食べたんだ。」と感想を述べていた。(ちなみに、初任給は10万円ほどだったとのこと。) 『行列のできる法律相談所』や『人生が変わる1分間の深イイ話』で島田紳助から散々いじられている。 「唇がタラコ」、「絶対にシリコンを入れている」、「口説かれるためにわざとシリコンを入れている」、「何で明太子をくわえているの」など言われ、激怒するのが恒例。有吉弘行からは『くちびるオバケ』とニックネームをつけられている。また、髪型を変えた時には「何でスタジオに河童が来ているの」と言われた。 学校スペシャルでゲストも司会も学生服を着た時には、「AVの撮影で来たの?」と言われた。 本人は「ここまで唇をアップして撮影するのはこの番組だけ」と怒っている。 深イイ話(2009年5月11日放送)では「その胸はETCを通過できない」等といじられている。 2007年1月12日よりバラエティ番組『ぐるぐるナインティナイン』の名物コーナー「ゴチになります8」のレギュラー出演者[2]となるが、2008年1月11日の放送で最下位が決定し、わずか1年でクビになった。また、同番組内にて「スペシャルにおける年間負け数」、「設定金額との最大誤差」、「自腹合計金額」の記録を塗り替え、「ゴチワースト三冠王」と名付けられた。同番組では、度々号泣するシーンが見受けられた。とりわけ最下位が決定した際には、化粧が完全に取れる程大泣きした。また、退場時に涙目で「バーカ!!」と捨て台詞を吐いた。 ドラマの共演で知り合った滝沢沙織とは親友であり、毎日遊びに行くほど仲が良い。お笑い芸人の北陽・虻川美穂子とも仲が良いと公言しているが、『ダウンタウンDX』、『はねるのトびら』で「もう誘わないでほしい」と言われた。
『ラジかるッ』で、デビュー前は松屋新宿西口店でアルバイトをしていたことを告白。
グラビアの仕事は減ったが、本人は「水着は私の原点。望みがあれば水着の仕事もする」と述べている。 2009年1月12日のごきげんようで、プライベートでは実はビキニを1枚も持っていないことが公言された。プライベートで泳ぎに行く時には、スクール水着の上にTシャツと短パンをはいているとのことである。

出演

テレビドラマ

連続ドラマ
WATER BOYS2(2004年7月 - 9月、フジテレビ)- 越野春香 役
NHK夜の連続ドラマ 「トキオ 父への伝言」(2004年8月 - 9月、NHK総合)- 田村早智 役
鬼嫁日記(2005年10月 - 12月、関西テレビ)- 村井あゆみ 役
ガチバカ!(2006年1月 - 3月、TBS)- 辻堂小牧 役
7人の女弁護士(2006年4月 - 6月、テレビ朝日)- 麻生恵理 役
金曜ナイトドラマ 「黒い太陽」(2006年7月 - 9月、テレビ朝日)- ヒロイン・千鶴 役
土曜時代劇 「オトコマエ!」(2008年4月 - 7月、NHK総合)- 「佐和膳」女将・佐和 役
シバトラ~童顔刑事・柴田竹虎 第9話 - 最終話(2008年7月 - 9月、フジテレビ)- 神奈川県警警務部監察官・常盤遼子警視 役
金曜ナイトドラマ「サラリーマン金太郎」(2008年10月 - 12月、テレビ朝日)- 末永美鈴 役
つばさ(2009年4月-9月、NHK総合)- 篠田麻子 役
単発・ゲスト出演
ほんとにあった怖い話 「憑かれた病院」(2004年11月29日、フジテレビ)- 主演・佐野美也子 役
離婚弁護士 新春スペシャル(2005年1月6日、フジテレビ)- 北原ゆかり 役
世にも奇妙な物語 春の特別編 「倦怠期特効薬」(2005年4月12日、フジテレビ)- 中島ミユキ 役
ほんとにあった怖い話 スペシャル6 京都ミステリーツアーSP 「乗せて…ください」(2005年8月23日、フジテレビ)- 主演・永田幸恵 役
火曜ドラマゴールド 「検事 霞夕子 SP」(2006年11月7日・2007年10月2日、日本テレビ)- 桜木みどり 役
銭華2 DX豪華版(2007年4月4日、日本テレビ)- 琴塚理沙 役
新幹線ガール(2007年7月4日、日本テレビ)- 杉村亜紀 役
黒い太陽 '07スペシャル(2007年9月21日、テレビ朝日)- 千鶴 役
ワタシ2.1 「莉奈の場合」(2007年9月25日、関西テレビ☆京都チャンネル)- 主演・竹内莉奈 役
ナショナル劇場「浅草ふくまる旅館」(2007年10月 - 12月、TBS系)- 第8話・来宮晴海 役
吉原炎上(2007年12月29日、テレビ朝日)- 花里 役
新春ワイド時代劇 「徳川風雲録 八代将軍吉宗」(2008年1月2日、テレビ東京系・テレビ大阪系)- お須磨 役

