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2010年8月

小説(しょうせつ)とは

小説(しょうせつ)とは、文学の一形式である。

小説とは、散文で作成された虚構の物語として定義される。 内容では、随想や批評、伝記、史書と対立するものであり、形式としては詩と対立するものである。

日本の小説

日本では、江戸時代に仮名草子、読本などはあったが、近代小説が誕生したのは明治
時代以降である。Novelの訳語に「小説」という、江戸時代に曲亭馬琴たちを中心にし
て自作を表現するために使われていた中国由来の言葉をあて、従来の勧善懲悪を斥け
、人情を映す文学作品として定義したのは坪内逍遙の『小説神髄』(1885-1886年)
である。その文学理論を実践したのが坪内逍遥の『当世書生気質』である。

もともと中国で国史・正史に対して、民間の俗話のことを「稗史小説」と呼んでいた。

純文学と大衆文学

小説は十九世紀以降純文学的傾向のものと大衆小説的傾向のものとに分類されること
が一般的となった。それ以前の小説は、セルバンテスやラブレーがそうであるように
芸術性と通俗性を区分することなくひとつの目標として追求することが多かったが、
小説の読者がひろがり、技法的な発達を見せるにしたがって、交通整理が行われるよ
うになってくる。各国の事情によって多少の差はあるが、現代文学では両者の傾向を
分けて考えるのが一般的である。日本の場合は純文学、大衆文学と呼ばれる。

区分が具体的になってくるのは明治末年ごろの文壇からで、大正期のメディアの発達
によってこれが具体化・固定化し、芥川賞・直木賞の制定によってひとつの度として
とらえらえるようになった。戦前から戦後のある時期までは、純文学は芸術性を指向
し、大衆文学は通俗性・娯楽性を指向するものであるという区分が明確で、「自分の
ために書く小説、読者のために書く小説」といった言いかたをされることもあった。
この時期は純文学の主流は私小説、大衆文学では時代小説であり、それを書く作家が
固定していたのも特徴である。ただし当時から一人の作家について通俗的作品、芸術
的作品と分類されることもあり、単純ではない。

現在では純文学、大衆文学の境界はあいまいで、双方の作品を発表する作家、一方か
ら他方へと移行する作家、自作について特段の区分を求めない作家が多くなってきて
いる。実態としては純文学・大衆文学の区別は掲載誌によって行うことが一般的である。

文学賞では、芥川賞は純文学、直木賞は大衆文学の賞であり、受賞作家・作品をみれば
ある程度捉えられていた。しかし、芥川賞作家が娯楽作品を執筆することもあり(たと
えば奥泉光、宇能鴻一郎)、作家名で判断することはできなくなっている。純文学作家
の三島由紀夫も大衆文学を書いている。逆に大衆文学の作家が純文学的作品を書く例も
ある(筒井康隆など)。また、最近では芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学と単純に言
えない例も出てきた。第二次世界大戦後、中間小説という分類をおくこともあったが、
現在ではほとんど死語であろう。

純文学小説の堕落と見る向きもあるが、19世紀的な芸術/娯楽という二項対立的分類が
、現代文学の状況を正確に把握しきれなくなったためではないかという指摘もある。海
外でもチャンドラーやグリーンのように通俗性を保ちつつ高度の芸術性を発揮する小説
作品が少なくない。

内容・分野によれば、通俗恋愛小説、冒険小説、推理小説、時代小説、通俗歴史小説、
サイエンス・フィクション、ファンタジー、ホラー小説、武侠小説などは大衆文学とす
ることが一般的であるが、これらの性格を持ちながら純文学とされる作品は戦前から少
なくない。

時代区分による分類

歴史学のように政体の変遷に注目することが必ずしも相応しいとは考えられないが、目
安にされることが多い。又、以下のように、上代・中古・中世・近世・近現代が行われ
ているが、研究者によって異論もあり、中古を設定しない場合もある。近代と現代を分
離するか否かについても諸説あり、定まっていない。

丸谷才一は勅撰集により日本文学史の歴史区分を行うことを提示した。

上代文学

奈良時代まで。中国大陸から朝鮮半島を経由して漢字が輸入され、漢文と、自分たちの
話し言葉に漢字を当てはめた万葉仮名が使われるようになった。『古事記』(712年)
『日本書紀』(720年)のような史書や、『万葉集』のような歌集が生まれた。

中古文学

平安時代。漢詩・漢文が引き続き栄えるとともに、初の勅撰和歌集である古今和歌集が
編纂され、和歌が漢詩と対等の位置を占めた。当時の公式文書は漢文であったが、平仮
名の和文による表現が盛んにはじまり、紀貫之の『土佐日記』が書かれたのに続き、清
少納言の随筆『枕草子』、紫式部の『源氏物語』など古典文学の代表作と言える作品が
著された。

中世文学

鎌倉時代から安土桃山時代まで。藤原定家らによって華麗な技巧に特徴がある『新古今
和歌集』が編まれた。また、現代日本語の直系の祖先と言える和漢混淆文によって多く
の作品が書かれた。鴨長明の『方丈記』、吉田兼好の『徒然草』などがこれにあたる。
作者不詳のものとして『平家物語』が挙げられる。また、猿楽の発達が見られた。

近世文学

江戸時代。お伽草子の流れを汲み、仮名草子や井原西鶴らの浮世草子がうまれた。また
、歌舞伎や浄瑠璃が興り人気を博した。俳諧が盛んになり、松尾芭蕉、小林一茶といっ
た人々が活躍した。

近現代文学

戦前と戦後。開国とともに西欧の文明が流入し文明開化が起こると、日本文学も大きな
影響を受けた。西欧近代小説の理念が輸入され、坪内逍遥の『小説神髄』、二葉亭四迷
の『小説総論』『浮雲』などによって実質的に近代の日本文学が出発した。いわゆる「
文学」という概念は、この頃に生まれた。なお、近代と現代を分離し、戦前の文学を「
近代文学」、戦後の文学を「現代文学」として分ける場合もある。

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