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さば(2008年2月4日、フジテレビ)- トミコ 役
交渉人?THE NEGOTIATOR?(2008年1月 - 2月、テレビ朝日)- 第5話・岡村小百合 役
水曜ミステリー9 「ブランド刑事3?偽ブランド和牛殺人事件?」(2008年7月30日、テレビ東京)- 草野花子 役
金曜プレステージ「いじわるばあさん」(2009年1月9日、フジテレビ) - 伊知割マイコ 役
LOVE GAME(2009年4月30日、日本テレビ系・読売テレビ)- 第2話・伊藤幸恵 役
必殺仕事人2009(2009年5月1日、テレビ朝日系・朝日放送) - 第14話・おゆう 役

テレビ番組

SDM発!(2003年4月 - 9月、フジテレビ)- レギュラーMC
ド・ナイト(2003年4月 - 12月、テレビ朝日)- 準レギュラー
愛のエプロン3(2003年7月 - 2004年8月、テレビ朝日)- 準レギュラー
爆笑問題のバク天!(2003年10月 - 2006年3月、TBS)
グラビアの美少女(2003年、MONDO21)
森田一義アワー 笑っていいとも!(2004年4月 - 2006年3月、フジテレビ)
水曜レギュラー(2004年4月7日 - 9月29日)
木曜レギュラー(2004年10月7日 - 2006年3月30日)
どうぶつ奇想天外(2003年10月 - 2007年9月、TBS)
不幸の法則(2004年10月 - 2005年9月、日本テレビ)- 司会アシスタント
CS発!美少女箱(2004年11月 - 2005年4月、フジテレビ721)
知っとこ!(2004年5月15日,2008年5月24日、毎日放送制作・TBS系列)
M-1グランプリ/第4回大会(2004年、テレビ朝日)
Dynamite!(2004年12月31日、TBS)- メインナビゲーター
格闘王(2005年3月、TBS)
HERO'S(2005年7月 - 2007年12月、TBS)- メインナビゲーター
オンナのじかんですよ。(2006年12月26日,2007年6月25日、テレビ東京)
ぐるぐるナインティナイン(2007年1月 - 2008年1月、日本テレビ)- 「ゴチになります8」レギュラー)
堂本剛の正直しんどい(2007年2月15日,3月1日,3月15日他、テレビ朝日)
びっくり法律旅行社 (2007年10月5日、NHK)
鶴瓶の家族に乾杯 (2008年1月21日,2007年1月28日、NHK総合)
嗚呼!花の料理人 (2007年7月,2008年5月29日「グルメトラップ マズいのど?れ?」、ytv制作・日本テレビ)
DREAM(2008年3月15日、TBS)- メインナビゲーター
きよしとこの夜(2008年9月18日、NHK)- ゲスト
志村けんのだいじょうぶだぁ豪華!秋の爆笑スペシャル (2008年10月28日、フジテレビ) - ゲスト
美しき青木・ド・ナウ(2009年2月23日、3月2日 テレビ朝日)- ゲスト
恋するハニカミ!(2009年2月27日、TBS)- ゲスト

テレビアニメ

名探偵コナン(2007年10月22日、読売テレビ)- 本人 役

映画

猿飛佐助II?闇の軍団?(2004年)- 山吹 役
コラソンdeメロン(2008年)- 主演・泉じゅん 役

舞台

トニセン三部作・完結編 「SAY YOU KIDS?20th Century BOX?」(2004年4月11日 - 5月11日、演出:横内謙介)
エブリ リトル シング(2008年7月11日 - 20日、原作:大村あつし、演出:岡村俊一)- 菜々美 役 企画・制作:ネルケプランニング

CM

プロミス(2003年 - 2006年)
NTTコミュニケーションズ(2004年)WAKA
引越社 「アリさんマークの引越社」(2004年 - 2006年)

ラジオ

井上和香の就職戦士ブンナビ!(2007年11月 - 2008年3月、文化放送)
イマドキッ(MBSラジオ・TBSラジオ、2008年4月 - )

インターネット

BBbeat(2003年8月 - 2004年12月、ドリームネット・OCN)- MC

その他

OCN 「Blogzine(ブログ人)」(2004年)- 広告キャラクター
日本雑誌協会・雑誌愛読機関(2004年)- イメージキャラクター
神戸コレクション2005A/W(2005年)- ゲストモデル
厚生労働省・中央労働災害防止協会 「平成18年度全国安全週間」(2006年)- ポスター

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リリース作品

イメージビデオ

日テレジェニック2003 井上和香(2003年7月、バップ)
初恋(2004年4月、デジキューブ)
WAKAMANIA(2004年4月、ポニーキャニオン)
WAKASAWAGI(2004年6月、デジキューブ)
和香日和(2005年10月、リバプール)
和香白書(2006年9月、リバプール)

写真集

ファースト写真集「W」(2003年2月、学習研究社)ISBN 4-05401-959-5
YOUNG SUNDAY SPECIAL GRAPHIC VOL.4 WAKAZAKARI(2003年10月、小学館)ISBN 4-09104-015-2
わかしぼり(2004年5月、講談社)ISBN 4-06364-573-8
ワカコレ(2004年10月、学習研究社)

受賞歴

日テレジェニック2003(2003年)
第41回 ゴールデン・アロー賞 グラフ賞(2003年)
第9回 ネイルクイーン タレント部門(2004年)
2006年度 サンキストオレンジデープリンセス(2006年)
スワロフスキー 「CRYSTALLIZED STYLE AWARD 2007」 ベストドレッサー賞・女性部門(2007年)

井上 和香さんの御紹介ページです!

http://ameblo.jp/inoue-waka/

http://inoue-waka.blog.ocn.ne.jp/

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遠藤久美子さんについて

遠藤 久美子

遠藤 久美子(えんどう くみこ、1978年4月8日 - )は、日本の女性タレント、女優、歌手である。愛称は『エンクミ』。東京都葛飾区出身で、小学校2年から高校卒業までを埼玉県三郷市で過ごした。血液型O型。出身高校は埼玉県立三郷高等学校。所属事務所はアイント。

略歴・人物

5人兄弟の次女として生まれた。

高校1年生の頃、「ステーキのどん」でアルバイトしていた時に姉の知り合いの芸能プロダクションマネージャーにスカウトされて芸能界入りした。

デビュー直後は、地方限定のCMや少年誌グラビア、マイナーなテレビドラマ等に出演していたが、1995年に全国ネットで放映されたマクドナルドのCM・証明写真編で一躍知名度

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を上げた。その後、土曜9時の日本テレビの連続テレビドラマを中心にバラエティ番組にも積極的に出演。また当時、広末涼子や内田有紀らと共にショートヘアアイドルの代表としてしばしメディアにとりあげられた。1998年、20歳の誕生日に歌手デビュー。テレビドラマ、バラエティー、CM、声優等幅広く活躍。1997年から始まったバラエティ番組『人気者でいこう!』では2年間レギュラーを務め、独特の天然ボケキャラで人気を呼んだ。[4]また、浜田雅功に対する「愛情」は半端ではなく、レギュラー降板後に出演した関口宏の東京フレンドパークIIのクイズ!ボディ&ブレインで「浜田の出演したドラマ」を言い当てたほどである。さらに1997年、バラエティ番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』で大ブレイク。2002年度・2003年度の競艇のイメージタレントとして出演し、2002年度の「キョーテー・ハニー」ではターンマークブイのかぶりものをした。また全国信用組合ではしんくみというキャラで長期間CM出演していた。ショートカットヘア、大きな瞳、太い眉、独特のハスキーな声が個性的である。 愛称「エンクミ」は後藤久美子の「ゴクミ」にちなんだものである。

エピソード

『とんねるずのハンマープライス』出演時、「スイカの種だけで作った枕」を作るため、スイカを数十玉食べたことがある。 2006年にNHK-BS1のNBAの特集番組に、NBAファンとしてココリコらと共に出演したが、NBAには疎かった。 『謎を解け!まさかのミステリー』に出演した際に、自分の知らない「遠藤久美子のコンサート」の広告を見たことから「にせものがいる」という話をしたが、番組スタッフが調べたところ同姓同名のオペラ歌手のものと判明したため、司会の島田紳助に「謝れ」と言われ、頭を下げた。その後に挿入された取材ビデオでは、オペラ歌手の遠藤久美子(上記参照)が「私も若い頃からエンクミと呼ばれていましたが、私の方が年上だから、元祖ですかね」とにこやかに話していた。

出演

映画

いさなのうみ (1997年、ビターズ・エンド) - 美智子 役
ラヂオの時間 (1997年、東宝) - 一之瀬弥生 役
ショムニ (1998年、松竹) - 塚原佐和子 役
富江 re-birth (2001年、大映) - 北村ひとみ 役
東京攻略 (2001年、香港映画) - 直美 役
ピカチュウのドキドキかくれんぼ 【ナレーターとして出演】(2001年、東宝)
悪名1 ~蘇る大和魂~ (2001年、イップ・エンターテイメント) - お照 役
THE SUPER DRY FILMS「PLAY BALL!」(2005年) - 八代春美 役
ポストマン(2008年)
KIZUKI(2008年) - 菅原由梨 役

DVD・ビデオ映画

必殺始末人3(1997年、松竹) - 八重姫 役
悪名2 ~荒ぶる喧嘩魂~ (2001年) - お照 役
実録・広島四代目 第1次抗争編(2003年)
実録・広島四代目 第2次抗争編(2003年)
飲酒運転 悲劇の連環 (交通安全教育用作品)(2007年、東映)

テレビドラマ

連続ドラマ

冠婚葬祭部長 (1996年1月-3月、TBS) - 小山田未央 役
聖龍伝説 (1996年10月-12月、日本テレビ) - 酒井美咲 役
FiVE (1997年4月-6月、日本テレビ) - イズミ(加藤いずみ) 役
ドンウォリー!(1998年4月-6月、フジテレビ) - 内藤彩子 役
君といた未来のために ?I'll be back?(1999年1月-3月、日本テレビ) - 山岸由佳 役
七人のサムライ J家の反乱(1999年4月-2000年9月、朝日放送) - 遠藤久美子 役
てっぺん (1999年7月-9月、テレビ朝日) - 高木香苗 役
ハッピー2 (2000年7月-9月、テレビ東京) - 磯崎まどか 役
十三夜 霊界からの招待状(2001年、テレビ神奈川) - 遠藤久美子(ラジオ番組「心霊通信」のDJ) 役
オヤジ探偵 (2001年7月-9月、テレビ朝日) - 早乙女黎 役
オヤジ探偵2 (2002年10月-12月、テレビ朝日) - 早乙女黎 役
ダンシングライフ (2003年5月-6月、TBS、愛の劇場) - 主演・三村明子 役
彼女が死んじゃった。 (2004年1月-3月、日本テレビ) - 歌川繭 役
ウルトラQ dark fantasy (2004年4月-6月、テレビ東京系) - 楠木涼 役
警視庁捜査一課9係 (テレビ朝日) - 垣内妙子 役
第1シリーズ(2006年4月-6月)
第2シリーズ(2007年4月-6月)
第3シリーズ(2008年4月-6月)
がきんちょ?リターン・キッズ? (2006年7月-9月、TBS、ドラマ30) - 夏川桃(現代) 役
安宅家の人々 (2008年1月-3月、フジテレビ系) - 主演・安宅(宇田川)久仁子 役

ゲスト出演

金田一少年の事件簿 怪盗紳士の殺人 (1996年8月10日-17日、日本テレビ) - 和泉さくら 役
バーチャルガール 第6話(2000年2月19日、日本テレビ) - 早坂憧子 役
はみだし刑事情熱系 partⅤ (2000年、テレビ朝日)- 三好夏子 役
伝説のマダム 第4話(2003年4月-6月、日本テレビ) - 宮崎真琴 役
慶次郎縁側日記 第1シリーズ 第2話(2004年8月-10月、NHK総合) - お直 役
おみやさん(テレビ朝日系)
第3シリーズ 第9話(2004年8月26日) - 宮田典子 役
第4シリーズ 第7話(2005年6月2日、) - 宮田典子 役
第5シリーズ 第5話(2006年11月23日) - 大河内美緒 役
第6シリーズ 第14話(2009年3月12日) - 平田貴美子 役
相棒 第3シリーズ 第6話(2004年12月1日、テレビ朝日) - 千葉ハル子 役
刑事部屋?六本木おかしな捜査班? 第6話(2005年8月24日、テレビ朝日) - 三崎由夏 役
新はんなり菊太郎 第1話(2007年1月11日、NHK) - 妙 役
ジャッジ ?島の裁判官奮闘記? 第4話、第5話(2007年11月3日-10日、NHK) - 新元みづき 役
7人の女弁護士 第2シリーズ 第5話(2008年5月8日、テレビ朝日) - 高杉あやめ 役
必殺仕事人2009 第9話(2009年3月13日、テレビ朝日)‐椿きぬ 役

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単発ドラマ

チキチキバンバン(1996年、日本テレビ)
TOKYO23区の女/中野区の女(1996年、フジテレビ)
おれ、ぼく、あたし。zap Entertainment!(2000年、WOWOW) - 桂フミ 役
探偵左文字進2 汚れた勲章(2000年4月17日、TBS、月曜ドラマスペシャル) - 木島直美 役
外科医佐伯真の殺人カルテ(2001年、テレビ朝日、土曜ワイド劇場) - 一ノ瀬久美 役
彼女たちの獣医学入門(2002年、NHK) - 大森知夏 役
信濃のコロンボ2 北国街道殺人事件(2002年5月22日、テレビ東京、水曜ミステリー9) - 田尻風見子 役
殺人ロケ(2003年、テレビ朝日、土曜ワイド劇場) - 桃井和世 役
間寛平少年物語(2003年12月6日、関西テレビ) - 松原奈津子 役
ドクVSデカ2?心療内科医&殺人課刑事の捜査ファイル?(2004年9月4日、テレビ朝日、土曜ワイド劇場) - 島田明美 役
監察医・室生亜季子36(2005年1月11日、日本テレビ、火曜サスペンス劇場) - 田島幸子 役
はみだし弁護士・巽志郎9(2005年9月17日、テレビ朝日、土曜ワイド劇場) - 二宮由美 役
くりぃむしちゅーのたりらリラ?ン(2005年 - 2006年、日本テレビ)「ベタドラマ」のコーナーで、第5話「ベタな片思い」と第8話「ベタ者のすべて」に出演。
おばはん刑事!流石姫子 ファイナル(2006年8月26日、テレビ朝日、土曜ワイド劇場) - 桜井ちはな 役
救急救命士・牧田さおり5(2007年2月3日、テレビ朝日、土曜ワイド劇場) - 高谷史恵 役
駅弁刑事 神保徳之助(2007年4月30日、TBS、月曜ゴールデン) - 工藤美奈子 役
駅弁刑事 神保徳之助2(2008年5月5日)
駅弁刑事 神保徳之助3(2009年5月4日)
伊勢志摩殺人事件(2008年3月8日、テレビ朝日、土曜サスペンス特別企画) - 主演・大原路子 役
日中戦争秘話 ふたつの祖国をもつ女諜報員?鄭蘋如(てんぴんるう)の真実?(2008年8月24日、読売テレビ) - 再現ドラマの部分・鄭蘋如の母 役
幻十郎必殺剣スペシャル(2009年4月10日、テレビ東京) - お咲 役
京都お茶会殺人事件(2009年5月2日、テレビ朝日、土曜ワイド劇場) - 菊川千秋 役

インターネットドラマ

スタジアムで会いましょう(2004年、NETCINEMA.TV) - 主演・渡辺初音 役
ミルパパ?しあわせの雑貨店? 1話、4話(2007年、ミランカ)

舞台

ダブリンの鐘つきカビ人間(2002年4月26日 - 6月9日、G2プロデュース+パルコ・リコモーション、PARCO劇場ほか) - 真奈美 役
森は生きている(2004年8月21日 - 29日、ライズ・プロデュース、アートスフィア) - 主演・「娘」 役
蜜の味(2005年5月18日 - 22日、古川オフィスプロデュース、シアターX) - 主演・ジョー 役
魔界転生(2006年9月2日 - 26日、松竹、新橋演舞場) - お銭 役

声優

キャプテン・ラヴ【PSソフト】(永堀愛美役)
愛してるぜベイベ★★(片倉鈴子役)
MAJOR全シーズン(川瀬涼子役)
劇場版MAJOR メジャー 友情の一球(ウィニングショット)(川瀬涼子役)

バラエティ

ウリナリ!! 芸能人社交ダンス部 (1997年 - 1998年、日本テレビ)
人気者でいこう!(1997年 - 1999年、テレビ朝日)
笑う犬の情熱(太陽)(2002年 - 2003年、フジテレビ)
鶴瓶のスジナシ!(2003年、中部日本放送)

教養番組
たけしの万物創世紀(1995年10月17日~2001年3月20日、テレビ朝日)
趣味悠々中高年のためのパソコン講座シリーズ・デジタルビデオを使いこなそう (2004年、NHK教育)
趣味悠々犬と暮らしを楽しもう!!(2005年、NHK教育)
イタリア語会話(2005年、NHK教育)
熱中時間(NHKデジタル衛星ハイビジョン他 ナレーターを随時)
趣味悠々すぐに弾ける!たのしいウクレレ(2008年11月3日~2009年1月26日、NHK教育)

ラジオ

遠藤久美子のLOVELOVEモード(TBSラジオ)
遠藤久美子のパステルターン(2002年 - 2003年、文化放送)
土曜音楽パラダイス(2005年、NHKラジオ第1)
Vodafoneカウントダウン・ジャパン (2005年 - 2006年、TOKYO FM)
シェフズキッチン
過去(ゲスト出演):

アニガメパラダイス(ニッポン放送)
LF+Rプロデューサー'sナイト 中西健夫のallnightnippon-r(ニッポン放送)※(株)ディスクガレージ代表取締役社長、ポケミューフェスティバルに尽力。
松本ひでおの噂の美女対談(ニッポン放送)
T.M.Revolution西川貴教のオールナイトニッポン Music Revolution(ニッポン放送)※人気者で行こう!の企画で浜ちゃん、城嶋茂などとともに登場。
伊集院光 深夜の馬鹿力 第131回1998年4月13日放送「エンクミスペシャル」(TBSラジオ)

CM

(1995年) 竹田製菓『お菓子の城』
(1995年) マクドナルド
(1996年) セガ 『セガカラ』
(1996年) ごはん食推進委員会
(1997年) ラコステ
(1997年) 明治製菓 『明治ブルガリアヨーグルト』『プッカ』『プチブランチ』
(1998年) 明星食品 『中華街』
(1998年) 全国信用組合中央協会 『しんくみ』
(1998年) NTTパーソナル東北
(1998年) 三共 『ルル』
(2000年) 日石三菱
(2000年) パスネット
(2002年) 競艇 『キョーテー・ハニー』
(2002年) アビバ
(2003年) 競艇
(2005年) 井村屋
(2008年) 保険市場からのメッセージ(2008年、YouTube)母親役

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ディスコグラフィ

CD

好きなら好きっ! (1998年4月8日 東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン))
ハッピー・ラッキー・デイ (1998年8月21日 東芝EMI)
コイビトのトビラ (1998年12月16日 東芝EMI)
夢ロケッツ (1999年4月9日 東芝EMI)
HOLD ON MY HEART (1999年11月26日 東芝EMI)
CROSSROAD (2000年11月1日 ビクターエンタテインメント)

アルバム

夢ロケッツ(1999年4月28日 東芝EMI)
V.B.O.E.(Very Best Of Enkumi) (2000年3月29日 東芝EMI)
エン結び (2003年9月17日 DOMO)

ビデオ・DVD

エンクミTVチャンネル1 (1998年4月8日 東芝EMI)
エンクミTVチャンネル2 (1998年8月21日 東芝EMI)
Happy・Pocket・Presents (1998年12月23日 東芝EMI)
1st Concert "Yume ROCKETS" (1999年8月25日 東芝EMI)
遠藤久美子! (2000年12月20日 ポニーキャニオン)
One from the heart (2002年9月20日 DOMO)
Four Season (2006年12月 DOMO)

写真集

久美